TSっ娘が悲惨な未来を変えようと頑張る話   作:生クラゲ

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二人は永遠に

「どうした、まだ見つからないのか」

「……ええ、申し訳ありません」

 

 女剣士は、村を確保した後にすぐさま周囲を偵察する指示を出した。

 

 理由は簡単、村の連中が奇襲を仕掛けてくる可能性を考えたからである。

 

「その少年は、確かに向かってきたのだな?」

「はい」

 

 アマンダは、不安を感じていた。それは追い詰めている筈の敵が、斥候に向かって突進してきたと言う報告が有ったからだ。その敵は兵士数人を相手に大立ち回りを見せ、一瞬のスキを突き再び森に逃げ込んだという。

 

 窮鼠、猫を噛む。実際、ラルフは友人を守るため突進しただけなのだが、用心深いアマンダの受け取り方は違っていた。

 

「絶対に追い付かれてはいけない理由が、何かあるのか?」

 

 一度は奇術師にパニックに陥らされた彼女も、再び冷静になって追撃に出た。そしアセリオが置いていった生首(燃え殻付き)を見つけ、昨晩の怪奇現象はただの農民のこけおどしだったと気付いた。

 

 それが、どうにも腑に落ちない。敵が、ただの農民にしては優秀過ぎないかと。

 

 狙撃の名手に超絶技巧の大道芸人、こちらの心を削ぐ指揮官に加え、数で勝る兵士と打ち合って逃げおおせる戦士まで居る。

 

 彼女からはまるで村に何か重要な機密があり、それを守るために編成された特殊な訓練を受けた兵士にすら見えていた。

 

 だとすれば、その村の『秘密』を守るために敵はどんな手を打ってくるかわからない。普通の村を襲撃したつもりが、薮で蛇をつつく行為だったなんて事もありえる。

 

「王の隠し子とか、匿われてないだろうな……」

 

 アマンダは迷う。農民の数を減らすのが主目的ではあったが、敵が精鋭となれば話は別だ。そこそこに味方の被害も出ている今の状況で、被害を増やしてまで虐殺を続けることにメリットがどれだけあるか。

 

 ────当然ながら、これはただのアマンダの深読みである。しかし、その深読みのせいで進軍は益々遅れていた。

 

 

 

 

 

 そして、明朝。日が周囲を照らし、森の腐葉土に光が届き始めた頃。

 

 ついに、アマンダが恐れていたその瞬間が訪れた。

 

 

「アマンダ様、敵です!」

「……やっと、捕捉したか?」

「いえ、違います!」

 

 

 今回は色々と腑に落ちない点の多い侵攻戦だった。しかし、その違和感は報告を聞いて消え去った。

 

「この地の正規軍が、森へ展開されています!」

「……。やはり、ただの村では無かったか!」

 

 このタイミングで正規軍が姿を見せたときいて、アマンダは納得した。ただの農民が襲撃されたにしては、対応が早すぎる。近くに隠し戦力がなければ、この迅速な対応はあり得ない。

 

 やはり、この村には敵にとって重要な秘密が有るらしい。ならば、今の戦力では不利である。

 

「撤退だ、退くぞ! この軍の練度では、正規軍相手に勝負にならん!」

「……はい、了解です!」

「ついてない、本当についてない。どうしていつも貧乏くじばかりっ……」

 

 何故なら今、アマンダが率いているのはお世辞にも精鋭とは言えないからだ。一部の老兵を除けば、基本的には訓練を終えたばかりの駆け出し兵士だらけ。今回が初陣という連中が半数以上だ。

 

 そもそも今回の作戦で、本格的な戦闘は想定していない。練度が低い連中に、農村侵略で実践経験を積ませる腹積もりだった。

 

 そんな弱兵で百戦錬磨のこの州の正規軍を相手に挑めば、結果は火を見るより明らかである。

 

「少しでもこの軍の被害を減らす。新兵は全員逃がせ、どうせ何の役にもたたん! 中堅以上は、私と共に殿だ!」

「はい!」

「負け戦だ、一人でも無事に家へ帰りつくことが勝利条件と考えろ! 拠点は放棄、戦利品も捨て置け!」

 

 アマンダは切り替えが早かった。即断即決しないと、状況が刻一刻と変化していく戦場では有効な指示が出せない事を知っているのだ。

 

 早めに撤退し、少しでも被害を減らす。それはきっと、この場において最適解だったかもしれない。

 

 だが同時に、農村1つ攻め落とせず逃げ出した指揮官であるアマンダは、帰国後にどんな処罰が待っているかを悟った。

 

「……はぁ。どうせ逃げ帰っても、私は処刑だろうな」

「アマンダさん……」

「ならばここで命を捨ててやる。一人でも多くの兵の命を守って見せる。それが軍人たる私の矜持だ」

 

 侵略者たるアマンダの立場は、ここで一転し窮鼠となった。こうなればもう、猫を噛むくらいしか出来ることはない。

 

「……」

 

 彼女には家がない。家族もいない。

 

 生きて帰っても、アマンダは誰にも出迎えられない。ならば、彼女の死に場所はここだ。

 

「グラン。……今日、私はそっちに行くことになるかもね」

 

 孤独な女剣士は、虚空を見つめて独り言をこぼした。

 

 

 

 

 アマンダには、かつて戦場で愛を誓いあった男性がいた。名をグランと言う。

 

 彼は戦場には似つかわしくない優しい男で、戦友を愛し部下を愛し、周囲の誰からも慕われていた素晴らしい男だった。

 

「……」

 

 だがそんな彼の最期は。自身の溢れでる優しさから、敵の子供だけでも逃がそうと背を向け、その子供に殺されるというあっけないものだった。

 

 結婚を目前に控えていたアマンダは三日三晩泣き続けた。しかし高潔だった彼の想いを汲んで復讐に走るようなことをせず、グランに生涯の操を立てることを誓い女を捨て軍人として生きていくことを決意した。

 

 その後、彼女は現場の叩き上げ女士官として頭角を現していく。アマンダと戦場を経験すれば大概の兵士は1人前に育つとまで言われた、優秀な教育武官として。

 

「グラン、私に最期の勇気を頂戴」

 

 その根底には、彼のような優しい兵士を二度と失ってはいけないという、彼女自身も気づかぬ心の誓約があったのかもしれない。

 

 彼女は熱心に、部下を一人前に育つよう指導を続けた。新兵からは口うるさい、忌み嫌われる上官として陰口を叩かれ続けながらも、彼女は職務を全うし続けた。

 

「隊列を崩すな。まずは敵の出鼻をくじくぞ、一発かまして怯ませればそれだけ味方の被害を減らせる」

 

 死を覚悟した軍人ほど強いものはない。ましてや、優秀な叩き上げ軍人で張るアマンダならなおさらだ。自身の生還など度外視で、アマンダは敵に特攻を仕掛ける決断をした。

 

 長年苦楽を共にした愛剣を握りしめ、あわよくば敵の将を討ち取ってやろうと殺意を滾らせながら、アマンダは突進した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死ねっ!!」

「……ぐ。この女、手強いぞ。みんな集まれ!!」

 

 領主軍の強さは、本物だった。

 

 特攻を仕掛けて1時間も経たぬうち、彼女と共に捨て身の特攻を仕掛けた数少ない中堅以上の兵士達は、もはや一人も残っていなかった。

 

「まだまだ!! 女一人ろくに殺せぬ弱兵ばかりか、この地方の正規軍は大したことないな!!」

「この女に迂闊に近寄るな!! 遠巻きに矢を放て!!」

「弓矢がどうした、そんなもので私の首が取れるか!!」

 

 しかし、たった一人になりながらもアマンダは奮闘した。

 

 少しでも派手に暴れて、少しでも多くの兵を逃がす。それこそが、この場における彼女の役割だった。

 

「これで、また一人!!」

 

 アマンダは熟練の剣士である。彼女は前線に身を置いてこそ真価を発揮する人間であり、だからこそ斥候部隊の隊長兼、教導員として前線に立ち続けた。

 

 しかし。本来であれば彼女の剣の腕は、将軍として列挙されてもおかしくないほどに、研ぎ澄まされていた。

 

「囲め囲め、絶対にこの女を逃がすな!! 相当な将だぞ」

「二人以上で斬りかかれ! 前後からの連携を意識しろ!」

 

 アマンダを包囲する兵士は、一人一人と切り倒されていく。平民の女だてらに身一つで軍功を立てて、大国の斥候部隊長を任されているアマンダの剣術は伊達ではない。

 

「次はどいつだぁ!!」

 

 ……だが、しかし。

 

 それでもこの州の軍は強力で、精強で、勇猛だった。

 

 

 

 

「やあやあ」

 

 

 

 彼女の背後に、ぬっと巨漢が現れる。

 

 それは大きなひげを蓄えた、アマンダの体躯と変わらぬ大きさの斧を片手で掲げている筋骨隆々の化け物。

 

「私はイシュタール侯爵家三将の一人、ゾラである」

 

 名乗りは戦場の花。だが、いきなり現れて既に斧を振りかぶっている大男は、アマンダの返答など待つつもりはなかった。

 

「では、死ねぃ」

 

 彼は領主軍の中でも、指折りの猛者。現領主とは竹馬の友であり、数十年にわたり共に戦場を駆け抜け続けた老練の勇将。

 

 アマンダ等よりもよっぽど戦場を経験してきた、正真正銘の豪傑である。

 

 

「あああああああああああっ!!!」

 

 

 アマンダは咆哮し、その一撃を避けて飛ぶ。

 

 大将首だ。どうせ死ぬなら冥途の土産に持っていきたかった、念願の大将首だ。

 

 老いぼれ老人ではあるが、コイツの首を取れば敵の指揮系統を乱せる。味方が撤退する時間を稼げる。

 

 アマンダは、これをすさまじい幸運ととらえた。

 

「帝国軍、特務先行部隊隊長、アマンダだ。貴様の首を飛ばす女だ、墓石に私への恨み節でも刻むといい!!」

「……」

 

 斬り返す女剣士の一撃は鋭かった。

 

 アマンダは人生でこれほどまでに、戦意を高ぶらせたことはない。かつて恋人を殺された時でさえ、戦意を飲み込んで泣いた女だ。

 

 そんなアマンダが、人生の終局にあたり初めて見せた動物的な咆哮だった。

 

「ああああああああっ!!」

 

 その剣は鋭い。

 

 きっと、彼女の人生で最も鋭い剣筋だろう。本来は将軍として任じられてもおかしくない腕のアマンダが、何もかもを投げ捨て目の前の敵だけを見据えている状況で、その剣は研ぎ澄まされていった。

 

「ゾラ様!!」

「寄るでない!!」

 

 それは、百戦錬磨の老将をもってしても止められない攻勢だった。ジリジリと、老練の勇将は押し負けて一歩ずつ後退していく。

 

 余りの凄まじい打ち合いに周囲の兵士が手を出せず固唾をのむ中、豪傑と女剣士は無心に打ち合い続けた。

 

 

「……ぬぅ!!」

 

 

 やがてピシャリ、と血飛沫が舞う。大男の人差し指が、女剣士の袈裟切りに巻き込まれ森へ落ちる。

 

 それと同時に、握る力を失った豪傑の拳から、大斧が滑り落ちた。

 

「────貰った」

 

 これが、アマンダの人生最後の輝きだった。

 

 自分より格上だろう敵将に、周囲を囲まれている不利な状態で相対し、正面から打ち勝つ。

 

 敗北の将たるアマンダからして、これ以上無い大戦果といえるだろう。

 

「私の勝ちだ、好敵手ゾラ────」

 

 武器を失い、防ぐ手段も何もない老人を前に、アマンダは久しぶりに心からの満面の笑みを浮かべ斬りかかって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死ぬのはお前だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如、アマンダは木から飛び降りてきた「誰か」に肩を深く斬りつけられた。

 

「……えっ」

 

 その誰かは、間髪入れずにアマンダの胸を貫く。背後から、心臓目がけて一撃に。

 

 それは奇しくも、彼女の婚約者グランと同じ致命傷だった。

 

「だ……れ?」

「死ね、死んじまえ、悪魔!」

 

 全身の力が抜け、老いた豪傑にトドメを刺すこともかなわず、アマンダは森に伏せた。

 

 僅かに残った力で敵を見上げると、そこにいたのは涙を目にいっぱいに浮かべた少年だった。

 

「死ねっ!! 死ね、死ね、死ね、死んでしまえ!!」

 

 彼はアマンダの髪を掴み、罵声と共に何度も何度も地面に頭を打ち付けた。

 

「お前が────、お前さえいなければ! ランドさんも、ナタリーさんも、赤ん坊も!!!」

 

 困惑が覚めぬ中、頭に走る激痛と体躯に感じる突き刺さった冷たい鉄の感触に、アマンダは自らの死を察した。

 

「感情を知らない悪魔め! 人の心を持たない悪鬼め!! 他人がどうなろうとしったこっちゃない貴様も、おのれの体を打たれれば痛いだろう!!」

 

 その少年の涙混じりの絶叫を聞き、アマンダは彼が自分が襲った村の人間であると知った。

 

 おそらく仲間を殺され、復讐の感情に飲まれているのだろう。成程、私に相応しい末路だとアマンダは自嘲した。

 

「痛いか、苦しいか!? どうだアマンダ、ええ!? ランドさんは、ナタリーさんは、もっともっと苦しかったんだぞ!」

 

 抵抗する気力すら残っていないアマンダに、容赦なく暴行を加え続ける少年。その様子を、唖然と見つめることしかできない周囲の兵士。

 

「これで人の痛みがわかったか!! これで反省したか!? あの世で3人に謝ってこい!」

 

 少しづつ、遠のいていく意識。ぐにゃりと歪み、赤く染まっていく視界。

 

 アマンダは、僅かに残った力で腰に入れていたお守りを握りしめる。それは、婚約を受けた日に恋人から贈られた『お互いの生還を祈る』様にまじないを込めた木彫りの花。

 

 グランの、形見と言えた。

 

「3人に土下座して、地獄に落ちろ人でなし!」

 

 その呪詛と共に、アマンダの頭蓋骨が砕け脳が飛び散る。

 

 そして訪れる死の間際、アマンダの唇が微かに揺れ動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ねぇ、グラン」

 

 それはきっと、誰にも聞こえぬ呟きだっただろう。

 

「やっと、一緒だね」

 

 そして、女剣士は息絶えた。

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