中途半端に書いたまんまだったので供養を兼ねてあげ。
ガバガバてきとー修正なしなので色々大目に見て下さい。
地の文飛び飛び場面飛び飛びのキングクリムゾンだらけ
古井戸の底、狼の忍は白昼夢を見た。
己と瓜二つの男が、己の眠るまさにこの場所で目覚め、主を巡り戦い尽くす夢。
主を取り戻し、主の願いを叶えるため、翔び、駆け、斬り結び、薄の原で終わる。そんなお人好しな己の夢。
世は欺瞞と謀に満ちていると、孤独な狼は考える。
汝が為、人の為、世の為などと言い訳ては、偽りを築き、嘘で固めて真を隠す。
今では己の出自すら定かではないが、我が鈍い頭では、そんな世が兎角に生き辛く、だからこそ戦跡の武具漁りなどして、極力他人と関わらずに生きていたように思える。
あの日義父に拾われ狼の名を戴いた時は、妙に腑に落ちたものだ。
一匹狼ははぐれ者。
群れに馴染めぬ外道者が、ひそりと生きる唯一の道なり。
故に孤独の男は、狼となる前、忍びとなるよりも前、一人で生き始めた餓鬼の時分から信条を定めた。
俺は誰も偽らぬ。この欺きの世で、己ばかりは。
だからこそ、何となしに気に入らぬのだ。
何処までも甘くお人好しな、夢の己が。
見ておれば、謀る者、言の葉翻す者の多いこと多いこと。
それでもなお信じ、遂には主に殉じた己の、何と報われず、そして間抜けなことよ。
掟に縛られぬ己の可能性。それは擦れ切った我が身の、あるいはやっかみなのやも。
だが己は許せぬ。我が掟に背く生き方など、出来はせぬ。
しようとも思わぬ。だからこそ、俺は。
苔むす壁を睨め付けておれば、頭上より花のあしらわれた文がひとひら。
孤狼には、花の種は分からぬ。
だがこれはきっと菖蒲の花だ。
白昼夢の文と、落ち様一つ違わぬのだから。
月見櫓へ向かうべく立ち上がれば、己の腰にはとぽとぽと満ちた音を鳴らす瓢箪がある。
はて、己はこんなもの持っていたか思いを巡らすも、これと言って当たる節は。
あった。
あの白昼夢。お人好しの持っていた瓢箪に、酷似している。
よくよく考えれば、短からぬ間井戸底で、心身が異様に充溢している。
忍びの技も、十全に発揮できそうなほどに。
僅かに覗く曇天を仰ぐ。
貴様の餞別とでも言うつもりかよ、こんなところでもお人好しかよ、片割れ。
俺はお前の道は歩めぬぞ。
捨て難く、また分かち難く。
孤狼が古井戸を脱したのは、今しばし想い耽った後である。
月見櫓にて御子に見え、再び佩刀の楔丸を賜る。
御子は、主は、優しい。
命を賭して、仕えてもよいほどに。
だが孤狼の脳裏に、あの白昼夢がよぎる。
そして己の中の狼が囁くのだ。
此奴は貴様を謀ろうとしておったぞ、と。
荒れ寺で目を覚ますと隻腕の仏師が出迎えた。
葦名弦一郎。彼奴との斬り結びは身体のおかげか押せていたが、あろう事か横槍程度で不覚を取るとは。
己の不甲斐なさを恥じ、左腕を見やる。
今度は、しくじりはせぬ。
「掟に従い、御子を捨てるのじゃな?」
「はい、掟は絶対に御座いますれば」
孤狼は掟を破らぬし裏切らぬ。だからこそ。
「私はかつて、修羅を見ました。あなたの中にも、同じ者がいる。私はそれを、斬らねばなりません」
こうなるのは必然でもある。
「もっと早く、斬っておけば良かったのか…」
激情が走った。脳髄が焼けたのかと錯覚するほど。
一度尽きた己の躯に、桜の花が舞う。舞い上がる。激情の焔に捲かれて。
「勝手に文を投げたのは、貴様であろうが」
立ち上がる。
「我が命を、弄したか。よくもほざいたな」
「なにが、修羅を斬る、だ。寝言は寝て言うがいい。何故、葦名弦一郎を、斬らなかった」
「それは…」
「どうせ怨嗟の鬼も、斬れぬ」
「ッ!」
怒りにまかせ疾風の如く飛び寄れば、女はこちらを投げ捨てようと柔の構えである。
二度同じ手は食わぬ。
襟首を捉えんとするその掌を忍び義手で掴み、指を絡めとる。まるで…まるで逢瀬を重ねる男女のように。
一瞬、ほんの一瞬だけ、女と視線が交差した、気がした。
にぎる義手に力が籠る。女の美しい指は抗えず折れ曲がり、骨が皮を破り、血が滲む。悲鳴が上がる。
掴んだ掌を放り出せば、女の脚が崩れ、地に手を付いた。
忍びがその隙を見逃すはずもなく、得物を横薙ぎに薙ぐ。
女が再び頭を上げるときには、もう太刀風を首元に感じており。
菖蒲の花が、落ちた。
「隻狼よ、お主」
「俺は狼だ」
音もなく現れた剣聖、葦名一心。
その声を遮って狼は続ける。
「義父を斬らねば、修羅と呼ぶ。修羅は其方らであろう」
「義孫は斬れぬが、義父は斬らせるか」
「黄泉返りなどせぬように、貴様のみすぼらしい首も叩き落して並べてくれるわ」
あの白昼夢が、孤狼に自信を持たせた。
老境の葦名一心、柔を容れ、研ぎ澄まされた剣技はしかし、剣聖の覇気と威勢がない。
全盛を超えたという自負と、昂ぶる感情、そして習熟仕切った忍びの技が併さって、今狼の攻めは天守を覆いつつある焔よりも苛烈だった。
体術、義手、果ては葦名無心流、千変万化の攻め口が、一心をして受け一辺倒に押し込めていた。
一心の剣に曇りなどなく、常であれば柔能く剛を制す事も出来たろう。
しかし狼の攻めは単なる剛ではなく、柔をもまとめて流し攫う、まさに波濤であったのだ。
間違いなく一心は気圧されていた。
「隻狼よ…ッ」
「くどい」
今際の言の葉をも遮ったのは、喉を貫く紅い刃だった。
「…待たせたのう。だが、こちらの首尾も上々じゃ」
「左様で御座いますか」
狼は、御子を捨てるに当たって決めていることがあった。
何故捨てるのか。掟に従うから。一の掟に従うから。
ならば他の掟にも、背くわけには行かぬだろう。
胸から突き出す刃。
梟の得物より短いそれは、しかしある日倅にそうしたように、自分の胸を貫いていた。
「義父上」
梟の膝が落ちる。己の同じ高さになった頭をつかみ、囁く。
「三年前は馳走になり申した。
遅ればせながら、返礼いたす。倅の孝行、堪能されよ」
「なぜ、なぜ、今…」
「掟は絶対に御座いますれば。忍びの掟、ここに全て守り通し申した」
みっつ、恐怖は絶対。そう嘯く孤狼に対し。
「餓え…た、おおか、み」
それは誤算の悔いか、己の倅への恐怖か。
もはや知る者は、誰一人としておらぬ。
「ああ…あああ…」
燃え盛る焔。並んだ首、三つ。
どれもが見知った顔で、ほんの一刻前までは言葉を交わしていたものばかり。
衝撃のあまり、啞のように呻くしかない御子を見遣り、
孤狼は告げる。
「俺は、これから好きに生きる。もう誰も、俺を弄ばぬように。」
「そなたも、好きに生きられよ。せめて城におる内府方は、討ち果たしておくゆえ」
ご健勝で。
それが、九郎が狼を見た最後となった。
その夜、葦名の地に踏み入った内府方は、一人を残さず皆骸となった。
しかし結局は一心の死によって、葦名の国は瓦解、内府が治めることとなる。
内府方は殺戮の下手人と一人のおのこを血眼になって探すも、行方は杳として知れなかったという。
ただ国境の峠には三つの小さな碑と鄙びた庵があり、立ち寄れば主が茶菓子を馳走してくれることもあるそうな。