黄金獅子はもういない   作:夜叉五郎

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最高司令官編

<宇宙暦797年/帝国暦488年4月>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十六歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国軍における階級は元帥で、役職は帝国軍最高司令官。

 爵位は侯爵。

 

 アルテナ星域で帝国正規軍とリップシュタット貴族連合軍の先鋒同士が激突する。

 帝国正規軍を率いるのはシューマッハ上級大将。

 リップシュタット貴族連合軍はシュターデン大将。

 この戦いは両将の精神的な図太さ、ストレス耐性の値の差が勝敗を決した。

 

 アルテナ星域会戦に先立ち、ヴェルはシューマッハにシュターデンの弱点を教えていた。

 奴の弱点は胃である!と、軍医局から取り寄せた昨年のシュターデンの健康診断結果を振りかざすヴェルの力説を、ありがたくも内心困ったものだと傾聴するシューマッハ。

 敵将の胃を攻めろという最高司令官のムチャ振りに困惑する幕僚たちを宥めつつ、シューマッハは早期決戦を避け、ワイゲルト砲の存在をチラつかせてシュターデンを焦らす作戦に出る。

 

 教鞭を取っていた士官学校で「理屈倒れ」と一部生徒から揶揄されていたシュターデン。

 ヴェルの軍才を否定し続けて来た手前、アムリッツァでヴェルが実践して見せたワイゲルト砲大量運用方法についても、戦訓に取り入れる事が出来ていなかった。

 そうでなくても麾下の傲慢な若手権門貴族たちの操縦にかなり苦労しており、シューマッハが不穏な艦隊運動を見せる度に彼の痛んだ胃へのダメージは蓄積していく。

 遂には吐血まで至ってしまい、シューマッハは一発も砲火を交える事なく、敵将を病院送りにする事に成功する。

 

 後送されたシュターデンに代わり、若手貴族たちがこれ幸いと各々勝手に指揮を取ろうとして暴走。

 シュターデンを突き上げていた彼らの矛先は、今度は手柄争いで互いに向けられる事になり、貴族連合軍先遣艦隊の統制は完全に失われる。

 策もなく正面からバラバラに突っ込んで来る貴族連合軍を、冷静に釣瓶打ちにしていくシューマッハ艦隊。

 ヴェル陣営とリップシュタット貴族連合の初戦は、あっさりとヴェル側に軍配が上がってしまう。

 

 

 

 フレイヤ星域に軍を進めたヴェルの前に、貴族連合軍一万隻が駐留するレンテンベルク要塞が姿を現す。

 原作では、後背で蠢動されると厄介と考えたラインハルトがやむなく攻略を決断していたが、ヴェルは違った。

 このレンテンベルク要塞を容赦なく撃滅して、他の貴族連合軍への見せしめの場とするつもりで開戦当初から準備を進めていた。

 

 降伏勧告は一応行った、という事実を得る為だけにレンテンベルク要塞と通信を繋ぐヴェル。

 当然ながら装甲擲弾兵総監のオフレッサー上級大将が出て来て、ぐわははと笑いながらヴェルを面罵してきた。

 黒蛇など掻っ捌いて蒲焼きにして食ってくれるわ!とはオフレッサーの言である。

 

 降伏しないでくれて感謝すると和かに通信を切ったヴェルは、カール・グスタフ・ケンプ中将に命じ、クロプシュトック星系から輸送してきた一ダースほどの氷塊群の調整に入らせた。

 バサード・ラム・ジェットエンジンが搭載された巨大な氷塊は、亜光速に近づけば近づくほど質量が増大する仕組みの質量爆弾である。

 原作でヤンが救国軍事会議の占拠するハイネセン攻略時にアルテミスの首飾りを撃破した時に使ったものと、ほぼ変わらない。

 ヴェルはこの原作知識を活用して、この氷塊質量爆弾をガイエスブルク要塞攻略の切り札にしようとしていた。

 ただ、これまで誰も使った事のない戦法であり、ミラクル・ヤンが見事やって見せたようなぶっつけ本番は絶対に避けたかった。

 ヴェルにとってレンテンベルク要塞は、運用方法や威力に関する実地検証にもってこいのお試し対象だったのである。

 

 備えはしていたが予想外の攻撃方法に対処出来ず、レンテンベルク要塞の軍港に氷塊質量爆弾が突き刺さる。

 次々と氷塊質量爆弾をレンテンベルク要塞にぶち当てていくヴェル。

 途中レンテンベルク要塞から通信が入ったが、丁度昼食どきであったため、卑怯者!と口汚く罵るオフレッサーに対し、ヴェルは鰻重を食べながら「卿も蛇なぞより鰻を食えば良いのに」とだけ告げて通信を切り、以降の通信は一切受け付けなかった。

 

 レンテンベルク要塞が完全に沈黙するまで、氷塊質量爆弾の威力評価は続いた。

 基地施設はほぼ全てが圧壊し、貴族連合軍一万隻の艦艇とオフレッサー上級大将を始めとする百万の兵は、その道連れとなった。

 

 その光景はヴェルの指示によってガイエスブルク要塞へも中継され、貴族連合の心胆を大いに寒からしめた。

 

 

 

 

 

<宇宙暦797年/帝国暦488年5月>

 

 自由惑星同盟軍の第十三艦隊を率いるヤン・ウェンリーは、クーデター発生前に統合作戦本部から受け取った命令を楯に、イゼルローンを出撃。

 ネプティス、カッファー、パルメレンド、シャンプールの反乱軍をひとまとめにして撃破した後、クーデターに参加したルグランジェ中将率いる第十一艦隊と激突する。

 

 その間イゼルローン要塞は戦力的に真空状態になっていた。

 だが、帝国領側の回廊出口を警備していたメルカッツ艦隊はイゼルローン回廊に突入する事なく、ヴェルの当初の命令通りに帝国側領内の警備を続け、どの勢力に対しても不戦中立の立場を取り続けた。

 またフェザーン経由で同盟領の情報を入手していたヴェルからも、メルカッツに対して新たな命令が下される事は無かった。

 その為、不在中にイゼルローンを帝国軍に攻められた時に備えたヤンの様々な策は、ことごとく出番が無くなってしまう。

 

 

 

 

 

<宇宙暦797年/帝国暦488年7月>

 

 ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十六歳。

 ゴールデンバウム朝銀河帝国軍における階級は元帥で、役職は帝国軍最高司令官。

 爵位は侯爵。

 

 シャンタウ星域に侵攻したファーレンハイト艦隊は、奇襲を掛けようと小惑星帯に隠れて布陣していた敵軍を発見。

 何故か敵軍の一部が暴走し、射程外から砲撃を仕掛けてきた事が発見の契機となる。

 本来ならば、伏兵が露見してしまった段階で兵を退くなり集結させるなりするのが常道だが、この時の貴族連合は混乱を続け、暴走。

 そのまま無秩序にファーレンハイト艦隊に襲い掛かっていった為、奇襲を仕掛ける為に布陣をばらけさせていた貴族連合の艦隊を、ファーレンハイトは容易く次々と各個撃破していく。

 

 貴族連合軍は全体の六割もの損傷を出してやっと撤退を開始し始め、ファーレンハイトの猛追撃を受けて更にその数を減らしていった。

 貴族連合軍の残存艦隊をシャンタウ星域外に叩き出し終わった後に、ファーレンハイトは敵軍が総大将のカイザーリングが直接率いる艦隊であった事を知り、大魚を逸した事を悔やむ。

 本営に謝罪の通信を入れるファーレンハイトであったが、ヴェルはシャンタウ星域確保の功績を称揚し、彼を咎めなかった。

 

 それよりもファーレンハイトの報告でカイザーリング艦隊の暴走を知ったヴェルは、その理由に思い当たる節があって瞠目する。

 カイザーリングがまだ配下のバーゼル中将をのさばらせており、いまだにその艦隊がサイオキシン麻薬を汚染されたままだった事を苦々しく思うヴェル。

 かつて己がカイザーリング艦隊に属していた大尉時代の苦労はいったい何だったのか。

 カイザーリングのセンチメンタルに付き合わされて失われた兵の数は、軽く百万人を超える。

 ヴェルはこの一件で男女の恋情の行きつく先の破滅の怖さを思い知り、自戒しようと心に決めた。

 ただ、つい先日オーディンで愛妾の一人が無事出産を終え、また遡ること二ヶ月前にもう一人の愛妾の妊娠が発覚していた為、もう完全に手遅れな感はある。

 

 

 

 シャンタウ星域失陥とその大敗を盟主のブラウンシュヴァイク公に責められ、カイザーリングは総大将の座から降ろされる。

 カイザーリングは一切の弁明をしなかったが、敗軍の将は語らずの美談が成立する状況下ではない。

 カイザーリングはブラウンシュヴァイク公が自ら勧誘して連れて来た将であったため、副盟主のリッテンハイム侯爵とその門閥貴族たちは大いに反駁する。

 両者の関係は一気に険悪化してしまった。

 

 ヴェルの攻勢に対して何一つ有効な手を打てないブラウンシュヴァイクと袂を分かつ事にしたリッテンハイムは、五万隻の艦艇を率いてガイエスブルク要塞を離脱し、キフォイザー星域のガルミッシュ要塞を目指す。

 その大軍を待ち受けていたのは、辺境星域の制圧作戦実施中のミッターマイヤーとロイエンタール率いる帝国正規軍別働隊三万五千隻であった。

 数を頼りに襲いかかるリッテンハイム侯爵軍を、あっさりと撃滅するミッターマイヤーとロイエンタールの両将。

 戦列もまともに組めない烏合の衆のリッテンハイム艦隊では、疾風ウォルフと金銀妖瞳の連携攻撃に耐えられるはずもなかった。

 リッテンハイムの旗艦はガルミッシュ要塞に逃げ込む事も出来ずに爆散し、リッテンハイム侯爵家はここに滅亡する。

 

 ミッターマイヤーとロイエンタールはガルミッシュ要塞を接収し、キフォイザー星域を制圧。

 敵軍の副盟主を討ち取るという多大な武勲を上げ、クロプシュトック陣営でのセカンドローの地位を二人でしっかりとキープし続けた。

 

 

 


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