回廊全体が震動した余韻がまだ残る中、玉座の間への巨大な扉がゆっくりと開いた。
重く、禍々しい気配が溢れ出す。
黄金と漆黒が渦巻くような圧倒的な神気と鬼気が、まるで生き物のようにうねりながら広がっていく。
藤丸たちは息を呑み、吉備津彦は血まみれの体を支えながらも、静かに小槌を握り直した。
玉座に座っていた影が、ゆっくりと立ち上がる。
鬼陽大王——吉備津彦の半身であり、歪んだもう一人の自分。
歪んだ笑みが、その顔に浮かぶ。片方の角は折れ、もう片方は異様に長く伸び、黄金の瞳は血のように赤く濁っていた。打出の小槌を片手に持ち、羽衣のような黒金色の衣を纏ったその姿は、まさに鬼神の王そのものだった。
「ようこそ、半身よ……再び一つになろう」
低く、しかし回廊全体に響き渡る声。鬼陽大王の言葉には、狂気と切実さが混じり合っていた。
吉備津彦は静かに前へ踏み出した。背後の藤丸、マシュ、風魔に視線を向けることなく、ただ一言。
「ここからは……俺の戦いだ。マスター、皆、少し下がっていてくれ」
藤丸は唇を噛みながらも頷いた。
「……了解。セイバー、絶対に勝って!」
最終決戦の幕が上がった。
鬼陽大王がまず動いた。打出の小槌を軽く振り、空間そのものを捻じ曲げるような魔力を放つ。無数の鬼火と魔剣が同時に生成され、津波のように吉備津彦へ襲いかかる。
「来い!」
吉備津彦は小槌を高速回転させ、神気と鬼気を極限まで高めた状態で真正面から突進。黄金の稲穂のような神気が爆発的に広がり、鬼火の群れを次々と打ち払う。金属音と爆音が連続し、玉座の間は瞬時に戦場と化した。
二人の小槌が激突した瞬間、回廊全体が大きく揺れた。
純粋な力のぶつかり合い。同じ「打出の小槌」を持つ者同士の、鏡像のような戦い。しかし、そこに宿る意志は正反対だった。
「なぜだ……! お前も俺と同じはずだ! 鬼の血を引く半身! なぜ闇に落ちぬ!」
鬼陽大王が吼えながら連撃を浴びせる。一撃ごとに空間が歪み、衝撃波が壁を抉る。
吉備津彦は受け止め、押し返し、時に躱しながら応戦する。血が飛び、傷が深まるが、その瞳は揺るがない。
「俺は……お前だ。だが、同時に違う。俺は失ったものを、ただ恨むだけでは終わらなかった」
記憶のフラッシュバックが、再び彼を駆り立てる。
黄金の稲穂の海。笑う妻の顔。討ち果たした鬼たち。そして、父に認められなかった過去。
「認められなくとも……人は、守るべきもののために生きられる! それが俺の選んだ道だ!」
小槌に神気が極限まで集中する。
「真名解放——吉備津彦の小槌!」
黄金の雷光が爆発。巨大な稲妻の槌が鬼陽大王を直撃し、大王の体を玉座ごと吹き飛ばす。壁が崩壊し、石片が舞う。
しかし鬼陽大王は即座に立ち上がり、笑った。口から黒い血を流しながらも、その笑みはますます歪んでいく。
「父上は俺を認めなかった……ヤマトの民も、俺の力を恐れた! ならばすべて壊してやる! この打出の小槌の力で、ヤマトなど跡形もなく消し去ってくれるわ!」
大王の小槌が真紅に輝き、凄まじい魔力が解放されかける。空間が裂け、鬼門が再び開きかけるほどの力だった。
吉備津彦は歯を食いしばり、最後の力を振り絞る。
「その力は……もう、お前のものではない!」
二人が同時に突進。最高出力の小槌同士が正面から激突した。
その瞬間、爆光が玉座の間を白く染め上げる。
衝撃の中心で、吉備津彦の小槌が鬼陽大王の小槌を砕き、大王の胸を深く貫いた。
「ぐああああっ……!」
鬼陽大王の体が大きくのけぞる。鬼気が急速に崩れ、消えていく。
彼は膝をつきながらも、吉備津彦を睨み上げた。
「……同じ俺なのに、なぜお前は……闇に飲まれなかった。なぜ、俺のように……すべてを憎まなかった……」
吉備津彦は血を吐きながらも、静かに答える。
「それは、俺が吉備津彦だからだ。鬼の血を背負いながら、人として生きる道を選んだ……それが俺の『核』だ。お前はそれを捨てた。俺は、守った」
鬼陽大王は虚ろな目で天井を見つめ、弱々しく笑った。
「は……はは……父上……俺は……認められたかっただけ……なのに……」
その言葉を最後に、大王の体は光の粒子となって崩れ落ち、完全に消滅した。
玉座の間に静寂が訪れる。
吉備津彦は小槌を地面に突き立て、膝をついた。藤丸たちが駆け寄り、マシュが急いで応急処置の魔術を展開する。
「セイバー! しっかり!」
藤丸が肩を支えると、吉備津彦は穏やかな笑みを浮かべた。
「……マスター。礼を言う。君たちと共に戦えて……俺は、ようやく自分の半身と決着をつけられた。ありがとう」
光の粒子が彼の体を包み始める。帰還の兆しだった。
「また、呼んでくれ。俺は……いつでも、君の力になる」
そう言い残し、吉備津彦は光となって消えた。
カルデアに戻った藤丸は、静かに息をついた。
手元に開かれた一冊の本。
その表紙に、金色の文字で描かれたタイトル。
『真約・桃太郎伝説』