高速飛翔体が飛んできた方角に振り返った夕張が目にしたのは本来こんな海上に居れるはずのない存在であった。
「どうして……どうして此処に居るんですか!?
「ごめんなさい、後で説明するわ。それより今は荒さんを早く!」
「あ……っはい!」
夕張は突然の出来事に一瞬たじろぐも直ぐに気を持ち直し陸へと急ぐ。
「待て!逃がすかぁっ!!」
「それはこちらの台詞よ」
荒覇吐が夕張を追いかけようとするが遥か先から放たれる光線によって足を止められてしまう。
荒覇吐は自身の邪魔をした犯人へ殺意を込めた視線を送りつつ、忌々しげに吐き捨てた。
「ちっ、あと少しなのに……貴様は後で構って上げるから大人しくしてなさい!フィンブルヴィンテル!!」
フィンブルヴィンテル
それは超兵器の起源にして頂点となる究極超兵器である。
全ての超兵器機関はかの超兵器を元に作られたと言われ、その機関が止まる時全ての超兵器機関が稼働を停止するとも言われている。
兵器というより冒涜的な生物の様な姿を持つこの超兵器はかの世界でさえ乗員を必要としない意志を持つ兵器であった。
「私は灰瀬瑠花ですっ!ですが……これ以上不条理に私の仲間を傷付けようと言うのなら、例えアラハマキさんの姉妹艦であっても容赦はしない。
そう言い放った灰瀬瑠花もといフィンブルヴィンテルは普段の青紫ではなく薄紫のショートヘアーを靡かせ荒覇吐の前に立つ。
「何を言ってるの?あの男はマキ?お姉ちゃんを誑かそうとする害悪よ。それを排除するのが不条理って言うの!?」
「不条理よ。荒さんは彼女の願いの為に一生懸命だもの、彼女を騙して利用するつもりならご機嫌でも取ってもっと上手くやるわ」
「マキお姉ちゃんの願いの為ですって?はっ、詭弁も良い所ね。自由を制限され、戦闘も思い通りに出来ない環境にお姉ちゃんを縛り付けて何がお姉ちゃんの願いの為よ!馬鹿馬鹿しい」
真実を知らない荒覇吐には自身の気持ちと過去の記憶こそが真実である。
もしここにあら、葉巻?が居れば即座に反論したであろう。
だが今の灰瀬には荒覇吐の主張を否定出来るだけの根拠を持ち得ては無かった。
勿論彼女は荒葉輔がそんな男でないと信じている。
それでも荒覇吐を納得させるだけの材料が存在しないのもまた事実だ。
「そうね、確かにアラハマキさんに取って今の環境は少し窮屈かも知れない。それでも一つだけ言える事はあるわ」
「……なによ」
「それはアラハマキさんも荒さんもお互いを大切なパートナーだと認識してるって事。貴女の思ってる様な関係なんかじゃ絶対に無いわ」
それが今日まで二人を見てきた灰瀬が辿り着いた答えであった。
しかし、当然ながら荒覇吐がそれを聞いて納得する筈が無い。
「そうか……お前もあの男とグルになってマキお姉ちゃんを誑かそうとしてるのか」
「……やっぱり本人から直接聞かなきゃ納得出来ないようね」
「いいわ。だったらお望み通りお前から沈めてやるわっ!!」
言い終えるや否や荒覇吐は305mmガトリング砲をばら撒きながら70knot*1近い速度で一気に近付いてくる。
灰瀬はそれを防御重力場で威力を殺しながら
電磁防壁を展開してるため威力は半減しているが元々威力の高いδレーザーを相殺しきる事は出来ずに荒覇吐の船体にダメージは蓄積されていく。
「鬱陶しい!さっさと沈めぇ!」
「下がりなさい!私を知ってるなら貴女に勝ち目はない事も解るでしょ!」
「私を……馬鹿にするなぁっ!!」
「くっ……!」
状況だけ見れば灰瀬が圧倒しているように見えるが、その実彼女の内心はかなり焦っていた。
今はどうにかδレーザーと多弾頭ミサイルで足止め出来ているが、後進している灰瀬が接近を一度許してしまえば再び距離を取ることは叶わず一方的に嬲られるのは目に見えている。
幾ら究極超兵器と言えど荒覇吐を相手に近接戦闘を行うのは分が悪過ぎる。
そして最大の悩みは目の前の彼女があら、葉巻?の姉妹だと言う事だ。
仲間に危害が及ぶ事を看過する気は無い灰瀬だが、それでも此処で荒覇吐を沈めてしまえばあら、葉巻?を傷付けてしまうかも知れない。
それ故に一撃で消滅させかねない反物質砲は使えない。
光子榴弾砲も撤退途中の夕張を巻き込んでしまう為勿論使えない。
だからこそ足止めに徹しているのだが、幾ら損傷が蓄積されようと荒覇吐は一向に下がる気配が無かった。
そこに灰瀬は一抹の不安を覚えた。
「貴女まさか……此処で死ぬつもり!?」
「ふふ、マキお姉ちゃんが目を醒ましてくれるなら死んだって構わないわ」
「なっ……!?」
そう言って狂気に満ちた目で薄く笑う荒覇吐の姿で灰瀬は確信した。
これは甘い考えでは殺られる、仲間を護れない。
そこからの灰瀬の判断は早かった。
多弾頭ミサイルで目を眩まし距離を取りつつ反物質を生成していく。
そして充分に作られた反物質を電磁力で荒覇吐目掛けて放った。
「あははははっ!やっと解ったようね?でも遅いわ、お前はさっさと私を沈めて帰るべきだったのよ。お姉ちゃん達に見られる前に、ね?」
「アラハマキさん達に見られる前に?それはどういうっ!」
灰瀬が問い質そうとした直後、反物質砲が起こす対消滅エネルギーが辺り一体に衝撃となって吹き荒れる。
それはつまり反物質砲の着弾を意味する。
灰瀬は激しい光に目を細めつつ波に足を取られないように踏み止まりながら、荒覇吐が放った最後の言葉の意味を考えていた。
「(確かに今の姿をアラハマキさんに見られるのは避けたいところだけれど、それは別に彼女に限った事じゃないし、夕張に見られた以上遅かれ早かれ彼女の耳に入る話。となると他に何か問題が?)」
だが、その答えは最悪の形で判明する事になる。
波と光が落ち着いてきたその着弾点には件の戦艦が半損しながらももう一人の戦艦を庇っていた。
「灰瀬提督。貴女はどうして此処に……いえ、やっぱり良いです」
「あ、アラハマキ……さん」
「お姉ちゃんっ!」
「荒覇吐……そうですよね、その艤装の時点で疑う余地は無かったのに。アマテラスもごめんなさい、妹達を信じてあげられなかった悪いお姉ちゃんでしたね」
「気にしてませんわ、お姉様ならいずれ分かって下さると信じていましたもの」
すぐ後に合流したアマテラスは荒覇吐に肩を貸しながらあら、葉巻?にそういって微笑みかけた。
だが、妹達に向けた柔らかな表情は直ぐになりを潜め灰瀬に向けられるのは背筋を凍りつかせる様な冷酷な視線だけであった。
「提督……私や艦長、そして天龍さん達を欺きこの世界をどうするおつもりですか?こちらでもヴァイセン・ベルガーの名のもとに貴方達が支配する究極の平等とやらを目指すのでしょうか?」
「待って、アラハマキさん!私も元帥もこの力で世界をどうこうするつもりは無いわ!」
「ならば何故人と偽り提督になどなっているのですか?」
「それは……」
「答えられませんか、残念です」
そう言ってあら、葉巻?は目を伏せ心底残念そうにため息を吐いた。
あら、葉巻?は灰瀬に好感を抱いていた。
だからアマテラスの話が事実であり、妹の荒覇吐を本気で殺そうとしていた彼女に対して酷くショックを受けた。
それでも彼女なりの考えや事情があるのではないかと考え、それを話して欲しいと期待していた。
だが、結局彼女は答えない。
沈黙と言う回答は彼女を信じようとしていたあら、葉巻?を失望させるには充分過ぎるものであった。
あら、葉巻?はもう話す事は無いと殺意を込めた瞳で灰瀬を射抜いた。
「提督。いえ、フィンブルヴィンテル……貴女は此処で終わりです!」
こうしてあら、葉巻?にとって初の超兵器戦は図らずも最悪な形で実現する事となった。