因みに私は一人での長湯はあまり出来ないです。
長い入浴時間を経て漸く入渠ドックを出た私は、外で待っていた吹雪を連れて執務室へと戻って参りました。
というか……まさか二日間ずっと待っていた訳ではありませんよね?
「あら、葉巻?戻りました」
「カモンアラハマキー!色々とご苦労様デース」
そんな疑問を胸にしまいつつも扉をノックすると中から金剛さんの元気な返事が帰ってきました。
「失礼します。金剛さんこそお忙しい中有難う御座いました」
「ノープロブレムネー!寧ろこのまま交代して欲しい位ヨー?」
「提督的にもそちらの方が気が休まるとは思いますが、済みませんが元帥との契約であり艦長の指示ですので代わる事は出来ないんです」
「オー、それは残念ネー。ですがテートクのハートを掴むのは私なんだからネ?それじゃあ原隊に復帰しマース!」
そう言って金剛さんは終始高いテンションのまま、手を振って執務室を出て行きました。
ま、提督を抱き締めて眠るのは私の任務ですので譲る気はありませんがね。
「おかえりアラハマキさん。大丈夫?何処か不調はあったりしない?」
「えぇ、右腕が拘束されてる以外は特にはありません」
「あぁ〜……吹雪ちゃん?一応貴女は警備隊として派遣されてる扱いなんだけど大丈夫?」
「はいっ、分かってます!ですが同時にアラハマキ姉様の観察もとい監視の役割もありますので。警備隊の隊長にはその辺りはご配慮頂いております!」
「そ、そう……それならいい、わ?」
わぁ、向こうには既に根回し済みという訳ですか。話しでは今朝正式に辞令が渡ったばかりなのに驚きの行動力ですね。
まぁ命令無視をしてる訳では無いのなら別に良いでしょう。
それよりも私の入渠中一度も顔を出さなかった艦長は一体何処で何をしているのでしょうか?
「そう言えば艦長は今何をしているんですか?てっきり提督の所に居るものだと思ったのですが」
「荒さん?あの人なら工廠に居ると思うけど……あ、そういえば新しい子の建造が直に終わるみたいだし一緒に見に行きましょうか!」
「え、いや……お仕事の方は大丈夫なんですか?」
「大丈夫大丈夫っ!サッと行って戻ってくれば間に合うから。こう見えても優秀なのよ?
「はぁ……分かりました」
この提督は真面目そうな振りをして意外と奔放な性格の為、息抜きと称して執務中に部屋を抜け出す事が良くあるのです。
そういう人の教育に関しては門外漢な私は秘書艦である朝潮さんに任せて提督の息抜きに付いて行く事にしています。
後で私含めて朝潮さんに叱られてるんですけどね。
それはともかく提督と工廠に向かった私は中で赤城さんと話し合っていた艦長へと声を掛けました。
「艦長、ただいま戻りました」
「おう。あら、葉巻?……っと提督か、あんま朝潮に迷惑かけんなよ?」
「わ、分かってますよっ!大方は終わらせて来ましたから。それより直に建造完了するんでしょ?折角だからアラハマキさんにも見てもらおうと思ってね」
なるほど、艦長から逃れる為の口実に私がだしに使われたわけですか。
まぁ良いでしょう、建造されたばかりの艦娘というのも気にならない事もないですから。
「あっ、アラハマキさんほら!丁度建造が完了したみたいよ?」
四つあるカプセル型の機械の一つが激しく空気を噴出させながら開いていきます。
その向こうから姿を現したのは自分の状況を掴めていないのか、立ち尽くす灰色のツインテールの少女でした。
「うぇ!?あれ、もしかして提督さん!?えと、翔鶴型航空母艦2番艦、妹の瑞鶴で……す」
「ええ、私が提督の灰瀬よ。よろしくね瑞鶴ちゃん」
「航空母艦……つまり赤城さんや加賀さん達と同じ空母と言う事ですか」
運用は大変だと思いますが空母が増えるのであれば戦略の幅も広がりますし、お二人の負担も軽くなるので有難いですね。
そう思っての発言でしたが加賀さんはその言葉が気に入らなかったのか顔を顰めていました。
「加賀さん?何か気に障る事でもありましたでしょうか」
「いえ、ただ五航戦の子と同列に見られるのはちょっと……」
「なっ……!?」
おっと、まさかそう言った事を本人の前で言ってしまうのは想定外でした。
「加賀さん?」
「あ、赤城さ……ん?」
加賀さんは赤城さんの圧力にたじろいでいるようですが当然ですね。
立場を考えてもう少し言葉を選ぶべきだったと思います。
この世界の歴史は知りませんが少なくともこの鎮守府では先輩ですし、何より彼女は今建造されたばかりなのですから。
「……わ、私だって一航戦なんかと一緒にされるなんて冗談じゃないわ!」
あー、行ってしまいましたね。
まぁこれは私も軽率でしたし、ちょっとフォローに行きましょうか。
「艦長、提督。これから瑞鶴さんの所へ行ってこようと思います」
「おう、その前に良いか?今のやり取り、どっちに非があると考える」
は?いきなりなんでしょうか。
お二人の間で何があったのか私には分からないので此処で答えるのは早計と言わざるを得ないのですが……。
「まあ、現時点だけを見れば加賀さんに非があると私は判断します。私の質問が切っ掛けですので申し訳なさはありますけれど」
「アラハマキさん、ちょっと待──」
「よし、行ってこい。あ、吹雪は此処で待機な?」
「ええっ!?なんでですかぁ……私も行きますっ!」
「吹雪、良い子で待っていて下さいね?」
「はいっ!」
「それでは行ってきますね」
吹雪を説得?した私は艦長達にお辞儀をしてから瑞鶴さんが走り去って行った後に続きました。
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「荒さんっ!どうしてアラハマキさんを勘違いさせたまま行かせたんですか!?」
「瑞鶴のフォローすんのに二人のバックグラウンドは不要だからだよ。アイツは人間の機微には疎いくせに無駄に頭が回るからな、余計な事情を知れば中立な立場に回っちまう。だがそれだと瑞鶴が委縮しちまうからな」
「瑞鶴さんの味方に付く為に……ですか」
「ああ。会って間もないから良くは解らないが、少なくとも加賀に反発した直後に後悔するような眼をするような奴だってのは解った」
問い詰める灰瀬提督を納得させた艦長は態々瑞鶴が反発するような発言をした本人へ訳を尋ねた。
「で、加賀よ。どうしてあんな不興を買うような事を言ったのか、聞かしてくれるな?」
「別に……練度に差がない以上艦としての性能を含めればあの子の方が優れている事は明白。なのに一纏めにされるのも面白くない話でしょう?」
「はい?」
しれっと答える加賀に艦長は呆気にとられる。
だが、心なしかドヤ顔をしている様にも見える加賀の背後に鬼が現れた。
「か・が・さ・ん?」
「ひっ!?あ……あの」
「素直にそういえば良いのに……やっぱりワザとあんな言い方をしたんですね?」
「で、ですがそれでは一航戦としての誇りが……」
「そんな器の小っちゃい事しといて何が誇りですかっ!そんなのはただの見栄っ張りでしょうが!」
頭上から拳骨を落とされる加賀を眺めながら艦長は思った。
別にアイツに伝えても問題なさそうだったな。
「うぅ……一航戦の誇り……こんな所で失うわけには……」
「私の真似してるつもりですか?そんな事で失う誇りなら要りませんよっ!」
「はぁ……んだよ、心配して損したぜ。そうなると一番の被害者は……」
艦長は彼女達が出て行った扉の方を見つめてから、再びため息を吐いたのだった。
私の中では加賀さんってそこはかとなく子供っぽいイメージなんですよね。
そんな上新粉の勝手なイメージと練度の低さから此処の加賀さんはちょっとお茶目さんになっています。