TSっ娘が悲惨な未来を変えようと頑張る話 作:生クラゲ
「なるほど。つまり、国家の土台とは商人・農民などの一般市民と言うことでしょうか」
「はい、そう考えています。為政者が1人いるだけで国は成り立ちませんが、1000人の民が居れば為政者が居らずとも国は成り立つのです」
……僕は何をやっているのだろう。
「では、為政者とは何なのですか?」
「それは、縦横無尽に蠢く『民』と言う怪物を制御する為の機構です。『本能』の赴くままに行動する民を、律する集団としての『理性』こそが為政者なのです」
「……つまり?」
「お腹が空いた、眠たくなった、遊びたい等の本能のままに行動してしまうのが民です。それを、司法と刑罰で律してより優れた集団に導くのが為政者の役目」
「なるほど、では為政者は民より優れた存在でいないといけないのですね」
「それは違います」
アホ兄貴より、明らかに利発で聡明な妹ちゃん。取り敢えずこんなか細い子供を野遊びに誘って怪我をさせては責任問題なので、自宅に呼び込んで『農富論』を読ませてみた。
せっかく頑張って書いたし、ちょっとくらいでも役立てたい。最初は、そんな気持ちだった。
すると、イヴの理解が早いのなんの。この幼女、本当に子供なのかと驚愕を覚える。
精神年齢20歳越えの僕とまともに話ができているぞ。
「為政者も、民であるべきなのですよ。国は『民』が土台であり、為政者もまた『民』により制約される」
「……それは、どういう意味なのでしょうか」
「為政者が民と別の存在となれば、為政者は民にとって不利益な存在になり得ます。為政者が民に不利な存在となれば、国家は容易に崩壊するでしょう」
「それは、確かお父様も似たような事を仰っていたような」
「権力、立場の違いはあれど。為政者は常に、支配される立場の人間にとって利益のある制約を課さねばなりません。為政者はより優れた未来のために民を『制約』し、民は国家の土台として自らの利益となるよう為政者を『制約』する。これこそ、理想の国家の形でしょう」
前世の20年の経験と各地の旅人の話を元に著しあげた『農富論』。そのうちイブリーフ糞野郎の一方的で身勝手な政治により崩壊した未来から反省し、僕なりの政治論を纏めた章にイヴは食い付いた。
あれやこれやと質問を連打し、スルスルと知識を吸収していく。その様はまさしく神童と言えた。
……この娘が領主様の跡取りでいいんじゃないかな、もう。
「民の目線を持たぬ為政者は、国を壊すだけ。この言葉をよく覚えておいてくださいイヴ」
「……わかりました、肝に命じておきましょう。それにしても驚きです、ポートさんは子供なのに国政にお詳しいのですね」
「詳しくなんかありませんよ。僕自身、まだ勉強中です」
あわよくばという気持ちで『農冨論』の為政者についての項を開いてみたが、大正解だった。この娘は子供だと言うのに、為政者としてのあり方をきちんと理解している。
これは、うまくすれば妹経由でバカ兄の政治に干渉することができるかもしれん。
「ところでこの本の表題、聞いたこともないのですけど……。『農冨論』って、どなたの著作なのですか」
「僕の曽祖父は、文豪であり読書家でした。僕の家の倉庫には、曾祖父の著作や旅人から購入した作者もわからぬ本が所狭しと並んでいるのです。この『農冨論』も、その本棚に並べられていたものです」
────嘘はついていない。作者がわからない本が書棚に並んでいるのは本当だし、この『農冨論』も同じ本棚に入れているから間違ったことは言ってない。
流石に、弱冠7歳の子供が書いた本なんて言ったらだれも信用しないだろう。ここは、作者不詳という事にしておこう。
「そ、そうだったのですか。しかし、これは……、こんな凄い本は初めて読みました。私も購入したいと思ったのですが、作者が分からなければそれは難しいでしょうか」
「おお、本当ですか」
おお。この娘、この本の理念に共感してくれている。
僕の知る失敗した未来からたくさんの教訓を織り交ぜ、旅人の話や曾祖父の書籍からの情報も踏まえ、僕の精魂込めて著しあげた珠玉の本を求めてくれている。
「なら、イヴに差し上げますよソレ」
「……え!? 良いんですか?」
「写本ですから、それは。原本は今も本棚に収容されたままです」
「まぁ、なんと」
こんなこともあろうかと……、というか最初から写本は用意していた。
無論、元はイブリーフに手渡す為に複写したものである。本人は受け取りそうにないが、妹ちゃんが受け取ってくれるなら万々歳だ。
「で、ではいくら払えばよろしいでしょう」
「いりませんよ、お金なんて。これは、僕からイヴへの親交の証として差し上げます」
「え、ほ、本当に?」
勿論ですとも。むしろ、お金を払ってでも受け取って欲しいくらいです。そして隙を見て、『農冨論』の内容を兄貴にも布教してやってくれ。
「あ、ありがとうポート! 私、この本を一生の宝ものにします!!」
「ええ、ええ。そんなに喜んでくれるなら、その本を渡した甲斐があったというものです」
「うわぁ、うれしい!!」
僕の手作りの写本を、嬉しそうに抱きしめる幼女。作者自らの写本だ、是非とも大事にしてほしい。
子供というのは単純だ。聞いたことのない本であっても、その内容が正しいと少しでも思わせれば興味を示して鵜呑みにしてしまう。3歳の時に教え込まれた作法は、大人になっても固くその人格に刻み込まれる。
僕の書いた本なんて、曾祖父やその他文豪の目から見れば読めたものでない劣悪なものだろう。だが、僕と同い年程度の子供を騙すには十分だったようだ。
利発な彼女を騙せたという事は、アホ兄貴を騙すなんてもっと簡単だろう。
まぁ、別に嘘を書いている訳ではないが。少なくとも森で遊びまくっている子供が夜な夜な書き上げた本だという事は気付かれていないらしい。
「ねぇポート、何かして欲しいことはないですか? 私、何でも力になりますよ!」
「そうですね、なら一緒に遊びに行きましょうか。今から僕の友達を、紹介しますよ」
「わあ、素敵!」
ランランと、機嫌よさげに笑うイヴ。ああ、本当に可愛らしい。
……はぁ。この娘が後を継いでくれないかなぁ? 前世のあの滅びゆく世界で、この娘は何してたんだろ。
────領主様の────亡くなりに────、何でも従軍───、────────四肢を刻まれ惨殺────。
ふと、いつかどこかで聞いた父の声が耳を過る。
とても大切で、決して聞き流してはいけないような何か大事な記憶。
忘却の彼方へと消えた、未来への転機となる重要な記憶────
「……? ポート、さん? どうされましたか?」
「えっ? ああごめんなさい、ぼぅとしていました」
「クスクス。ちょっと今の気の抜けたお顔は、とても可愛らしかったですよ」
「や、やめてくださいイヴ、からかうのは」
「クスクス」
一瞬、何か大事なことを思い出しそうになったけれど。
その大切な何かを記憶から掘り起こす前に、僕はイヴに話しかけられて苦笑いをこぼした。
ああ。思い出せないけど、きっと記憶にないという事は重要なことでは無いのだろう。
「では、ついてきてください。友人達を紹介します」
「ええ、楽しみです」
僕は屈託の無い笑顔で笑う彼女の手を引き、いつものメンバーの集う遊び場所へと向かうのだった。
「とても楽しかったです、お父様お兄様」
「おお、そうかイヴ。それは良かった」
日も暮れる頃。
沢山の護衛に囲まれた家族3人は、水入らずの時間を過ごしていた。
「オレはこの村つまんなかった。道も整備されて無いし、家の間隔も疎ら。都に比べると空き地みたいなものじゃないか」
「都とは人の数が違う。この村は、よくよく考えられて作られているよ」
「いや、人にも場所にも無駄が多い。オレが村長なら、もっと発展させてやれるけどね。所詮辺境貴族、貴族とはいえ馬鹿なんだろうな」
「……お前は、その思い上がりをまず矯正しろ」
「痛いっ!!!」
そう、終始詰まらなそうにしていた「兄」とは対照的に。「妹」はニコニコと父親に抱きつきながら、楽しげに思い出を語っていた。
「お父様、アセリオと言う方は凄いんです! 何もないところから、綺麗な花を出して見せたのです!」
「ほほう。芸達者な者だな」
「それに、村の皆が優しく私に接してくれました。この村は、良い村です!」
「ほ、ほ。それは良かった」
その、二人の我が子を見比べて。
欲目もあるのだろうか、領主はとある決断をした。して、しまった。
「……イヴ。次の出征、お前も参加しなさい。軍を一つ、指揮してごらん」
「えっ?」
「兄が跡継ぎとしての器でないと儂が判断した時、お前が領主となる人間だ。今のうちから、戦場を知っておくべきだ」
「は? ちょっ……、父さん何いってんだ!? こんなモヤシ戦場に連れてってどうするんだよ、てかオレがダメならってどういうことだ!!」
「お前はよく胸に手を当てて考えなさい」
頭は悪いが勇猛な兄。御家騒動が起きるのを好まなかった領主は、彼を跡継ぎとして若いうちから指名していた。
だが、どう見ても兄より妹の方が聡明である。後から生まれた子が優秀であるからといって、簡単に世継ぎを変えると言うのは愚策だと領主は知っていた。
これは、領主なりの兄への発奮のつもりだった。
「私が軍を……?」
「ああ。後で教えてあげるから、儂の部屋に来なさい」
「あーっ!! そんなのズルい! てか、跡取りはオレだって言ったじゃないか!!」
「今の時点では、お前よりイヴの方がより良い領主になるからのう。お前は剣ばっかり振っとらんで、思い上がりを反省せい」
「何だよソレ!!」
無論、戦闘経験のない子供に指揮が出来るとは思っていない。安全な後方で実戦の空気を感じてもらうのが目的で、事実上の指揮は彼女につける副官に任せるつもりだった。
領主の子である以上、いつかは戦場に出る。この経験は、きっと将来のイヴの為にもなるだろう。
そう、信じて。
「出来るね、イヴ」
「は、はい!」
────その領主の決断こそ、滅びへの扉を開く鍵である事に気付く者はいない。
────領主様の子が、一人お亡くなりになったらしい。何でも従軍した結果、異民族に捕らえられて四肢を刻まれ惨殺されたんだと。
その、半年後。僕が寝ている時に、記憶の彼方からとても大事なモノが浮かび上がってきた。
「……っ!!」
ぐっしょりと。僕はソレを思いだし、真夜中だと言うのに飛び起きた。
忘れてはいけないことを、忘れてしまっていた事に気が付いた。
────それはお気の毒になぁ。弔問の使いを立てておかないと。
────あまりのショックで、領主様は寝込んでしまわれたそうだ。ご子息イブリーフ殿も、屋敷に籠って出てこないらしい。
────可愛がられていたそうだからなぁ。
そうだ。いつかどこかで、聞いたことがある。
領主は目の前で我が子を惨殺されて以来、ショックで寝込み徐々に体を弱らせていったのだと。
何故、忘れていた。何故、未来に彼女が居ないことに疑問を持たなかった。あの子は、僕が領主を継ぐ頃には亡くなってしまっていたのだ。
あの優しい女の子は敵に捕らわれ、無惨に処刑されてしまうのだ。
あの子を救うことこそ、一番最初の介入点では無かったのか。しまった、僕は馬鹿だ。
すぐに、止めないと、あの娘が出征するというならば、何としても領主を諌めないと。彼女さえ生きていれば、あんな悲惨な未来は避けられるはずだ。
だから明日の朝がくれば、「イヴに手紙を送る」と言う名目ですぐさま警告をするつもりだった。
────ただ残念な事に。
僕が見たその悲しい夢は、僕らの村に訃報が届いた日の明朝の夢だった。