白兎が魔王の義息なのは間違っているだろうか(細部設定訂正中) 作:クロウド、
『ドパンッ!』
暗い迷宮の中、破裂音が響く。そこにいるのは白髪の少年と頭を撃ち抜かれた牛顔の巨人。その少年の手には本来、この世界にはないはずの武器、無骨な形状の銃が握られている。
「えぇ……。ドンナーのヘッドショット一発って……よっわ……。」
落胆した顔で専用銃ドンナーM2を腰のホルスターにしまうと、手持ちのナイフで手際よくモンスターの核である魔石を取り出す。
少年の名はベル・クラネル。幼少の頃、トータスと呼ばれる世界へと飛ばされその先で人身売買の組織に捕まり、ある人物に助けられその養子として生きてきたが14歳の今となって本来いるべきこの世界へと半年程前に帰ってきた。
彼が持つ武器は彼の父、通称《魔王》がベルのオーダーのもと改良したものである。因みにM2はマークツーの略だ。
「まあ、大迷宮の魔獣と同列に考えるのが間違いか……。」
ベルはトータスに存在する七つの巨大迷宮、解放者と呼ばれる7人によって作られた大迷宮を四年かけて攻略し、クリアの証である神代魔法を手に入れた。
文字通り血反吐を吐いて戦った。その前の約一年、そのための準備を入念に行った、主に彼の父やその伴侶達からの特訓という地獄を。
思い出すのは彼の義父、魔王の伴侶達、通称『嫁〜ズ』の皆様。魔法チートの正妻吸血鬼、身体強化のステータスを振り切ったバグウサギ、灼熱のブレスを放つ黒龍(駄龍)、分解魔法を打ちまくってくるヒーラー、目にも止まらぬ神速の刃を操るポニテ等など戦闘経験がない一部を覗いて彼の伴侶もまた化け物揃いであった。
その化け物たちの中でもまれ魔王の友人からつけられた二つ名は《バグウサギ二世》である。
遅れたが、今ベルがいるのはトータスのように迷宮がいくつかあるわけではなく、迷宮と呼べる場所は一つしかない世界。そして、その迷宮の上に作られた街、迷宮都市オラリオ。数多の種族が地位を、名誉を、まだ見ぬ冒険を望んで、それぞれの夢、欲望を叶えるために集う街。ベルもまたその一人だった。
迷宮に潜る冒険者はそれぞれ自身が崇める神の眷属となり恩恵を背に刻まれる。それは、人の器を昇華し成長を促すいわば成長の起爆剤という存在だ。無論、ベルもそれを受けているが……。
ベルの夢は魔王の息子として恥じない強さを身につけること、そして、幼い頃祖父と交わした英雄になるという夢を果たすこと。そのために、彼は迷宮都市へとやってきた。
何よりも彼はこの世界での運命の出会いを求めている節もあった。
思い出すのは彼の義父とその正妻の出会い、暗い迷宮での運命の出会い。過去再生で見せられたときは今まで尊敬していた父に少し、本当に少し引いたがそこからの二人や迷宮を出るときの二人のやり取りを見てやはりあれは運命の出会いだったのだと改めて思った。
『俺がユエを守る、ユエが俺を守る。二人で世界を越えよう』
(僕もああいう言葉をかけられる相手が見つかるかな……)
あまりにも大きな父の背中を思い出し足がすくむが、もう一人の尊敬できる人物の姿を思い出し、心奮い立たせる。
「僕はやってみせます、見ていてください。コウスケ・E・アビスゲート先生ッ!」
その名で呼ばないで〜! という声が何処からか聞こえてきたが、ベルには聞こえない、いや、聞こうとしないだけかもしれない。
瞼の裏に映るのは彼の師匠の一人、戦闘前は必ず香ばしいポーズをとり、そのあまりの影の薄さから顔すら思い出せない青年。魔王の右腕と呼ばれている男、地味に人類最強格、コウスケ・E・アビスゲート(本名遠藤浩介)卿。
行く先々で面倒ごとに巻き込まれ、そのたびにハーレムを築いている偉大な先生を思いベルは再び歩を進めようとした。
「あっ、でもこれ以上進むとエイナさんに怒られそうだな……。どうしよう?」
オラリオで冒険者を纏める組織、ギルドに所属するアドバイザーのハーフエルフの女性を思い出す。ベルはその女性に迷宮都市に来たのは半月前なのだからあまり下層にいくのはやめろと忠言を受けているのだ。
彼はハーレムをきづいてきた男達の背中を見てきただけあって女性の怖さはよく知っているつもりだ。そう、彼の父がメイド趣味だと知ったときの嫁〜ズ審判員の顔、必死に助けを懇願してくる顔をしていた魔王被告人をベルはあまりの恐ろしさに一人だけ退散することで見捨てた。その時のことを後に魔王はこう語る。
『いや、なんつうか……。俺、こっちに帰ってからさり気なくアイツらの尻に敷かれてる気が……気のせいか?』
気のせいではないでしょう。
魔王と呼ばれる男ですらこの有様である。
そして、アビスゲート卿、もとい深淵卿が4番目の嫁を作ったとき、言ってしまったある一言のせいでその場にいた二人、2番目の嫁と現在4番目の嫁の反応について彼はこう語っていた。
『うん、正直怒ってくれるだけならいいよ。だけどさ、あんな生気の抜けた目で見られるんだったらぶん殴ってくれたほうが楽だわ』
未だに顔を思い出せない師匠の言葉を思い出す。今、帰ればお説教で済むだろうか?等と考え引き返す道を選ぶ。
が、その前に。
「そこに隠れてる奴ら、5秒だけ待ってやる。今すぐ出てこい。カウントを過ぎれば敵とみなして
ドンナーの銃口を曲がり角に向けながら、警告する。口調が彼の父親譲りの冷酷なものへと変わる。
本来、ミノタウロスというモンスターはもっと下層にいるはずの存在。それが、こんな上層にいる理由は二つに一つ。事故的な理由であろうと故意的な理由であろうと外適要因があったことに変わりなし。
トリガーにかかる指に次第に力を込めるが、隠れていた人物はベルの考えとは裏腹に割とすんなり現れた。
現れたのは二人、金髪の人族の少女と銀髪の狼人の青年。
少女の方は無表情がデフォルトで腰に携えている細剣から剣士なのだろうとすぐに分かった。長い金髪がダンジョンに吹く乾いた風で揺れる。
もう一人の狼人は鋭い目が特徴的なのだが、彼はベルに対して一切のすきを見せようとはしなかった。隣にいた少女も同じだ。
(なんだ、コイツは……!?)
(強い……。)
二人はオラリオで有数の探索系巨大ファミリア《ロキ・ファミリア》の幹部、『剣姫』の二つ名を持つ少女アイズ・ヴァレンシュタインと、『凶狼』の二つ名を持つ男ベート・ローガ。二人はそれぞれLv5。オラリオに一握りしかいない第一級冒険者を名乗ることを許された者達。
しかし、その二人から見たベルは文字通り異常だった。貧弱そうな見た目をした目の前の少年を相手にして勝てるビジョンが全く見えなかったからだ。
それは生命の本能だったのかもしれない、戦っても勝てないという本能のアラート。逆にそれを感じ取れるだけ大したものだろう。理の中にいる彼らが外にあるそれに反応できているのだから。
「で? 僕にこれをけしかけたのは貴方達ですか?」
ベルは魔石を失って消滅しかけているミノタウロスの死体を足下に尋ねる。
「……結果的にはそうなるが、俺達は逃げ出したそいつを追ってきただけだ。悪意はねぇ」
今ここで戦ったところで絶対に勝てないことを悟ったベートはなんとか和解の方へ話をすすめる。これは、ベートにしては珍しい行動だ。それだけ、ベルが規格外だと理解しているのだろう。
「《ロキ・ファミリア》の人がミノタウロスなんぞを怪物進呈するわけ無いですし、本当のことなんでしょう。ダンジョンではよくあることですし、今回はお互い遺恨はなしとしましょう」
そう言ってベルはドンナーをホルスターに収める。
対する二人は話のわかる相手だったことに安堵し、緊張をとく。それと同時に目の前にいる戦わずして自分達が勝てないという事実を叩きつける理不尽を固めたような存在に興味が湧いた。
特に強さに異常な執着を見せる少女は。
「……貴方、何者」
「僕が何者か、ですか。ただの駆け出しの冒険者ですよ……こちらではね」
含みのある言葉で疑問を返し、ベルはその場をあとにした。その言葉の意味を理解できていない二人を放置して。