「うぅ……恥ずかしい……」
小声で俺に囁くその顔は、真っ赤に染まっていた。
俺としてはそれも込みで色々と昂るところが――まぁないわけでもないのだが、それを今伝えるのは流石によくない。
俺は――いや俺は俺である種同じようなことをしているのだけど、如何せん京楓が気になってそっちが疎かになってしまっている。
端的に言えば、今の京楓はコスプレをしていた。俺は俺でゲームの主人公のコスプレだ。
どうしてそうなったかって? それは――。
「二人きりになりたい」
そう、京楓から急に切り出されたのは、大学の講義と講義の合間だった。
「ついでに運動もしたい」
「えーっと、それは毎晩やってることじゃなくて?」
「そういうのじゃなくて! 普通にさ、ジョギングでもなんでも、二人で楽しめて、なんなら二人きりになれるものがなーって。ハイキングとかさ」
「あー、ハイキングにはいい時期だもんなぁ。インバウンド客で混んでるだろうけど、今度伏見稲荷の上まで行く?」
「それいいねー。予定に入れておこうか」
よし、ハイキングデートの予定一丁上がり。京楓はこういう体力がいるようなことも気軽に誘えるのは行動の幅が広がって実にいい。
と、ここまでなら恋人同士の割とよくある意味があったりなかったりする会話だったのだけど。
「はいそこの若人! 運動っぽいことなら一つあるよ!」
「うわびっくりした」
目ざとく会話を後ろで聞いてたらしいクレアが、俺の両肩に手を置いて京楓の方に身を乗り出す。正直京楓のそれよりたわわな乳房が後頭部に当たっているが、俺はそれに気付かないふりをする。
ちなみに、俺と京楓とクレアとで同じ大学、内俺とクレアは同じ学部に進学したから、結果的に学内でも大体この三人でつるんでいる。だから京楓と二人で恋人らしいことが、案外出来ていない。
「で、運動っぽいことって何? あとその姿勢暁に胸当たってるからやめてあげて」
「いやこうやってれば暁私になびいてくれないかなーって」
「彼女の目の前でやるの、それはそれで度胸あるわね……」
「まぁ京楓だから? 逆に暁と二人という時はしないし、そういうこと」
「とりあえず俺が気まずいから話進めてくんねぇかな……」
こういう時、どういう反応をすればいいかさっぱりわからない。未だに、みさきもクレアも琥珀もそれっぽい行動を起こすことがあるのだけど、どこまで本気なのかが皆目見当もつかない。
「で、どういった話?」
「あー……」
急に、クレアが頬をぽりぽりと掻き始めた。
「まぁ、運動というとそうかもしれないしそうじゃないかもしれないし、どっちかというと京楓がひたすら汗をかくだけになりそうなでも度胸あればそうでもないような……?」
何がなんやら、隣で聞いてる俺もさっぱりわからない。『普通の運動』ではなさそうということだけはわかる。
だけど、次の瞬間、クレアはがばっと頭を下げて。
「お願い京楓! あなたにしか頼めないの!」
――どういうこと?
「コスプレェ!?」
思わず俺と京楓の声がはもった。
「そうなのー! 明日来る予定の人が冠婚葬祭で来れなくなっちゃって、どうしても代役が欲しいのー! 役柄的にどうしても必要でー!」
急に来て欲しいとこがあるからと言われて付いて行って、クレアが籍を置くアニメ研究会の部室に入って、何かと思えば、これだ。
アニメ研究会なんて、用がなけりゃ足を踏み入れることなんてない。色とりどりの作品のポスターやら布物やらが数多く壁に貼り付けられ、壁沿いにテレビやら本棚やら衣装棚やらが整然としている。
その内の衣装棚の中の一つを手に取り、それを京楓の前に詳らかにする。少しフリフリが付いた、ロリータチックな、ステッキが付いた魔法少女的な衣装。
「これを! 着てくれませんか!」
これを。京楓が。着る。スポーティーだけどちゃんと女子っぽい服もしっかり着こなすとはいえ、あからさまに女の子女の子、というより『それっぽい』服は流石にないからこそ、瞬時にその想像が浮かばない。
ちらりと隣を見ると、自身の姿を想像したのか、真っ赤になっている京楓がいた。今の姿が可愛い。抱きしめたい。自重する。
「――えっと、とりあえずどうしてそうなったかだけでも知りたいんだけど」
「それじゃ端的に説明するね。即売会のイベントがあって、そこにコスプレ広場を開放していて、私もコスプレすることになってるの。コスプレ内容はあるソーシャルゲームのキャラで、そこでキャラ合わせっていう、同じ作品内のキャラ同士のコスプレで集まるってのをそれ合わせで計画してるとこ。で、イベントのコスプレ会場での開催だからカメラマンとか一見さんも結構来る。そんな状況だから、嫌なら嫌で仕方ないし構わない。だけど協力してもらえるとすごく助かる、というとこかな」
「成程。それで、そのイベントはいつなの?」
「明日」
「明日ぅ!?」
「だから他の人には頼めないのーっ!」
確かに、顔見知りとかじゃないと中々いう事は出来ない話だろう。だけど、未経験者に、前日急に頼んで務まるのも難しいのではと思うのだけど。
「でも別に必須ってわけじゃないんじゃないの?」
「これがさ、どのキャラはいるみたいな参加計画は出してたから、それに合わせてみんなどのキャラで行くとか決めてるの。だから一人抜けるだけで崩れちゃうんだよね。で、やってる人はほぼほぼ勢揃いみたいな状況だから、声掛けられる人がほんとにいなくてさ」
それで京楓か。まぁ、困った時はお互い様とはいえ、どちらかというと俺や京楓がクレアに貸しがあるような状態ではあるしな……。
「ということで! 何か無茶は一つは聞くから! この通り!」
再び頭を下げるクレアを見て、そういえばクレアが頭が下げるのって珍しいよなぁと、関係ないことを考える。故にクレアとしても緊急事態、ということなのはわかるのだけど。
「以前のテストの際のレジュメ写し分の貸しとかもちゃんと返してくれる?」
「返す返す! まとめて返すから!」
まぁ確かに明日は特に予定は入れてなかった。京楓とおうちデートするか、気が向いたら外に出るかぐらい程度の考えだったから、行くこと自体の問題はない。
横を向いて京楓と目が合う。暁はどうしてほしい。無茶しなければそれでいい。困ってるなら助けた方がいいのかなって。止めはしないからお任せする。恥ずかしいとこ色々な人に見られそうなのが懸念。そこは俺も傍にいて付きっ切りで介抱するから。それじゃ暁にこの身を預ける。よしきた。
「――まぁ、そういう状況だと、私がやるしかない、よねぇ……」
そう京楓が口を開くと、クレアの顔が一気に輝く。
「ほんと!? 無理はしなくていいからね!?」
「暁が付きっ切りで傍にいてくれるらしいから、何かあったら暁に任せることにした」
「あー成程ね。なら暁も何か着てもらうことになるかなぁ。――あ、これがあった」
そう言いながら出してきたのは、マントっぽい……なんじゃこりゃ。
「はい、これ主人公の服。これ着てたらもしかしたら暁人気出ちゃうかも」
「いや出なくていいから。それ目的じゃないし」
いやほんとそういう問題じゃない。そうじゃないけど。
「まぁ主人公は当初計画になかったけど、追加は問題ないから、寧ろいてくれるならありがたいかなーって。てのも、実はみんな女性でさ。まぁ場慣れしてるけど、故に逆に耐性ない人もいるから丁度いいかなーって」
「うーん、着てなきゃ駄目?」
「そうねぇ、別に私服で京楓の脇にいてもいいけど、そうすると事情を知らない人から何コスプレイヤーの傍でずっと突っ立ってんだとガンつけられる可能性があるからねぇ。なら京楓と同じ目線というか同じ立場でやってもらった方が、トラブルも少なくなるし、円滑に回るかなって」
「えーと、早い話が俺もコスプレしてくれと」
「そうだね。まぁ京楓がやるなら暁もやると思ってたし」
「いやそうとは限らんだろ、どうしてそうなる」
「だって暁の行動原理の半分以上は京楓に関してじゃん?」
「いやそれ俺どう言えばいいの……」
ともあれそれなら仕方ない。けど、そういうつもりはなかったのに結果的にそうなっているのはなんか悔しい。そして地味に否定も出来ない。恥ずかしいからそれは言わない。
「それに、初めてでなら大まかに二人くっついてた方がいいでしょ。基本は京楓についてもらえばいいから」
無言でその言葉に頷くと、ふとクレアが疑問そうな顔をする。
「というか、男子一人と聞いて反応あまりないんだね、こういう時は食いつく人と怖気づく人といるから」
「いやだって俺には京楓がいるし、そうでなければ別に男女意識して何かするとか、そういうことはないだろ? なら着替えさえどうにかなるならとか、その程度かな」
「あははー……まーた天然に惚気られちゃった」
「暁……幾らクレアさんしかいないからといって……」
「えぇこれ俺が悪いの……?」
「まぁ他の女の子に何か、というのはなさそうという点では安心したかな。ほらそこはやっぱりみんな気にするから」
「まぁそれは流石に……。で、えーっと、それで、基本的に俺はどうしてりゃいいんだ?」
それを尋ねると、クレアは、少し手を顎に付けて考えこんで。
「まぁ、男子他にいないからこそ、そういう意味ではメインはボディーガード代わりで……」
そう、にべもない返事をくれるのであった。
――それ、やっぱり俺浮かないか……?
そして今に至る。
「こんなにカメラ持った人が来るなんて聞いてない……っ!」
プルプルと震える京楓は、俺からすればそれだけで庇護欲をそそられた。いつもが何事も対等なだけそれを余計に感じる。
正直なところ、俺だって恥ずかしい。けど、明らかに京楓に集中するカメラマンとその様子を見ているとそれどころじゃなくて、俺自身の格好は半分どうでもよくなっていた。
「きょ、キョウカたーん! え、えっと、まずはステッキを抱くように、内股で、こういうポーズをお願いしたく!」
しかも、コスプレ元ネタのキャラがまさかの同じ名前。というよりクレアはそれも狙っていたつもりらしい。容姿的なものも無理にいじらずとも似てる、という思惑はあったらしいけど。
「うへ、そ、それでですね、出来れば次はこういうポーズで、それで『へんたい』とか『ふしんしゃ』とか言ってくれるとですね――」
いや待て。この人は俺の彼女に何をやらせたいのか。というか京楓はそういう感じじゃないどっちかと言うとベッドの上でげふんげふん。
だけど、その要望は、近くにいた別の人によって一蹴された。
「はいはーい。それは流石にやりすぎー。というより時間的にもだし後ろも詰まってるのであなたここまでー。撮りたいならまた並んでねー。はい次の人―」
様子を察したクレアがさっさと追い返して別の人のカメラに強制的に交代させる。これまでも似た事例はあったのだろう、慣れた口調と手つきをしていた。
「あ、それじゃそのままお二人で並んで何かポーズを取ってもらえれば――」
「あ、私もですかー? じゃ京楓、この格好の相似形してくれるー? それで手はこれでー」
「え、えっと、こ、こんな感じ……?」
「そーそー」
「あーいいです! それで暫くそのままで!」
京楓とクレアが、二人の手でハートマークを作っている。
「京楓―、ほんとごめんねー? 私もこんなはずじゃなかったんだけどさ、ちょっと考えていた以上にキャラ人気が潜在的にあったみたいで……」
「ほんと聞いてないよ……ばか……」
あ、やばい。俺の彼女萌える。めっちゃ萌える。いつもと明確に違う格好もそれはそれとしてなんだけど、羞恥心に耐える姿がどうにもグッときてしまう。
まず外ではポニーテール、家では髪を下ろす京楓が、今だけはツインテールというだけでも兎角珍しい。出会ってすぐの頃に一回見たかどうかぐらい以来だ。
「すみませーん! キョウカコスの人、ステッキ持ってこういうかっこでお願いできますー!?」
しかし、キャラ名と名前が一緒だと、俺の彼女が不特定多数に知られているようでどうにももやもやする。
正直、色々な人にその姿を見られるのは癪と言えば癪なのだけど、そもそも俺もある種状況が同じな手前、それを言っていられる余裕がまずない。
「――あーもう!」
「きょ、京楓……?」
「カメラがなんだコスプレがなんだー! もうみんなして撮りたいなら勝手に撮ってけー!」
あ、俺の彼女が壊れた。
「で!? みんな私になんて言って欲しいって? 『へんたい』? 『ふしんしゃ』? それと必殺技放った後のドヤ顔? いいわよ全部やってやるわよこのへんたいふしんしゃ達―っ!」
箍を外して、羞恥心を捨て去った声をしている。
「あ、あのすみません、主人公も撮らせて頂きたいのですが……」
「あー、はい了解です、どのようにすればいいですか?」
そして、俺は俺で他の人の対応をしなきゃいけない。
「えっと、あの人と並んでくれるとうれしいなって。それで、少しいたずらされている感じでも宜しいでしょうか?」
あの人――ってクレアか。侍衣装の金髪姿は実に目立つ。ちなみに設定は忍者らしい。
「私ですかー。これくらいですかね?」
「うーん、それよりは前に押しやる感じに、後ろから絞める――というかいたずらしてるような」
「えっと、こんな感じですかね?」
「あー、もうちょっと接近して、少ししゃがみ気味にしてもらって、いたずらされてるような――そうそう」
「――えっと」
いやこれ、クレアの胸が思いっきり当たってる。俺が半分腰を下げてるから、その上でクレアに抱き込まれると、頬に直接胸が当たって、その、柔らかさに意識が遠のきそうで――。
「いや流石にこれ苦し、うっぷ」
「うりうりーならもっと当ててやるかー」
「いや、やめ、ちょっ、これ京楓に悪いからっ」
「それですそれです! ありがとうございますありがとうございます!」
そりゃ肉体的な話で言うならば、この状況役得と言うか美味しい状況だけど。でも俺には心に決めた相手がいて、そして今の相手はその彼女じゃなくて。
ともあれ、これを京楓に見られた日にゃ――。
「――あ」
ばっちし目が合った。うん、完全に京楓が俺のこと認識したよね。
あ、目を逸らした。わかってくれ――たんだろうか。何れにしてもよくはない。
「いやぁ、先ほどのキョウカコスの人のカメラマン捌きは正にキャラが板についてましたよ! 自分の半分の歳の子を案内するニノンって感じで」
「いやーありがとうございます。実はあの子、急遽応援をお願いした今日初めての助っ人で、右も左もわからないんですよね。まぁこの彼もなんですけど」
「本当ですか!? いやいやキョウカもですけど、お二人共板についてますよ。ところで――」
カメラマンの人と三人で京楓の方に目が行く。そして京楓は、なんというか、やりたい放題なことになっていた。
あー。あれか完全に自棄になった京楓だ。まず間違いなくクレアと俺の絡みを見て暴走始めちゃった奴だ。下は短パン履いてたはずだから下手な格好して下着見られる心配はないとはいえ、なぁ。
「えっと、素人目に見ても、キョウカコスの人が大丈夫そうに見えないんですけど、あれはいいんでしょうか……?」
「あー、あれは……」
ちらりと、改めて一人で暴走している京楓の方を見る。他の人が止めに入っていない辺り、姿勢などでアウトなことになっていることはないみたいだ。まぁ変なことにはなってないことはずっと確認してるからどうにかなるだろうと高を括ってはいるのだけど。
「いやまぁいざとなったら何を差し置いても俺とかクレアが止めるとはいえ、京楓なら大丈夫だろうけど……けどなぁ」
その人が心配する通り、明らかに色々なものを投げ捨ててやっているから、あれは反動が心配以外の何物でもない。
――そして、イベントが終わりかけになって、俺のところにやってきて。
「あ、きらぁ……つ、疲、れた……」
ほーら言わんこっちゃないって。
「だーっ、へとへと……」
イベント終了後、『あかり』の席で京楓は突っ伏していた。俺と京楓、クレアのみ打ち上げに行く他面子と別れてすぐここに来た。まぁ行ってもね、話題に混ざれないしね。
ちなみに、本当にヘトヘトだった京楓は、イベント会場からここに来るまでほぼ俺の肩を借りていた。いつもなら俺の方が先にへばるから、本当にこの状況は珍しい。まぁ俺も実質京楓に寄りかかるような感じにはなっていたのだけど。
「いやーほんとありがとうねー。私としてもこんなはずじゃなかったんだけどさぁ」
まぁ正直、俺としても殆ど意識がぶっ飛んでいた。視線だけは常に京楓に向けてて、それ以外の感情をシャットアウトしていたら、時間は過ぎ疲労が全身に蓄積していた。
「キョウカ、ほんとにへとへと」
「暫く立ち上がる元気もない……」
「アキラも大丈夫?」
「いやー、正直俺も大丈夫じゃない」
気を抜けば、俺もテーブルに突っ伏しそうだ。しても問題ないのだろうけど、帰るまでは京楓を開放すると決めた手前、あまり自分も疲れたという表情を京楓の前で出すわけにはいかない。
「コーヒー。マスターのおごりだってさ」
「あー、ありがと琥珀ちゃん……」
運ばれてきたコーヒー――ミルクたっぷりのカフェラテに口を付けると、口の中でじんわりと甘さが広がった。疲れている俺たちのために砂糖を予め多く入れてくれたらしく、その心遣いがありがたい。
「はーぁ、生き返るぅ……」
飲み干して、やっと京楓が頭を起こす。疲れは見えるものの、倒れそうな程ではなさそうだ。多分俺も似たようなもんだろう。
「しかしクレアさんはよく対応できてるよねぇ……」
「いやまぁ私も最初はあんな感じだったから、別に京楓がおかしいことはないよ。寧ろ初めてであれはよく出来てたと思うし、みんな最初はあんなもんだし」
「うっそだぁ~~~」
ため息交じりに京楓が感嘆を漏らす。表情からして一切信じられないと顔に書いてある。
「ところでクレアさんは、どうしてコスプレを?」
「あー私?」
だからこそ、京楓からすれば、その疑問は真っ当なものだっただろう。まぁ俺も単純に気になる。
「えっと、それこそ今日の京楓と同じようにお願いされて、というところからだったかな。ほら、アニメ研究会って名乗ってるけど、要は二次元的なものを全般的に、幅広くやってるからさ、各方面造詣が深いんだ。で、やってみたら存外楽しくて、というとこかな。自分から積極的に、ということでもなくて、お願いされた時に、だけどね」
「へー、それでよく続けようと思ったね」
「まぁ、私の場合は、吹っ切れて、それで見えたものもあるんだけどさ」
「というと、どんなこと?」
「ほら、コスプレって、『何かそのキャラを演じる』ってことでしょ。言い換えれば、その間は自分じゃない。自分と言う存在を脇に置いて、誰か別の存在を演じている。それで終わればさ、ほら、私たち、賽の河原行ったことあるでしょ? そこから帰ってきた時のような、少し晴れやかにも近いような感じがするんだ。今私は生まれ変わったんだなって。だからそういう意味では、私はコスプレが終わった瞬間の、その開放感が好きなのかもしれないね。そんな人は少数派だと思うけど」
「私はそこまで意識する余裕がなかったよ……」
「あははー……ごめんね? ちなみに暁としてはどうだった?」
「俺は特別着て写真撮られて、それが別の自分になった、という感じにはならなかったかな。別にクレアが言う事は否定しないけど、俺は俺だし、正直今日のことがなければやることはなかっただろうね。まぁでもいい機会だったとは思うよ、率直にね」
終わったという開放感だけを目指して、というと怒られそうだけど、実際俺もそれは感じたところがあった、ように思う。だからそれは、確かに魔法のようなものかもしれない。まるで、何か別人に生まれ変わったかのような、簡単な魔法。
「まぁ正直ここまで引き連れまわしておいて言うのもなんだけど、お二人には無理にわかってもらわなくてもいいんだけどね。双六で相縁を持ってたからというわけじゃないけど、どこかで自分を嫌と思う自分がいるのはきっとあって、そんな時コスプレで自分を忘れられる、というのがあるのかなって」
「わからなくてもいいなら、どうして理にならないだろうことを?」
「だって、二人とも否定はしないでくれるでしょ? この界隈、否定しないでもらえること自体がありがたいから」
「まぁ、ケチはつけはしないね、確かに」
「勿論私たちもマナーを守るべきだけど、それを差っ引いても、一部の人の視線はひどいよー、何かおかしなものを見るような視線だもん。まぁ確かにおかしいかもしれないけど、好きでやってるんだからほっといてよねって感じ。今日だけは好きでもないのに引きずり込んじゃったとは思うんだけど。もう手がなかったから」
「力にはなったのかな……」
「あぁ! それはもう! 助かったなんてもんじゃないよ! というよりぶっちゃけ京楓のお陰で盛況だったと言っても過言じゃないぐらい」
「えっ、そんなに?」
「いやまぁ、私から見てもあの一人での立ち回りはすごかったかな……」
俺としては、はらはらしたとしか言えない。いつ、京楓が自分の限界を知覚せず超えて倒れないか本当に不安だった。
「ということで、彼氏からの彼女への率直ないけーん」
「ええ、そこでそれ聞く!?」
「いやそれがメインでしょ。京楓も聞きたいよね?」
「まぁ、そこはね」
別に語彙力が豊富なわけでもないし、故に具体的に何がよかった悪かったなんて期待されても無駄なだけだ。
それでも、率直な意見を言うとしたら。
「強いて言うなら……京楓に惚れ直したかな」
「――ええっ!? あれで!?」
「コスプレ的に何かしたいとかじゃなくて?」
「いやいや、そんなエロエロじゃねーよ、欲がないと言えば嘘になるけどさ」
「あるじゃん」
「話の腰を折らないで!」
流れを元に戻すため、咳払い一つしてから一泊置いて口を開く。
「でさ、あぁやって自棄になる京楓なんてこれまで全然なかったじゃん。そりゃずっと一緒に暮らしてて、それで恥ずかしいという状況に追い込まれることがなかったというのはあるでしょ。それで、やっぱりこういう場は恥ずかしいんだなーとか、だけどスイッチ入ればなんだかんだ堂に入るんだなーとか。簡単に言えば彼女の新たな一面が見えた、ってとこかな」
一息で言って顔を上げると、クレアと琥珀が白い眼を俺に向けていた。京楓はいつの間にやら赤くなって俯いてしまっている。
「あーはいはい。惚気話までは別にいいから」
「いやこれが率直な意見なんですけど!?」
「まぁ私も、暁が見ててくれてたから、いざとなれば何を差し置いても守ってくれるって安心感はあったから」
「えっそこで今度は俺が羞恥プレイ受けるの!? というかこのタイミングは火に油!」
「なんだ自分が言ってること恥ずかしいってわかってたんじゃない」
「だから外野は黙ってて!」
俺が言えることはせいぜいその程度で、それなのにこうも突っ込まれたところでそれに言い返す術を俺は持っていない。
「でさ、やるってなった時にさ、暁伝えてくれてたじゃん?」
「伝えた? 何を?」
「『いざとなったら守る』って。だから『この身を預ける』って返事したでしょ」
「あー……うん確かに受け取ってたね」
どうにもそういう返答しか出来ない。だって、背中に突き刺さる二つの視線が痛すぎる。見てもいないのに突き刺さっているのがわかってしまう。
「えっと、暁、そろそろ買い物行かなきゃいけない頃だよね?」
「あ、あぁ、うん、そうだな。今から行けば丁度タイムセールには丁度いい時間だな」
「じゃぁ、そろそろ私は帰ろうかな。あとは暁とうちでゆっくりしようかな。ありがと、ご馳走様」
ゆっくりと京楓が立ち上がる。だけど、それを見つめるクレアと琥珀の視線は変わらず冷たかった。
「はいはーい。こちらこそごちそーさま。買い物デートいってらっしゃーい。イチャつくのは自宅でやってねー。琥珀ちゃーん、今日はうち泊まってっていいよー」
「――そうしようかな」
「いやいや今の京楓、そういうんじゃないでしょ! だろ!?」
「まぁそうだけど……別に暁がそうしたいならそれでもいいかな」
「ちょっとぉ!」
ほらまた二人が白い目で見てる!
「まぁいつものことだから今更気にしないけど……」
「琥珀にまで呆れられた!」
突っ込みばかりで余計に疲れる。でも殆どはみんなのせいのような――あれ、俺のせいも割とある?
「クレア。今度ボクも一回やってみてもいい?」
「あー、そうだね。じゃぁ次回何かあったら琥珀ちゃんにお願いしようかな。琥珀ちゃんならなんでも似合いそう。まぁでも、京楓が今日着てたのは尺に合わないかな。まぁ一旦さておき――」
そういいながら、クレアが、裏からがさごそと何かを取り出して持ってくる。
「それじゃ、これ」
それは、俺たちが今日着ていた衣装だった。
「あれ、でも別に私たちは多分そんな着な――」
「その服は両方あげるから。同じ服はあるし、なんならまた縫えばいいから、折角の記念にね。それと別箇で京楓の無茶はちゃんと聞くから」
思わず京楓と顔を見合わせる。まぁ、正直これを着て人前に出ることはないだろうけど、だからこそ秘めたい今日のことをすぐにでも思い出しそうで。
――まぁ、今夜は萌える、じゃなくて燃えることになりそうだ。
「琥珀ちゃん、今日はあの二人に近づいちゃいけないからね」
「うん、わかってる」
「いやだからそこ引かないでぇ!」