セブン・ホワイト・ナイツ   作:王子の犬

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 一〇日、何者かが、全国の小中学校、病院のサーバーに侵入(ハッキング)した。

 ――――女子児童・女子生徒の健康診断結果、特に身体情報(スリーサイズ)などを記したファイルを持ち去った――――という報道が全国を駆け巡った。

 

 

 

「怖いなあ……うちの中学もやられたのかな」

 

 千冬は読んでいた地方新聞を脇に伏せ、ご飯をかきこんでいる束に向かってつぶやいた。

 どこかの変態がリストを見ながら妄想に浸り、よからぬ事を企てる輩に売り払う。

 

(他人の秘密を売りさばいて、金儲けをする連中がいるとか……)

 

 知らないところで情報が切り売りされていると思うと、むしろそのことで恐れを抱いた。

 千冬は、毎朝早く幼い箒たちに助けられながら、篠ノ之神社の境内を掃除するのが日課になっていた。もちろん、勤労奉仕の精神があるわけでもなく、神主が少額ながら小遣いをくれるからだ。

 掃除のついでにクヌギの灰褐色の樹皮を拾い集める。知り合いの染織家の元に持っていくとお駄賃になった。

 境内裏の雑木林にはクヌギはもちろん、コナラ、ケヤキが間伐せぬまま雑然と並んでいる。管理者である篠ノ之姉妹の父は「わびさび」を懸命に主張して、ずっと間伐の手間を惜しんでいる。

 奥の石碑の傍らで神性を感じた。

 パワースポットとして地方のPR紙に載ったことがある場所だ。

 紹介される以前から、千冬は常緑樹の濃い緑に包まれた空間にやすらぎを覚えていた。

 中学校は、神社が建立された山を下りてすぐの場所だ。眠たそうな顔つきの束を引きずって、教室へ向かう。

 全校集会で個人情報漏洩の件に触れるかと思いきや、そんなことはまったくなかった。

 授業は通常どおり行われた。

 

 

 

 十一日になると、束が突如として職員室へ呼び出された。

 本拠地を英国に置く、有名な科学雑誌に論文が掲載され、どうやら激しい論争を巻き起こしているらしい。

 最高の賞を授与されるらしく、教職員たちが騒然となった。

 

 

 

 十二日、朝。

 急きょ全校集会が催された。

 壇上に立った校長が間延びした声で発表する。

 

「本校の生徒である篠ノ之束さんが、英国の出版社が主催する科学賞で最優秀賞を獲りました」

 

 インフィニット・ストラトス・コア理論。

 画期的な長距離量子通信を実現し、()()()()()、思念によって別の場所への瞬間転移を可能にするという。 

 束は壇上に立ち、全校生徒の前で舌っ足らずな口調で理論を説明した。

 語り終えて、グルリと眼下を見渡し、大人を含めて誰ひとり理解していないことを確かめた。

 教室に戻るや、遠巻きではあったが、同級生たちから賛辞を浴びる姿を目撃した。

 その後、千冬の傍らまで寄ってから耳打ちした。

 

「ちーちゃん。一緒に世界を変革しようね」

 

 千冬は、びっくりしてしまった。

 視線を右往左往させ、モゴモゴとあいまいな返答をする。

 束のあまりにも真剣な眼差し。

 圧倒されてしまい、ゆっくりとだが、首を縦に振ってしまった。

 それを見た束は、満足そうに自席へと踵を返した。

 

(さっきのはどういう意味だったんだろう……)

 

 千冬は友人の背中を見送って、そんなことを考える。

 

 

 

 一三日になり、イギリスから束宛てに小包が届く。

 一緒に開梱しよう、と誘われたので、千冬が彼女の部屋を訪れる。

 雑然としていた部屋が整理整頓されていた。様々な道具の置き場が明示されていることに驚いてしまった。

 小包の差出人は英国オルコット社だった。

 封入された書面には、ジェームズ・オルコットCEOの署名がある。

 千冬は「CEO」の意味がわからず、束に確かめる。

 

「最高経営責任者、だよ。ちーちゃんはバカだなあ」

 

 空が赤らみ、窓から夕陽が差しこんでいた。

 裏の雑木林からヒグラシが鳴いている。

 窓を閉めてもなお、蝉の声が頭の中に響いてきた。

 束が包みを開梱する。

 ビニール袋入りの薄膜(シート)が一二枚。どれも厳重に梱包されていた。

 

「ぺらぺらじゃないか」

 

 千冬が薄膜を夕陽にかざす。透明のシートに毛細血管のような筋が浮かび上がった。

 そして束から金額を聞かされ、真っ青になって袋へと戻した。

 

 

 

 十四日、午前十一時。

 千冬は束に呼び出され、指定の場所まで必死に自転車を漕いだ。

 汗だくになりながらたどり着くと、あたりには田園風景が広がっている。

 束はリュックサックから小さなビニール袋を取りだす。

 

「ちーちゃん。このシートをカッターで切ってみてよ」

 

 千冬は言われるがままシートに切り込みを入れた。

 

「……こんな感じか?」

「いーねぇ!」

 

 受け取った束は、用意していたゴム動力プロペラ機にシートを貼り付ける。

 プロペラ機を風上に向けて飛ばす。

 機体は長いあいだ飛び続けた。ずうぅーと飛び続けている。

 

「……やっちゃった?」

 

 束のクラフト飛行機(ゴム動力プロペラ機)はとてもよくできていたのだ。

 竹籤(たけひご)を火であぶって作ったとは思えない飛行距離だ。

 白い入道雲がひとつ、ぽっかり浮かんでいる。

 清流のにおいがした。

 蝉の声を聞きながら、ふたりは静まりかえって途方に暮れた。

 

「どうするんだ。束、いっちゃったぞ! もう見えなくなっちゃったぞ!」

「……どうしようか」

 

 束は持参したノートをクリップボードに広げて留めた。

 関数電卓を叩いて落下地点を計算するつもりだ。

 十二個しかない貴重なISコアを紛失したとあっては、全世界の科学者が激怒するに違いない。

 束は懸命に計算し続けている。

 千冬は手持ち無沙汰だった。

 

(束のやつ。どうしてシートに傷を付けさせたんだろう……)

 

 理由を考えてみたが、……何も思い浮かばない。

 だいたい、束が口にする()()()()()の意味すら理解していないのだ。

 

「あああーーだぁーめーだー! データが足んないー!」

 

 束が大声を叫んで関数電卓を頭上に掲げ、叫んでいる。

 半狂乱になった束をなだめながら、陽が暮れる前に、ふたりで家に帰った。

 

 

 

 一五日。

 昨日訪れた水田の方角からすさまじい爆発音が生じた。

 テレビ・新聞などの報道機関、警察、消防、自衛隊、役所……ご近所さんがしきりにうわさしあう。

 窓から音の方角を呆然として眺めていると、家の電話が鳴った。

 束だ。

 彼女は小声でまくし立てた。

 

「ちーちゃん。ちーちゃん。昨日のISコアが()()しちゃった!

 

 千冬は自転車を引っ張りだし、爆発現場に向かった。

 現場へ続く県道は警察が封鎖し、バスを改造したと思われる機動隊の特殊車両が通りすぎていった。

 どうやら爆発物処理班が動いているようだ。

 千冬は警官にとがめられ、引き返すほかなかった。

 

 

 

 数日が経過していた。

 終業式の帰り路。自転車を押していた束が話しかけてきた。

 

「ちーちゃん。現場に行ってみよっか。例の」

「……そっちがそういうなら……」

 

 シートを探そうにも、おそらく爆発で消滅していて回収できないだろう。

 一部が残っていたとしても探しあてるのは、まず不可能だ。

 『爆発が自分のせいではないか』と、千冬は毎晩思い悩んできたこともあって、真っ先に束の考えに賛同した。

 

(な、なんだ!?)

 

 現場は立ち入り禁止。

 仕方なく迂回し、三〇分ほど登山してから、水田を双眼鏡で睥睨する。

 述べ十ヘクタールの水田、おおよそ一キロメートル四方が吹き飛んでいた。

 一応、地中の不発弾が起爆した、と報道されている。

 千冬は驚いて腰を抜かしてしまった。

 束は、ビルを一瞬で消し飛ばすような爆弾を作ってしまったのではないか。

 

(コアに切り込みを入れたのは自分だ……)

 

 千冬は共犯にされたのである。

 事実を認めてしまった途端、膝が笑ってしまって動けなかった。

 やっとのことで帰宅したあとも胃が緊張して、食べ物が喉を通らなかった。

 その日は目が冴えて寝付けず、ずっと竹刀を降り続けた。

 頭上で、無数の星が絶えず瞬いていた。

 

 

 

 

 

 




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