ルシタニアの三弟   作:蘭陵

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7.第一次オクサス攻防戦

 総司令官を失ったカシャーン城は、組織的な抵抗などできず陥落した。逃げ込む敗兵とアクターナ軍が纏めて駆け込んできたのだ。

 仲間を見捨てて城門を閉じる、という冷酷な決断は、誰もできなかった。最終決定者がいないのだから、誰かがそう主張しても別の誰かの反対で立ち消えになる。迷っているうちに、制圧されていた。

『秋毫も犯す無し』

 アクターナ軍の軍紀は絶対である。武器を捨て抵抗しなければ、死ぬことはない。一晩明けるとカシャーンの住人たちの中には戸を開けて、疑いながらも日常を再開する者も現れた。

 

 小さな事件が起きた。

「ホディール様の仇!!!」

 奴隷の少年が、馬上のセイリオスに向かって石を投げつけたのである。ホディールは身の程知らずの強欲な野心家ではあったが、奴隷に対しては公正で、意外に慕われていたのである。

 無論、子供の投石などを受けるセイリオスではない。ぱしっと受け止め、じろりとその子を睨んだ。慌てて駆け寄ってきたのは姉であろう、少し年上の少女が、涙ながらに詫びと命乞いをする。

 

「名を名乗れ」

「……ルクールだ!ご主人様を奪いやがって!」

 精一杯の虚勢を張り、少年が答える。姉が口を押えようとするが、もう遅い。しかし、その少年に対しセイリオスは奇妙なことを言った。

「ならば、ホディールに替わり、今から私が貴様の主人となろう」

 ルクールは呆然として、セイリオスの馬が進むのを見送った。馬が3歩ほど進んだところで、「付いて来ないのか」と聞かれ、慌てて駆けだす。

 のちに彼は語る。どうして付いていこうと思ったのか、まったくわからない、と。ただ、ホディールの敵を討とうという気は、きれいさっぱり無くなっていた。

 

自由民(アーザート)に対しては、改宗を強制するな。奴隷は以前と変わらぬように扱え。そして希望者を募り、マルヤムへ連れて行く」

 イアルダボート教など、信じたい者だけが信じればいい。セイリオスの考え方はそうなのである。パルスは初代カイ・ホスロー王より300年もイアルダボート教なしで、あれだけの繁栄を謳歌してきたではないか。

 宗教は国民に精神的なつながりをもたらし、それが繁栄に結び付くことはあるかもしれないが、決して必須のものではない。

 ましてや、その宗教がイアルダボート教でなければならないなどということは、絶対にない。死後のことなど、死んでからでなければわからないことなのだから、知ったことか。

 

 城に残されたホディールの妻と娘は、捕虜になった。セイリオスは一室に軟禁しただけで、特にどうしようともしなかった。

 普通であれば、征服者の好色の対象となることも多いが、セイリオスはその手の欲望が薄い。もっとも、13歳の少女とその母親だ。単に、歳が合わないということもある。

 3日後、予定通り後発のルシタニア軍が到着した。率いる将軍はパテルヌスと言い、先日の再編でセイリオスが抜擢した将軍である。

 持たせた兵力は1万。調練を行いながらこのカシャーン城一帯を守備せよというのが、彼の指揮官としての初任務となる。

 

「卿にはこの城を治めてもらうが、何事もこの者たちと図るように」

 パテルヌスの立場は城主でなく、城代に過ぎない。それゆえセイリオスから「こうしろ」と言われれば従わざるを得ないのだが、今度の命令ばかりは内心の不満から即答を躊躇った。

 なにしろ、引き合わされたのはホディールの臣下だった文官たちである。降伏した敵国人を使うという発想は、普通のルシタニア人にはない。

「パルスの統治の方法を最もよく知っているのは、パルス人である。……不満というのであれば、この城には我が麾下を残し、卿には次の戦いで先陣を務めてもらおうか」

 パテルヌスが慌てて承諾する。先陣を務めるのはともかく、この王弟の不興を買うのは得策ではなかった。せっかく抜擢された将軍の位を、棒に振ることになってしまう。

 当然ながら、略奪などすれば帰り道で斬首されることであろう。今はとにかく、この王弟の意に沿うようにこの城を治めるべきだ。パテルヌスは、そう計算できないほど愚かな男ではなかった。

 

 パテルヌスをカシャーン城に残したセイリオスは、すぐさま次の目標に向かった。ギランの港町はオクサス河の河口にある。上流のオクサス地方を制圧するのは、当然のことだ。

 オクサスの領主の名はムンズィルというが、老齢で多病であった。よって、息子ザラーヴァントが代わって全軍の指揮を執っている。

「野戦は、捨てたか」

 ホディールの敗死は聞いたのだろう。迷うことなく籠城を選んだザラーヴァントを、セイリオスは褒めた。水と食料さえあれば、少なくとも半年は耐えられる。

 籠城戦というのは、敵に長期包囲できない理由があるか、強力な援軍がある場合に有効な選択肢である。セイリオスにはここで何か月も包囲戦に費やす時間はなく、東のペシャワール城という援軍の当てもある。

 

「さて、さて…」

 攻囲は半月になろうとしている。城兵の士気は高く、力攻めでは犠牲を出すだけだ。思わぬ足止めを食らった形だが、セイリオスは楽しそうだった。

 ザラーヴァントは20代の前半と聞いた。同年代と言っていい。それが、強敵として立ち塞がるという状況は、心躍るものがある。

 ただ、ザラーヴァントは強敵ではあるが、自分の全てを賭けて戦うような存在としては力不足だ。セイリオスは心のどこかで、そういう存在の出現を望んでいた。

 

 さて、何はともあれ、このままずるずると城を包囲していることはできない。シルセスを呼んだ。そろそろ、彼女の仕掛けが実を結ぶころだ。

「領主の甥に、ナーマルドという男がいます」

 ムンズィルには兄がいた。事故死したため、次男が跡を継いだ。その事故がなければ父が領主となったはずで、であれば当然、この地の正統な後継者は俺である。そう思い、不満を溜めている。

「……評判は、いたって悪いとのことですが」

 領主の甥というだけで何の取柄もないくせに自意識だけが肥大した、救いようのない馬鹿である。良くないことだとは判っているが、ムンズィルの兄が事故で亡くなってくれたことが喜ばれるほどだ。

 

「オクサスの領主として認めてくれるなら、内応する、と」

 セイリオスはため息をついた。そんな馬鹿を認めるなど、まったくもって気が進まない。むしろザラーヴァントが降伏してくれれば、と思う。彼なら、アクターナ軍に迎え入れてもいい。

 とはいえ、オクサスがそう簡単に落ちるとも思えない。ザラーヴァントが降伏するなどもっとあり得ない。内応もナーマルド以外は切り崩せなかった。

「………仕方ない。認めるだけは認めてやろう」

 どうせ、すぐぼろを出すに決まっていた。その時誅殺すればいい。城に籠って反旗を翻したとしても、オクサスの領民がナーマルドの元で一丸となって戦うなどありえない。次は、すぐ落とせる。

 

 その夜、時ならぬ騒ぎに、ザラーヴァントは跳ね起きた。外ではない。音は城内から聞こえてくる。

「敵だ!城内に潜入しているぞ!!!」

 その叫びで、状況を理解した。内通。城外に通じる秘密の抜け道の存在を、誰かが漏らしたのだ。そして、抜け道のことを知り、かつ裏切る人物など、一人しかいなかった。

「ナーマルド…」

 愚かな奴と、怒るより失望した。父はナーマルドに、息子と同じ愛情を与えていたと思う。叱ったことは数知れず、時には牢に放り込んだりもしたが、父は決して縁を切ろうとはしなかった。

 むしろ陰では、彼のしでかした不始末の尻拭いばかりしていた。いつか自分の過ちに気付き、正道に戻ってくれる日が来る。父はずっと、そう願っていた。

 その父の愛情は、ついに従弟に通じなかった。

 

「ザラーヴァントよ」

 病身を無理におして、父のムンズィルが現れた。逃げろと言う。オクサスの陥落は必至である。ここは恥を忍んで逃げ延び、王太子の元に行き、雪辱を果たせ、と。

「アルスラーン殿下はきっとペシャワール城へ向かったに違いない。急ぐのだ」

 それが、この場で最上の判断であることは理解できる。しかし、父はどうするのか。病躯でペシャワールまでたどり着くなど、できそうもない。

「わしのことなら気にするな。なに、ひと時ルシタニアに膝を屈してでも、生き延びて見せる。……わしの心はお前が知っている。それだけでいい」

 嘘だ、というのはすぐ分かった。この父が、ルシタニアに降伏するなどできるはずがない。だがそれを言ってもどうにもならない。

「父上、ご健勝で」

 これが、今生の別れだ。そう確信したザラーヴァントは、振り向かず地下通路に姿を消した。

 

 城内に入り込んだ敵の手により、城門が開けられた。制圧までは、もう時間の問題に過ぎない。

「ナーマルドよ…」

 そう言いながら思い浮かべるのは、兄のケルマインであった。兄が自分の婚約者を奪いさえしなければ、運命はどうなっていたか。

 ムンズィルはかつての婚約者を愛していた。兄に奪われても愛していた。彼女が死んでも愛していた。だからナーマルドを、自分の手で立派に育てようと思ったのだ。あの兄ではなく、自分の手で。

「………火を放て。地下にも油を流し、全てを焼き払うのだ」

 ムンズィルは火の中で自害した。のちにアクターナ軍の調査で判明したが、地下に幽閉されていた男がいた。死体は焼け焦げ、身元は分からなかったが…。

 

 

 オクサスの陥落を最も喜んだのが、ナーマルドであったことは言うまでもない。彼が真っ先にやったことは宝物庫を押さえることで、次が以前から目をつけていた侍女を寝室に連れ込むことだった。

「………………ここまで馬鹿だとは、さすがに予想外でした」

 皆の前で、シルセスが頭を下げた。今は欲望を自制し、住民を慰撫する時である。ルシタニアに内通した裏切り者ということで、彼の名声はどん底にある。このままでは、領民に殺されるかもしれないのだ。

 ナーマルドは、その程度のことすら理解していない。シルセス以外の幹部たちも、自分たちの『当然』からかけ離れた馬鹿っぷりに呆れ果てたというところだ。

 

「殿下、あんな者、さっさと斬ってしまいましょう」

 グリモアルドの意見に皆が頷く。軍紀の厳しさで並ぶ物のないアクターナ軍の中でも、彼は輪をかけて厳しい。ナーマルドなど、許すことのできぬ愚物であろう。

「行け」

 セイリオスは短く命じた。グリモアルドはすぐさま手勢を率いて宮殿に乗り込み、そこを制圧した。誰もナーマルドを助けようとなどしなかった。グリモアルドに積極的に協力しようとする者がいたほどだ。

 

 しかし、ナーマルドの身柄を捕らえることはできなかった。遠くの騒ぎを聞きつけただけで、地下の隠し通路から逃走したらしい。臆病で姑息なのだろうが、今回に限ってはまともな判断をしたと言える。

「逃がしたか」

 あのような馬鹿を取り逃がしたことに、グリモアルドが悔しがる。代わりではないが、ナーマルドの部下であった男たちが続々と引き据えられてきた。躊躇うことなく、全員の首を刎ねる。

 そこまで終わって、布告を出した。ナーマルドの悪行とそれに対する誅罰と発表され、騒ぎはひとまず収まった。

 

 余計な手間は生じたもののオクサスを制圧した以上、ギランの港へはオクサス河沿いに南下していけばいい。河はのちに水上の輸送路にもなる。

 しかし、その号令を出そうとしたところで、エクバターナから急使が来た。

「……撤退せざるをえないか」

 エクバターナにて、大事勃発。ギスカールの急報に、しかしセイリオスは楽しそうである。大事ではあるが、彼の待ち望んでいたことが来たのだ。

 




猛威を振るうアクターナ軍。

現状での軍の質は
アクターナ軍>パルス国軍 …歩兵の差
パルス国軍≧トゥラーン軍 …組織力のため
トゥラーン軍>パルス諸侯軍 …諸侯軍は国軍より質で劣る
パルス諸侯軍>ルシタニア、チュルク軍 …それでもパルス軍は他国軍より強い
ルシタニア軍>シンドゥラ、ミスル軍 …シンドゥラは大軍であるが質が悪い、ミスルは指揮官がいまいちというイメージ
シンドゥラ、ミスル軍>マルヤム軍 …マルヤムはパルスとの同盟に胡坐をかいて最弱というイメージしかない

という想定。ミスルがちょっと酷いかな?
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