白兎が魔王の義息なのは間違っているだろうか(細部設定訂正中) 作:クロウド、
「ダンジョンに行かないか、ですか?」
紅茶を注ぐ手を止めてその言葉を反芻するベル。
「ああ、お前もモンスターとの実戦をしなければ体がなまる頃じゃないのか?」
ある日の朝、レフィーヤとともにウィステリアに訪ねてきていたリヴェリアの言葉にベルは困ったように首をすくめる。
二人がここに来たのはベルをダンジョン探索に誘うためだ。なんでも、アイズのデスペレードとティオナの大双刃が直ったので試し斬りのついでにダンジョンに潜ることになり、そこにレフィーヤ、ティオネ、フィン、リヴェリアが同行することになったらしい。
まるで、ピクニック感覚だなとベルは苦笑いしている。
偶には冒険者らしいことをしてみたらどうだ、ベルもその探索に参加しないかと誘いに来てくれたらしい。
今は時間が早いだけあって、二人しか客がいないので気兼ねなく話ができる。
「流石にそれは無理ですよ。開いたばかりの店で店長が店を留守にするというのはいくらなんでも……。」
「そうか……。」
申し訳なさそうにそう伝えるとリヴェリアは残念そうに笑って引き下がった。
「ああ、そうだ。よければ宝物庫にお弁当入れていってください、腕によりをかけますので」
「ああ、頂こう」
結局その日はとりとめもない話をしてその場は終わり、リヴェリア達はダンジョンへ向かっていった。
「お〜い、ベルた〜ん!」
リヴェリア達が来てから数時間後、昼過ぎとなりまたしても人がいなくなったウィステリアに今度はベートを引き連れてロキがやってきた。
「どうされましたか、ロキ様?」
「いや、ちょっと調べものをなぁ……。ベル、あの花のモンスターについてウラノスからなにか言われてたりせんか?」
「……一応、何か気づいたら報告するように言われていますが、今は特に。自分から調べたわけでもないので」
ロキが薄目を開いて尋ねると、ベルも視線を鋭くして答えた。
「嘘やないな」
「当たり前ですよ、嘘ついてなんのメリットがあるんですか? やり方は多少過激ではありますけど、オラリオの平和に尽くしてるんですよ僕は?」
「ハハハッ、それもそやな」
ベルの返しに「すまん、すまん」と背中を叩きながら謝罪する。
「ひょっとして、二人はこれからそれについて調べに?」
「そゆことやな、ベートはアイズ達に置いてかれたんで丁度ええってことになってな」
「ちげぇっつってんだろうが!!」
不機嫌気味に尻尾をぶんぶんと動かすベート。今、客がいたら間違いなく出禁にされていただろう。
「だったら、これ持って行っといてください。護身用です」
「おお、ありがとな……ってこれ、手榴弾やないか!?」
ベルが渡してきたものを見てロキが目を剥く。ロキはベルが貸す漫画からそういった地球の兵器についての知識もかなりある。
それがどれだけ物騒なものかはよく知っているつもりだ。
「一応、対食人花ように作りました。周りに被害が出ないように火力は調整してありますが、それでも距離を取らないと危ないので使うときは見誤らないでください。まぁ、ロキ様なら問題ないでしょうけど。
誤爆なんてこともないようにピンは使用者の意志じゃないと外れないようになってます」
「う〜ん、出来れば使いたくないけど……あって損するもんやないか。ありがとな、受け取っとくわ」
ロキはそれを適当にポケットに突っ込む。
「出来れば、ベルにもついてきてもらいたいんやけど……。」
「今日はちょっと……。明日の仕込みとかもありますし。なにより、ベートさんで事足りるでしょう?」
「たりめぇだ」
「それもそやな。無理言ってすまんかったな。それじゃ、今度はちゃんと飯食いにくるわ。いくで、ベート」
「チッ、やっとかよ」
待たされていたことに不機嫌な声を漏らしたベートを引き連れ、ロキはウィステリアをあとにした。
夕方、ベルはウィステリアを閉めて店の掃除をしていた。
ウィステリアは、喫茶レストランではあるものの決して酒場じゃない。なので、ウィステリアの開店時間は夕方には完全に終わるのだ。
ヘスティアは買い出し、タケミカヅチ達は仕事が早いので既に帰ったので店の中は彼一人だ。
しかし、作業をしているその手は不意に止められた。
「今日は本当に来客が多いな……。なんの御用ですか、ヘルメス様、アスフィさん?」
「ちょっと仕事を頼みたくてね」
「お邪魔します、ベル」
ベルが入り口の方に視線を向けると橙黄色の髪で旅人風の男が空色の髪と銀縁の眼鏡の女性を引き連れて入ってきた。
その顔には彼のトレードマークとも言える胡散臭い笑みが浮かんでいた。
「それで、仕事というのは?」
ベルはなおも胡散臭い笑みを浮かべるヘルメスの向かいの席に座り要件をただす。
主神の目配せに控えていたアスフィが懐から一枚の筒状に丸められた紙を渡してくる。
広げられた紙には犬人の少女の似顔絵が描かれていた。
「彼女は?」
「ルルネ・ルーイ。Lv2で俺の眷属さ。少し前から様子がおかしくて気にしてたんだ。その矢先、団員に何も告げずにダンジョンに潜ってしまってね。まだ戻ってないんだ」
「要するに僕への仕事っていうのは彼女を探せと?」
「まあ、そうなるかな」
ベルは一度思案するように顎に手を当て瞑目すると、目を開き、
「何故、
【ヘルメス・ファミリア】は商業系とはいえ決して実力のない派閥ではない。
例えばこのアスフィ、『万能者』の二つ名を与えられたLv4、第二級冒険者だ。
さらに、行方がわからなくなったルルネ・ルーイのレベルは2。実力的に考えて、ダンジョン内の行動範囲はかなり絞られる。それこそ、アスフィ一人で十分探索できる範囲だ。
となれば、彼がこんな仕事を持ってきた大体の検討はつく。
「……ウラノス経由か?」
「……………。」
ベルの問にヘルメスとアスフィは答えない。だが、それだけで彼には十分だった。
「場所の検討は?」
「リヴィラの街だと……。」
「そこまで分かってんなら、マジで自分で行けよ。つ〜か、一人で19層潜ったってことはLv3だろ? 申告してねぇな?」
「アレ? バレた?」
「バレるに決まっています」
皮肉と呆れを込めながら言うと、ベルは机に置かれた似顔絵を懐に納めて席を立つ。
彼自身、ヘルメスがここに来たのは一刻を争うことだと理解している。これはそこまで状況を放置しておいたヘルメスへの非難だ。
「行ってくれるのか?」
「ウラノスが大本じゃ断れねぇだろうが。アイツに貸しを作って置かねぇと色々面倒くせぇし。」
「結局、こうなるのかよ」と愚痴っぽいことを言いながらエプロンを脱ぎ捨て準備の為に工房へと戻った。