セブン・ホワイト・ナイツ   作:王子の犬

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束「ちいちゃんはバカだなあ」


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 九月一四日、束が作ったという昆布の和え物をみんなで食べた。

 束には料理の才能がない、と千冬が険しい顔つきで断じた。

 

 

 

 

 一五日、ひさしぶりに船のGPSを確かめる。ハワイに向かってドンブラコ……にしては速すぎる。束に頼んで調べてもらった。どうやら夜なべで造った船が壊れてISコアだけが船底部のフジツボか何かに引っかかっているようだ。

 

「コア・ネットワークとやらでどの船か調べられないか」

「そういうだろうと思って、まゆんまゆんに調べてもらいました。アメリカ合衆国海軍籍の船って言ってたかなあ」

 

 それ、まずいんじゃないか。千冬の顔が青白くなった。

 

「強い衝撃を与えさえしなければ大丈夫。船の底でしょ? 座礁したり浅瀬でこすったりしなければ大丈夫。軍人さんはプロ集団の集まりだよ? そんな真似するわけないじゃないか」

「まさかってことがあるだろう。プロだって人なんだぞ?」

「心配しすぎだぞ、ちーちゃん♪」

 

 束はあっけらかんとした態度だ。すぐ早弁に心を奪われて、それ以上追求することはできなくなった。

 一七日、今日から連休だ。束と一緒に横浜へ出向く。中華街で肉の入った饅頭をごちそうしてもらい、お土産も買った。束の財布をこっそり見ると、カードしか入っていない。鉄道系ICカードで勘定を済ませていたのだ。

 

「で、どこに連れていくんだ?」

 

 信号を待っていた束は地図を見ながら、元町を目指していた。目的地は横浜の産業貿易センター。旅券の手続きをするためだが、千冬にはパスポートの取得手続きをする理由がない。海外には出たことはない。これから出る予定もなかった。

 束が勝手に手続きを進めており、わけがわからぬままパスポートが発行されることになっていた。

 

「それからちーちゃん。私たち、来月から諸国漫遊することになったから。ほい、eチケット」

「いやいや聞いてない。一度もそんな話をしてないぞっ!?」

「いやぁ引かれると思って話しそびれちゃった。ごめんねッ」

 

 お金の出所は辛子大根さんだとか。千冬にかろうじて聞き取れたのはそれくらいだった。

 留学って……ええぇっ。冷静になればなるほど千冬が同行しなければならないのか疑問が募る。

 彼女にはもうひとつの懸念があった。

「一夏をどうしよう」

「それなら簡単だよ。神社で預かります。箒ちゃんとひとつ屋根の下で暮らすんだよ。ついでに婚約でもしちゃう?」

 くふふ、と束は妙な笑い声をあげた。

 

 

 

 

 

 二〇日、火曜日の朝。

 三連休は部活の練習とISの訓練で終わってしまった。昨日の帰りがけ、生瀬に頼んで束に包丁を持たせるなと懇願した。束はISスーツの耐刃性能の測定するんだ、と唐突に告げて万能包丁を携えて飛びこんできたのだ。ヤクザ映画にありそうな身体ごと飛びこむあの姿勢だ。死ぬ、と思ったが躰が動いた。束は受け身に失敗し、背中を強く打ち付けた。今朝、筋肉痛で動けなくなり学校を休んだのである。

 足を引っぱるヤツがいない。千冬は一心にトラックを走り続ける。

 昼休み。職員室に呼び出された。担任のアマノ——三五歳・未婚・女——が書類を持って不安げにじろじろ見てきた。失礼な。千冬は思った。

 

「留学の件だけど……」

 

 口元を覆い隠して声を落とす。千冬自身も困惑していたが、アマノも同じだった。

 だが、アマノの懸念は別のところにあったようだ。

 

「……主力がいなくなるのは、ちょっとどう思ってる?」

「そう言われても、篠ノ之についていくようなものですから……それに受験」

 

 アマノが鉛筆を口にくわえた。動揺すると筆記具の頭を噛む癖があり、鉛筆には歯形がついている。かじったような痕があり、なるほど確かに千冬がいなくなるのは部にとって痛手だ。

 

「主将がどうにかしてくれますよ」

 

 主将は今の二年生だ。一年年下の後輩で篠ノ之道場門下生でもある。中学一年生で目録を取得したくらいだから技の切れは素晴らしい。が、ちょっと精神面が弱いのが玉に瑕。

 誤解を受けやすい立ち居振る舞いと外見から県内の中学では「皇帝」とも言われている。本来は「豆腐メンタルの皇帝」だったはずで、あだ名が一人歩きしてしまったのだ。

 

「主将が実力を出し切れば全国優勝も夢じゃないですよ。……実力を出せれば、ですが」

 

 アマノがこめかみに手をあてて訝った。千冬も同じ気持ちだった。

 

 

 

 

 

 二一日、今日も束は休みだ。一限目は数学である。迷惑な天才がいないので先生の声が明らかに弾んでいる。

 何しろ束は授業を無視して内職に励んでいた。一度は注意をしてみたが束に面子を潰されたことがあったのだ。確か大学院後期課程で扱うような問題だと呟いていたと思う。

 昼休みになってクラスメイトに囲まれた。

 

「り、留学するって聞いたけど」

「一一月になったら帰ってくるぞ」

「聞いてない!!」

 

 セーラー服を身に着けた()()が悲痛な声をあげる。お前、二年生だろ。階が違うぞ。という声をのみこむ。

 男子が皇帝に路を譲った。ヅカの男役に多そうな顔立ちなので近寄りがたいと見た。

 

(……ん?)

 

 なんだか女子の目線もおかしい。剣道場にときどき舞い降りる雰囲気でもあった。千冬は嘆息してから話を続けた。

 

「主将が頑張らなくてどうする。私が言うのもアレだが、お前の腕なら全中制覇も夢じゃないんだぞ」

 

 千冬が率いた剣道部はこれまで何度も全国優勝を果たしている。篠ノ之雪子らそうそうたる顔ぶれが第一次黄金期を牽引した。しばらく冬の時代が続き、千冬が入学してから第二次黄金期が始まった。

 ちなみに千冬の師・柳韻は私立中学出身である。当時、剣道部には所属しなかったという。

 予鈴が鳴りはじめ、皇帝が自分の教室へ引き下がる。

 授業が終わったので剣道場へ顔を出す。主将を譲る際、引き継ぎを終えていたのだが、皇帝の練習相手がいなくなるのでずっとつき合っていたのだ。

 

「……なぜいる。加藤」

 

 一足早く胴衣を着用した皇帝が駆け寄って説明した。

 

「他校の生徒なんですが、練習風景を見学したいそうです。……断る理由がなかったので、いけませんでしたか?」

「いや、いい。よく対応してくれた。ありがとう」

 

 加藤に見とれていた男子部員を皇帝が叱咤する。

 時間を区切って練習にいそしむ。千冬は制服姿の加藤に訊ねた。

 

「剣道の経験は?」

 

 加藤はロッカーから小太刀を見つけて弄ぶ。意味ありげに笑って指先を曲げて挑発してきた。

 

「小野派一刀流、皆伝」

「加藤は道産子だったな」

 

 上段に小太刀。演武の動きだ。所作の良さを知ってはいたが、やはり経験者だったか。千冬は満足げにうなずいた。

 篠ノ之神社に加藤を送るつもりでいたら皇帝がついてきた。

 加藤と並ぶとお姫様と騎士を見ている気分だ。

 

「加藤さんは先輩とどんな関係なんですか」

 

 直球だ。千冬は心のなかで頭を抱える。皇帝には一本気なところがあってしばしばトラブルに発展する。

 

「彼女は神社に居候しているんだ。束の研究を手伝っているんだ」

 

 お前と私よりも遥かに勉強ができるぞ、とささやく。

 勉強ができると聞いて皇帝が色をなくす。柳韻は文武両道を尊ぶよう口酸っぱく言い聞かせていたが、皇帝も千冬と同じく武事に才を発揮するタイプだった。

 

「決して親密な仲ではないのですね?」

「んなわけないだろう。昨日今日会った仲だぞ。何度か風呂と床を共にしたくらいだが……」

「もうそんなことにっ。好い仲ではありませんかっ!!」

「そうか?」

「そう見えますが」

 

 加藤に聞くと、「それなりに仲いいよね」との返事だった。

 

「……信じてたのに」

 

 急に元気をなくし、早足になっていつの間にか走りだした。

 

「お幸せに!」

 

 皇帝が去り際に言い残した。加藤と顔を見合わせてため息をついた。

 

「……かばんを忘れてる」

 

 皇帝は大層な粗忽者でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 二四日。名目上語学留学なのだが、一向に準備する素振りを見せない千冬のために勉強会が開催された。

 

「アイアムアペン」

 

 千冬は鉛筆を指さして自信たっぷりに告げた。

 

「エアヘッド・ユーだよ。ちーちゃん」

 

 千冬は首をかしげた。英語なぞ使わなくとも生きていけるのだ。自信満々に言いはなつと、生瀬がよくわからない言葉で話しかけてきた。

 アメリカ発音なので全く聞き取れない。

 

「日本語で話してくれ」

 

 しまいには身振り手振りと勢いだけで意思疎通を行った。

 束が腕を組んで生瀬たちに言う。

 

「やっぱりもっと早くに言っておけばよかった」

 

 言外に馬鹿だと言ったようだ。千冬は束に飛びかかってキャットファイトに明け暮れた。

 

 

 

 

 

 

 二五日、皇帝が女子一同をまきこんで送別会を催した。

 生瀬たちを見て、皆はうつむき「ハーレムだ」「ハーレムに違いない」「信じてたのに千冬お姉様」と不穏な発言ばかり飛び交った。

 束と一緒にいたときは妙な発言を耳にしたことがない。おおかた束の人望が地に落ちていたせいだ。

 意外だったのは伊佐敷とのツーショットを望むものが多かったことだろうか。

 あまり話をしたことがなかったのだが、実は笑顔が素敵なのだ。髪の毛サラサラな爽やか女子に心臓を射貫かれた生徒がとても多かった。オードブルの用意など裏方に回っていた雪子と彼女の知り合いに至っては「束ちゃんから乗り換えたら?」などと千冬をそそのかす始末。

 

「束とは腐れ縁なんだ。乗り換えるも何もできないだろう」

「あー、そっか」

「私と束の仲を疑うんですか」

「いやぁ? そんなことはないよ? うん」と雪子。

 

 お姉様方の視線が痛い。

 会場に戻ると、全員とハグすることになった。皇帝ら各部活の主力を占めていた生徒たちが感激した挙げ句、錦の旗を持ち帰ると豪語した。

 

 

 

 

 

 

 翌、二六日。授業後、一夏を篠ノ之神社に預かってもらうための準備をしていたとき、突然束から電話がかかってきた。

 

「ドッカーン!!」

 

 千冬はあまりの大声に顔をしかめた。

 耳鳴りが治まってから受話器を耳に当てる。

「ドッカーン! ドッカーン! ちーちゃん、テレビつけて! 早く」

「はいはい。言うとおりにするよ」

 

 ブラウン管テレビの電源を入れる。地上波デジタル放送に完全移行してしまったため、取り付けたアナデジ変換器がコイル鳴きする。電気屋のスキンヘッドでひげ面親父の笑顔が浮かんだが、すぐさま頭から振り払い、束が指定した局へ切り替える。

 

「は? え、ちょっ」

 

 映像を見たとき千冬は特撮映像か何かだと思った。

 早朝のハワイが映っている。映像のなかには軍港もチラっと映っていた。ニュースキャスターの解説が聞こえる。

 五・四・三・二・一……。

 

「ドカーン、だよ。ちーちゃん」

 

 ハワイに碇泊中だった太平洋艦隊の軍艦が突如爆発、炎上、沈没してしまった。さながら陸奥爆沈であろうか。

 

「……」

 

 千冬は最初のISコア爆発事件を思いだした。一キロ四方が突如爆発したのだ。

 今回の爆発で多くの艦船が被害に遭っている。規模は不明だが、相当数の行方不明者がいるようだ。

 過激派系のニュースサイトは軍港に潜入した戦闘員がテロを実行したと報道。事実上の犯行声明という見方が強い。

 だが、軍港では不審人物を見かけたとは報じられていない。元自衛隊の専門家によれば爆発の映像から爆弾が()()()で爆発したのではないかとの仮説を述べていた。

 

 

 




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