セブン・ホワイト・ナイツ   作:王子の犬

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 九月一日、夏休みが終わった。にもかかわらず、六人は帰り仕度をしていない。

 自宅から戻った千冬は心配になって束に尋ねた。

 

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 六人はひたすら湾の方角を見つめていた。

 まぎれもなく何かを思いつめた姿である。

 

「良くないだろう。みんなはみんなの家に帰らなきゃ」

「それでも彼女たちは帰らない。クリスマス・イヴまで行動を共にするんだよ。そーゆー約束を交わしているんだ」

 

 あのときの書類だ。

 中身をのぞき込むこともできたはずだが、あのときは興味がなかった。

 書類は母屋のどこかにしまったはずだ。

 そこまで考えて千冬の思考が中断する。

 幼児の訪問だ。束は猫なで声で妹をかわいがっている。

 束の妹は朝食の用意がととのったことを知らせに来たのである。

 束は織斑姉弟、両親、妹の箒くらいにしか心を開かない。

 サマー・スクールでは子ども先生として教壇に立つのだが、一時的なことだと割り切っているからできるのだ。

 生瀬や富山と仲良くしているのは、彼女たちとの関係が期間限定だと知悉していたからだ。

 そして、集めた六人はある種の天才だった。

 生瀬は物理に強く、宇宙・航空工学への理解度は目を見張るものがある。

 富山は情報工学への造詣が深い。ISソフトウェアを構成しているコードの八割は彼女が書いたものだ。ISコアの制御も指示こそ束だが、実装を担当している。

 加藤は動体視力が優れていた。集中すれば何もかもがゆっくり動いているように見えるらしい。

 福島出身の伊佐敷は数学。九州から来た島津は化学や繊維工学。

 千葉から来た加賀は金属と艦船への造詣、両親が建築事務所を営んでいるおかげで土木・建築についてよく知っている。

 束はすべてを網羅するような多才にして天才だが、たったひとりしかいない。

 千冬もまたひとりだった。

 

「帰りません。帰る必要はもう、ないんです」

 

 最年長である生瀬が他の者たちの心を代弁する。

 真剣なまなじりに千冬は気圧されて、後ずさる。

 扉を手をかけ、箒の頬をなでた。

 

「ご飯を食べよーなー。一夏も一緒だぞ」

 

 今ごろ一夏はお駄賃目当てに境内を掃き掃除しているはずだ。

 うん! と箒は元気よく返事をしてから、千冬に言い含められたとおりに動いた。

 二学期の始業式から戻ると、六人は淡々と自分たちの仕事に励んでいた。

 束は厳しい先生だった。富山とよく衝突したが、白騎士の能力を洗練させるためにも必要なことであった。

 

「洗練、で思いだしたんだけどな」

 

 千冬は、加藤から持ち掛けられた提案を皆に説明する。

 インフィニット・ストラトスの動きをある程度反射的に行えるようにしたい。

 得意のプログラミングで動きを追尾できないか。

 

「もし私たちの誰かが気を失ったりしたとき、落ちたらまずいだろう」

 

 束が示した安全な着地手順を実行できない。つまり、着地に失敗して死ぬ。

 束は提案を受け入れ、千冬と加藤の動きを記録して動作の標準化を進めることになった。

 

 

 

 二日、束のスマートフォンで漂流中のISコアを確かめる。

 千冬は実力テストを終えた開放感からか、束にどこかへ遊びに行かないかと持ち掛ける。

 夏休みのあいだ計算し続けたおかげで、数学の出来に手応えを感じたからだ。

 

「ちーちゃんはたかるつもりなんでしょ。その手には乗らないよ」

 

 束は手帳を広げて、近隣の例大祭の日取りを確かめる。

 

「もうすぐ隣町で例大祭があるね。みんなで行こうよ。まだ暑いから浴衣でいーよね」

「待て……私は浴衣なんか持ってない」

「そういうと思って、雪子伯母さんに話を通してあります」

 

 束は七月の祭に私服で参加したことを覚えていた。

 しきりに悔しがっていたので、裏で何かを企てているとは感じていたが、まさか浴衣を調達してくるとは意外だった。

 

「お前。祭りは嫌いじゃなかったのか」

「今年は特別だよんっ」

 

 千冬は剣道部に顔を出し、下級生へ指導してから帰宅した。

 

 

 

 三日、学校帰りに篠ノ之神社へ寄ると、雪子が待ち構えていた。

 雪子は神主とは年の離れた妹である。

 東京の芸術大学を出て、近所の染織家宅へ押しかけ内弟子として働いていた。

 束と容姿が似ていて、見分けがつきにくい。

 千冬は背筋が伸びているか、猫背かで見分けている。

 雪子にはうわさがある。

 東京で大恋愛をしたが、失恋を機に地元へ戻ってきたのだという。

 真偽のほどは定かではない。今は染織家の若先生に夢中だ。

 先生は教師を辞めて家を継いだのだが、雪子は短い教師生活での教え子だった。

 若先生が小遣いをくれる姿を想像してみた。彼と雪子をくっつけたら面白いのではないだろうか。

 雪子の後について篠ノ之家の母屋へ上がった。

 

「これを見て」

 

 と、畳を指す。

 そこには一着の和装が広げられていた。

 

「浴衣ですか。派手すぎやしませんか」

「千冬ちゃん。美少女なんだからたまには遊ばないと男に逃げられちゃうよんっ」

 

 それは貴方のことでしょう、という声を飲み込んだ。

 

「男には興味ないです。柳韻(りゅういん)先生みたいな強い男なら考えるかもですが」

 

 雪子が高く笑った。

 

「兄貴がっ!? あ、いけない。千冬ちゃん。兄さんみたいなムッツリスケベが好きだなんて趣味悪いわよ」

 

 雪子はしばらく兄をこき下ろしてから、千冬に袖を通すよう求める。

 

「……ここで?」

 

 制服のリボンを解かれて千冬はうろたえた。

 

「誰も来ないわよ。女同士なんだし、いつも束と一緒にお風呂に入ってるんでしょ。見られても平気・平気」

「それは……」

 

 と言いかけて千冬は目を丸くした。

 最近束が作ったという、ウサ耳型ISコア探知装置が襖の隙間から覗いている。

 探知装置には静止画・動画撮影機能も組み込んであった。

 篠ノ之流の奥義を繰り出し、一切音を立てずに襖の傍らに佇む。

 そして、一気に開いた。

 ちょうど渋る富山に、束が小声で指示を与えている場面だ。

 束は驚くあまり舌がもつれた。

 

「ち、ちーちゃん。これはね。ちーちゃんの成長データをインフィニット・ストラトスへ反映させるためであって……」

 

 眼鏡の縁を弄んでいた富山が消えいりそうな声で、バレてますよ、と束に耳打ちした。

 

 

 

 




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