TSっ娘が悲惨な未来を変えようと頑張る話   作:生クラゲ

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幼年期
アセリオ


 生まれ変わって周囲を見渡した僕が、最初に感じたのは堪えきらんばかりの『情愛』だった。

 

 

 目の前には、幼い頃に死んでしまった母がいる。

 

 僕に全てを託し、僕が18の歳で亡くなった父がいる。

 

 

「……あらあら。ポートは甘えっ子さんね」

 

 

 もう二度と会えぬと思っていた家族との再会。それは、思った以上に胸に来た。僕は、それこそ赤子のごとく両親に甘え続けた。

 

 幼い身体に精神が引っ張られているのかもしれない。僕は、父と母の姿が見えなくなれば恐怖で泣き出して、探し回った。

 

 母は決まって、ある時間は食材を買いに家を出て。父は決まって、夜遅くに仕事を終えて戻ってくる。

 

 そんな彼等がいない時間、僕はワンワンと泣いて過ごした。

 

 

「ほらほら。ママはここに居ますよ」

「一人にして悪かったな、本を読んでやろう」

 

 

 そんな僕の行動は子供そのもので、両親ともに僕が20歳を超えた精神の持ち主だと気づいてはいないだろう。自分でもこんなに幼かったのかと驚いてしまう。

 

 だけど僕の死ぬ間際の、誰も味方の居ない世界の事を思い出すとやめられないのだ。

 

 

「ポートは可愛いわねぇ」

 

 

 僕の事を可愛がり、大切にしてくれる両親という存在。前世では気付かなかったが、彼等はここまでありがたい存在だったとは。

 

 やがて病死してしまう父母。彼等が生きている間は、僕が子供でいる間は、せめて限界まで甘えておこう。

 

 そう考えて、僕は人一倍親に甘えながら成長していった。

 

 

「はいポート、お人形さんですよ」

「目がくりくりとして可愛いなぁ。ポートは将来美人になるぞぉ」

「……」

 

 

 女の子扱いだけは、いつまでたっても慣れなかったけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕が生まれてから、1年程の月日が経った。

 

 僕は自力で歩けるまでに成長し、そのお陰で行動範囲が広がった。

 

 具体的には、屋敷の中を自由に動き回れるようになった。家から出ない限りは、母親はある程度の自由を僕に与えてくれるようになったのだ。

 

 

 これでようやく、僕は未来に向けて動き出すことが出来る。

 

 

 この一年は、両親に甘えるだけの一年間だった。乳児たる僕は自力でろくに移動も出来なければ、子供用にドロドロとしたモノしか食べられないひ弱な存在である。

 

 親が僕から目を離す訳もなく、親の言う通りに動き続けねばならなかった。

 

 しかし最近、親は『僕が家にいる限り』はある程度自由にさせてくれている。食卓にいようが寝室にいようが書庫にいようが、あまり気にすることはない。

 

 であるならば、あの場所を存分に使わせてもらおう。

 

 

「あら、ポートちゃんは本を読んでいるのかしら」

「うん」

「もう文字を覚えちゃったのねぇ。……ポートちゃんは賢いわね」

 

 

 歩けるようになってから、僕は書庫に入り浸るようになった。

 

 一日中、外を走り回って泥だらけで遊んだ前世の少年期。僕は家の書庫にある、代々伝わる書籍の数々を開くことなど無かった。

 

 勿体ないことこの上ない。僕は前世よりも強く、理知的に成長せねばならない。あんな無様で悲劇的な未来を変えられる存在に育たねばならない。

 

 その為には、強靭な肉体と豊富な知識が必要である。

 

 強靭な肉体はもうちょっと成長してから手に入れれば良い。知識は、今からでもコツコツ蓄え続けることが出来る。

 

「エコリ聴聞録、ねぇ。それ、面白い?」

「しらないことがたくさんかいてある」

「確かそれ、私の祖父が、この地に訪れる旅人達から聞きかじった嘘か本当か分からない逸話を纏め上げた集め書きよ。話半分で読んだ方がいいと思うわ」

「そーなんだ」

 

 僕が目をつけたのは、少し古い羊皮紙の束。僕の曾祖父に当たる人の趣味で、各地を冒険してきた旅人達が曾祖父に自慢げに語った話を纏めたものだ。

 

 明らかな法螺や嘘も多々混じっているけれど、価値のある話も結構ある。そんな印象の書物だった。

 

「これ、もっとないの?」

「……変なものを気に入るのねぇ」

 

 数十年前の、リアルな冒険譚を追体験できる。それが嘘だとしても、元になった何かが事実としてあるはず。

 

 僕は日中ずっと、曾祖父の残した遺産とも言うべきその書籍の数々を読みふけり続けた。この世界の知識をより深め、未来に生かすために。

 

 知識はいくらあっても困らないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さらに2年近い月日が経った。

 

 家にある本は粗方読み終わり、少し日中が手持ちぶさたになってきた。

 

 曾祖父はすごい人だ。読みやすく丁寧な文章で、当時彼等の語ったであろう話の数々を綺麗にまとめて残してくれた。世が世ならば、文豪として名を残したかもしれない。

 

 何故前世の僕はこの宝の山を無視していたのだろう。遠い地の農耕法や狩猟法、特産物や名産品など知らなかったことが山のように書いてある。

 

 無論、数十年前の古い情報だし、そもそも伝聞なので正確性には欠けるだろう。だけど、それでも試してみたいと思えるような話がたくさんあった。

 

 それに、このエコリ聴聞録に記された酒造法は、今もなお僕たちの村で行われている手法と同じものだ。つまり、曾祖父はいろんな旅人から話を聞いてまとめ上げ、この村に酒造技術をもたらしたのだ。

 

 今のこの村の発展は、僕の祖父の代から始まった酒造業が軌道に乗ったからと言える。その酒造技術はきっとこの本を基に始められたのだろう。つまり今のこの村の栄華は、曾祖父が土台を立てていたのだ。

 

 めちゃくちゃ偉大な人じゃないか。遠い昔に死んだという曾祖父に、僕はひそかに敬意を払うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、3才になる誕生日。僕は、両親から何か欲しいものは無いかと聞かれ────山盛りの本と答えた。

 

 曾祖父の影響か、読書は今世の僕のライフワークになっていた。新しい本が読めなければ生きていくのが辛いとすら感じる。

 

 将来、僕も曾祖父のように何か書籍をこの村に残しておきたいものだ。そのためにも、今は読書で知識を高めるべきだろう。

 

 本をください。僕に、山盛りに積み上げられた新鮮な書物をください。

 

 それを聞いた両親は、満面の笑みを浮かべ。

 

 

 

 

 

「お外に出て遊びなさい」

 

 

 

 

 と、僕を書庫から追い出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 実にひどい話である。

 

 僕はただ、本が好きなだけなのに。村に酒造技術をもたらし発展させた曾祖父のような偉大な村長になりたいだけなのに。

 

 子供は外で遊ぶものだと、誰が決めたのだろうか。僕はいわば大人の精神を持った存在であり、子供のように純粋無垢に遊ぶ年齢ではない。

 

 僕が20歳になるころには、あの悪名高い馬鹿領主がこの村に滅びをもたらすのだ。それまでに、出来る限りのことをしてあの悲劇を回避せねばならないのだ。具体的には、向こう10年分くらいの貯蓄をしておきたい。

 

 それほど貯蓄があれば、1年まるごと農業を休んで拡張したとしても、翌年の税金も支払えるだろう。正攻法で乗り切ることが出来る状態であるならば、とりあえずは安全だ。

 

 その為にも、この村の農業の改良点を今のうちから洗い出し、さらなる村の発展を遂げねばならない。本がほしい、知識が欲しい。

 

 

 

「ポートちゃん、お友達が来てくれたみたいよ」

「……ぼく、本がいい」

「困った娘ねぇ。どうしてこう育ったのかしら」

 

 

 そんな偏屈な考えを基に母親にゴネていた僕だったが。いざ、僕の前に連れられてきた一人の幼女を見てそんな考えは吹っ飛んだ。

 

 

「この子も家に引きこもりっぱなしで。いい機会ですわ」

「……」

 

 

 半ば無理やりに村の広場に連れ出された、同い年ぐらいの女の子とご婦人が僕の目に映る。まぎれもなく、僕の幼馴染の一人だ。

 

 ……あー。そういや、前の僕はこれ位の年から幼馴染たちと遊び始めていたっけ。確か前世では村を散歩していた時にラルフに声をかけられて一緒に遊ぶようになったんだ。

 

 今世は家に引きこもっていたせいで、まだ僕はラルフ達に出会えていないんだ。これはうっかりしていた、読書にかまけて一生涯の友を得られないなんて間抜けもいいところである。

 

 

「いつもお世話になってますぅ」

「いえいえそんな~」

 

 

 母親がママ友トークを始めた傍ら。僕は、未だに母親の陰に隠れて顔を見せない幼女の方に視線を向ける。

 

 前世では僕の大間抜けで、失ってしまった幼馴染。今世では絶対に間違えない、今度こそ彼らを守り抜いて見せる。

 

 さぁもう一度、仲良くなろう。

 

 

「……っ」

 

 

 黒髪を目元まで伸ばしたその娘は、僕の目線におびえるように母親の体で顔を隠す。

 

 なつかしいなぁ。彼女はとても人見知りで恥ずかしがり屋だったっけ。

 

 

「うちの子は少し人見知りなんですぅ」

「可愛らしいじゃない。ほらポート、挨拶しなさい」

 

 

 母親に促され、笑顔を作った僕は母親の陰に隠れるその幼女に手を指し伸ばす。僕にとって何より大切だった、幼馴染のその一人に。

 

 

「こんにちは。僕はポート、君の名前は?」

 

 

 恥ずかしがり屋で、努力家で。仲間では誰よりも優しく、健気でおとなしいその女の子の名は。

 

「────アセリオ。あたし、アセリオ」

「うん。よろしく、アセリオ」

 

 前世では過労に倒れ鞭で打ち据えられ死亡してしまった、寡黙で控えめな女性アセリオその人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 緊張した面持ちのアセリオ。

 

 そんな彼女の前に、僕たちは座っている。

 

 

「……は、はじめる」

 

 

 広場の一角、アセリオは僕や母親たちに囲まれて両手を掲げ立っていた。

 

 何やら、彼女は僕たちに見せたいものがあるらしい。

 

 

「……」

 

 

 無言で難しい顔をしながら、アセリオは掲げた左右の手のひらを合わせて……、ポフンと煙を立てた。

 

 もくもくとした煙立ち込める。その煙はゆっくりと晴れ、その中央にいたアセリオの手には────

 

 

「……お花!」

 

 

 きれいな、1輪の赤い花が握りしめられていた。

 

 

「すごーい」

「魔法ではないみたいだけれど……手品?」

「あの子、手先が器用なのよねぇ」

 

 

 そう。これぞ彼女の得意技にして、幼い頃の僕らの心をつかんで離さなかった必殺技。『アセリオの超魔術シリーズ』である。

 

 彼女は手品が天才的にうまいのだ。手品なんて概念を知らなかった幼少期は、僕たちはアセリオが本当に魔術師だと信じて疑わなかった。

 

 

「……むふー」

 

 

 そして、見事手品を成功させた幼女は満面のどや顔である。彼女は手品を成功させると、無言でどや顔をする愉快な性質を持っている。アセリオが楽しそうで何よりだ。

 

 ただそんな顔をするだけの完成度はある、素晴らしい手品である。実際、大人になってから見ても彼女の手品の種がよくわからない。

 

 

「すごいよアセリオ。他には何かないのかい?」

「これは……1日1回だけのまほう。あした、べつのまほうをみせてあげる……」

「うん、わかった。じゃあ、明日も遊ぼうね」

 

 

 そして、彼女は絶対に1日1回しか手品をしない。子供のころは不思議だったが、今思うとネタ切れを防ぐための措置だったんだと思う。

 

 よくもまぁ、アセリオは毎日毎日新作の手品を用意していたものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして僕は、アセリオと共に遊ぶようになった。

 

 ラルフやリーゼと出会うためにも、日中は外に出て積極的に歩き回るようになった。村の中の広場や木々をめぐって、歩き回るようになった。

 

 まだ話しかけてはいないけれど、遠目にリーゼとラルフが歩いているのも見えた。いつか、彼らにも話しかけに行こう。

 

「……ふぅ。つかれた、ポート」

「だね。少し休もうか」

 

 アセリオはおとなしい幼女だ、あまり体力のある方ではない。だから、彼女が疲れてしまった後は、決まって村の入り口にある大きな宿屋に足を運んで一休みするようにした。

 

 

 

「ポート、アセリオ。また来たんかい」

「おっちゃんジュースー」

「あいよ、待ってな」

 

 

 その宿屋の主人は僕たちのことをよく知っていてくれて、涼みに来たらジュースを1杯出してくれた。なんでもご主人は、アセリオの親戚だそうだ。

 

 アセリオはこのご主人の姪っ子だとかで、可愛がられていたらしい。それでアセリオも引っ付いてきた僕も、『孫みたいなもの』と言って可愛がってくれた。

 

「疲れたらいつでも遊びにおいで。お酒は出せんが、ジュースは出してやろう。がっはっは」

「おっちゃんありがとー」

「……あり、がと」

 

 人情が染み渡る。

 

 この村の住人は基本的に牧歌的で優しい人の集まりなのだ。人と人のつながりを大切にし、僕らのような子供は村全体で育てようとする。仲間意識が強く、勇敢でまっすぐな気風の住人たちなのだ。

 

 

 だからこそ、前世のような悲劇が起これば復讐に取りつかれてしまう。大切な人が殺されたとき、彼らは勝ち目のない相手であろうと武器を振り上げ怒りに燃える。

 

 それが、前世の悲劇の引き金の一つであった。

 

 

『ポッドを殺せぇぇっ!!!』

 

 

 ……そう。

 

 確かこのご主人は、王都からの帰り道、前世で殺意を以て僕を襲撃してきた1人────

 

 

 

 

 ふと見上げると、心底優しい笑顔を浮かべたご主人が、僕とアセリオがジュースを飲む姿を眺めていた。

 

 優しいおっちゃんに頭を撫でられジュースを頂いているただいている僕は、それ以上考えるのをやめた。

 


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