バビル・イン・ザ・ブラッド   作:橡樹一

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8話 古代兵器との戦闘

 黒死皇派のアジトを包囲し、完全に優勢のまま戦闘を進めていた特区警備隊(アイランド・ガード)達は、現在壊滅の危機に瀕していた。断っておくが、彼等は決して脆弱な組織などではない。むしろ対魔族戦闘においては世界的に見ても、かつての対魔族最前線国家を除けば世界最高峰といえるだろう。

 しかし、その精鋭たちでも古代の遺物……神々の兵器と呼ばれるナラクヴェーラが相手ではなすすべがなかった。装甲車両すら一撃で粉砕する〝灯を吹く槍〟――大口径のレーザーに、携帯火器では傷一つつかない堅牢な装甲。唯一の付け入る隙は動きのぎこちなさだが、それも大した障害にはなっていない。

 その絶望的な状況下でほとんど死者が出ていないのは何故か。それはひとえに彼女の努力の結果に他ならない。

 

「β地点の撤退は終わったか。次は……チッ、手が足りんぞ!」

 

 南宮那月。空隙の魔女と称されるその魔術を駆使し、特区警備隊(アイランド・ガード)の効率的な撤退を支援し続けていた。大口径レーザーに対してはその位相をずらし、建造物の屋上を絶え間なく移動し続けることで全体の状況を把握している。

 だが、それも絶対ではないのだ。いまも一機、戦闘ヘリがレーザーの直撃を受けてあっけなく爆散した。幸い無人機だったために人的被害は無いが、地上では装甲車の爆発に巻き込まれた瀕死の隊員が少なくない。

 

「1体ならばまだしも2体となると……!」

 

 らしくもない弱音を吐きそうになるが、尽力の甲斐あって特区警備隊(アイランド・ガード)の撤退はほぼ完了している。その事実が気の緩みにつながったのだろう。自身めがけて発射されようとしているレーザーに対する反応が、僅かに遅れた。

 

「しまっ!」

 

 遅れたとはいえ那月も名の知れた猛者だ。とっさに死の閃光を回避するが、問題はその先だった。未だ撤退中の部隊を狙ったかのように、レーザーは飛翔する。1秒経たず、何が起こったかもわからないまま隊員たちは塵へと帰るだろう。

 しかし、レーザーが直撃したのは隊員たちでは無く巨大な装甲だった。装甲車を粉砕する程度の火力では傷をつける事すら不可能な強度のそれは、雄々しい鳥の姿をかたどっていた。鈍い真鍮色の装甲を装飾するような魔術様式は、先の攻撃でも一切のほころびを見せていない。

 

「遅いぞ、ばかものが」

 

 言葉とは裏腹に、那月の口元には小さな笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 つるりとした装甲のためろくにしがみつくところが無い状況で高速移動した一行は、手慣れた様子のバビル2世以外疲労困憊状態だった。

 

「は、早いな。まだ5分経ってないぞ」

 

 吸血鬼の身体能力を持つ古城は比較的余裕があるのか、思わずといった様子で感想を漏らす。紗矢華は元より飛び立つ前から難色を示していた雪菜に至っては、離陸後1分もしない内に限界に達したためか古城と紗矢華に縋りつき一切の反応を示さなくなってしまった。

 

「さあ早く降りろ。このままだといい的だ」

 

 バビル2世が超能力を駆使しつつ3人をロプロスから降ろす。その間にも2体のナラクヴェーラからの攻撃は継続中なのだが、ロプロスは小揺るぎすらしていない。飛翔する兵器として、驚異的な装甲である。その安心感からか、どこか間の抜けた空気が漂い始めている。

 

「しっかりしろ、南宮攻魔官と合流して状況を把握するぞ!

 ロプロス、あのガラクタ共を引きつけておけ! 攻撃する必要はないぞ、被害が広がる」

 

 全員が下りたことを確認し、バビル2世はロプロスを突撃させた。その巨体で1体のナラクヴェーラを押し潰し、もう1体の攻撃を翼で受け、突風を引き起こし牽制を続けている。その隙に彼らは那月との合流に成功した。那月の方でも合流タイミングを計っていたのか、着陸地点から大して動かない内に眼前へ那月が現れたのだ。

 

「遅いぞバビル2世、攻撃が始まってから5分以上たっている。しもべの飛翔能力を考えれば3分かからないはずだが、おおかたそこのガキ共と問答でもしていたんだろう? まったく物好きなものだ」

 

 出会い頭に那月は毒舌を吐くが、雰囲気はどこか柔らかい。

 

「まあ、そんなところですよ。

 特区警備隊(アイランド・ガード)の撤退状況は?」

「この増設人工島(サブフロート)からの撤退はほとんど完了している。あのデカブツを片付ければひとまずこの場は収まるな」

「へえ、中々面白いことになってるじゃないカ」

 

 バビル2世と那月の会話に、若い男の声が割り込んできた。古城たちは弾かれるように声の主を見るが、大人2人は呆れたように振り向いた。

 

「ディミトリエ・ヴァトラーか。自分の船を明け渡しておきながら、よくものうのうとこの場に顔を出せたものだな。ぼくの宣言を忘れたわけじゃないだろう」

「その殺気をひっこめてくれ、憧れの過適応能力者(ハイパーアダプター)よ。連中に騙され船を乗っ取られてしまったことは確かだが、非戦闘員に被害は出ていないだろう?」

「どの口がいうか。蛇使いが」

 

 那月の吐き捨てるような侮蔑を無視し、ヴァトラーは大仰な身振りを交えつつ話を続ける。

 

「まあ、それでもこうして連中のアジトを突き止めて来てみれば、なんとあのバビル2世のしもべが見られるとは! いやあ、君たちの国ではこういうのを人間万事塞翁が馬というんだっけ?」

「やたら詳しいなお前。で、わざわざここに来た用はなんだよ?」

「そう怖い顔をしないでくれ愛しの第四真祖よ。お詫びといってはなんだけど、そこで暴れている古代兵器を破壊しようと思っていてね。

 ああそうそう、道中でこんなものを拾ったんだけど」

 

 ふと思い出したように右腕を振り、足元の人間を1人投げてよこした。バビル2世の力か、空中で動きを止めた男子生徒はゆっくりと古城の前に降ろされる。

 

「や、矢瀬!?」

「あれ、知り合いかい? これは拾って正解だったね」

 

 慌てて紗矢華が駆け寄り軽い診察を行うが、とりあえず命に別状はないとしてひとまず那月がこの場から遠ざける。

 

「さて、予想外の話を挟んだけど、そろそろあれを破壊しないとね。安心してくれ第四真祖、責任はしっかり果たすさ」

「安心できるか! お前最初からあれと戦うことが目的だっただろう!」

「おや、流石にばれるか」

「当たり前だろうが!」

 

 楽しそうなヴァトラーとは対照的に、古城はおちょくられていると感じているのか怒り心頭だ。

 

「あれの相手は俺達がする、お前は引っ込んでろ!」

「おや、人の獲物を横から掻っ攫うわけかい? 礼儀が疑われるよ?」

 

 古城とヴァトラーの言い争いが段々と熱を帯びてくる。戦いの主導権を握る話に那月とバビル2世の眉が顰められたが、ひとまずは事の推移を見守ることにしたようだ。

 

「だったら、俺の縄張りで好き勝手暴れようとするあんたの方が礼儀知らずだろうが!」

「ふむ、それを言われると立場が無いな」

「話は終わったか? いい加減押さえ続けるのも難しくなってきているぞ!」

 

 バビル2世の苦言に、古城は思わずロプロスを見た。巨体でナラクヴェーラを押さえているものの、抑えられていないもう1体が直接とりつき引きはがそうとしている。傷こそつかず力も負けてはいないが、このままではどちらかに逃げられ破壊活動の再開は防げないだろう。

 

「まあ、今回は君たちの顔を立てるとするよ。ついでに領主たる君に贈り物を献上しようじゃないか。

 来い――〝摩那斯(マナシ)〟! 〝優鉢羅(ウハツラ)〟!」

 

 膨大な魔力と共に顕現した眷獣に、古城は言葉を失った。全長数十メートルはくだらない2匹の蛇は荒ぶる海のような黒と、凍りついた水面のような青でそれぞれその身を染め上げている。蛇使いの異名に相応しい2匹の眷獣は空中で身を捩らせ絡み合い、巨大な1体の龍へとその姿を変貌させた。

 

「眷獣を合体させた!?」

「なるほど、これが〝長老(ワイズマン)〟を喰らった絡繰りか」

 

 驚愕する古城と納得する那月。そんな2人を無視し、真祖の眷獣と遜色ない魔力を撒き散らしながら、荒れ狂う群青色の龍が降下する。

 

「さて、こんなものかな」

 

 あっさりとしたヴァトラーの言とは反対に、降下地点は凄惨たる有様になっていた。絃神本島と増設人工島(サブフロート)を連結するアンカーが、コンクリートと金属ワイヤーで構成されたそれがまるでガラス細工のように粉砕され、おまけとばかりに本島と増設人工島(サブフロート)双方に少なくない被害を撒き散らしていた。

 

増設人工島(サブフロート)を絃神本島から切り離したのか」

 

 思惑に気が付いた古城へ、青年貴族はニヤリと笑いかける。

 

「さて、これで本島への影響を気にせず戦えるだろう?

 ああ、安心してくれバビル2世。人的被害は出していないとも」

「被害総額を考えると十分な破壊だと思うが、今回は見なかったことにしておこう」

 

現状の収拾を優先し、バビル2世はこの場を預けることにした。無意味かもしれないが、追及は後々にできる。視界の端で古城と雪菜が何か話しており、古城が驚いたように紗矢華を見ているが、気にする事でもないだろう。

 

「行くぞ第四真祖。1体はぼくとロプロスで相手をする。もう1体は3人でなんとかしろ。南宮攻魔官は、街に被害が行かないようにお願いします」

「ポセイドンは使わないのかい? せっかくなんだから、最強と名高いしもべの力を見ておきたかったんだけど」

「ポセイドンを使えばこの島程度簡単に沈む。それに、今はさせることがあるからな」

「人を良いように使うな。この対価は高いぞ?」

 

 ヴァトラーからの問いを1言で切り捨て、那月が跳んだことを確認してからバビル2世は走り出した。狙いは押さえつけられていないナラクヴェーラだ。

 

「ロプロス、自由なナラクヴェーラを攻撃しろ! ポセイドン、この増設人工島(サブフロート)を少しでも絃神本島から離すんだ! ある程度離したら沿岸で待機しろ!」

 

 しもべ達は命令を忠実に実行する。ロプロスが地面にほぼめり込んでいるナラクヴェーラを無視し、いまにも取りつかんとしていたナラクヴェーラを尾の一撃で弾き飛ばした。そこへバビル2世が操る大量の瓦礫が豪雨のように古代兵器の全身を打ち据える。そして、大きな揺れと共に絃神本島が遠ざかり始めた。徐々に揺れは収まるが、速度はかえって上がっている。

 

「あれが、過適応能力者(ハイパーアダプター)の力だって……?」

 

 古城は唖然としてバビル2世の戦闘を見ていた。ロプロスが狙われれば瓦礫の渦がナラクヴェーラの体勢を崩し、ナラクヴェーラが向きを変えればロプロスの鍵爪がナラクヴェーラを引き裂く。内部機構まで破壊しきれていないためかナラクヴェーラが行動不能になることは無いが、あの古代兵器を相手に一歩も引かず、あろうことか圧倒しているのだ。

 

「暁古城、ぼさっとしてない!」

「先輩、こっちも来ますよ!」

 

 各々の武器を構えた少女たちの声に、古城が慌てて前を向く。眼前に、地面から抜け出したナラクヴェーラの威容が迫っていた。銃口が3人を睥睨し、大口径のレーザーが射出される。しかし、それよりも早く、紗矢華が飛び出した。獅子王機関の剣巫女、そして舞威媛は、霊視により一瞬先の未来を視通す。たとえ光速の攻撃であろうとも、彼女たちの行動はそれに対して先手を打つことが可能なのだ。

 

「紗矢華さん、お願いします!」

「もちろん!」

 

 雪菜の声と共に飛び出した紗矢華へと、ナラクヴェーラのレーザーが射出された。焦点温度2万度を超える熱量により、通常であれば人間の肉体など塵1つ残りはしない。

 しかし、死の熱戦は紗矢華の眼前であっけなく霧散した。

 

「なっ!?」

「紗矢華さんが持つ〝六式重装降魔弓(デア・フライシュッツ)〟――〝煌華麟(こうかりん)〟が持つ能力の片割れです。疑似的な空間の断層を生み出し、あらゆる物理攻撃を無力化する」

 

 驚愕する古城に対し、冷静な雪菜が機械槍を持って吶喊する。レーザーを射出し無防備となったナラクヴェーラの胴を剣巫の技術で強化された雪菜が突き上げ、隙を大きく広げる。我に返った古城がそれに続き、真祖としての身体能力を遺憾なく発揮し拳で巨体を一瞬ながら宙に浮かせた。

 

「そしてあらゆる攻撃を防ぐ障壁は、この世で最も堅牢な刃となる。たとえ神々の兵器だろうと、私の剣舞に斬れないものなど無いわ!」

 

 まさしく舞うような動きで、ナラクヴェーラの太い脚が1本切断された。バランスを崩したのか、轟音と共にナラクヴェーラが擱座した。驚異的な実力を見せつけた紗矢華に加え、比肩する実力の雪菜、さらに制限付きとはいえ第四真祖の古城がいる。このまま倒せるのではないかという希望が見えてきた。

 

「すごい、これが舞威媛の力か」

「ふふん、これが私の雪菜のコンビネーションの成果ね」

 

 得意げな紗矢華とそれを素直に褒める古城。そんな2人をどこか不満げに見る雪菜だったが、突如轟音と共に島が揺れた。3人はそろって音の発生源を見るが、そこではすでに装甲をズタズタに引き裂かれたナラクヴェーラが地面にめり込んでおり、バビル2世が丁度とびかかる寸前だった。

 

「ロプロス、いい位置に落とした。後は任せろ」

 

 一際大きく裂けた頭部らしき部分へとバビル2世が飛び移り、両腕を装甲内部にねじ込んだ。

 

「動きを鈍らせてしまえばこちらのものだ。エネルギー衝撃波を喰らえ!」

 

 瞬間、轟音と閃光が周囲に撒き散らされる。数秒の後、完全に動きを止めたナラクヴェーラを足場に、バビル2世は悠然と立っていた。

 

「こちらはもう大丈夫だ。内部機構を完全に破壊したから、もう動きようがない。

 そっちももう少しみたいだな」

 

 しもべと共同とはいえ、古代兵器にとどめを刺した事実を何とも思っていない。圧倒的な実力差を直に見せつけられた古城たちの背中を、冷たい汗が滑り落ちた。


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