時渡り後のエンディング直前、
イシの村へ向かう途中のベロニカとセーニャが、
カミュといっしょにマヤの誕生日を祝ってくれるお話です。

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そばかす

「兄貴さぁ、いまいくつになったんだっけ?」

「聞かれたら十九ってことにしてるな、いちおう」

「ふーん」

 かたむいた窓から、北国のあわやかな西日の差しこむベッドの上で、あぐらをかいて座ったマヤは、むずかしそうな顔をしながらカードをひろげていました。

 数枚のカードを横にならべて、足したり引いたりをくりかえすマヤに、カミュは眉をひそめて声をかけました。

「マヤ、さっきから何やってんだ?」

「それがさあ、どうしようかと思って。なあ、兄貴が旅からもどってきて、この部屋に住んでどのくらいだっけ?」

「たしか夏至のころだったから、だいたい三か月ってとこじゃねえか」

「もうそんなにたつんだっけ。はやいね」

 マヤはそう言いながら、ならべたカードの列から三枚をはずして、わきに寄せました。

「そんで、おれがひとりでまってたのが、ひとつきくらい。つまり……」

 マヤはもう一枚カードをはずすと、残ったカードを、いち、に、さんと指さして、八枚かぞえました。

 マヤの前にならぶ、八枚と四枚にわけられたぜんぶで十二枚のカードを見て、カミュはなにかを察して、ははっと笑いました。

「ああ、そういうことか。誕生日に黄金になって……呪いが解けて動けるようになってから、四か月しか経ってねえのに今日がまた誕生日と。どうすりゃいいんだろうな、これは」

「な。兄貴はどうおもう?」

 まじめな顔でそうたずねるマヤに、カミュは腕組みをして、はにかみながら答えました。

「まあ、好きにすりゃいいだろ。歳も誕生日も、本当のところはわかんねえんだし。オレ、ちゃんと覚えてるぞ。お前が『今日は五歳の誕生日』とか言い出して、勝手に決めた日を」

「へへ。まあ、そうなんだけどな。誕生日を変えるのもイヤだし、ひとつトシを食っとくことにするか」

「ああ、そうしたらいい。で、今日でいくつになったんだ?」

「十三歳ってことにする。えーと、十三と十九で、差はいくつだっけ?」

 カミュはすぐに六つと答えかけましたが、たくさんのカードをならべて指さしかぞえるマヤの姿をみて、言葉を飲みこみました。

 カミュは壁にかけたコートをばさっと羽織ると、ちいさなサイドボードから手のひらほどの銅の鏡をとりあげ、片手で髪をととのえました。

「ん、兄貴、どっか出かけんの?」

「ああ、ちょっとな。すぐ戻る。せっかくの誕生日なんだ、夜には何かうまい物でも食おうぜ」

「へへ。そりゃうれしいね。でも、あんまりムリしなくていいからな」

「マヤに気を使われるようじゃ、オレもおしまいだな。じゃあ、行ってくる」

 カミュはそういって背を向け、かるく片手をあげてあいさつをすると、きしむ扉をそっとひらいて、部屋を出ていきました。

 

 マヤがベッドの上で背中をまるめてカードをひろげ、退屈そうにひとり遊びをつづけていると、だれかが階段をのぼる足音が部屋にとどき、やがてとんとんと扉をたたく音がきこえました。

「ごめんくださーい」

 なんどもそう呼びかける甲高い声に、マヤはふしぎそうな顔をして立ちあがりました。

 ゆっくりと扉を開くと、うすぐらい踊り場には、金色の髪をした背のたかい女が、すっと背筋をのばしてたたずんでいました。

「こんにちは」

 女がマヤを見つめて、にっこりとほほえみかけると、女に見覚えのないマヤは、困ったようすで顔をみあげて、うろたえながら口をひらきました。

「え、えっと……ウ、ウチになんか用、ですか」

「マヤちゃん、マヤちゃんよね?」

「え……」

 不意に名前をよばれてうろたえたマヤが、きょろきょろとあたりを見まわすと、女の足元で、おおきな身ぶりで手をふる少女がいることに気が付きました。

 マヤと目が合うと、赤い帽子をかぶった少女は、歯を見せてにかっと笑いました。

「こんにちは!ねえ、あたしのこと、覚えてる?」

「お、おれ。こどもの知り合いはいねえぞ」

「あら、覚えてないか。マヤちゃんのお兄ちゃんといっしょだったんだけど、まあ、お話したわけじゃないもんね」

「私のことも、覚えていらっしゃいませんか?」

 マヤは目を落として考えこむと、なにかを思いだしたように、あっと声をあげました。

「そういや、兄貴のツレにこどもがいて、ふしぎにおもったっけ……えーと。お姉ちゃんたち、双子?」

「ええ、そうよ」

「はい、そうです」

 ふたりが同時に答えると、マヤはすこし表情をゆるめて言いました。

「ごめんね、おれ、顔はおぼえてないんだけど。兄貴が、双子のツレがいたって話をしてた。金髪で、お姉ちゃんのほうはチビだって」

「あはは。そう、あたしがそのチビのほう。ベロニカって言うの、よろしくね」

「私はセーニャです、よろしくおねがいします、マヤさま」

「さ、さまはやめてくれ……マヤでいいよ。それで……えっと、兄貴に会いにきたの?」

「ええ、そうなんだけど、お兄ちゃんはお留守かしら?」

「うん。でも、すぐ戻るっていってた。ウチで待っててもいいよ、せまくていいなら」

「よろしいですか?助かりますわ」

「じゃあ、入って。ごめんな、イスがボロだから、ベッドにすわっていいよ」

 マヤはそういって双子を部屋に招きいれると、据え付けの自分のベッドにならんで腰をおろさせました。

 できるだけ距離をとろうとして、マヤは隣り合うカミュのベッドの上で、壁によりかかるようにすわりました。

 

「でも、お姉ちゃんたち、おれの名前なんかよくおぼえてたね」

 マヤがぽつりとそう口にすると、ベロニカとセーニャは、顔を見合わせておかしそうに笑いました。

「呪いが解かれてから、カミュさま……お兄さまは、マヤさまのお話をよくされるようになりまして」

「そうなのよ。マヤちゃんにあれをしてやりたい、これをしたら喜ぶかな、なんて、いつも幸せそうな顔して話してたわよ」

「……そ、そうなんだ……」

「はい。これからどう接すればいいのか、すこしお悩みにもなられていたようで。いろいろ相談されましたわ」

「女の子の好きそうなものがどうとか、あれこれ聞かれたわよね。ただ、あたしたちの場合、ちょっとね、みんなと違うから。うまく答えてあげられなかったわね」

 双子はしばらくカミュの語った話を披露しつづけましたが、マヤはすっかり顔を赤く染めて、目を伏せてだまって耳をかたむけていました。

「お兄さまは、マヤさまに旅のことなど、お話されていましたか?私たちのことなども」

「セーニャ、それは聞かないほうがいいと思うけど……」

「う、うん。よく話してるよ」

 マヤが答えると、双子は口をとじ、マヤをみつめてじっと言葉を待っているようでした。

 双子のようすを見たマヤは、なにかに思いついたように、にっと歯を見せました。「聞きたい?」

「ええ、気になりますわ」

「きっと、生意気で面倒なチビがどうとか、そういうのでしょ。マヤちゃんは、あんなふうになるなって」

「へへ。なんかね、いつもほめてるよ。上品でおとなしいのがいて、お前にも見習わせたかったとか」

「……」

「仲間にクチの悪いチビがいたけど、アイツはお前よりずっとやさしかったとか」

「……」

「お前があんなふうなら良かったって、そんな話をよくするんだ。おれ、そういうの言われるたびに、それならおれなんかほっといて、そいつといっしょに暮らせばいいって」

「やっ、やめましょ、この話。ね」

 ベロニカがあわてて話をさえぎると、マヤはいたずらっぽく、ししっと笑いました。

 

 ベロニカとセーニャが、マヤに付き合ってカード遊びをしていると、ほどなくして扉のきしむ音がきこえて、カミュが部屋にもどってきました。

 カミュはただいま、と言いかけたところで、あっと大きな声をあげて、目を丸くしました。

「なんだお前ら。どうしたんだ、急に?」

「カミュ、ひさしぶり。マヤちゃんに入れてもらっちゃったわ」

「カミュさま、お久しぶりです。マヤさまから色々うかがいましたわ。無事にすごされていらっしゃるようで、なによりです」

「あ、ああ。久しぶりだ」

 言葉に詰まったカミュが助けを求めるようにマヤに視線をおくると、マヤは目を細めて言いました。

「兄貴、おかえり。なんかね、勇者のあんちゃんとこに行くんで、ついでに兄貴のとこによったんだってさ。船が夕方なんだって」

「ああ、そうなのか。なんだ、手紙のひとつも寄こせば、オレも一緒に行けたんだが。水臭いな」

「ええ、私たち、お誘いしようかずいぶん迷ったのですが」

「うん。だけど、アンタはいま、忙しいかと思って。わるいことしちゃったかしら」

「いや、いいんだ。気にするな。よく寄ってくれたな。それに、ちょうど良かった」

 カミュはスツールを引いて腰をおろすと、抱えた荷袋をほどいて、ゆっくりとテーブルの上にならべました。 

 水薬のちいさな小ビン、白い布きれを取りだし、さいごに両手の拳ほどのおおきさの氷のかたまりを、どすんと置きました。

 マヤは小走りにテーブルに駆けよると、置かれたものをたしかめて、ふしぎそうな顔でカミュにたずねました。

「クスリと氷?兄貴、なんだこれ」

 カミュはすこし照れたようにほほえむと、自分の左の耳飾りを指でしめしました。「耳飾り、つけたがってただろ?穴をあけてやろうと思ってな」

「えっ、いいの」

 マヤがはじけたように笑顔をみせると、カミュは満足そうにうなずき、ベロニカとセーニャに目配せをしました。

「今日は、マヤの誕生日なんだ。良かったら、手伝ってくれないか」

「まあ、それは。マヤさま、おめでとうございます。すばらしい日に立ちあえたことに、感謝いたします」

「マヤちゃん、おめでとう!今日で、いくつになったの?」

「へへ。ありがと……十三だよ。いちおう」

 自分をみつめて拍手をおくるベロニカとセーニャに、マヤは頭をかきながら、きまずそうに答えました。

「兄貴以外のひとに祝ってもらったのは、はじめてだ。なんか、ヘンな感じだね」

「そういやそうだったな。ベロニカ、セーニャ、ありがとな……そんじゃ、さっさとやっちまおう」

 カミュはそう言って立ち上がると、マヤの肩に両手をおいて、スツールに座らせました。

「カミュさま、耳飾りのご用意は?」

「ああ、そうだった。気に入るかわかんねえけど」

 カミュはコートのポケットから包みを取りだして、マヤの差し出した手に、そっと中身をあけました。

 金属のふれあうかすかな音がして、金色の輪のさきに、ヒスイのような色をした小さな玉のついた耳飾りが、マヤの手の上できらりと輝きました。

「お前の気に入ってる腕輪とおなじ色にしてみたんだが、どうだ?」

「うん、いいね。台も黄金色だし……おれ、どっちの色もすきだな。あれ、でも、これってさ」

 マヤは座ったままセーニャのほうを振りむき、手のひらを見せました。

 セーニャはマヤの手のひらに顔をよせて耳飾りをたしかめると、まあ、と声をあげて、照れたように両手で口元をおおいました。

「あはは、やっぱり。これ、お姉ちゃんのつけてるのとそっくりだよね」

「そうなの?あたしにも見せてちょうだい」

 マヤがベロニカに手をさしだすと、ベロニカは耳飾りを指でたしかめて、けらけらと大きな声で笑いました。

 ふたりはいじわるそうな顔で視線をかわすと、そろってカミュをじっと見つめました。

「い、いや、オレは……ち、違うんだ。そうじゃない」

「違うって、なにが違うのよ?」

「いや、セーニャの着けてるヤツ、マヤにも似合うんじゃねえかと、見るたびに思ってたんだ……」

「やっぱり、おなじようなモノを選んだってことか。兄貴、よく見てたんだな」

 カミュが困り果ててだまりこんでしまうと、マヤはししっと笑って言いました。

「まあ、いいんだよ兄貴。おれ、これ気に入ったから。ありがとな」

「あ、ああ。それならいい……」

「あの、すこしお待ちください」

 不意にセーニャが声をあげました。

 セーニャはマヤの耳飾りのかたほうを指でつまむと、顔のそばでよくたしかめて、申し訳なさそうに言いました。

「せっかくなのですが……耳飾りは、穴を開けてからしばらく、着けたままにしなければなりませんので。これ、よくご覧ください。耳につけるところが、かぎのようになっているでしょう」

「かぎ?あっ、そうだね。つり針みたいなカタチをしてる」

「この形のものは、外れてしまいやすいので……すこし、お待ちくださいね」

 セーニャはそう言うと、ベッドのそばに置いた自分の荷袋をごそごそとあさって、手のひらにおさまるほどの、ちいさな木箱を取りだしました。

 テーブルにおいて、みなに見せるようにフタを開けると、ワタを敷き詰めた木箱のなかで、いくつかの石がきらきらと輝いているのが見えました。

 セーニャはそのうちのひとつを指でつまみあげると、そっとマヤの手にのせました。

「しばらくは、こちらの留め具に石のついたものがいいですよ。引っかけてしまうこともありませんし。よろしければ、さしあげます」 

「えっ、いいの?」

「はい。色もそちらとおなじ、ヒスイ色ですし。私からの、誕生日の贈り物です」

「お姉ちゃん、ありがと……でも、悪いからさ、兄貴にもらったやつ、つけられるようになったら返すね。ねえ、ほかのも見ていい?」

 マヤがそうたずねると、セーニャはうなずいて、マヤに木箱を手渡しました。

 マヤはこんなのもあるんだ、と感心しながら、木箱のなかの装飾品を熱心にたしかめていましたが、耳飾りをひとつつまみあげると、にやりと笑いました。

「ねえ、小さいお姉ちゃん。これ、みてよ」

「セーニャって、こういうものにあんまり興味がないのかと思ってたんだけど、いろいろ持ってたのね。うん?マヤちゃん、どうしたの?」

 ベロニカはマヤから手渡された耳飾りをたしかめると、すぐになにかに気がついて、マヤとおなじようににやっと笑って、カミュの顔を見つめました。

「ん、なんだよ」

「お姉さま、どうされ……あっ、それは……」

 セーニャは耳を真っ赤にして、両手で顔をかくしました。

 ベロニカはマヤと見つめ合ってけらけらと笑うと、手にした耳飾りをカミュに見せました。

「これ、アンタのとそっくり。ふたりして同じことしてたのね。もう……」

 カミュは耳飾りを一目みるなり、頭を抱えて背中を見せました。

「ち、ちがいますわ、お姉さま……」

「べつに照れなくてもいいわよ、セーニャ。これ、カミュによく似あっているものね。自分でもつけてみたいって、思ったんでしょ?」

「は、はい。そんなところです……」

「それ、にあってるってさ。よかったな、兄貴」

 カミュはおおきなため息をつくと、眉をひそめて、すこしうんざりしたように言いました。

「ありがとよ。そんじゃ、氷が溶けちまうまえに、さっさとやるぞ。耳飾り、それでいいのか?」

「うん。お姉ちゃんがえらんでくれたやつにする。お姉ちゃん、ありがとね。ちょっと借りとくよ」

 マヤがそう言うと、セーニャはすこし照れた顔をしてうなずきました。

 

 カミュはテーブルの氷をナイフの柄でたたいて砕くと、小石ほどのおおきさの塊を布でくるんで、マヤに手渡しました。

「それで耳たぶを冷やしてくれ。ちょっと痛くなるくらいまで、冷やしとくといいらしい」

「わかった。なんか、緊張してきたな」

 マヤが左耳に氷をあてて、こわばった表情を見せると、カミュはやさしく言いました。

「たいして痛くねえから、安心していいぞ。あとは、ベロニカ」

「なあに?」

 カミュはテーブルに置かれた革のポーチから、太めの縫い針を一本えらんで抜きだすと、根本を布でくるんで、指でつまみました。

「この針、ちょっと焼いてもらえるか」

「アンタ、魔法をなんだと思ってるの?まあ、やってあげるわ。マヤちゃんのためだものね」

 ベロニカはそう言って目をとじ、すこし呼吸をととのえると、人さし指の先に、ちいさな炎をともしました。

「あっ、すごい。おれ、そばで魔法をみるの、はじめてだ」

「ふふ……でも、これ、すごく大変なの。カミュ、はやくして」

 カミュがあわてて針をかざし、ベロニカの指先にかかげてちりちりとあぶると、ベロニカのふう、というため息とともに、炎はふっと消えました。

「ベロニカ、助かった。ありがとさん」

「ええ。それで、次はどうするの?」

「マヤ、耳は冷えたか?」

 マヤは氷をはずして耳たぶをなんどか触ると、すっかり緊張した顔で言いました。「うん。なにも感じないから、たぶんだいじょうぶ」

「よし」

 カミュは小ビンの中身で布きれをしめらせると、イスに座ったマヤの後ろにまわって左耳をていねいにふきとり、縫い針の先をぬぐいました。

「そんじゃ、いくぞ」

「ちょ、ちょっとまっ……うっ」

 カミュはマヤの耳たぶの向こう側にまるめた布を押し当てると、針を一気に突き刺しました。

 針が耳を突き抜けて、すこし血がにじんだことをたしかめると、ゆっくりと抜きとって、マヤにほほえみかけました。

「よし、終わり。そんなに痛くなかっただろ?」

「う、うん。なんか刺さったのはわかったけど……」

 そう言って耳をたしかめようと伸ばしたマヤの腕を、カミュはつかんで止めました。

「まだ、触っちゃダメだ。耳飾り、つけてやるよ」

 カミュはセーニャから受けとった耳飾りを、布でしっかり清めると、マヤの耳たぶに差しこんで、留め具をつけました。

「よし、これで出来上がりだ。おつかれさん。あんまり触らないほうがいいぞ」

 カミュがため息をつくと、ベロニカとセーニャも、つられてふう、と息をつきました。

「なんか、見てるほうも緊張したわね」

「はい。ですが、よくお似合いですわ」

「にあう?か、鏡をみせて」

 カミュがサイドボードから鏡をとりあげてマヤに手渡すと、マヤは鏡をいろんな向きにかたむけて自分の左耳をたしかめると、満足そうな笑顔をみせました。

 

「痛みは引きましたか?」

 セーニャはマヤの左耳に手をあてて、やさしくたずねました。

「うん、もういたくない。これも魔法だよね?すごいね」

「ふふ。ですが、このあと膿んでしまって腫れることもありますので……あまり触らないようにしてくださいね」

「わかった。これ、どのくらいつけてればいいの?」

「そうですね、短くても一月は、そのままのほうがよろしいですわ」

「うん。お姉ちゃん、ありがとう」

 マヤが鏡から顔をあげて、うれしそうにお礼を言うと、セーニャはにっこりとほほえみました。

「セーニャ、ありがとな。二人がいてくれて助かった」

「いいえ、お礼にはおよびませんわ」

「ええ。でも、左耳だけ?右は開けないの?」

 ベロニカがふしぎそうにたずねると、カミュは苦い顔をして、ああ、と答えました。

 カミュのようすをみて、マヤは上機嫌に笑いながら、ベロニカに言いました。

「それがさ。じつはね、兄貴の耳飾り、おれたちがバイキングにこき使われてたころに、よっぱらったヤツにむりやりつけられたやつでさ……」

「おい、マヤ」

「へへ、いいじゃん。両耳をいちどに穴あけられてさ。兄貴、さいしょは気に入ってたんだけど、カオの形が変わるくらい腫れちゃって。ものすごい熱も出るし、おれ、そのまま死んじゃうかとおもった」

「本当にな。オレはよく覚えてないんだが、さすがにその時ばかりは、バイキングの連中もやさしかったらしいぜ」

 カミュはそう言って肩をすくめてみせましたが、ベロニカはひどく気の毒そうな表情を浮かべました。

「そっか。腫れたりするから、一度にやらないほうが良いのね」

「ああ、そういうことだ。ま、近いうちにな」

「私たち、勇者さまとご一緒に、もう一度ここに戻ってきますから。よろしければ、その時にまた、お手伝いいたしますわ」

 セーニャがそう言ってベロニカに目配せをすると、ふたりはそろってうなずきました。

「でもさ、ちょっと気になってたんだけど」

 マヤがベロニカを見つめてそう言うと、ベロニカはきょとんとしながら答えました。

「なあに?」

「小さいお姉ちゃんは耳飾り、つけないの?きれいな金髪だし、きっとにあうと思うけど」

「ああ……これね」

 ベロニカはじぶんの大きな耳に両手で触れて、くすくすと笑いました。

「あたしも着けてたんだけど。この体になったとき、穴がふさがっちゃったのよね。また開けてもいいんだけど」

「そうなんだ。ねえ、せっかくだし、いまやろうよ」

 マヤがそう言ってにかっと笑うと、ベロニカはすこし困ったようすで眉をひそめました。

「べ、別にいいんだけど……別に、今じゃなくても良いわよね?」

「お姉さま、せっかくですから、開けていただきませんか?じつは私、お姉さまと耳飾りをおそろいにしたいなと思っていて」

「セ、セーニャ……」

 ベロニカが助けをもとめるようにカミュとマヤに視線をおくると、兄妹はそろってにやりと笑いました。

 

「そんじゃ、行くぞ」

「え、ええ」

 ベロニカが目をかたく閉じると、カミュはマヤの時とおなじように、耳たぶに一気に針を突き刺し、ゆっくりと抜きとって、にじんだ血をていねいにふき取りました。「終わった?」

「ああ、終わった。痛かったか?」

「いいえ、大丈夫。前にあけたときは、けっこう痛かった気がするんだけど」

 ベロニカはたしかめるために耳を触ろうと手を伸ばしましたが、カミュがぐっとつかんで引きとめました。

「あ、ごめん。触っちゃダメよね」

「小さいお姉ちゃん、耳飾り、おれとおそろいにしようよ」

 マヤがそう言って、セーニャから受けとった耳飾りの片方を見せると、ベロニカはふふっと笑いました。

「ええ、そうね。せっかくだし。カミュ、着けてもらえる?」

「ああ」

 カミュが耳飾りを手際よく差しこみ、留め金をつけると、マヤはベロニカに鏡を手渡しました。

 ベロニカはマヤがしたのと同じように、鏡をいろんな向きにかたむけて自分の耳元をたしかめると、満足そうな顔で、マヤと目を合わせてにこっと笑顔をうかべました。

 

 すっかりかたむいたお日さまが、クレイモランの町を夕焼けに染めるころ、四人はそろって桟橋まで歩いていきました。

 肩をならべて泊まる船の一隻では、大柄な男たちが荷物をかついでせわしなく歩き回っていて、出航が近いことがすぐにわかりました。

「それじゃあ、次はあの子を連れてくるからね」

「はい。なにか、勇者さまに手渡すものなど、ありますか?」

 姉妹がそうたずねると、カミュは頭をかきながら言いました。

「手紙の一通でも書けばよかったかな。まあ、またここに戻ってくるんだろ?それならいいよな」

「ええ、そうね。半月もかからないと思うわ、きっと」

「いいな、お姉ちゃんたち。おれ、この国から出たことないんだ」

 マヤがすこしすねたようにそう言うと、カミュはやさしくぽんぽんと頭を叩きました。

「いつか旅に連れ出してやるから、まあ待ってろよ。約束だろ」

「ねえマヤちゃん。いつか一緒に、旅ができたら良いわね。宝探しとか、そういうのじゃなかったとしても。いつか、案内させてね」

「うん。いつか、できるといいね」

 マヤはかがみこんでベロニカと視線をあわせて、かるく握手を交わしました。

「マヤさま。耳飾りをおそろいにできる日を、私は楽しみに待っていますよ」

 セーニャはそう言って、ヒスイ色の耳飾りを指でかるく触って、ゆらして見せました。

 あわく透き通ったヒスイ色の玉は、夕焼けの色を取り込んで、幻想的な色合いに見えました。

「うん。やっぱりきれいだね、それ。兄貴が似たのをみつけてくれて、よかったな」

 マヤははにかみながら片手を差しだしましたが、セーニャはマヤを軽く抱きしめて、ぽんぽんと背中をたたきました。

「それじゃ、カミュにマヤちゃん、ちょっと行ってくることにするわ。暗くなっちゃうから、見送りはいいわ」

「おう。じゃあ、気をつけてな」

「お姉ちゃんたち、またね」

「行ってまいります」

 ベロニカとセーニャが船に乗り込み、兄妹にむかって手を振ると、ふたりもおおきな身ぶりで手を振り返し、きびすを返して家路につきました。

 夕闇に染まる町で、カミュは肩をならべて歩くマヤの肩をぽんと叩き、やさしい声で言いました。

「マヤ、オレのほかにも友達ができて良かったな」

「へへ。あっちは友達となんて、おもってないだろうけどな」

「そんなことないさ。次は、アイツとも友達になれるといいな」

「アイツって、勇者のあんちゃんか?うーん、おれなんかを友達にしてくれるかな」

「ああ。アイツは誰だって友達にしてくれるんだ。オレみたいなやつでもな」

 カミュがそう言うと、マヤはおかしそうにくすくすと笑いました。

「兄貴にそういわれると、そうかもって思うな。たのしみだなあ」

 家々のともしびが、色とりどりのガラスを照らすうつくしい街並みのなかに、ふたりはゆっくりと消えて行きました。

 


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