<宇宙暦797年/帝国暦488年9月>
ヴェレファング・フォン・クロプシュトック二十六歳。
ゴールデンバウム朝銀河帝国軍における階級は元帥で、役職は帝国軍最高司令官。
爵位は侯爵。
ガイエスブルク要塞に乗り込んだヴェルはリップシュタット戦役の勝利式典を開催し、捕らえた貴族連合軍の高級士官らの引見に臨む。
既にファーレンハイトをはじめとする必要な人材は予め確保済みな為、ヴェル本人は引見を行う必要を感じていなかった。
だが、参謀のオーベルシュタインから勝者と敗者を満天下に知らしめる必要があると強く進言され、従う事にする。
実際の理由は、ブラウンシュヴァイク公の腹心であったアンスバッハ准将をここで取り押さえないと、今後どう動かれるか逆にわからなくなる、と考え直しただけであったが、その故を知る者はヴェル本人しかいない。
次の引見はアンスバッハの順というタイミングで、ヴェルは面会するのは生者のみと突如宣言。
ブラウンシュヴァイク公の遺体の確認は不要と、勝利式典を取り仕切るオーベルシュタインに強く命じる。
「アンスバッハは忠義の臣であると共に一廉の武人である。主君の仇を取る為にその遺体に武器を隠すくらい平気で実行する男だ。また、身に寸鉄を帯びていないか、特に注意して確認するように」
これは粘るオーベルシュタインに投げつけたヴェル本人の言葉であった。
渋々引き下がってヴェルの指示を部下に伝えるオーベルシュタインであったが、それが引き金となって広間の外で一騒動発生する。
控え室で爆発が発生し、広間までその爆音と揺れが伝わる。
動揺する出席者や捕虜たちと駆け付ける警備兵たちで、一気に式典の広間は混沌と化す。
シューマッハら提督たちは皆ヴェルを守ろうと護衛たちと共にガードを固め、安全確保のためにヴェルを旗艦のバハムートへ誘導。
会場の外で犯人を捕らえるべく警備兵たちが奮闘し、ときおり怒号が響く中、提督たちに身を守られながらヴェルは式典会場を立ち去った。
ヴェルは一人冷静にやはりこうなったかと独り言ちる。
しかし、事態はヴェルの思いもよらぬ展開を見せてしまう。
騒動が落着してしばらく経た後、バハムートに退避したヴェルに対し、オーベルシュタインが事態収束の報告と詫びの通信を入れて来た。
下手人はヴェルの懸念どおりアンスバッハ。
ブラウンシュヴァイク公の遺体の内臓をくり抜き、そこにロケットランチャーを仕込んで式典の場に持ち込み、ヴェルの暗殺を図ったとの事であった。
ヴェル直々の遺体の引見不要の通達により、アンスバッハの思惑は外れる。
強硬手段に及ぼうとするも警備兵に取り押さえられたアンスバッハは、歯に仕込んでいた毒を噛んで無念の自殺。
生かして捕縛出来なかった事をヴェルに謝罪するオーベルシュタイン。
更にアンスバッハを捕らえるにあたり、彼の嵌めていた指輪の隠しビームで警備兵が一人首筋を撃たれ、運悪く死亡してしまった旨も告げて来た。
ヴェルはその知らせを聞いて、頭をハンマーで殴られたかのようにその身をぐらりとよろめかす。
恐る恐るオーベルシュタインにその警備兵の名前を尋ねるヴェル。
亡くなったのはジークフリード・キルヒアイス一等兵。
同盟軍帝国領侵攻に伴い、昨年オーディンにて徴兵されたばかりの赤毛の青年であった。
この時のヴェルの感情は説明がし難いものがある。
キルヒアイスが自軍に加わっている事など一切関知していなかっただけに、その死は想定外過ぎた。
一等兵の死に衝撃を受けてるヴェルの様子を、困惑しながら見つめる提督たち。
彼らを前にしながら、思わずなぜだ!?という疑問がヴェルの口から溢れ落ちそうになっていた。
どの世界線であろうと世界はキルヒアイスの死に収束してしまうのか、とヴェルは間違った結論の境地に入りかかる。
そこでまず最初にヴェルの脳裏に浮かんだのは、哀しんでいるアンネローゼの顔であった。
この世界線においては、ラインハルトが幼少期に発病してしまった影響で、アンネローゼとキルヒアイスの間に面識は一切無い。
それでも何故かアンネローゼに対する申し訳無さがヴェルの胸を焦がし、オーディンに戻ったらとにかく謝らねばと心に決める。
この決意は翌年のアンネローゼとの間の第二子、ジークフリードの誕生へと繋がっていく。
次いで思いを巡らしたのは、OVA版のキルヒアイスの朴訥で人の良さそうな両親たちの姿である。
キルヒアイスは一人息子だったはずである。
最愛の一粒種の息子を失ってしまった彼らの悲しみは如何許りか。
二階級特進による遺族年金や特別な恩賞を用意しても、何の慰めにもならないだろう。
キルヒアイスの死に関する責任の所在を、今ここで明確にしておく必要があった。
原作ではキルヒアイスを失なったラインハルトは一切オーベルシュタインを責めなかった。
しかしヴェルは違う。
信賞必罰の則を守るべく、式典を取り仕切っていたオーベルシュタインを叱責。
参謀長の職を解き、自分の直下から外す旨をその場で通達する。
オーベルシュタイン自身、ヴェルのわざわざの助言を活かせずに今回の事件を未然に防ぐ事が出来なかった責を自覚しており、その決定を従容として受け入れた。
人的被害としては結局一等兵一人に留まった事件だった為、提督たちの中には重い処罰と感じた者も多い。
しかし、これも支持基盤である平民に配慮してのヴェルの采配と受け取られ、またオーベルシュタインの為人もあって、表立って疑問を呈する者は誰もいなかった。
問題はオーベルシュタインの預かり先である。
ヴェル麾下の提督たちにとっては究極のババ抜きであった。
顔に手を当つつ沈思黙考でどうすべきか迷うヴェル。
そこでロイエンタールが先手で仕掛ける。
その前に、とまず断りを入れ、自分とミッターマイヤーにオーディンを抑えるよう命じ下さいと述べるロイエンタール。
彼が言うには、既にヴェルの手腕によりリヒテンラーデ公の身柄は拘束済みではあるが、いつ不測の事態が起こるかわからない。
いち早く武力で主星の権能を全て抑えてしまうに如かず、との事であった。
ヴェルはこの申し出を是とし、二人にオーディンに向けての先行を命じる。
ミッターマイヤーとロイエンタールはその場から退出するのに成功し、必然的に残った三矢の一本であるシューマッハにオーベルシュタインが預けられる話の流れとなる。
オーベルシュタインを押し付けられる形となったシューマッハは、先々の苦労を思って苦虫をすり潰したような表情を浮かべる。
反対にお鉢を見事に回避したミッターマイヤーとロイエンタールの二人は、艦隊の出発準備をしながら密かに安堵の吐息を漏らしていた。
なおオーベルシュタインの後釜にはフェルナー大佐が准将となって内部昇格し、ヴェルを支えていく事になる。
急進したミッターマイヤーらの艦隊の後を追うように、ヴェルの艦隊は悠々とオーディンへの凱旋の帰途に着こうとしていた。
バハムートがガイエスブルク要塞を出立するその直前、フェザーン駐在帝国高等弁務官から通信が入る。
それは自由惑星同盟領の救国軍事会議によるクーデターが、ヤン・ウェンリー率いる同盟第十三艦隊により降伏に追い込まれたとの知らせであった。
ヤンのハイネセン攻略の方法や成否は聞くに及ばない話である。
だがその知らせには、クロプシュトック侯に関する一つの噂が同盟のアンドリュー・フォーク准将という者によって同盟領内に流布されている、との情報も添えられていた。
もちろんクーデターの首班であったドワイト・グリーンヒル大将の令嬢フレデリカがヴェルの愛妾となっている件であり、フェザーン自治領もこれに協力している節があるとの事であった。
フレデリカの存在が大々的に流布されてしまった事実に驚くヴェル。
しかもそれがあのフォークの手によって!
しかし、今はそこを掘り下げる前に、ヴェルにはまずするべき事があった。
リンチ少将がいようがいまいが、クーデターが発生してしまった時点で最早この結末は確定していた。
やはりクーデターの終結と共にドワイト・グリーンヒルはその命を絶っていたのである。
その悲しい事実を、ヴェルはフレデリカに伝えなければいけないのだ。
ちなみにヴェルが知る由も無い事であったが、ドワイトはリンチの代わりに激昂したクリスチアン大佐によって射殺されている。
ジェシカが議員になっておらず、スタジアムの虐殺が発生しなかった影響であろう。
ともかくヴェルは、キルヒアイスの死の知らせに次いでまた一つ、自分の囲っている女の関係者の訃報を受け取ってしまった。
唯一の救いは、超光速通信でヴェルから知らせを受けたフレデリカが、哀しみに震えながらも気丈に対応してくれた点にある。
父の覚悟は十分に予想出来ていた事と、どんなに辛くても最早一人の体では無いので自分は強く生きねばならないと決意を語るフレデリカ。
心配を掛けさせない為に出征中のヴェルには内緒にしていたが、既にフレデリカの体は六ヶ月目に入っていたのである。
リップシュタット戦役の出征前夜の慰めの効果であった。
ヴェルはヒルデガルドやアンネローゼらにフレデリカのフォローを頼んだ後、自分も早くオーディンに戻れるよう艦隊の移動を急がせた。
結果としてオーディンの宰相府にて国璽を握ったロイエンタールの野心がもたげ始める前に、ヴェルの艦隊はオーディンに凱旋。
ロイエンタールから双頭の鷲が象られた国璽を受け取ったヴェルは、帝国宰相の座に就いて銀河帝国の全権を掌握する。
世界の半分を手に入れたヴェルことヴェレファング・フォン・クロプシュトック。
あと半分の世界を治める自由惑星同盟は、アムリッツァの大敗と続く救国軍事会議のクーデターにより、昔日の力はもう全く無くなっている。
狂信的な地球教徒たちの拠点も、本拠地である地球を含めて一掃済みである。
士官学校時代からの目的であった、自分と自分に近しい者たちの安全は保証されたも同然であった。
今のヴェルの心には飢えなど無く、もちろん強力な敵なども必要とはしていなかった。
この日からヴェルは、自分を戦さに駆り立てようとする有象無象の力の制御に挑み続けざるを得なくなる。
それはそれでまた地獄の日々であり、彼を取り巻く聡明な女性たちの存在が、ヴェルにとっては唯一の癒しとなっていく。