アマテラス。
突如飛び付いて来た私と同じ黒髪の彼女は不安そうな声で、しかし確かにそう口にしました。
私の中でその言葉が意味する所はただ一つ、日本が誇る超巨大ドリル戦艦にて私の大切な妹。
日頃から影が薄いと悩んでいた彼女ですが、私は忘れた事などこの世界に来てからも一度たりとも有りません。
しかし、目の前の彼女を見て私はアマテラスだと素直に信じられませんでした。
先ず見た目が記憶と掛け離れてますし、それにあちらではもう少し落ち着きのある子だった記憶が……。
「姉様……私、ずっと寂しかったんですの」
「……えーと、話が急過ぎて流石に受け止めきれないのですが。取り敢えず貴女について幾つか聞いても良いでしょうか?」
「はい、姉様!なんなりと仰って下さいませっ」
「うぅ……私のお姉様なのにぃ〜!」
「ちょっと吹雪ちゃん、話が拗れるから一旦落ち着いて?」
吹雪が何か呟いてた様ですが今はこちらの解決を優先する事にします。
「ええと、一先ず貴女が私の知っているアマテラスだと仮定します。ですがそれは貴女が私を本物だと気付いた理由にはなりませんよね?」
「その様な事私に掛かれば造作もありませんわ!私のセンサーがマキ?姉様のノイズを聞き間違える筈がありませんもの」
ノイズ?ああ、そういう事でしたか。
確かに店に入って超兵器ノイズを感知したら警戒くらいするでしょう。
いや、ですが……そもそも今の私から超兵器ノイズが発せられているのですか?
それにノイズに違いがあるなんて初耳なのですが。
「吹雪、私の周りに何か発生してますか?」
「はいっ!ええと……良い匂いが発生してます!」
「それは……ノイズとは違う様な気がしますね」
「姉様、恐らくこの世界のセンサー類ではノイズ感知出来ないと思いますわ」
それは、まあ当然と言えば当然ですか。
超兵器の存在が当たり前でないこの世界でそんなノイズを感知するセンサーを用意する意味がありませんでしょうし。
それなら私がセンサーを使って確かめれば良いだけです。
私は取り敢えず人体に影響の無いパッシブレーダーの類を起動させてみました。
これは……ソナーですね。
そうするとこれが……ああ、こっちが超兵器ノイズ探知用の空間振動レーダーですか。
「……なるほど、確かに貴女が超兵器である事は確認出来ました」
「そ、それじゃあこの人は本当にアラハマキさんの……?」
「だから初めからそう言ってますわ!失礼な子ですわね!」
「いえ、それとこれとは話が別です」
「そんなっ!マキ?姉様どうして!?」
「超兵器即ちアマテラスという事にはなりません。それに貴女はノイズが違うなどと虚言を並べて私を謀ろうとしましたからね。信用するには値しません」
相手が超兵器であると判明した以上、少なくとも確証を得るまでは鵜呑みに出来るような話ではないでしょう。
「うっ……そ、それは……私が姉様の事をそれだけ慕ってるという表現でして……」
慕われていると嘘を吐くということですか?
更に理解に苦しむのですが……。
「よいっしよ……っと、アラハマキさんっ!アマテラスさんの目は嘘を吐いてません!信じてあげて下さい!」
「吹雪ちゃん……」
目の前の超兵器に対して警戒を引き上げていると、吹雪が彼女を私から引き剥がしながらも意外にも彼女の弁護に入って来ました。
「吹雪、今の話の中の何処に信じる要素があったのですか?」
「わ、私はお二人の関係もノイズについても知りません。ですがっ!一般的に不可能な事でも愛があれば可能になると私は思うんです!」
「愛……ですか?」
テレビでも度々耳にする言葉ですが、私には今一つ分からない言葉でした。
しかし、その
「ふむ、それは興味深いですね。つまり、彼女は
「はいっ!私もお姉様の匂いなら嗅ぎ分けられる自信がありますがそれも愛です!」
「吹雪ちゃん……私、貴女の事は姉様に群がる悪い虫位に考えていましたけど……勘違いしていましたわっ!貴女が話のわかる方なのね!」
「アマテラスさん!私も貴女となら一晩中語り明かせる気がします!」
……理由は解りませんが背筋に寒気がします。
やはり警戒は解かないでおきましょう。
「まぁ、それでは今の所は吹雪の話を信用するとしましょう。それでアマテラス
「うぅ〜、マキ?姉様から距離を感じますわ……ですが簡単には挫けなくてよ!勿論っ!私も姉様と暮らしますわ!」
「そうですか、不用意に近付かないで頂けますか?」
彼女も来る気満々ですし、私としても危険物を野放しにする訳にも行かないので連れて行こうとは思っていましたが……提督や艦長に話を通さずに勝手に連れて帰る訳には行きませんね。
走らされるのはもう懲り懲りですから。
まずは艦長に……と思いましたが連絡手段がありませんでした。
うーん、私が自分で動ける以上艦長とは何時でも連絡が取れるようにしたい所ですが──っとそういえば、確か提督室には直通の回線が有った筈ですね。
「吹雪、提督室の直通回線の番号を知ってますか?」
「はいっ!こちらになりますお姉様!」
「ありがとう。ではマスターさん、そちらの電話を少しお借りしても良いですか?」
「あ、あぁ。好きに使ってくれて構わないよ」
目の前で起きた光景に理解が追い付いていないのかマスターさんは唖然としながらも頷いて下さいました。
さて、許可も下りましたので早速報告を──。
「あ、アラハマキさん!」
「瑞鶴さん、どうしました?」
「い、いや……まだちょっと状況が掴めて無いんだけどさ。流石に一般回線で報告すると傍受される危険があるんじゃないかなぁ〜って?」
ええ、その心配は最もです。
しかしこの私がそんな事も考えていないとでもお思いとは見くびられたものですね。
「ふふ、抜かりはありませんよ。まぁ私に任せて下さい」
そう言って私はピンク色の電話機から受話器を取って吹雪から受け取った紙を見ながらダイヤルを回していきます。
ふふ、黒いのを提督が使っているのを見てましたから電話機の操作くらい朝飯前です。
吹雪が本体に何かを入れてましたが、恐らく秘匿性を上げるものでしょう。
「本当に大丈夫かなぁ……」
瑞鶴さんはまだ心配そうにしていますね。
まあ慎重になる事は悪い事ではありませんが、それで身動きが取れなくなっては本末転倒です。
『はい、こちら第──』
「お疲れ様です。今日は妹と一緒に帰りますのでよろしくお願いします」
『へっ?もしかしてアラ──』
おっと、危ないところでした。
ですがこれでしっかりと報告しましたし懲罰や説教は大丈夫ですね。
「ねぇ、吹雪ちゃん。流石に今のは……ってあれ?吹雪ちゃん?」
「はい、そういう事ですので宜しくお願い致します金剛さん」
「吹雪ちゃん……あんた……」
「流石ですお姉様っ!これなら安全ですね!」
「ええ、際どい舵取りでしたが私はやり遂げましたよ」
ですから瑞鶴さんもそんな顔しないで安心してくださいね?
「それよりも……この椅子の惨状をどうしましょうか」
正確には床と窓ガラスも悲惨な事になってますが。
一応知り合いがしでかした事なので何とかするべきですかね。
「あの、マスターさん?こちらの修理はお幾らでしょうか?」
「ん?あ〜そうだねぇ……全部直したら20万弱位は掛かるかなぁ」
「20万……」
私は自分の財布の中身を確かめてみましたがそこには1万円札が3枚入っているだけでした。
そういえば私の給金は全て艦長が管理する事になったのでした。
まあ日用品は艦長が揃えて下さいますし、今日みたいな日も必要分は頂けるのでそれ自体は良いのですが……どうしましょうか。
「……分かりました。それではそこの方がなんでもするそうなので好きに使ってやって下さい」
「そんな!?マキ?姉様ぁ〜!」
「引っ付かないで下さい、自業自得です」
「そ、そんなぁ〜……」
はぁ……でもまぁ、危険物をそのまま放置は出来ませんし私は私で艦長に掛け合うとしましょう。
「アマテラス……いえ、天野さん。貴女は修理費用の担保として今日の所はマスターさんの指示に従って下さい。良いですね?」
「はい、それは構いませんが……一つ教えて欲しいですわ。マキ?姉様、私は姉様と一緒に居てはいけませんか?」
「……私はまだ貴女を信じていません。ですが、貴女の処遇は提督と艦長次第ですから私がどうこう言う事ではありません」
少なくとも艦長からの支援が得られなければ暫くはマスターさんの所でタダ働きでしょうし、例え支援を得られても提督や上層部が首を縦に振らなければ同じ場所で暮らすのは不可能でしょう。
別の鎮守府に飛ばされるか、最悪解体されてモルモットにされかねませんから。
流石に忍びないのでそんな事にはさせませんけどね。
それよりも私事のせいで瑞鶴さん達には迷惑を掛けてしまいましたし、何処かでお返ししなければなりませんね。
となると……やはり甘味でしょうか?
こっちに関してはきっと艦長も解ってくれるでしょう。
マスターさんに飲食代を支払った私達は提督へ報告の為に帰路につくのでした。
果たしてアマテラスさん(仮)は借金のカタに売られてしまうのか!?
まあ一般人にどうこう出来る相手じゃないですがね。