セブン・ホワイト・ナイツ   作:王子の犬

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 束に交通費と食費を出すからと言われ、翌日も電車で遠出した。

 上野駅では福島県から来た伊佐敷という少女と会い、蘇我駅では加賀という少女と会って昨日と同じことをした。

 蘇我から東京駅に戻って新幹線に乗車し、新横浜駅までショートカット。

 新横浜でも千冬と似た背格好の島津という少女と落ち合い、もれなく全員に篠ノ之神社までの道のりを記したプリントを渡した。

 六名の少女――生瀬、富山、加藤、伊佐敷、加賀、島津――が一同に会したのはそれから二日後のことだった。

 毎年夏休みのあいだ篠ノ之神社の敷地内でサマー・スクールが開催している。

 束が集めた六人はその参加者だった。

 六人は挨拶をすませたあとそれぞれ小包を受け取り、束の案内で離れへ向かった。

 束がいつも工作場代わりに使っている物置だが、千冬が顔を出したときよりも、さらに様相が変わっている。

 束以外の全員があっけにとられて、()()を眺める。

 アニメに出てきそうな白いパワードスーツが鎮座していた。

 束は薄膜入りのビニール袋をスーツ表面に養生テープで貼り付けている。

 そして用意していた筆記具とノート、関数電卓を配った。

 

「私も?」

「当然だよ。ここがどこだと思ってる?」

「物置」

「サマー・スクールだよ」

 

 千冬はほかの六人の見わたした。

 挨拶を交わした以外に特に何もしていない。

 だいたい話す内容がぴんと来ない。

 束は何を教えるつもりなのか、まったく何も聞いていなかった。

 

「えー、もちろん科学に決まってるじゃないか。数学とか物理とか。もちろんパソコンも使うよ?」

 

 生瀬や富山といった連中が深くうなずく。

 千冬は壁にもたれて腕を組み、むっつりと黙りこんだ。

 数学とか理科は嫌いなんだ、という顔。

 束が棚に積んであったチラシを取りだす。

 

「数学・理科(総合・物理)の特別コース。あと冊子も。

 前にちーちゃんにも渡したんだけどなあ……」

 

 両方ともすぐにゴミ箱へ投げ込んだ。燃えるゴミに出して忘却の彼方だ。

 束の顔に失望の色が広がった。

 肝心の千冬が一番頭がわるい。どうしたものかと額に手をあてる。

 思い直して、インフィニット・ストラトスの前で向き直った。

 

「みんな。予習はしてきたかな」

 

 六人が即座にうなずく。千冬だけが目を右往左往させている。

 

「とりあえずちーちゃんは暗記するところから始めてよ。ジョウントのアイディアはSF小説から拝借したんだけど、名作だから気に入ると思うよ」

 

 予備の冊子と文庫本(Tiger! Tiger!)を押しつけられる。

 

「いらないって……」

 

 千冬の抗議はことごとく無視された。

 蝉の声が轟く夏の一日。

 千冬は束とサマー・スクール特別コース参加者の監視下で必死に分厚い冊子を繰り返し読み、これまた興味のないSF小説を読みすすめ、何度も夢うつつの境をさまよう。

 インフィニット・ストラトス・コア理論。

 理論をもとに作製したパワード・スーツ。

 しかも作りかけのスーツがあと七つあり、束自身もパワード・スーツを着るつもりだった。

 

 

 サマー・スクール七日目。

 千冬は不平不満を零しながら関数電卓を叩いていた。

 ほかの六人はパソコンのキーボードをたたき、表計算ソフトや数値計算用の言語なるものを駆使してひたすら最適解を求めていた。

 六人のなかでは富山と生瀬が頭ひとつ抜き出ている。

 束が出す課題を難なくこなしていくのだ。

 最下位は加藤。少し話したところ、成績は千冬と似たり寄ったりだ。

 しかし、束にしつこく食い下がり、理解するまで何度もトライする。

 絶対にものにするぞ、という意気込みを感じた。

 もともと千冬には負けず嫌いなところがあって、束に馬鹿にされるのだけは許せない。

 

「ちーちゃんはばかだなあ」

 

 束は知ってかさらずか、ことあるごとにのほほんと口にする。

 何度なくカチンと来たが、がんばって課題に向かった。

 だが、日が経つにつれ、ひとり、またひとりと物置から姿を消していく。

 彼女たちは次の段階に進んでいたのだ。

 千冬が物置部屋以外の場所へ通されたのは、八月一五日の正午である。

 

「これと同じパワード・スーツがいくつもあるんだな」

 

 束に確かめる。

 

「そうだよ。パワード・スーツじゃなくて()()()()()()()()()()()()って呼んでほしいな」

 

 束は、ほかの六人を眺めた。

 コアを組み込んだインフィニット・ストラトス。重力に反して浮かんでいた。

 

「このインフィニット・ストラトスだっけか。ちょっと長いんだよなあ。何て呼べばいい?」

 

 千冬が訊ねた。

 

()()()かな。

 ヨーロッパに黒騎士ってのがいたし、囲碁だと白と黒で対になるってあたりから名前が浮かんだんだ」

 

 へえ……と感心してから、急に声のトーンを落として束に耳打ちした。

 

()()しないだろうな」

「大丈夫だよ」

 

 即答に喜ぶべきなのだろうか。

 訝しむ千冬を見て、束が言葉を継ぐ。

 

「このインフィニット・ストラトスは周囲にエネルギー・フィールドを広げることができるんだ。超高密度の薄い層がいくつも重なっていてコアを保護するんだよ」

「薄い層ってことは攻撃されたら、簡単に傷がつくんだろうな」

「そりゃあね。でも、ちょっとした熱量なら蚊がさされたぐらいにしか思わないよ。だってすぐ修復するんだもの」

 

 千冬はA4の説明書を読み、パワード・スーツを身に着ける。

 手順・手順・手順……と、小声で唱えてその通りにしてみた。

 束に脅されていたからだ。

 

『着地に失敗すると死んじゃうんだよね。

 これホント。

 説明書が必要な人ほど説明を読まないし聞かないんだ。

 だから、ちーちゃんが特に心配』

 

 実際、ほかの六人は志願して来ただけあって、決して横着をしない。

 千冬はいたたまれぬ思いになった。

 

「私ばっかり、頭が悪いって。そりゃあ、わかってたことだけどさ」

 

 その夜、こっそり物置に忍び込み、段ボール箱へ無造作に放り込まれていたISコアをポケットにしまう。

 一晩借りて返すつもりでいたが、一歩が踏み出せず、陽が暮れてしまった。

 束は爆発するような危険物だとわかっているくせに、ISコアを無造作に扱う。

 二日ほど経ってからようやくコアの数が足りないことに気づいた。

 すぐさま、千冬やほかの六人を離れに召集する。

 

「何度も数えたんだけど……ISコアが一〇個しかないんだ。

 どうしてかな?」

 

 一二個輸入して、一個は爆発して消滅した。

 七個はパワード・スーツに組み込んだ。

 計算上、段ボール箱には四個残っているはずなのだ。

 束は段ボール箱をひっくり返す。コアが入ったビニール袋は三つしかなかった。

 

(やばい……どうしよう……)

 

 素直にポケットから出せば許してくれるのではないか。

 千冬はこっそりポケットに手を差し入れる。

 束はそうした心の動きを見透かしたかのように、千冬の前で足を止めた。

 千冬は観念してポケットから手を出す。しかし……出てこなかった。

 

「あれっ、あれっ……」

 

 裏返しても、ほかの場所を探しても、見つからなかった。

 

「……ちーちゃんには失望しちゃったな……。

 もうしませんって念書を書いてもらわなきゃね。

 それと、これから出す条件がクリアできなかったら……ちーちゃんは一生私の元でただ働きだよ。食事くらいは出したげるけどね」

 

 六人の突き刺すような視線をこらえながら、念書を書く。

 千冬はISコア一個分の負債を抱えてしまったことになる。

 周辺の雑木林から蝉が泣き続けている。

 負債・借金という実感が、時間が経つごとに胸にしみてくる。

 自宅のアパートへ帰宅する前にATMへ寄った。

 海外にいる父親から送金された、八月分の仕送りを引き出した。

 千冬は負債金額を月々の仕送りで割ってみた。一生かかって返せるかどうか。

 束が提示した返済方法を思い出す。

 

(クリスマス・イヴまでに《白騎士》を乗りこなす)

 

 残り四ヶ月と少し。達成できなければ一生束の下でただ働きだ。

 束のことだ。一夏()にも負債の影響が及ぶと思い、ぞっとしてしまった。

 帰宅したあとも不安に苛まれながら洗い物をする。弟の世話するうちに眠ってしまった。

 

 

 三日後、ゴミ焼却施設が大爆発を起こした。

 もともと千冬たちの自治体で使用していた焼却施設は十数年前に閉鎖している。

 焼却能力が乏しくダイオキシン発生の可能性が高かったからだ。

 閉鎖後、近隣でもっとも大きな自治体にお金を払い、焼却処理を委託していたのだ。

 幸いと言って良いのだろうか。死者はおらず、軽傷者が出たくらいである。

 束と昼食を食べていた千冬はテレビのニュースを偶然目に止めて愕然とした。

 またしても爆発。警察は事件性を疑い、捜査を進めるらしい。

 食卓が沈黙で支配された。

 

「ちーちゃん! ()()()()()()()()()()!!」

 

 千冬はゴミを毎週こまめに出す。

 大家がゴミ袋を無料配布しているので、余分に持って帰っている。

 束がISコアの数を確かめた朝、普段の習慣で燃えるゴミを出していた。

 千冬は飯椀と箸を置いて、口の端のご飯粒を拭いとりながら、よろよろと立ちあがる。

 硝子に映り込む、顔色を失った自分をしばらく見つめていた。

 

 

 




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