九月七日、早朝。
朝五時半に目を醒まし、道場をぞうきんがけする。朝食まで時間があり、珍しく雪子が道場を訪れた。
「兄貴の内弟子に稽古つけたげる」
得物を視て、千冬は青い顔で立ち止まった。
槍術の稽古で使う棒だ。長刀の演舞を知っていたけれど、槍術を仕込まれているとは意外であった。
雪子は束と同じ背格好だが、身の引き締まり具合が全く異なっている。
日々の染色作業は重労働である。神主の骨が透けそうなほど白い手脚を受け継いでいる。切っ先は力強く、闘志がみなぎっている。
薄茶のリボンで癖のない長い髪を縛り、パリッと糊が利いた道着、藍色の袴。薄桃色の唇が健康的な若々しさを保っている。
「雪子さんがそう云うなら」
木刀を下ろす。竹刀を出しても良かったが、雪子の腕前ならば万が一はあり得ない。
「喉への突きは禁止でお願いします」
槍相手に剣は不利だ。千冬は制限を加える。
相対して礼。構えて動く。
(どう動こうか)
槍の間合いで
残暑が身にしみる。開け放った格子窓の隙間から風になびいた木の葉が舞い落ちる。ふたりの間をひらひらと降りて、床に落ちた。
影が動く。
一・零・停止。
つま先に加え、槍の切っ先が動線を追尾した。雪子の瞳には濃い影がくっきりと映っている。
雪子の動作は緩慢だ。都会暮らしで勘が鈍ったか。いける、と千冬は勝利を確信する。
が、棒がゆるやかにうねって、「イイイイィィヤァアアア!」と激しい気合いが道場に響く。
千冬はのけぞって、コン、と鳩尾を叩かれた。
「はい。死んだ」
木刀が手から滑り落ちる。
「私に勝てるって思っちゃったろ。気をつけないとダメだぞー」
雪子が棒を引いてようやく息がつけた。
「まだ時間があるよ。千冬ちゃん、シャワー浴びてっていいよん」
二、三歩、後ずさった。言われて衣服を確かめると、ぐっしょり濡れて気持ち悪い。
千冬は道場を辞して好意に甘えることにした。
八日、学校に紺色のパンツスーツを着た女性が現れる。
束と面会し、インフィニット・ストラトスへの出資を申し出る。
名刺には「更識紺」とある。
「……なんて読むんだ?」
束がゆっくりとうなずきかけて、目を白黒させた。千冬の指から名刺を抜き取った。
「さらしきこんさん」
「さら……どこまで名字なのか、どこから名前なのかよくわからんな」
背の高い女の人だったよ、と束がつけ加える。
「へえ……」
研究資金の出所なのだろう。千冬は詳しい話を求めたが、「聞いても理解できないでしょ」と告げられて納得してしまった。
一〇日になると、束の元へまたしても海外から小包が届いた。
今度の差出人は仏デュノア社。米アームストロング社。イスラエルMI社、台湾の新秋社などと多岐にわたる。
みんなで段ボール箱を開梱する。布きれが出てきた。よく見ると服のような形をしている。
「今度は水着でも仕入れたのか」
かなり……股の切れ込みが激しい。
身に着けるには勇気のいるデザインが多く、中にはウェットスーツみたいなものもあるにはあった。
「違うんだよーっ。この水着みたいなのを着てインフィニット・ストラトスを操縦すると追従性がものすごーく良くなるんだ。この前ちーちゃんとみゅーちゃんが言ってたでしょ。ちょっと反応が遅れるって」
確かに覚えがあった。束が続ける。
「それにさ。ジャージとかTシャツにハーフパンツで操縦するのは、なんだかかっこわるいんだもん」
千冬は生返事を返したが、内心嫌な予感がしていた。
束のことだから露出が多いデザインを好むに違いない。
ビッグデータだと称して毎日スリーサイズや身長・体重を記録している。
そりゃあ、きめ細かいデータ蓄積が性能を押し上げると理解はしていたが、やはり納得がいかない。
案の定、束は太腿の切れ込みがきわどい水着を選んで持ってきた。
「デュノア社の試作スーツなんだけど、ちーちゃん、着てみてくんないかな」
駄々をこねると雪子を引っ張りだしてきそうなので、おとなしく身に着ける。
インフィニット・ストラトスを借りて外に出ようとしたが、扉の傍から半身を出す箒に気づく。
「じーーーーっ」
「そんなに視ても穴はあかないぞ」
束も幼児と同じことをしてきた。生瀬と富山に目配せして束を連行してもらう。
膝をついて円らな瞳をのぞきこむ。
Tシャツにミニスカートという出で立ちの幼児は、千冬の前に立って両手を前に伸ばした。
エイヤ、エイヤ、とかけ声がした。
幼児の掌は弾力に満ちている。千冬の発展途上の頂きを絶妙なタイミングで刺激し、緩急をつけながらこね回す。未知なる感覚に途惑い、ためらいを覚えながらもなけなしの理性を働かせた。
「ぁんっ、ほ、箒……ぅうんっ……くっ……いたずらは、よ、せ」
「こーするとちふゆおねえちゃんがよろこぶって、
「ら、め、んんぅううう……」
千冬は指の付け根を噛んで自制しようとした。が、箒の動きは天性のものとしか考えられない。
(このままやられたらっ……おかしくなるっ……)
千冬の膝が抜けた。幼児は全身を使って一生懸命手を動かし続ける。
(日ごろの鍛錬がぁっ……いかんっ……どうすればいいっ? どうすれば……)
幼児を傷つけずに納得させる説明を考えた。箒の手を下ろさせ、ゆっくりと諭した。
「本人がいいって言うまで、こういったことはよそう……。束お姉ちゃんにもきちんと注意しておくからな」
「そうなの?」
「そうだ。おっぱいを揉むってことはさ。女の子にとって、すごく恥ずかしいことなんだ。どうしてか、お母さんに聞くといい。きちんと教えてくれるよ」
「そーなんだー。ありがとうっ! ちふゆおねーちゃんっ!」
小さな影が母屋へと消えるのを見届けてから、ゆっくりとした足取りで引き返す。
拳を握りしめ、掌と手首の調子を確かめてから引き戸をあけた。
束が色青ざめて悄然と立つ様を観察してから、一音ずつはっきり聞こえるように声を発した。
「
「ち、ちーちゃぁん……」
涙目になってすがりつく束を正座させて、無邪気な妹に誤った知識を植え付けるものではないと、鬼気迫る
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