白兎が魔王の義息なのは間違っているだろうか(細部設定訂正中) 作:クロウド、
開演の音ともに誰かがものすっごいターンをしながら出てきた!証明担当、元勇者で今はトータスで贖罪の修行をしていた(魔王に無理矢理連れてこられた)天野河光輝の照明が慌てて、高速連続ターンしながらステージのど真ん中に移動する人影を追う。
「レディ~~ス&ジェントルメェン! ようこそ、サウスクラウドサーカス団へ! 夢の世界へ!!」
キュキュッと床を鳴らして決めポーズ! サングラスの代わりに装着された蝶々形の仮面をくいっ。そのまま流れるような手つきで髪を掻き上げながら、絶妙に傾いた姿勢で「フッ」をする!
オラリオ組は何度かみたことのある光景だ!
「白昼夢の案内人――コウスケ・E・アビスゲート……いや」
もう一つ、「フッ」入ります! 前髪を掻き上げた手はそのままに、もう片方の手で観客席をビシッと指さします! 観客がビクッと震える。いろんな意味で。
「深淵卿だ」
ドドドドッとドラムロールが響き、なんだかやたらと荘厳な音楽が空間に踊る。
「あの団長、『コウスケ』ってひょっとして……。」
「はい、あれが僕の先生です」
カサンドラの質問になるほどベルのあの格好はあれが元か、と、ベルの私服のファッションセンスに疑問を持つ者たちの謎が解けた。
取り敢えず、視線は今も無意味にターンをする深淵卿に映る。
「再びこうして会えた者もいるが、今回は親愛なる我が弟子とその同胞に捧げる演劇。」
またしても無意味にターン入ります。
「だが安心してほしい!あの頃よりさらに磨きのかかった我等の世界をご堪能いただこう!」
照明カモンッ。
以前のような台本にない動きに光輝は今回は余裕をもって対応、他の帰還者たちと協力し7色スポットライトが卿を照らす。
その瞬間、「おぉ!?」とざわめきが広がった。
白昼夢の案内人――深淵卿の後ろから全く同じ恰好の深淵卿が分裂するように現れたからだ。
「「さあ!刮目せよ!!」」
はもる声音も全く同じ。同じような魔法を持つフィルヴィスが目を剥く。
だが、そのフィルヴィスの背後から、
「ただただ存分に、この瞬間を堪能するがいい!」
まったく同じ姿の深淵さんが出現。いつの間に観客席にいたのか。もちろん、卿が現れた瞬間、分身体が普通にやってきたのだ。特に隠れず、普通に。
観客が度肝を抜かれ、オラリオ組達が唖然呆然とする中でも、深淵卿の増殖は止まらない。更に二カ所から深淵卿が出現する。
「「「「「さあ!奇跡をご覧に入れよう!!」」」」」
ぬるりと増えていく外見が全く同じ人間。間近で見ても全くどういう原理か分からない。
ちなみに、分身体から更に分身体を生み出している点で、卿の深度は言わずもがな。あの頃より更に強力である。我等の吸血姫様は容赦がない、なさすぎるのだ。
「ベル、えっと、その、アレは……?」
アルテミスが若干引きながらベルに尋ねる。別に分身過程がキモかったとか……いきなり現れて不気味とかそんな辛辣なものではない。
だが、それより前に観客から悲鳴が上がった。
ステージに突如、炎が広がったからだ。どこからともなく渦巻くようにして吹き始めた風が炎をさらい、まるで火炎そのものが踊っているように広がる。
すると、その炎の奥から一人の男子が現れた。まるでモデルのような歩き方で、たぶん本人的には一番のキメ顔をしながらステージの中央にやってくる――
前に、消えた。まるで神速で飛び出した誰かさんにタックルを食らって吹き飛んだみたいに。
何しに出てきたんだ……という観客の疑問に対する答えは、「…あとがないんだ……魔王の息子までハーレムを作ってこのままじゃマジで危ないんだ!この際別世界交際でもいいからカッコいい!付き合って下さい!って言われたかったんだ!」という某信治の供述を聞けない以上、永遠に闇の中である。
気を取り直して、深淵卿達が曲芸じみた動きでステージへ集まっていく。空中を跳び跳ねる動きに、わっと驚愕の声があがる中、ステージ上で再び一つとなった深淵卿がバッと両手を広げた。
「さぁ、記憶に刻め!神秘の時間だ!!」
その言葉を合図に、深淵卿がおよそ人間には不可能な超連続バク宙で幕の奥に消えた。入れ替わりに飛び出したのは――
「アレは……。」
リヴェリアが顔を引つらせながら呟く。ゴーレムに酷い思い出のあるフィンとガレスもだ。
『おおっと!現れたのは大☆罪☆戦☆隊デモンレンジャーだ!』
「いや、デモンレンジャーってなんだ!?」。元愛ちゃん親衛隊、宮崎奈々のナレーションにオラリオ組はそう突っ込みたかった。
七体のカラフルなゴーレムがポーズするのと同時に背後にゴーレムのカラーリングにあった七色の爆炎が上がった。
ゴーレムにトラウマのあるリヴェリアがガタガタと震えだす。こんな『九魔姫』の姿を見たことのない者たちがマジで心配する。
ーーーおいっ!どういうことだ、今度こそグリムで行くんじゃなかったのか!?これじゃもはやふれあいですらねぇじゃねぇか!
ーーー坂上、アレは嘘だ。
ーーーお前……それさえ言えば許されるとか思ってんじゃねぇぞ!
ーーーだって、ミュウが出したいって言うから。
ーーーそれだけのために俺を犠牲にしたのかてめぇ!まさか、鈴お前もっ!
ーーー……さぁ、龍くん!出番だよ!
ーーーやっぱ知ってやがったのかァァァ!!
なんて声も響いたのだが、そんな叫びには誰も気が付かない。
元勇者パーティの一人、坂上龍太郎だ。彼は速攻でワーウルフへと転変した。
「ッ!」
同じ狼男同士通じるものを感じたのかベートが反応する。
『さあ!第一の演目は大☆罪☆戦☆隊デモンレンジャー対狼人間ウルフマンとのガチバトルです!』
奈々のナレーションが乗ってきた。同時に観客席の一部から歓声が湧く。主に忍者みたいな古流剣術の師範達や首刈りウサギ族がだ。
しかし、流石に七対一!ウルフマン押され気味である!
そこで奈々のナレーションが入る。
『おおっと、デモンレンジャー強いっ!強すぎる!ウルフマン防戦一方!解説のミュウさん、お願いします』
『デモンレンジャーは常に自分で考えて動いてるの、おまけに互いのフォーメーションについてはミュウがきっちり教えてあるの!でも、これじゃ盛り上がらないの……。』
『そうですね、というわけでお客様の中にウルフマンに味方してくれる狼男さんはいないでしょうか!?』
「「「「「「…………。」」」」」」
オラリオ組の視線が一気にベートに向く。
「………。」
まさか自分に話が振られるとは思っていなかったベートが多少驚愕しながらも立ち上がった。そして、ベルに目を向ける。
ベルはサムズアップして、あるものを投げ渡した。
マスクだ、プロレスラーがつけるようなマスクだ。
ベルは目で、それをつけることが条件だと告げた。
ウルフマン二号となったベートが壇上に上がる。
「お前は……。」
「勘違いすんじゃねぇ、俺はこのガラクタをぶち壊しに来ただけだ」
『おおっと!これは熱い展開だぁ!』
『ピンチに駆けつける新たな仲間、ヒーロー版のお約束なの!』
滅茶苦茶乗っているミュウと奈々。
「ハッ、そういうことにしといてやるよ。……俺がメインでお前がサポートだ」
「チッ!しょうがねぇ、今はお前の方が強えからな」
そこから二人の反撃が始まった。龍太郎が【変成魔法】を組み込んだ身体強化で前衛に出て、ハウリア流近接格闘術で戦うベートが奇襲を仕掛ける。
だかやはり、デモンレンジャー強いっ!防戦状態から、停滞状態になっただけだ。
そこへ、
『みゅう〜、このままじゃ決着がつかないの……。』
『そうですね、なのでここは……お客様の中に絶技級の鞭の使い手はいらっしゃいませんか!?』
「なんで鞭使い!?」。観客席の皆さんが全員同じことを思った。一部、首刈りウサギを除いて。
というか、そんなやついるわけ
「いるよ!」
いるのかよ!? というツッコミが木霊する中、観客席で立ち上がったの奈々と同じ元愛ちゃん親衛隊菅原妙子だ。
タタッと軽快な足取りでステージに降り立った妙子に、奈々アナより声が飛ぶ。
『お客様!鞭はお持ちですかぁ!?』
「あるよ!女の子の必需品だからね!」
ベルの周りの女性達が「えっ、こっちではそうなの?」みたいな目を向けるが。んなわけ無いだろうという目で撃ち落とした。
だが、奈々の『確かに当然ですね! 鞭は便利です。調教に使えるし、あと調教に使えるし、それから調教にも使えます!もしまだ持っていない方は公演終了後、サウスクラウド商会までお求めください』という売り込みも頑張ってスルーする。
因みにサウスクラウド商会に鞭は取り扱っておりません。
妙に機嫌良く、鞭をピシッピシッと打ち鳴らす妙子。嘗てのトラウマが蘇る龍太郎がベートに悲鳴じみた叫びを出す。
「おいっ、避けろ二号!」
「誰が二号だ!」
「えいっ」
「へぶっ!」
可愛らしい掛け声。しかし、鞭が奏でる空を斬り裂くような音は尋常ではない。ベートが全く反応できず吹っ飛ばされる程度には。
妙子の縦横無尽に舞い踊る鞭は龍太郎やベートだけでなくデモレンジャーも巻き込んで吹き飛ばしていく。
「おいっ、なんだあの化け物女は!?」
「俺のっ!元クラスメイトでっ!ドS具合なら魔王にもっ!負けねぇやつだ!」
デモンレンジャーはほぼ撃沈状態の中必死に逃げ回るウルフマンズ。
そして、どんどんヒートアップしていく妙子。もはや、手元の動きも見えなくなった時点でベートが落ちた。
「二号ぉぉぉ!!」
やはり、妙子の暴走で収拾がつかなくなってきたので、サウスクラウド団長から新たな指示が飛ぶ。
『これは大変だぁっ。お客様の中に〝ファンタジーだから〟の一言でどうにでもしちゃう魔法使いの方はいらっしゃいませんか!?』
「そんな魔法使いいてたまるかっ!」と某王族のエルフ様が怒鳴ろうとしたが。
「いるぜ!ホグワー○魔法学校の卒業生が来てやったぜ!」
立ち上がったのはやはり帰還者の一人野村健太郎だった。ステージに向けて、短い杖を振る。途端、白煙がもうもうと噴き上がりステージを覆い隠した。石化の魔法だ。強制的に動きを止められた妙子達が、香織に神速で回収されていく。
さらに、ミュウによってデモンレンジャーは宝物庫へ収納。
白煙と共に炎や風も収まっていく中、団長からシアにGOサイン。
白煙のなか飛び出したのは、大玉の上に乗ったウサミミ姿のピエロだった。ベル達をここに招いたウサピエロだ。
雑技団も真っ青な見事な曲芸が繰り広げられ歓声が上がる。
すると、
『お客様! 座席の下をご覧ください!』
奈々アナに従い見てみれば、そこにはバスケットに入ったたくさんのゴムボールが。
直後、ウサピエロが、
「当てられるものなら当ててみろですぅ~~。まぁ、凡人達には無理でしょうけどぉ!プギャーーーッ」
と、まるでお手本でもいるみたいにうざったらしい顔と仕草で挑発した。
客が躊躇いを捨てられるようサクラ役を受けていたティオが立ち上がり、
「くたばれい!」
と、割と本気で投擲する。睡眠不足相まって滅茶苦茶キレている。ゴウッと風を唸らせて飛んだボールに、一瞬お客達は青ざめるが、ウサピエロは軽やかに宙返りで回避。大玉の上で片手逆立ちしながらニヤニヤと笑う。
「あれぇ?今なにかしましたぁ?あ、一応、投げたんですね!おっそ~~い!もしかして五十肩ですかぁ?それとももうお年ですかぁ?プークスクスッ」
演技と分かっていても、ティオの額にビキッと青筋が浮かんだ。特にぷークスクスッの前の一言は文字通り逆鱗に触れたらしい。ふりふりと馬鹿にするように揺れるウサミミが余計に腹立たしい。
「お客さんたち~、何を遠慮してるんですかねぇ~。どうせ、かすりもしませんのにぃ! ふひゃひゃひゃっ」
幕の奥で、ハジメとユエが「うわぁ、心なしか前より練度たけぇ〜」と感心の声をあげる中、観客達は一人、また一人と立ち上がり……
一斉に投擲を開始した!
「ふんふふ~~ん♪ 早く投げてくれませんかねぇ~。あ、ごめんなさい! もう始まっていたんですね!」
くたばりやがれ!クソうさぎ! ハハハ!流石に僕もちょっとイラっとしたかなぁ!
「そろそろ本気だしていいですよぉ?あ、もう本気?冒険者ってこんなものなんですかぁ?すみませんっ、まさかそんなレベルだとは思いもしなくてぇ~、ププッ」
なぜ当たらない!? どんな身体能力してんだ!? 魔王の嫁は化け物か! 合わせろ!オラリオの冒険者の意地を見せるときだ!
オラリオ組の中で絆が更に深まった瞬間だ。
しかし、ウサピエロならぬウザピエロは、ボールからボールへ、ステージの柱から柱へぴょんぴょん、くるくると縦横無尽に動き回り、その言葉通り、かすらせもしない。涼しげな表情と相まって実に腹立たしい。
なので、毎度の如く奈々アナが求める。
『これはむかつきます! お客様の中に投擲術の達人はいらっしゃいませんか!?』
「いたらとっくに仕留めているでしょう!」
「い、いるわ!」
「いるんですかっ!?」
立ち上がったのは優花。アスフィがヘルメスのせいでたまり溜まった鬱憤をウザウサギにぶつけようとするが、明らかに逆効果でイライラした声に少し委縮する。
『投げるものはお持ちですかぁっ』
「あるわ!」
バッと両手をクロスさせれば、途端扇状に広がるトランプカード。
「いけっ、フィン・ファンネ○!!」
団長の指示だ。是非とも改めて言わせたかったらしい。トランプカードが一斉に放たれた。一気に投げたというのに、全て高速回転しながら別軌道で迫る。それどころか、ウサピエロが回避した直後、Uターンしたカードが背後からも殺到し、まさに全方位トランプカード攻撃が実現される。
主のもとに戻っては再び投擲されるトランプカードの嵐は、既に二組目。合計百八枚がステージの上で乱舞した。
百枚を超えるカード投げによる全方向ジャグリング。
その神業を前に、オラリオ組は怒りを忘れて目を奪われた。
しかし、ウサピエロも流石というべきか。
残像が残るような動きで完璧に回避していく。
『おしいっ。どうやらカード投げでは速度が足りない様子!というわけで、お客様の中に八百屋さんはいませんか!』
なんで八百屋? と疑問が客達の中に溢れる中、当然、
「いるよ!」
と、香織が両手一杯の買い物袋を掲げて立ち上がる。
『ついでに古流剣術の達人さんはいらっしゃいませんか!?』
「いるわ!」
もちろん、雫も立ち上がる。本当に誰でもいる観客席。
そうして、香織が野菜――大根、にんじん、セロリ、キュウリを雫へ投げれば、それを雫がバターナイフでスティック状に。ご丁寧にも、野菜スティック達は切られた衝撃で優花の方へ飛んでいく。
目の覚めるような剣術、もとい銃刀法に配慮したバターナイフ術に驚愕の声が上がる間もなく、優花の指の間に収まった野菜スティック達が霞むような速度で投擲された。
5年前からさらに練度の上がった野菜スティック殺法である。
同時に、副次効果が発動。
「もったいない!」
ウサピエロは回避できない。口でキャッチし、高速カリカリもきゅもきゅして食べるしかない。
結果、物量には勝てず、
「あばぁっ」
ウサピエロは野菜スティックを抱えたままひっくり返った。如何にも道化らしく、コミカルに。わぁあああっと観客達が歓声をあげて盛り上がる。
ウサピエロを助け起こした優花と、香織と雫の四人で優雅に一礼すれば、惜しみない拍手が送られる。
始まりからの怒濤の展開を前に、もはや疑問や疑念に集中する者達はおらず、今はただこの神秘に溢れた夢の世界を堪能しようと誰もが沸き上がった。
その後。
他のクラスメイト達の演目が消化されていき、最後はユエだ。
一度照明が消されたステージに再び明かりが降り注いだ時、そこには椅子に腰掛けた少女の姿が浮かび上がった。その人形のようなポーズからそれが魔王の正妻だと知っていてもまるで人形のようだと思ってしまった。
念話により、直接頭に響くようなユエの声で、恋した青年の想い人になりたいと願う人形の物語が紡がれる。
直後、空間が煌めいた。魔法の時間の始まりだ。
無数の細かな破片が、光を帯びて煌めいている。それはまるで天幕の中に作り出された星の世界。照明係の一人である谷口鈴が作り出した、〝聖絶・桜花〟(砕けた聖絶の破片を操る術)による演出だ。
だが、変化は終わらない。黄金の光がユエを包み込み、その姿を大人の女性へと変えていく。さらに、驚きは続く。
ふわりと、美女が浮いたからだ。もはや、何にも縛られないというかのように、ふわりふわりと宙を漂い、黄金の光をオーロラのように纏う姿は魅入られるほど美しい。
いっそ、神々しいと表現すべきなほどに。
しんっと、神秘の時間を壊してはならないと暗黙の内に了解したような静寂が訪れる。
その中で、ユエが歌う。どんな楽器が奏でる音よりも滑らかで、妖しく、艶やかな声音が旋律に乗って広がっていく。
優しく穏やかな歌声に誰もが酔いしれた。
が、歌は次第にテンポを上げていき、気が付けば誰もが体を自然とリズムに乗せてしまうような、ミュージカル調の楽しい歌に変化した。
フィナーレだ。
今まで出演した者達が一人、また一人と歌いながらステージに上がっていく。
照明係だった光輝達もステージに上がり、最後に出てくるのはサウスクラウド団長ことハジメだ。
これだけは演技でもなんでもないと分かる、心の底からの嬉しそうな笑顔を見せてユエが降り立ち、ハジメの手を取る
軽快な歌が観客達を最高潮に湧かせて……
そうして、
「これにて夢の時間は終わり。私達帰還者の催しにお越しいただき、ありがとうございました。」
ハジメが前に出て一礼をするのに合わせ、元クラスメイト全員が礼をする。
その場に集められた者達は拍手をしようと手を掲げる、しかし、サウスクラウド団長が、
「と、言いたいところですが予想していた時間より少しはやく終わってしまいました。ここから先は私の息子とそのフィアンセのダンスをお楽しみください」
とんでもない爆弾を叩き落としやがった。
観客の視線が一気にベルに向く。特に女性陣の目がキラキラ、いや、ギラギラしている。
このゴシップ好きどもめっ!
客席からかなり離れているというのにハジメとベルの視線が交差した。流石、親子というべきかその視線だけでハジメが言いたいことをベルは理解した。
「……アイズ、頼めるか?」
「えっ?」
「ちょっ、ベル君!?」
「お相手ならリリがっ……。」
前の席にいるアイズに手を差し出す。
彼女はポカーンとしているが、その頬は上気している。フィアンセ……そのまま取れば婚約者なのだから。
勿論、ヘスティアやリリから反対の声が上がったが、ベルの真剣な顔でそれも引っ込んだ。
「この中で僕と踊ったことがあるのは君だけだ。これだけ父さん達が盛り上げたのにぶち壊すわけにはいかない」
アイズとしては少々理由が複雑だが好きな人と踊れるというのはどんな理由であろうと嬉しい。
伸ばしたベルの手とアイズの手が重なる……瞬間に、背後の『疾風』がベルを空中へ連れ去った。
「「「「「え……?」」」」」
アイズは勿論、その様子を見ていた全員が間抜けな声を漏らした。ただ一人、アストレアだけがその様子を暖かく見守っていた。
(それでいいのです、リュー。貴方は貴方の思うままに……。)
その姿はまさに子を見守る母親だ。
「ちょっ!リューさんっ!?」
「……………。」
ベルの手を握って跳躍したリューの顔は引っ張られているベルから見ても真っ赤だった。
ハジメ暗にはベルに惚れている女性はいませんかと尋ねていた。それが指す答えはもう一つしかない。
ベルとて、彼女の気持ちを理解していないほど鈍くはない。『厄災』との戦い、アストレアとの再開、そして、【アストレア・ファミリア】のメンバーとの最後の対話を終えて彼女のベルを見る目が変わったことなど、とっくに気づいている。
だがまさか、あのいつも落ち着いた様子を纏うリューがこんな大それた真似をするとは思ってもいなかった。
「……仕方ない、か」
「……えっ?」
ベルは無言でリューの手を引く。
ベルの筋力に引っ張られ体制を崩し、そのまま後ろにいるベルの胸に飛び込んでいくしかないリュー。ベルは、彼女を横抱きに受け止める。
「ベル……これは流石に……。」
「しっかり掴まっとけよ、リュー」
リューをお姫様抱っこしたまま【天歩】を使ってステージにたどり着く。
『おおっと!なんとお姫様抱っこでのご登場だっ!流石は魔王の息子です!』
『どういうことだこの野郎?』
『えっ、南雲君?いつの間に、えっちょっと待っ……。』
『折角の息子の晴れ舞台だ、下衆なナレーションされるわけにはいかねぇからな』
ガチャンという音のあとに短いハウリング響くと、舞台袖に戻っていた奈々のナレーションは途切れた。
舞台袖から顔を覗かせる魔王とその正妻は愛しい息子に向かってサムズアップする。
そのサインをベルは確かに受け取った。
「さて、この格好じゃ雰囲気でないよなっ、と」
服を脱ぎ捨てるとその下からいつの間に着替えたんだ!と言われそうなクラッシックスタイルの紳士服に一瞬の間に着替えていた。
降ろされたリューが見惚れる程ピッシリしている。
「何ボーっとしてんだよ、ホレっ」
「えっ?……キャッ!」
宝物庫から取り出された人一人すっぽり隠れるくらいの大きな赤い布をリューに覆い被せた。突然のことに、珍しく可愛らしい悲鳴が聞こえたが皆あえて触れない。
「3、2、1……ハイっ!」
「えっ?えっ?えっ?」
3カウントとともに取り上げられた赤い布の下から純白のドレス姿となったリューが現れ、わあぁぁと歓声が湧く。
ベルの108の特技の一つ、"早着替え&着せ替えマジック"である。
「べ、ベル……このドレスは……。」
「俺の趣味だ、いいだろう?……サイズは目測だが、合ってるよな?」
「寧ろなぜピッタリなのでしょう……。」
流石は才能チートの南雲ベル。どこかの世界樹の名前を持つ巨大企業のプロフェッサーみたいなことを言うベル。
リューのツッコミを無視し、ベルは膝をついて年不相応な大仰な動きで手を差し出す。
「お嬢さん、私と一曲踊っていだけますか?」
「っ!……喜んで」
ベルが差し出した手にリューが自分の手を乗せた。
音楽が流れると同時に会場がシンッと静まり返る。
両手を握りステップを決め、ベルがリューをリードして踊る。それも、ちゃんとついてこられるレベルでだ。
すると、彼女は客席に聞こえない程度の声で話し始めた。
「初めて貴方が店に現れたときはは変な人だと思いました……。」
「ひでぇな……。」
「子供らしい笑みを浮かべているのに視線の奥にある光はとてもそうは見えなくて……でも、何処か暖かい感じがして……。」
「あのときは俺、お前のことを元冒険者ってだけしか見てなかったんだぜ?よくそんなに見てたな?」
「シルが気にかけていたので。親友である彼女の伴侶として相応しいか、見定めるつもりでした。あのとき、【ロキ・ファミリア】の幹部を除いて記憶を弄ったと聞きましたので、あまり覚えてませんけど」
「ああ〜、そんなこともあったな……。」
【豊穣の女主人】に来たばかりの頃の話だから、まだ半年前だというのに酷く懐かしく感じる。
「ですが……今、思えば私もシルと同じだったのでしょう。何処か貴方から目が離せなかった……。」
「は?」
「……一目惚れ、と言うやつです」
リューは若干俯かせて顔を真っ赤にして言った。
「よく俺みたいのに惚れるよ……お前もシルも」
「フフッ、確かにそうですね」
「否定しろよ」
「事実ですから。たった半年で何人もの女性を落とすような人にはこれ位が丁度いいです」
「……反論できねぇ」
まさにぐぅの音もないと言うやつだ。
「そこから料理を習ったり、カジノで助けてもらったり、共に【厄災】と戦ったり……ですが、他の女性に比べれば貴方と一緒にいた時間は余りに少ない」
「だから、コレか……。」
「はい」
リューが慣れないことをしてまでベルと踊る理由がようやくわかった。
「貴女のお陰で私は皆の最後の言葉を聞き、アストレア様とも再会できた。……なにより、貴方の熱が私に血が通って、生きているのだと改めて思い出させてくれた」
「……わかってるのか?俺がお前の……お前達のために動いたのは、ただの自己満足だったんだぞ?」
「祖父との約束、でしたね」
「ああ」
『たくさんの人達を笑顔にして、悲劇のヒロインなんてどこにもいない。皆を救う英雄になる』
幼い頃、ベルがいつかなると祖父に言った英雄像。ハジメというその信条からかけ離れた英雄を追いかけながらも、それだけは捨てることがない。それが、大好きな祖父との最後の約束だから。
しかし、それはただの自己満足。救われる側の気持ちなど考えていない。それなのに、想いを受け取る資格があるのか……それが疑問だった。
「構いません」
「……………。」
「それでも、私は貴方が愛おしい」
リューの言葉を聞くとベルは強引にオーバースウェイのポーズを取りリューの耳元に自身の口を近づけて囁いた。
「………………俺もだよ」
「ッ〜〜〜〜!!!」
耳元で囁かれた甘い言葉に端正なエルフの表情は噴火でもしたのかってくらい真っ赤になった。
そこからはお互い何も言わず最後まで踊り続けた。
音楽が終わると同時にポーズを決め、それと同時に客席中から拍手と喝采が送られた。
ーーーキャー!ベル君かっこよこったわよぉ!
ーーーおい、見たか!?あの子、ウチの孫なんです!凄くね!?
ーーーベル坊!お前もすっかり男になったなぁ!
ーーーベルく〜ん!今度はボクとも踊ってくれっ!
ーーーチクショウ!まさかベル君にまで、先越されるなんて!なんで俺には恋人ができねぇんだよ!クソおぉぉぉぉぉ!!!
どうやら、ベル達の踊りは帰還者達の演技にも負けていなかったようだ。
「ベル……その、さっきのようなことを他の女性にも?」
「さあ……どうでしょうね?」
「貴方という人は……こんなときばかり子供っぽくしても駄目ですっ!さあっ、吐きなさい!シルですか?ヘスティア様ですか?それとも『剣姫』ですかっ!?」
問い詰めようとするリューだったが結局ベルにはぐらかされ、サウスクラウドサーカス団の特別口演は幕を閉じた。
感想プリーズ……。