TSっ娘が悲惨な未来を変えようと頑張る話   作:生クラゲ

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笑顔

 朝の喧騒が、僕の耳をくすぐる。

 

「んー……」

 

 何やら、周囲が騒がしい。その煩わしさに釣られて体を上げると、寝具の前でラルフが正座しているのが見えた。その周囲には、仁王立ちしているアセリオとリーゼが居る。

 

 ……あの男、また何かやらかしたのか?

 

「ふわぁ、おはよう。リーゼにアセリオ、朝からどうしたんだい?」

「おはようポート。良い朝かしら?」

「なんで疑問系なのさ」

 

 何やら不穏な雰囲気だったので様子見がてら挨拶してみると、見るからにリーゼの機嫌が悪かった。何があったんだろう。

 

「…………」

「痛いですアセリオさん。痛いんでつねるのはもう勘弁してください」

「…………」

「痛ててててっ」

 

 ふと見れば、ラルフはアセリオに全力でつねられている。だけど、これはよく見る光景だからそんなに気にならない。

 

 どうせラルフがまた「アセリオはおっぱい大きいな」みたいな下らない事を言ったのだろう。

 

「みんなどうしたの? ラルフがまた何かやらかしたの?」

「…………あら? ヤらかしてないのかしら?」

「え、何を……?」

 

 不思議そうに首をかしげて見ると、リーゼはジィと僕の顔を見つめ、やがて顔から何となく険が取れた気がした。なんだっていうんだ?

 

 ふむ、状況がよく読めない。ここは、見に徹しよう。

 

「だから、誤解なんだってば……。ポート、起きたなら説明してくれ」

「ん、何を説明すれば良いんだい」

「その、昨日の晩の事だよ」

 

 しかし、せっかく黙り込もうとしたのにラルフに会話を振られてしまった。状況すら分からない僕に説明してくれ、と来たか。

 

 昨日の晩……。んー。

 

 

 ────あんなに取り乱したのは、生まれてこの方初めてだったなぁ。

 

 

 

「……」

「頬を赤らめて目を背けるなポートォ!! その反応は誤解に拍車がかかるから!」

 

 昨晩は、僕としたことが随分とラルフに甘えてしまった。言わなくても良い愚痴まで吐き散らかしたように思う。今まで誰かに対して、彼処まで素直に弱音を吐いたことは無かった。

 

 相手がラルフとはいえ、やはり恥ずかしいものだ。

 

「昨日はその、乱れてごめんね。僕としたことが思った以上に溜め込んでいたみたいで、制御出来なくて」

「意味深な事を言うな! 狙って無いよな!? わざとじゃねぇよな!?」

「……何が?」

 

 ところでどうして、ラルフはそんなに慌てているんだろう。

 

「……」

「痛い! 痛いからこれ以上つねらないで!」

「…………」

「ぐああぁぁぁ! 頬が破けるぅぅ!!」

 

 おー。ラルフがすごく痛そう。彼はきっと、よっぽど悪いことをやったに違いない。

 

「ふーん。ふーん……」

「お前を魔王の供物に捧げてやる……。生きては返さん……」

「おーたーすーけー!! 本当に何もなかったんだってばぁ!!」

 

 ……。待てよ。この状況って、もしかして。

 

「あのー、リーゼ? アセリオ?」

「何? ポート」

「ごめん。昨日、戦場での出来事が怖くてラルフに泣きついたまま寝ちゃってさ。もしかしてお二人とも、何か勘違いしてる……?」

 

 ラルフと僕が同衾しているのを見られたとか、そういう修羅場だったりするのか?

 

 

 

 

 

「……」

「……」

「……」

 

 

 

 

 僕の言葉を聞いた3人は、お互いににらみ合って顔を見合わせ。

 

「……良い朝。ラルフ、おはよう……」

「良い朝ね、ラルフ! まぁ当然、私は信じていたけど! ポートもおはよう!」

「お前ら、他に何か言うことが無いか」

 

 そのまま、笑顔を作って和やかに談笑を始めた。あー、やっぱり変な誤解をされていたか。

 

 幼馴染の嫁入り前の女性が男と同衾なんて、彼女達からしても受け入れがたい事実だっただろう。僕とラルフが二人で寝ていた姿をなんて見たら、さぞ驚いたに違いない。

 

「……」

 

 嫁入り前、かぁ。

 

「……ところでラルフ」

「どうしたポート?」

「昨日のあの話は、2人にしたの?」

 

 昨晩、僕とラルフは婚約することに相成った。それは、ちゃんと彼女達に伝わっているのだろうか。

 

「……」

「あの話って何?」

「…………嫌な予感がしてきた。アホバカラルフ、どういう話?」

 

 ああ。やはり、まだそういう話は出来ていなさそうか。

 

 これは、僕の口から言うべきだろうか? いや、告白してきたのはラルフの方だ。僕から迫って成った婚約ならまだしも、自分の意思で僕に告白し、村長となる男自ら報告した方がよかろう。

 

 そう考え、僕は静かにラルフに話を促した。まずはそれを、告げねばならないだろう。

 

 

 

 

「あ、ああ。実は、今の話は別にだな。その、昨晩、ポートと婚約した」

 

 

 

 ……促さへたラルフは少しドモりながらも、そう二人に告げた。再び、静寂が場を包み込む。

 

 それは、返答だ。収穫祭の舞台での、2人の告白への答え。   

 

 二人の反応は、どうだろうか。

 

 

 

「……」

 

 リーゼは、何かを察した様に俯いて。

 

「1、2、3」

「ア、アセリオさん? それに関しては、別に俺は悪いことは何も……」

 

 アセリオは無表情のまま、カウントを始めた。各々、ラルフの答えの受け止め方が違うのだろう。

 

「落ちつこうアセリオ。タライって地味に痛いんだ」

「……まじっく!!」

「ちょ、ちょっと待っ────ぶっ!!」

 

 彼女の号令の直後、飛んできた泥団子が頭を抱えているラルフの顔面を直撃した。

 

 ……相変わらず、芸達者だなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

「ふぅ。つまり、ラルフ側がポートに惚れちゃったのね?」

 

 落ち着いたところで、二人に昨夜の詳しい話をした。

 

 僕の弱音やラルフの暴走の下りは省いたけれど、なるべく隠さずに昨日二人で話した内容を語った。

 

「……ばーか。ラルフの身の程知らず。ノータリン」

「……ラルフが好きになっちゃったんじゃあ、仕方ないわね」

 

 不満タラタラなアセリオとは対称的に、リーゼは何処か哀しげながら納得した表情だった。ラルフの言っていた通り、彼女は怒ってなどいない様子だった。

 

「私に魅力が足りなかった。それだけの話よ」

 

 この、竹を割ったような性格こそ彼女の長所であり、魅力の1つなのだろう。

 

「これから毎日、お前の夢に悪の大魔王が遊びに来るから気を付けろ……」

「怖いのか楽しいのかよく分からん夢を見せるのはやめてくれアセリオ」

「取り敢えず、おめでとうポート。今回は負けを認めてあげるわ」

「あ、ははは。どうも、リーゼ……」

 

 朝っぱらから重い話になってしまった。これで、長きにわたる1つの恋が終わりを迎えた。

 

 だが、これこそ僕の望んだ結末だ。

 

 リーゼやアセリオには申し訳ない気持ちもあるけど、その代わりに絶対に守って見せるから。

 

 ラルフの力を借りて、この村に平穏と安寧を保証して見せるから────

 

「それはそうとして! ラルフ、今度私とデートに行くわよ!!」

「……ん?」

 

 そう言うと、リーゼはおもむろにラルフに抱き付いた。小柄な体躯のリーゼは、ピョコピョコと髪の毛を揺らし甘えの姿勢を取っている。

 

 ……あれ?

 

「ちょ、リーゼ。俺は、ポートと……」

「ポートは重婚オッケーなんでしょ?」

「すまんが、俺が嫌なんだ。申し訳ないが────」

「ラルフの考えを変えれば良いんでしょ?」

 

 ……お。リーゼってば、まだラルフを諦めていないのか。

 

 僕の目前で堂々と寝取る宣言ができるのもまた、リーゼの魅力であり強みなのだ。

 

「お、おい待てって。ポート、何とか言ってくれ」

「……」

 

 リーゼがスリスリと、上目遣いにラルフを誘惑している。小動物的でいて、かつ妖艶な誘惑だ。

 

 彼らは本来は夫婦となる人間、そりゃあ相性も良い。きっと、そのうち陥落するだろう。そしたら────

 

 

 ……何が、駄目なんだ?

 

 

「……あれ? リーゼがラルフ誘惑しても、僕にデメリット無くない?」

「でしょ!?」

 

 むしろ、面倒なラルフの性欲関連をリーゼが引き受けてくれた方が助かる。あわよくば、重婚夫婦であることを利用してリーゼとエッチな関係になれるかもしれない。

 

 村の仕事で忙しい僕やラルフだけでは家事が回らない事も考えられる。そうなれば、人手が増えるのはそれだけでメリットだ。

 

 むしろ、僕はリーゼを応援する立場なのだ。

 

「……リーゼ。頑張ってね!」

「ありがとポート!」

「あれええぇぇ!?」

 

 リーゼにグ、と親指を突き立てると彼女も笑顔で返してくる。

 

 ふむ。女同士の友情は、やはり成立するらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……失礼。ポート殿と、ラルフ殿は居られるか」

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで姦しく騒いでいたら、テントの外から渋い声が聞こえてきた。

 

 誰かが、僕達を呼んでいるらしい。

 

「はーい、居ますよ。お入りください」

「そうか、それは上々。私はゾラと申す者である。大変恐縮であるが、貴殿らに小さな我が主の下へご足労いただきたい」

 

 す、とテントの幕が開かれ。ぬぅ、と白髭を蓄えた巨漢がテントの中へと入ってきた。

 

 その圧倒的な威圧感には、見覚えがあった。

 

 

『やあやあ、私はイブリーフ侯爵家三将の一人、ゾラである』

 

 

 かつて前世で、村を裏切り命を狙われていた僕を護衛してくれた人物。

 

 イブリーフの、いや現領主の旗下で3本の指に入る大将軍、周辺各国に名を轟かせる老獪な豪傑。すなわち、ゾラ将軍その人であった。

 

「ど、どうも! おはようございます!!」

「そう畏まらずとも宜しいですぞ。私は卑賎な出自の身、今でこそ貴族を名乗っておるが生まれはポート殿より遥かに格下」

「ととと、とんでもない。ゾラ様こそ、その御勇名は聞き及んでおります!」

 

 とんでもない人が出迎えに来た。何か用があるなら、普通の兵士さんに声かけさせてくれれば良いのに。

 

 この人って、領主軍の最古参で幾度も総大将を務めた歴戦の英雄だよね。イヴってば、軍で一番偉い人使って僕達を呼び出しちゃったよ。

 

「まだ、お着替えも済んでおられぬご様子。準備が整うまで、私は外で待機させていただくとしましょう」

「は、はい、すみません。すぐ着替えます!」

 

 総大将待たせて着替えるなんて恐れ多すぎる。緊張で変になりそうだ。

 

「ラルフ、ちょっと反対向いてて!」

「わ、いきなり脱ぐなポート!」

「ラルフも早く着替えて、あの人待たせるのは不味いよ! 凄いお偉い人だよ、きっと!」

「お、おおー」

「見とれてんじゃないわよ!!」

 

 鼻の下を伸ばし出したラルフに、リーゼが突っ込みのビンタを入れる。

 

 夫婦漫才してる暇があるならさっさと準備してくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……。

 

「あら、懐かしい顔」

 

 老いた威丈夫に連れられ、辿り着いた先に彼女は居た。

 

 華奢な体躯にきらびやかな甲冑を着込み、太陽の光で輝く金色の髪を薙ぐ少女。

 

「お、お久し振りです、イブリーフ様」

「う、うっす。久しぶり、っす」

「あらあら、敬語なんて必要有りませんよ。昔のようにイヴ、と呼んでください」

 

 柔らかな微笑みを浮かべながら、透き通る様な瞳で僕を見据える彼女。それは、僕が知らぬ「王としての器を備えた」イブリーフの姿だった。

 

 前世の様な傲慢で、愚鈍で、威圧的な姿ではない。優しく、暖かく、それでいて抜け目のない人傑がそこにいた。

 

「────あ、そ、その。イヴ、何かご用ですか?」

「ポート? 敬語も必要ありません。そう、申し上げませんでしたか?」

「で、でも」

「くすくす。融通が効かないのも、昔の通りですね」

 

 や、やばいよ。このイブリーフ、さっきからオーラが凄まじい。

 

 イブリーフ糞野郎なんて、口が裂けても言える雰囲気じゃない。どういう成長の仕方をしたらこうなるんだ?

 

 本当にコイツがイブリーフなのか? あの生意気な兄が本物イブリーフと言われた方がしっくりくるぞ。

 

「まずは、ここにお呼びした理由ですね? ポート、ラルフ。貴女達には、友人としてと領主として、2つの頼みがあります」

「は、はい」

「1つ目は……、まずは領主として。此度の戦の勲功労賞に、出ていただきたいのです」

 

 勲功労賞。それは、戦の後に各々がどれだけ功績を上げたかを表彰する場である。

 

 そこに、僕とラルフを呼んでどうするんだろう?

 

「今回の戦、勲功第一は貴女方と評します。敵の大将を討ち取ったラルフ君、村の撤退を指揮したポートさん。お二人を褒賞する事に文句を言う人は居ないでしょうし、襲撃を受けたこの村を援助する建前になりますから」

「え、村を援助してくださるのですか? 賊の襲撃を撃退して貰ったのですから、むしろ此方から献上金を差し上げるのが筋では?」

「ええ。通常であれば出征の軍費を賄う為、貴殿方に献上金を求めています。あくまで今回は、特別措置として援助しようと思います」

「い、良いのか?」

「この村は近辺の商業圏の中心ですから。国家資金を割り当ててでも早めに立て直しておく方が、長期的に見て国の利益になるのです」

 

 ……お、おお。それは慧眼だ、確かにこの村を早く立て直した方が長期的に利益になる。それを此方から打診するまでもなく、政府側から提案してくれるなんて思ってもいなかった。

 

 この人、前世とは完全に別人だ。経済に詳しいし、民の事をよく考えて行動してくれているし、僕達を特別扱いをしても他の村から不満が出ないよう、建前まで用意する周到さも兼ね備えている。

 

 どうして前世ではこうならなかったんだ。

 

「もう1つのお願いは……。少しだけ、ポートの家に遊びに行きたいのですが、駄目ですか?」

「え、僕の家ですか?」

「あの家の書庫で、貴女と交わした議論。それこそ、今の私を作り上げた出発点なのです。いつか時間をつくって貴女の家に遊びに行きたかったのですが、ついぞ機会もなくこんな月日が経ってしまいました」

 

 イヴはそういって微笑むと、恐縮して縮こまっている僕の手を握り締めた。

 

「私の出発点に、里帰りさせてくれませんか? 私の大切な親友、ポート」

「え、ええ。よ、よよ喜んで!」

「……ふぅ。そんなに畏まらず、前のようにイヴと話し掛けてくれれば嬉しいのですがね」

 

 む、無理! それは無理です!

 

 キラキラした王者のオーラ的な何かに圧倒されてて、タメ口とか無理です!

 

「以上が、私のお願いです。ご了承頂けたようで、何よりです」

「……はー。いや、ちっちゃい頃のお前とは全然違うな」

「そうですか? 私は昔と変わらず、臆病者で怖がりなイヴですよ?」

「いや。……んー、お前めっちゃ強いだろ。頭もポート並に良さそうだし……。こりゃ、すげぇなぁ」

「買いかぶりですよ?」

 

 ラルフは物怖じしていないが、成長したイヴを見て感嘆の声を漏らしている。成長したイヴの人間としてのでかさに圧倒されているのだろう。

 

 てかイヴ、強いのか。肉弾戦の戦闘力まで高いのかこの娘。完璧超人かな?

 

「あ、それともう1つ。とてもとても、大切なお願いが有りました」

「……何ですか?」

「もしかしたから、これが一番残酷なお願いかもしれません。ですが、とても大事なお願いなのです」

 

 ふと。イヴは真剣な眼差しで、僕とラルフを見据えて頭を下げた。

 

「明日、どうか笑っていてください。伏して、お願いいたします」

「笑、う……?」

「ええ。貴女方には笑っていて欲しいのです」

 

 笑え、ってどう言うことだろう。誰かが漫談でもするのだろうか。

 

「……今回の襲撃で、村に犠牲者が出たことは聞き及んでいます。ですが明日の勲功労賞と宴会の場だけは、笑顔を絶やさないで欲しいのです」

「……」

 

 そう言ったイヴの目は、真剣そのものだった。

 

「近しい人の死。それは、貴女方にとっては耐えきれぬ哀しみでしょう」

「……」

「しかし、兵士にとってはそれが日常なのです。戦友が死に、自分も傷つき、その先に勝利がある。……兵士は、いちいち人の死を悲しんではいられないのですよ」

 

 ……それは、とても残酷な話。

 

「戦友が死んだというのに、満面の笑みで祝杯を交わす彼らを見てきっと貴女方は感じるでしょう。『なんて、おぞましいんだ』と」

「そんな、事は」

「それで良いのです。その感覚が正常です。ですが、明日だけは────、戦争の狂気に身を委ね、貴女達に笑っていて欲しいのです」

 

 イヴはそう言うと、再び頭を下げた。

 

 彼女は僕達に笑えと言う。ランドさんを、ナタリーさんを失った僕達に勝利を祝えと言う。

 

 ────笑顔で、祝杯を掲げろという。

 

 

 

「……それは、必要なことなんだね?」

「ええ。兵士達は、正気に戻ることを求めていない。戦争の熱に浮かされ、狂気に身を委ね、やっと死の恐怖に打ち勝って精神の安寧を保っている存在です。……そんな彼らを気遣ってあげてください、ポートさん」

「ええ。分かったよ、イヴ」

 

 それが、僕たちの命を守るために戦ってくれた兵達の為になるならば。僕は心の涙を飲んで、満面の笑顔を作ろうではないか。

 

「明日は、笑顔を絶やさない。それが君の、いや兵士全体の助けになるんだろう?」

「……ありがとう、ポートさん」

 

 つまりは、こういうことだ。

 

 明日だけは死んでしまった3人を悼むのを忘れ、兵士のために勝利の喜びを分かち合えばよい。

 

「……ポートさん、貴女は正常な人間です。ですからきっと、戦勝に高揚する彼らを『狂気的』だと感じるでしょう」

「……」

「だけど明日は、一時だけでいい、その狂気に乗って笑顔を振りまいてください。よろしく、お願いしましたよ」

「……うん」

 

 その約束を交わした後、イヴはどこか安堵の表情を浮かべていた。うん、やはり彼女は大人物だ。

 

 彼女は、僕達だけでなく兵士のモチベーションすら気に掛けることができる人間。僕らを治める立場の人間として、こんなに頼れる人間も珍しい。

 

「では、また明日。貴女の家に遊びに行くことも、楽しみにしていますよポート」

「ええ、歓迎するよイヴ」

 

 前世の事を差し引いても、今回の件でイヴには大きく助けられた。立派に成長した彼女に頼もしさを感じつつ、僕は彼女の幕舎を後にした。

 

 僕が外に出ると、再び幕舎の中でイヴがあれやこれやと指示を出す声が聞こえる。まだ、彼女にはやることはたくさん残っているに違いない。

 

「聞いたかい、ラルフ。明日は、悲しんじゃいけないんだとさ」

「……。ああ、分かった」

 

 今世の彼女に、不満は無い。できる限り、力になってあげよう。

 

「あの若き僕らの王の、期待に応えるとしよう」

「だな」

 

 それが、例え『狂気的』な行為であろうとも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「イヴたん!! イヴたん!! イヴたーん!!」」」

「みんなありがとー」

 

 次の日。僕とラルフはイヴに言われたとおり、村の中央で開催されたイヴの主催する勲功労賞へと出向いた。

 

 領主軍によって解放された村には、祭の為に中央に設置された舞台が残っていた。そこを暫定のお立ち台として、舞台に上った彼女は拡声魔法を用いながら踊り子の衣装を身に纏い、兵士達の熱気とフィーバーをフィーチャリングしてフレッシュなライブを楽しんでいた。

 

「「「世界一可愛いよ! イヴたん!!」」」

「どうもありがとー!」

 

 兵士達の野太い掛け声に、笑顔で応えるイヴ。セクシーな服を着た見目麗しい(イブリーフ)が、兵士に満面の笑みでウインクを投げかけている。

 

「「「結婚してくれ! 嫁に来てくれ! むしろ下僕にしてくれ!!!」」」

「そんなみんなの忠誠心、とっても嬉しいな♪」

「「「うおおおおおおおおおおっ!!!」」」

 

 これが、領主軍の勲功労賞。リーダーたるイヴの歌声を聞き、リズムと共に盛り上がり、熱烈に騒ぎたてながら自分の功績を評されるのを待っている。

 

 ……これは、まさしく。

 

 

 

「……思ってたよりずっと狂気的!!!!」

 

 

 

 踊り子(アイドル)のショー以外の何者でも無かった。

 

「あんたが、ポートって娘?」

「……おや?」

 

 そのすさまじく狂気的な光景に絶句していると、背後からけだるげな声が聞こえてきた。

 

 振り返るとそこには、僕と同様に目が死んでいる軍服の少女が経っていた。

 

「……貴女は?」

「どーも。リーシャって言います、ヨロ」

 

 何やら疲れている様な顔で、リーシャと名乗った少女は僕の隣に座りこんだ。

 

 この人は、誰なのだろう。

 

「あの、えっと……貴女は?」

「単なる軍人だよ。今回の戦の主役様が目に入ったんでな、声かけてみた」

 

 ……今回の戦の主役?

 

「あんた、かなり凄かったんだって? 撤退戦の詳細を聞いたイヴ様が絶賛してたよ、ポートさんは領一番の知恵者だって」

「……え? 僕、何かしたっけ?」

「今回の撤退作戦、気を失った村長様の代わりにアンタが主導したんだろ?」

 

 ま、まぁ今回の作戦は僕の指揮だったけど。でも、結局僕の作戦は全部的外れで、アセリオに尻拭いしてもらったような情けない指揮じゃないか。

 

 そもそも、イヴが気を利かせて駆けつけてきてくれなかったら村は全滅してたし。何処に褒めるポイントがあるんだろう。

 

「僕は特に何もしていないよ」

「……あんた、誇らねぇのな。そういう兵士連中には無い謙虚さ、私は結構好きだぜ」

「……」

「私達にとっちゃ、功績が全てだ。命をかけて手に入れた戦果を、少しでも誇張して大きく見せようと躍起になる。何もしてないなんて言っちゃ、功績を全部ほかの奴に横取りされちまうからな」

 

 そうは言われても、実際に僕は何もしていないのだから仕方がない。

 

「まぁ、正面切って勝てない敵に不意打ちまで食らってんのに、そっから村人の大半を安全圏まで避難させたのはかなりスゲェと思うぞ。少しは自信持ってろ」

「安全圏、と言えるのかな。イヴが来てくれなきゃ、きっと────」

「いや、逃げ遂せていたよ」

 

 フ、とリーシャは唇を吊り上げて笑った。

 

「一昨日私達が森に到着したあとの敵との遭遇点と、私たちが村人を保護した地点を、昨夜の振り返りで図示してな。そんで、イヴ様含めみんな感嘆してた。すごい、ポートの作戦通りに全員都まで追いつかれず逃げ遂せているって」

「……そうだったんだ」

「私たちが間に合わなくとも、少なくとも村人の大半はキッチリ守り抜いてた。あんた、やるじゃん」

 

 そうか。僕は……、僕は村のみんなを少しでも守れていたのか。

 

 拙くて、穴だらけの作戦だったけど、僕はみんなの力になれていたのか。

 

「……お、おい、どうした? 気分が悪いのか?」

「いや、その……」

 

 今まで、必死で知識を蓄え続けて。でも、何かを変えられた実感も何も得られなくて。

 

 本当に僕なんかが村の助けになるのかと、毎日毎日不安で仕方がなかったのに。

 

「そっか。……救え、て、たんだ」

 

 目頭が熱くなってくる。

 

 前世で、村を滅ぼす諸悪の根源となった僕が、今世でやり直して少しでもみんなの助けになることが出来た。

 

 それは、どれだけ嬉しかっただろう。

 

「……う、うっ……」

「お、おいおいどうした。泣くな、こんな場で」

 

 僕の今までしてきた努力は、無駄ではなかったんだ。

 

「はぁ。おい、昨日のイヴ様の命令忘れたのか? ……笑えよ、ポート」

「あっ……。う、うん」ニッコリ

「それでいい。笑える時は笑ってろ、農民。それがお前らの仕事だ」

 

 そう言ってニヒルに笑うリーシャ。見た目は同い年程度なのに、僕よりずっと大人びている様な雰囲気を感じた。

 

「リーシャさん、お幾つなんですか?」

「……十五」

「同い年……」

「お、そうなのか。奇遇だな」

 

 やっぱり、同年代だった。こんな年で従軍しているなんて、何か事情があるんだろうか?

 

 雰囲気だけなら年上っぽかったけど、こうして向かい合うとやはりまだ少女の面影がある。

 

「戦場に身を置くと、大人びるんですかね? リーシャさん、落ち着いていて年上に見えましたよ」

「……ほーん。なら、見ろよ。あそこの最前列で大はしゃぎしている爺さん」

「えっ? あ、ああ。 ……ってアレ、ゾラさん!?」

 

 リーシャに指さされ、目線をやった先に大はしゃぎで手を振っている筋骨隆々の大将軍が居た。

 

 ノリノリで歌っているイヴの目前で、部下と肩を組んで楽しんでいる。

 

「戦場に身を置くと、なんだって?」

「……大将軍で有ったとしても、たまには、息を抜きたい時もありますよね」

「あのクソジジィは常にフリーダムだけどな」

「クソジジィ、って。将軍ですよ、目上の人では」

「……身内、なんだよ。アイツ、私の祖父……」

 

 ……。おお、この人はゾラ様のお孫さんか。だから、こんな年で従軍してるのね。

 

「それに、位で言ったら一応私も大将軍。イシュタール3将の最年少、リーシャって聞いたことない?」

「……えっ?」

「ああ、お飾りだから気にしないで。先代のおジィが腰をいわして動けなくなったから、去年襲名したの。私はまだ何の功績も立ててないけど『期待を込めて』だってさ」

 

 そ、そっか。でもお飾りだとしても、この年で襲名先に選ばれるってかなり優秀な人間ではないのだろうか?

 

 と言うかいくら大将軍の孫とはいえ、何で僕と同い年の女の子が軍人をしているのだろう。何か事情があるんだろうか。

 

「……どうして、そんな年で軍に士官しているのです?」

「あー、昔から私はお転婆でね。嫁ぎ先に苦労するかも~、なんて心配されてたんだ。でも、剣や魔法をそこそこに使いこなせてたから、軍人になるのも良いんじゃないかって祖父────ゾラ爺が言ってくれて」

「へえ」

「軍って男所帯じゃん? 女士官って貴重な訳よ。お転婆で全然縁談が来なかった私も、軍に入ればチヤホヤされてモテモテになるかも、なんて考えた訳」

「……思ったより世俗的な考えをお持ちなんですね」

「興味ない振りしてたけど内心ではモテたかったのよ、悪い? でも、お嬢様みたいに振る舞うのはどーしても性に合わなくてさ。なら軍に入ってチヤホヤして貰いつつ、自ら武功も挙げて立身出世とか格好良いじゃない」

 

 よ、要はモテたくて軍に入ったのかこの人。いや、確かに軍は男だらけだし、その紅一点ともなれば大事にもされるだろう。

 

 能力も有るみたいだし、別に咎められるような事ではないか。

 

「だと、言うのに……」

「……ん?」

 

 そこまで言った後、リーシャさんは死んだ瞳でライブをしているイヴの方を向いた。

 

 ……あっ。

 

「この軍の男共は、みんな(イヴ様)に夢中ってどういうことだよ!!!」

「……あぁ」

 

 まさか。まさかこの人、結局……。

 

「こないだ、ちょっと良いな~、って思ったイケメン隊長に迫ってみたのよ。そしたら『イヴ様ファンクラブの鉄の戒律で彼女を作れないのです』と来たもんだ!」

「えぇ……?」

「イヴ様、イヴ様、どいつもこいつもイヴ様!! あの人は男だよ、可愛かろうが男だよって何度いっても返ってくる返事は『だが、それが良い』!!」

「え、ええぇ……?」

「お陰で未だに彼氏出来てないんだよ畜生!! 何で、どーして!? 私は少なくとも女性だよ!?」

 

 ……チヤホヤされたくて軍に入ったのに、結局モテてないのかこの人。何とも不憫な。

 

「いつも、戦勝した後のイヴ様の謎ライブは大盛況なんだよ……。私がどれだけセクシーな服着ても見向きもしない兵士共が大はしゃぎするんだよ……」

「……」

「おかしいよ……。こんなことは許されない……」

「リーシャ。イヴ様の言葉を忘れたのかい? 笑顔、笑顔」

「そ、そうだな」ニッコリ

 

 あまりに不憫なのでとりあえず笑顔を強制してみたけど、その顔にはあまりにも哀愁が漂っていて。

 

 軍人さんも苦労してるんだな、と内心で同情した。

 

「てかこのライブ、いつまで続くの?」

「あと数曲かな? キリの良いところで、勲功労賞に移るはず」

「……。総大将があんな目立つところで歌ってて、暗殺とかの心配はないのかい?」

「多分、無いと思うが。あの舞台の脇を固めてるのは、軍の精鋭中の精鋭だし……、あそこ突破して暗殺は並の腕じゃ無理だと思う。すぐ近くにヒーラーも控えてるし」

「一応は、ちゃんと考えてるんだ」

「そもそも、こんな狂信的な兵士達の目前で暗殺とかする度胸の有る奴いる訳が────」

 

 そりゃあ、そうか。毎回ライブとかして危険はないのかと思ったけど、舞台で注目を集めている彼女に護衛の隙間を抜いて暗殺とか普通に超難しいよね────

 

 

 

 

 

 ────バシュン!!

 

 

 

 

 そう言って相槌を返した瞬間、突如として舞台上に雷が落ちてきた。

 

「……なっ!?」

「え、何事!?」

 

 黙々と、舞台上に煙が広がる。

 

 イヴは驚いて目を丸くし、慌てて舞台袖に避難している。幸いにも、雷はイヴには当たらなかったらしい。

 

「び、びっくりした」

「何だ? 青天の霹靂って奴か?」

 

 困惑の冷めやらぬ中、徐々に煙が晴れてくる。イヴが避難した舞台の中央には、暗い影が徐々に鮮明に浮かび上がってきて……。

 

 

「……」

 

 

 ドヤ顔でポーズを決めている、アセリオ(目立ちたがり)が姿を見せた。

 

 

 

 

「アセリオォォォォォ!!?」

 

 何やってるのあの馬鹿!?

 

「え、何!? 何やってるのあのお嬢ちゃん!?」

「違うんです、バカなんです! あのアホリオは目立つチャンスと見ると何をしでかすかわらないアホの娘なんです!!」

 

 やりおった。やりおった、あの馬鹿娘。

 

 自分より目立ってるイヴに嫉妬したのか知らないけど、ステージジャックを仕出かしよった!

 

「……っ!」

「……」

 

 急なライバルの出現に戸惑うイヴと、不敵な笑みを浮かべてステージを支配するアセリオ。

 

 二人は数秒見つめあった後、やがてイヴは舞台の中央に戻り────

 

「まだまだアゲていきますよ! 今夜は夜までフィーバーです!!」

「……激しいリズムに、乗るバイプス。踊るアホゥに、見るアホゥ……」

 

 ……二人して、仲良く舞台で歌い始めたのだった。

 

「……共鳴、したのか」

「イヴ様が、あんなに楽しそうに……」

 

 知らなかった。アホとアホは、喋らずとも心で分かり合えるらしい。

 

 イヴはアセリオが居るのが当然のごとく気にせず躍り、アセリオは舞台に花を満たしてライブを彩っている。

 

 二人はまさに、理想の相棒と言えた。

 

「プリンセス☆フォーエバー!! 流れる流星が君の心を打ち砕く!!」

「……心、重なる、瞬間。熱く、激しく、咲き乱れる……」

 

 アセリオの参戦で、盛り上がりを見せる兵士達。

 

 どことなく得意気な表情で、イヴと共に踊るパフォーマー。

 

 そんな二人のステージを見て、僕らは互いに……。

 

 

 

「おいポート、目が死んでるぞ。笑えよ」

「リーシャさんこそ、真顔になってるよ。笑えば?」

 

 互いに、このどうしようもない状況を慰めあうのだった。

 

「……」ニッコリ

「……」ニッコリ

 

 ……笑顔になるという行為がこんなもに辛いものだと、僕は今まで知らなかった。




???「ムシャクシャしてやった」

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