俺がふと時計に目をやると、すでに午前一時を回っていた。
普段であれば秘書艦が時報も務めてくれるのだが、今は代わりに、マルヒトマルマル、と自分でそれを呟く。
自分以外に誰もいない執務室の中で、椅子に座りながら大きく伸びをすると、心地よい気怠さが腕と背中に走る。
昨日――といっても三時間ほど前のことだが、秘書艦を務めてくれていた春風に執務の終了を告げ、部屋に戻ってもらったのが二十二時。
俺は一度部屋に戻ってから、寝巻きに着替えてこっそりと再び執務室に戻り、こうして執務を続けていた。
欧州方面から救援要請が入ったのが一週間前。
それに合わせて、深海棲艦による西方海域への侵攻が確認され、鎮守府は西方海上打通作戦を展開する事となった。
俗に言う大規模侵攻と呼ばれるものである。
今年の夏はそれが無いものかと思われていたが、初秋に入った今、それらしき動きが確認されたのだ。
前線の艦娘達からの報告によれば、どうやら深海棲艦達は各地に侵攻しつつ少し遅めのバカンスを楽しんでいるらしい。
昨年夏の欧州もそうだったが、バカンスされる地域からすればたまったものではない。
一刻も早く欧州に静かな海を取り戻さねば……。
大規模侵攻中は、普段と段違いにやらなければならない事が山積みとなる。
敵の苛烈な編成に対抗する為、こちらも連合艦隊を編成せざるを得ない事。
それに加えて道中の艦隊を護る為の前線支援艦隊、敵主力への攻撃を援護する為の決戦支援艦隊を同時運用するとなると、資源の消費は普段の倍では済まない。
近海の海上護衛や遠征、演習、装備開発、改修計画などの普段の任務に加えて、前線の事も同時に考えなければならない。
毎度の事ではあるが、大規模侵攻中は時間が足りないのだ。
しかし今回は、頭も身体も重いが、幸か不幸か大規模侵攻が始まってから何故か全く眠くない。
いや、眠くないというのは間違いだ。眠りたいのに、眠れない。
眠気はあるのだが、布団に入っても全く眠れず、寝返りを打ちながら気が付けば朝、というのが三日ほど続いた。
そして時間が勿体ないので眠くなるまではと、夜中にこっそりこうやって執務を続けて、更に三日になるだろうか。
気が付けばもう一週間、満足に寝ていない。
いわゆる大規模侵攻に対する不安やストレスからくる不眠症というものなのだろうか……。
「――ッ⁉」
不意に、執務室の扉がコンコンと叩かれ、俺は背筋が跳ね上がるほどに驚いてしまった。
普段であれば鳴るはずのない時間帯での事だったからだ。
おばけや幽霊の類を信じているわけではなかったし、不審者に侵入されたわけでもないとわかっていながらも、僅かに恐怖を感じてしまった事を責められはしないだろう。
俺はまだバクバク鳴っている心臓の音を隠すように大きく深呼吸をして、椅子から立ち上がり、扉へと歩み寄った。
おそらくは艦娘の誰かであろう、との結論に至り、なるべく音を立てないようにして扉を開ける。
そして目に入った少女に、俺は心中で首を傾げてしまった。
「……えぇと」
「あの、司令官様……」
「……あっ、春風か……」
扉の前に立っていたのは、昨日――と言ってもつい数時間前まで秘書艦を務めてくれていた春風だった。
いつもの桜色の和装ではなく、地味な亜麻色の寝巻きに身を包んでおり、後頭部にリボンもついておらず、ブーツも履いていないし、和傘も持っていない。
更には特徴的な巻き髪も、ほどけて緩いウェーブがかかったような状態になっていた。
失礼な話であったが、つまりは俺が今まで春風のトレードマークとして捉えていたものが全て失われており、声を聞くまで誰だかわからなかったのだ。
よくよく顔を見てみれば、目の前の少女が春風であることなど一目瞭然だったというのに、なんとなく神風が赤、春風は桃、朝風は青、松風が緑、旗風が黄色のイメージが強いからだろうか、まるで別人のように見えた。
考えてみれば、こんなプライベートな姿の春風を見るのは初めての事だった。
なんだかいつもよりも胸がふくよかなような……普段はきつめに押さえつけられているのだろうか。
いや、呑気に低俗な事を考えている空気ではない。
「どうしたんだ、こんな時間に」
「いえ、あの……その」
俺が何も考えずに疑問を口にすると、春風は目を伏せて、言葉を探しているようだった。
そして次には涙ぐんでしまい、春風は顔を隠そうと両手を当てるが、その細い指の隙間から大粒の涙がぽろぽろと零れ出す。
「なっ、ちょっ……ど、どうしたんだ⁉」
「……もっ、申し訳……わたくし、わたくしは」
「と、とにかく中に入って! なっ?」
いきなり泣いてしまった春風に、俺も動揺を隠せなかった。
何も心当たりが無かったが、誰にも目撃されないであろう深夜とはいえ、いや深夜だからこそ、こんなところを誰かに見られてはたまったものではない。
半ば無理やり細い手首を引いて、音を立てないようにそっと扉を閉めた。
「と、とりあえずお茶でも飲んで落ち着こう。今、淹れるから」
春風をソファーに座らせてからそう言うと、春風は慌てた様子で俺の袖を掴んだ。
「いえ、司令官様……わたくしが、お淹れいたします……」
「い、いや、こんな状態の春風に淹れてもらうわけにはいかないよ。ここは俺が……」
言葉を続けようとして、それを止めた。
俺の言葉を聞いた春風が目を見開き、そして顔を伏せて、再び泣き出してしまったからだ。
俺はもうわけがわからず、とりあえず春風を再びソファーへ座らせて、俺もその隣に腰かけた。
「は、春風。どうしたんだ……」
「ひっく、も、申し訳ありません……司令官様を、困らせてしまって……」
「いや、困ってなんかない。ただ、その、よかったら、泣いてしまった理由を教えてくれるとありがたいのだが……」
春風は嗚咽が治まるまで、無言で顔を伏せたままだった。
俺もその間、ただその隣に座っている事しかできなかった。
おそらく数分しか経っていなかっただろうが、数十分にも感じられたほどの時間が過ぎ、春風はようやく俺の顔を見上げて口を開いたのだった。
「……先ほど、神風お姉様に起こされて、お手洗いまで付き添っていたんです」
「え? あいつ夜中に一人でトイレ行けないのか? 暁と同レベルだな……」
「い、いえ、それは、その、忘れて下さい……それで、執務室の明かりがまだ点いている事に気がつきまして……神風お姉様が寝入ってから、その、ここまで来てみたのですが、その……」
春風は一瞬、目を伏せてから、意を決したように再び俺の目を見て言葉を続けた。
「……わたくしが、司令官様の秘書艦を務めていた事……その、ご迷惑、だったでしょうか……」
「なっ⁉」
思ってもいなかった言葉に、俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
それはとんでもない誤解だ。むしろその逆だ。
秘書艦は艦娘達でローテーションを組んで担当してもらっているが、春風が秘書艦を務めてくれる日を俺は個人的に楽しみにしているくらいなのだ。
俺は慌てて春風の両肩を掴み、それを真っ向から否定した。
「何を言っているんだ。そんな訳がないじゃないか。どこの誰だ、そんなでたらめを言ったのは」
「い、いえ、誰に言われたというわけでは無いのですが……」
春風はしゅんと落ち込んだ様子で俺から目を逸らし、執務机の方に目をやった。
「先ほど、司令官様は、本日の執務はこれで終わりだと仰って……自室へと戻られました。それで、わたくしも就寝の身支度を整えて、お休みを頂く事にいたしました」
「……しかし、司令官様は、こうやって……寝巻きのままに執務を続けています。こんな深夜に、わたくしに、隠れて……」
「それで、わたくしがいない方が、執務がはかどるのではないかと、本当は、ご迷惑をおかけしていたのではないかと、そう考えたら、わたくし、何も気づかずに、司令官様の力になれていると思い込んで……」
「ちっ、違うっ! それは違うぞっ、春風っ!」
声を震わせながら、春風が再び涙ぐんでしまったので、俺は慌てて声を被せた。
本当にとんでもない誤解が生まれていたようだ。
どこの誰のせいかと言えば、もう完全に俺のせいだった。
昔から気が利かないだと鈍感だの朴念仁だのと言われてきたが、きっとこういうところなのだろう。
俺が何も考えずに行動した事で、誰がどう思うのか、その想像力が欠けているのだ。
春風がここを訪れてくれたからよかったようなものの、もしも自室に戻って一人で隠れて泣かれてしまっては、俺は春風を傷つけてしまっていた事に一生気付かなかっただろう。
「すまん、完全に俺の配慮が足りなかった。春風が考えているような事は断じて無い。そして誤解されるような事をした俺が完全に悪い」
「……ぐすっ、そ、そうなのですか……?」
「あぁ、実は――」
そして俺は春風に事実を説明した。
最近眠ろうと思っても眠れず、時間が勿体ないので執務をして過ごそうと考えた事。
俺の不眠症に、健康な秘書艦を付き合わせるのは悪いと思ったので、嘘をつく形になってしまったが、一度執務を終了し、その後こっそりと執務室に戻ってきていた事。
総員起こしの時間が近づいてきたら、また自室に戻って寝ていた振りをしていた事。
春風だけでなく、他の秘書艦の時にもこんな事をしていたという事。
満足に眠れなくなってから、もう七日ほど経つという事――。
そこまで聞いて、春風はようやく納得してくれたようだった。
「そういった事情があったのですね……司令官様は、わたくしの事を思って、先に休むようにと……それなのに、わたくしは……」
「まっ、待った。頼むからもう泣かないでくれ。とにかく、そういう事なんだ。誤解させてしまって、申し訳ない」
俺が頭を下げると、春風は慌てて「お顔を上げて下さい」とそれを制止した。
むしろ春風の方が頭を下げようとするので、俺達はしばらく二人で頭を下げ合うような、妙な形になってしまう。
なんとか落ち着いたところで、春風に部屋に戻って休むように告げようとしたところで、先に春風の方が口を開いた。
「司令官様は、お疲れではないのですか?」
「うぅん……いや、正直に言えば、疲れは溜まっているんだ。眠たくないというより、眠りたいけど眠れないといった感じだろうか……」
「まぁ、それはいけません……司令官様、その、正直に申し上げまして、昨日の執務を通して……司令官様は、かなり集中力を欠いているように、わたくしは、感じられました……」
「えっ、ほ、本当か?」
「はい……おそらく無意識なのでしょうが、肩や首を動かしたり……それと、資源、資材の収支日計の計算なども、いくつか間違いが、見られました……阿武隈さんの字も間違えていて……」
書類の間違いについてはまったく気付いていなかった。
肩や首を動かしたりするのは、無意識の部分もあるが自覚している。
おそらく慢性的な疲労が溜まっているのであろう。顔から首、肩、背中、腕、腰、足に至るまで、体中が気怠さに包まれている。
不眠不休で横にもならずに、ほとんど同じ姿勢で机に向かっていればそうなるのも必然なのかもしれない。
仕事に支障が出るとなると、流石に問題だ。
だが休もうとしても眠れないというのに、一体どうすればよいのだろうか……。
俺の考えを表情から読み取ったように、春風は言葉を続ける。
「司令官様。わたくしは、やはりこのままではよろしくないと思います。西方への救援作戦も、まだ半ば……最終作戦海域に突入するその時に、司令官様に何かがあっては……」
「うぅん、それはそうなんだが……」
俺は言葉に窮しながら、半ば無意識に右手を左肩に持っていき、凝り固まった肉を揉んだ。
それを見た春風はソファーに腰かけたまま、すっ、と僅かに距離を詰めた。
「……司令官様。お昼には遠慮されてしまいましたが……よろしければ、司令官様の疲れを少しでも癒せるよう、按摩……マッサージなどは、いかがでしょうか」
「えっ?」
「神風お姉様の肩や腰を、たまに揉んであげているんです。自己流ですが、よく褒めて頂いているんですよ……? そのまま寝入ってしまう事もしばしばあって……司令官様も、もしかしたらお眠りになれるかもしれません」
それはあまりにも魅力的な提案であった。
今もそうだったが、柔軟やマッサージは自分でもよくやってはいるものの、どうにも疲れが取り切れている気がしないのだ。
自分で自分を揉むという行動で、別の場所に負荷がかかるからだろう。
正直に言えば、他人にやってもらいたいと思った事は何度もある。
そう言えば、昨日も俺が春風の見ている前で自分の肩を揉んでしまい、春風に「よろしければ肩をお揉みいたしましょうか」なんて気を遣われてしまったのだった。
勿論、それは丁重に断った。
出撃や遠征などの任務をこなしている艦娘達に、ちょっと肩を揉んでくれなんて事は言えるはずもないからだ。
初期艦である漣なんかは、むしろ自分から「ご主人様、漣の肩、揉んでぇ~」なんて言ってくるものだから、たまに俺が全然凝ってもいない肩を揉んでやったりもするのだが、あれは漣なりのスキンシップなのだろう。
それは置いておいて、俺が艦娘達を労わるならばともかく、艦娘達に労わられては悪すぎる……。
苦渋の決断だったが、俺は何とか、その魅力に抗う言葉を絞り出した。
「い、いや、それは流石に悪い。春風は人手が足りないこの大規模侵攻の間も、近海の海上護衛に遠征にと休み無く働いてくれて、昨日は秘書艦までやってくれて……」
「司令官様……お心遣い、ありがとうございます。そして、もしもそう思って下さるのであれば、どうか、ご褒美に春風のお願いを、聞いていただけませんか?」
「お、お願い?」
「はい……司令官様の、お力になりたいんです。……それとも、やはり、ご迷惑、だったでしょうか……」
その言い方はずるいと思った。
そんな風に言われてしまっては、俺も否定する事しかできない。
まぁ、こんな風に言い訳をして、結局は俺も、春風のマッサージという魅力に抗えなかっただけなのかもしれない。
それに、春風に苦労をかけてばかりで申し訳ないが、春風の言う事にも一理ある。
春風が秘書艦を務めてくれる日は凄く癒されるし、春風の声を聞いていると気持ち良くて眠くなる。
昨日の執務中、珍しくうつらうつらと何度か舟を漕いでしまったのは、もしかして春風が秘書艦だったからなのだろうか。
もしかすると、春風ならば本当に俺の不眠症を治す事が出来るかもしれない。
俺はそのように自分を納得させながら、春風に小さく頭を下げた。
「すまん。本当に悪気は無いんだ……迷惑な訳がない。こんな時間に申し訳ないが……春風の、言葉に甘えてしまってもいいだろうか」
「はい……! 勿論です。わたくし、春風に……お任せ下さい」
春風は嬉しそうにそう言って、ソファーから立ち上がった。
俺はどうすればよいのかと春風を目で追うと、春風はそのまま回り込み、ソファーの背もたれを挟んで俺の背後に立ったのだった。
「ふふっ……まずは、肩をお揉みいたしましょう……」
至近距離の背後、こんなに耳の近くで春風の声を聞いた事はなかったが、それだけで何だか疲れが飛んでいくような気がした。
俺は目を閉じて、できるだけ全身から脱力した。
春風の細い指が俺の肩にそっと添えられ――肉質を確かめるかのように僅かに押しながら、肩を撫でた。
心地よくも、もどかしい。
「……これは、かなり凝っていらっしゃいますね……神風お姉様とは、大違いです……」
「自分で揉んでいても、指が痛くなるくらいだからな……春風も痛くなりそうだったら無理しないで、傘の先とか艤装の砲塔とかで突いてくれていいから」
「そ、そんな事は……いたしません。わたくしも、艦娘ですから……力はそれなりに、あるんですよ?」
首、肩、二の腕の辺りまで凝り具合を確かめていた春風の指が、ぴたりと止まった。
そして、まずは両手の親指だけで首の筋肉をぐりぐりと回しながら指圧していく。
「はぁぁ……」
俺は思わず息を漏らしてしまった。
気持ち良すぎる。自分でやってもここまで心地よくはならないだろう。
やはり全身の力を抜いた状態だからだろうか……。
今まで緊張していたせいで届かなかった筋肉の奥深くまで、圧が届いているような気がする。
静寂だけが広がる室内で、春風が静かに語り掛けてきた。
「司令官様……深夜はここも、とても静かですね……いつもこうだと……いいですね……」
「川内は今、欧州にいるからな……帰ってきたらまた騒がしくなりそうだ……」
「あっ、川内さんの事を言ったのではなく、その……」
川内と言えば、春風が作ってくれた昨夜の夕食に出てきたおかず。
あの
思い返せば、秘書艦の際には当たり前のように料理してくれるし、おまけにかなり美味いし、川内は意外と女子力が高い。
どうしても朝は寝過ごしてしまうので、朝食だけは代わりに神通に作りに来てもらっているのが玉に瑕だが……。
「押してほしい場所があれば、遠慮なく仰って下さいね……?」
「あぁ……」
「ふふ……凝りすぎていて、わたくしも、なんだか嬉しくなるくらいです……首から肩、背中まで、少しずつほぐしていきますね……」
春風の美声も相まって、俺はもう小さく寝ぼけたような返事をするので精一杯だった。
その細い指が意外な程の力強さで俺の凝り固まった筋肉を押し込み、その度に少しずつ凝りがほぐれていくような気がした。
俺の脳内に不意に浮かんだイメージが、子供の頃に使っていた「ねり消し」だ。
粘土のように伸ばして遊べる消しゴムの事だが、あれはしばらく使わないでいるとカチカチに固まったゴムのようになるのだ。
だが、それを何度も何度も揉んだりこねたり伸ばしたりする事で、最終的にはふわふわに柔らかく、元通りになるのを思い出す。
単なるイメージの話だが、俺の筋肉も今、そんな感じだろうか。
カチカチにこわばった筋肉が、春風の指で優しく、力強く、少しずつほぐれていく。
凝りがほぐれる際に僅かな痛みが伴うも、同時に襲い来る快感の方がそれを上回っていた。
これを文字通り、痛快というのだろうか――。
「司令官様……申し訳ありませんが、腕を上げて頂けないでしょうか。肘を曲げて、そして、胸を張るように……」
春風に促されるがままに、俺は肘を曲げて両腕を上げた。
そのまま肩を軸にして、後ろに肘を回していく。
なんとなく俺が肩をほぐしたい時に無意識にやるストレッチと同じだ。
これ以上伸びないというところまで伸ばすと、当然ながら凝り固まった筋肉が痛む。
だが、それが何よりも心地よかった。
何度かそれを繰り返すと、春風が再び首から肩、背中をほぐしていく。
そしてまた同じように肩を回すと、可動域が広がり、痛みも和らいでいるように思えた。
「少し、ほぐれてくれましたね……どうでしょうか……?」
「あぁ……凄く、気持ちいい……何だか眠くなってきたような気がするよ」
「そうですか……よかった……あっ、わたくし、あまりお声をかけない方が良かったでしょうか」
「いや、むしろ声を聞いていたい……その方が寝てしまいそうだ……」
「ふふ……それなら、お声をかけさせて頂きますね。司令官様は、お返事をなさらずとも結構ですから……眠りそうな時は、どうぞ、そのまま……」
春風は優しくそう囁いて、後ろから俺の頬を両手で挟み込んだ。
「背もたれにもう少し深く、背中を預けて下さい……そして、お顔を上げて……目元も、ほぐしていきます……」
「目元?」
「司令官様は、よく目元やこめかみを押さえたり、していらっしゃいます……肩こりとも、関係あるそうです……」
春風の指が、閉じられた瞼の上から俺の眼球をそっと押した。
同時に鈍い痛みが目の奥にじわりと広がる。
「どうでしょうか……?」
「目の奥に鈍痛がする……普段はこれくらいじゃ痛まないのに」
「疲れ目ですね……目の奥の筋肉の疲労によるものかと、思います……」
そう言いながら、春風の指が何かを探すように、俺の目の周りを這い回る。
やがて、ぴたりと目頭の辺りのある一点で止まり、そこを静かに、ゆっくりと指圧した。
じんわりと、指圧された点から鈍痛と共に快感のような何かが広がって行く。
優しく押して、数秒してから、静かに離す。
それを繰り返すたびに、じわじわと快感は広がっていった。
「疲れ目に効く……ツボだそうです……」
「あぁ……」
実際にツボというものが効くのかどうかは俺にはわからないが、ここまで気持ちいいのであれば効果の有無などどうでもいいほどに思えた。
効果が無くても、むしろ逆効果であったとしても、この快感には勝てない。
ツボを指圧されている事が快感を生むのか、春風の細い指が触れているからこその快感なのか、それも判断がつかなかった。
春風の指は、時には温もりを感じるほどに温かく、時にはひんやりと心地よい冷たさを与えてくれる。
そこに指圧による快感が加わって、俺はもう訳が分からなかった。
目頭のツボを押し終えると、今度は目尻の辺りのツボを指圧し始めた。
こめかみの間にある筋肉を優しく、くにくにと回しながらほぐしていく。
俺は思わず漏れ出る溜め息を堪える事ができなかった。
このまま時が止まってしまえばいいのにとさえ考えていたが、悲しい事に春風の指は俺の顔からそっと離れていった。
もう眠れそうだとも思ったが、案外瞼は軽く持ち上げられた。
これだけ眠くて、なお眠れないとなると、もはやちょっとした拷問のような状態だ。
春風はどこへ行ったかと考える前に、俺はいつものように大きく両腕を上げて伸びをした。
全身に倦怠感と快感が広がる。
なんだか、少し頭と肩が軽くなったような気がした。
これ以上は春風にも悪いので、俺も観念して寝床に戻ろうかと声をかけようとしたところで――。
「司令官様……お待たせいたしました。どうぞ、こちらへ……」
執務室に併設されている仮眠室の方から、春風の声がした。
ソファーから立ち上がると、全身に広がる驚くほどの気怠さに、思わずたたらを踏んでしまう。
それを見ていた春風が慌てて駆け寄ってきて、俺の体を支える。
「大丈夫ですか……? もう、眠ってしまいそうでしょうか……」
「う、うぅん……身体もだるくて物凄く眠いんだけど、目だけは冴えているというか……」
「そうですか……それでは、こちらにどうぞ……」
春風に手を引かれて仮眠室の中へ入ると、そこには俺がたまに徹夜する時に使用する煎餅布団が綺麗に敷かれていた。
まさか、と思わず乾いた喉を鳴らしてしまったが、春風の「次はお背中をほぐしますね」という言葉に、俺は一人で咳払いをして何かを誤魔化す。
背中という事なので、うつ伏せになる。そのまま枕に顔を埋めると息が出来なくなるので、顔だけ横を向いた。
春風は俺の胴体の隣に正座をして何やら背中の筋肉に触れていたが、何となく迷いのようなものが感じられた。
おそらく、隣からでは思うようにほぐしにくいのだろう。
目を瞑ったままで、俺は春風に寝ぼけたような声をかける。
「やりにくいなら無理しないで、傘の先端で突くとか、いつものブーツ履いてヒールで踏んでくれてもいいぞ……」
「い、いえ……ですからそのような事は……いたしません。失礼ですが、司令官様の腰を跨いでもよろしいでしょうか……?」
「任せる……」
布団に横になっただけで眠気が倍増したような気がする。これなら、眠れるかも……。
何も深く考えずに答え、「失礼いたします」と春風の静かな声が耳に届く。
やがて、背中の筋肉に春風の指がまっすぐに沈み込み、腰の方へ、そして首の方へと往復しながらほぐしていく。
ソファにもたれていた先ほどの格好では届かなかった部位がほぐされ、俺の身体中を再び快感が走り回った。
うつ伏せに寝そべった今の状態の方が、より脱力できているからかもしれないが、リラックス度が半端無い……。
目を瞑ったまま考えるに、春風はその言葉通り、俺の腰の辺りを跨いで膝立ちをした状態のようだ。
春風の指が沈み込む方向からも、それが正解である事は自明の理なのだが、何故かその姿が想像できない。
その理由はすぐにわかった。俺の腰を跨ぐほどに春風が足を開いている姿というものを見た事が無いからだ。
神風型の中でも特にそういった所作が慎ましくて、美しくて――それが、俺が春風に特別惹かれてしまう要因のひとつなのだと思う。
そう考えてみれば、今の春風の姿はかなりレアなのではないか。
俺はこの瞬間、眠気よりも好奇心に負けてしまい、こっそりと薄目を開けて視線を後方に向けてみる。
しかし、見えない。今の姿勢だと、どうしても視界がそこまで届かないようだ。
それでも何とか見えないだろうかと必死に目をきょろきょろさせていた俺であったが、失念していた事があった。
俺を上から見下ろす形になる春風からは、俺の異常な目の動きも丸見えであるという事だ。
「あの……司令官様……? その、とても、恥ずかしいので……できましたら、おやめ下さい……」
「……あ、いや……ごめん……」
「いえ……申し訳ありません……ただ、はしたない格好ですので、とても見せられるような、その……」
「……すまん、本当にすまん……」
こんな深夜に善意でマッサージしてくれている春風に、とても失礼な事をしてしまった。
足を開いて膝立ちをしているだけの姿ではあるが、春風にとってははしたない格好をしてくれているのも、俺のためだ。
見られていなくとも恥ずかしいだろうに、俺は下心からなんて事を……。一気に罪悪感に襲われて、俺は目を閉じてそれ以上何も言わなかった。
「……あっ」
春風が何かに気付いたかのように、小さく声を漏らした。
何だ。一体何が……しかしこれ以上声をかけたり目を開けたりするのは申し訳無かったので、俺は聞こえなかったかのように、何も反応しなかった。
背中を揉みほぐされている内に眠りに落ちてしまいたいと思ったが、残念ながら背中の按摩を終えて春風がその場を離れても、俺の意識はあと一息のところで踏ん張ってしまっている。
だが、脱力しきった体中を包む快感と満足感。このまま明かりを消してもらえば、このまま気持ちよく夢の世界に向かえるだろう……。
どこかから何かの物音。戸棚……? 春風が何かを探しているのか……?
水音も聞こえるような……お茶でも淹れているのか……いや、しかし今の俺を起こしてまで……自分用……?
もはや眠りに落ちてしまうのも時間の問題であった俺の頭では、思考がうまく纏まらない。
俺はもう何も考えずに、ただ目を瞑ったまま、その場で指一本動かせずに伏していた。
「――司令官様、司令官様……?」
枕に顔半分を埋めている俺の目の前から、静かで優しい声が届く。
薄目を開けると、春風が正座をして俺を見下ろしていた。
ただ、それだけではなく、その傍らには――先ほど準備していたのであろう、お盆にティッシュペーパーやらタオル……いや、おしぼり? が乗せられたようなものが置かれている。
俺が内心首を傾げていると、春風は静かに微笑んで口を開いた。
「司令官様……せっかくの機会ですので……耳かきを致しましょう」
眠気も相まって訳がわからなかった。
何で急にそんな事を、と思ったが、心当たりがひとつ。
先ほどの、春風の何かに気付いたかのような声。
俺の目の動きに気付いた後、すぐ隣の耳に目が行ったのだろうか。
確かに最近は全然耳かきなんてしていないが……。
俺は瞬時に眠気が覚めるほどの恥ずかしさに包まれてしまう。
よりによって、俺が特別惹かれている春風に見られてしまうとは……。
「……もしかして、結構汚かったか」
「い、いえ……その、汚いだなんて……ただ、その、失礼ですが、司令官様は、お忙しいから……あまりお手入れをなさっていないのだと、思います……」
オブラートに包んでくれたが、要するに見ていられない有り様だという事だ。
清潔感には気を遣っていたつもりだったが、そこは盲点だった……これは寝ている場合ではない。
明日の執務に入る前までに対処せねば、他の艦娘達にも悪いし、恥ずかしい。
俺が体を起こそうとすると、春風が慌てた様子でそっと手を添える。
そのままで、という事らしい。
情けない事に、俺はそれに抗う事ができずに再び元の格好に戻ってしまう。体に力が入らない……。
「すまん、見苦しいものを……いや、それは自分で出来るから大丈夫だ」
「……ご迷惑だったでしょうか……」
だからそれはずるいと思う。
そんな心からしょんぼりとした表情を浮かべられては、こっちが恥ずかしがって意地を張っているのが情けなくなってしまう。
「だから迷惑なんかじゃない。ただ、こんな時間に耳かきまでして貰うなんて、流石に悪いと思って……」
「その、神風お姉様にも、わたくしが耳かきをして差し上げるのですが……いつもその最中に寝てしまうんです。春風の耳かきは気持ちいいから、我慢できないのだと……ふふっ、褒めて頂けます。もしかしたら、司令官様も眠れるのではないかと……」
「なんだなんだ。神風は春風にいつもマッサージしてもらって、耳かきしてもらって、トイレにもついて来てもらってるのか。贅沢な奴だな」
「あ、あの……お手洗いの事は、忘れて下さい……それで、いかがでしょうか……? ご迷惑でなければ、是非……」
もはや退路は塞がれていた。
ここまで言われて断る方が春風に悪いし、今まで耳の手入れを怠って見苦しいものを艦娘達に見せてしまっていたかもしれない事は立派な罪であろう。
ならば不本意な事ではあるが、春風の膝枕で耳かきをしてもらうというのは罰なのであろう。
どう考えてもご褒美でしかないのだが……。
俺は観念して、伏せたままの体勢で春風に小さく頭を下げるように目を瞑った。
「苦労をかけてばかりで申し訳ない……お願いしてもいいだろうか」
「はい……喜んで……。それでは、わたくしの膝の上に、頭を乗せて頂いても、いいでしょうか……」
春風は安心したかのように小さく微笑みながら、ぽんぽんと優しく膝の上を叩く。
枕をどかして、脱力しきった全身の力を振り絞って頭を持ち上げると、春風が頭の後ろから膝を滑りこませた。
頭の高さから推測するに、正座ではなく足が重ならないように崩したような形になっているようだ。
春風の方を向かないように頭を乗せると、自然と左の耳が上側となる。
頭の右側から感じる心地よい弾力と、適度な柔らかさ。
目を閉じると、もうそのまま寝入ってしまいそうだ。
「それでは、始めさせて、頂きます……」
春風が優しく俺の髪を撫でた後、左耳にひんやりと湿った布のような感触が当てられた。
「……まずは、濡らしたおしぼりで、お耳の周りを、綺麗にしていきます……」
お盆の上に準備されていたものらしい、濡れおしぼりで、俺の耳の周りを拭いていく。
耳介の複雑な形をなぞるように、耳たぶ、耳の裏、隅々まで、丁寧に濡れおしぼりが滑っていく。
おしぼり越しに感じる春風の指の感覚が、どこか心地よい。
耳の穴のすぐ近くだからだろう、擦る度にぎゅっぎゅっ、と何とも言えない音が耳の中へと広がっていく。
お世辞にも美しいとは言えない音であったが、それが心地よかったのは何故だろうか。
まだ本番にも入っていないというのに、もうこれだけでも十分に気持ち良かった。
そう言えば、風呂に入る際に頭はしっかりと洗うし、臭いの原因になるらしい耳の裏も念入りに洗ってはいるが、耳介の内側をここまで丁寧に洗った事はなかったかもしれない。
そんなところを見られ、綺麗にされているという事は恥ずかしかったが、経験した事のない心地良さの前ではどうでもよかった。
「……お耳の周りにも、たくさんのツボがあるらしいですね……わたくしは、詳しくありませんので、不用意に押す事はできませんけれど……足ツボなら、心得があるのですが……」
「足ツボは……痛そうだな……」
「ふふっ……それほど、痛くはないはずですよ……? たまに、神風お姉様は、悲鳴を上げてしまいますけれど……ふふ。耳かきが終わったら……お試しになりますか……?」
「い、いや、目が覚めてしまいそうだから……」
「あ……そうですね……それでは、またの機会に、是非……」
耳に触れられながらだからであろうか。春風の声がより一層、深く染み渡るような気がする……。
すでにうとうとと舟を漕ぎ始めた俺の耳から、濡れおしぼりが離れていく。
「……それでは、お耳の中を、綺麗にしていきます……痛かったら、仰って下さいね……?」
「……あぁ……」
春風の声に、俺はもう返事なのか寝言なのか曖昧な声を返すので精一杯だった。
耳の中に異物が入る気配。時折、耳の穴の壁に触れて、ひんやりとしたくすぐったさを感じる。
耳かきの先端であろう。
自分で耳かきをする時は耳の中の感覚だけで行わねばならないからもどかしいところだが、春風からすれば文字通り一目瞭然。
目標がどこにあるかが視認できるわけだから、耳かきを自分でせずに他人に任せるというのは、実は理にかなっているのだろう。
大人になってからは恥ずかしくてなかなかできないものだが……。
「……そんなに、頑固に張り付いたりは、していなさそうです……大きめのものから、お掃除していきますね……」
耳かきの先端の感触と、いきなり現れた強烈な異物感。
耳かきが触れた事で認識できたのだろう。今までそこにあったという事が信じられないほどの違和感に襲われる。
痒い、痒い……! 汚いけれど、今すぐ小指を突っ込んでしまいたい。
瞬間――耳の奥に、鈍いような鋭いような、形容できない音が響く。
何かが剥がれた。
それに伴い、一瞬の僅かな痛み、そして掻痒感は瞬く間に強烈な快感へと形を変え、頭の中へと広がっていった。
先ほどまでのマッサージの、凝っている部位に指を沈みこませた瞬間に生じた快感よりも、何倍も響く。
脳に近いからか……それとも、普段触れる事の無い敏感な場所だからか……。
いずれにせよ、痛みも感じやすい部位ではあるが、春風の指先が奏でる丁寧な処置には、快感しか伴わなかった。
耳かきが外へと出て行き、異物感も消失する。
先ほどまで意識もしていなかったというのに、何故だか空気の通りが良くなったかのような、妙な爽快感のようなものを確かに感じた。
続いて、再び耳かきが穴の中に侵入し――違和感、掻痒感、そして快感……先ほどの繰り返しだ。
俺はもう底無し沼に嵌まってしまったかのように、春風の太ももにだらしなく頬を沈みこませてしまっていた。
あまりの快感に全身は脱力しきっており、もはや指一本すら動かせる気がしない。
「……はい。左耳は、綺麗になりました……たくさん、取れましたよ……」
瞼を開ける事すら重労働に感じるほどだったが、俺は何とか唇だけを動かす。
「……なんだか、嬉しそうだな……」
「ふふ……はい。わたくし、師走の大掃除も大好きなんです。気持ちいいですよね。それと同じで……おかしい、でしょうか……?」
「……いや……だが、なんとなく恥ずかしいから……あまり見ないでほしい……」
「まぁ……それでは、先ほどのお返しに……なってしまいましたね……ふふ」
俺が先ほど、春風が足を開いた姿を見ようとしていた事を言っているのだろう。
春風もそういう冗談を言うんだな、という意外な一面を垣間見た事で、俺は何故か嬉しくなってしまった。
それと同時に、今夜はもう春風に逆らえないな、という気持ちと共に、まるで堤防が決壊したかのように、一気に睡魔が溢れ出す。
襲い来る眠気の濁流に、俺の意識は瞬く間に沼の中に沈み込んでいった。
「……司令官様、次は、右耳を……お顔を、こちらに向けて下さいますか……」
すっかり綺麗にされてしまった左耳に、真綿が水を吸うように、春風の声が静かに染み入る。
俺の頭はもはや思考も何もできず、反射するようにそれに従った――ような気がする。
左を向いていた顔を、首に力を入れて、何とか動かして右向きにして――。
今度は左頬に感じる、春風の太ももの柔らかな感触。
先ほどまでは気にならなかった、鼻腔をくすぐる暖かな香り。
何だろう……まるで陽だまりのような、春のような――鼻先に何か……。
瞼を開いてそれを確かめる前に、耳介を丁寧に擦り上げる濡れおしぼりの爽やかな感触。
右耳に感じるひんやりとした感覚、異物感、掻痒感、快感――。
一定のリズムで、まるで子守歌のように語り掛けられる、春風の声――。
それ以上、俺は何も考える事もできず、瞼を開く事もできず、意識は完全に沼の中へ――。
――はい、司令官様……右耳も、綺麗になりましたよ……
…………
――司令官様……春風が見た夢を聞いて下さいますか……? わたくし、怪我をしてしまって……それでね……?
…………
――司令官様……? 寝てしまったの……?
…………
――……司令官様……わたくし、幸せです……ずっと、もし、この体が動かなくなっても……ずっと……皆さんを護っていきたい……
…………
――ずっと……ずっと……
…………
――……司令官様、お疲れみたい。毛布をかけて差し上げよう……おやすみなさい……
「――朝だー! 朝です! 朝の風ってほんっと気持ちいいー!」
「んぁ⁉」
騒々しさと肌寒さに身震いしながら跳ねるように身体を起こす。
寝ぼけ眼を擦りながら周りを見渡すと、全開にされた窓の前で、朝風が満足そうに伸びをしていた。
そう言えば、今日の秘書艦は朝風だったか……。
総員起こしの時間は通常マルロクマルマルであるにも関わらず、朝風は朝が好きなので、秘書艦の際には俺だけマルゴーマルマルに起こしにくるのだ。
とりあえず寒いので窓を閉めるように指示すると、朝風はあからさまに不満げな表情で肩をすくめた。
「はぁ……わかってないよねー、うちの司令官は! それより、何でこんなところで寝てんのよ。部屋にいなかったからちょっと驚いちゃったじゃない」
「いや、ちょっとな……春風は?」
何気なく口にしてしまったが、別に問うまでも無いことかと思い直した。
昨夜の記憶を辿ると、耳かきの途中で寝落ちしてしまったところまで思い出せる。
今の自分を見るに、おそらく毛布をかけてくれてから、自室へと戻ってくれたのだろう。
遅くまで付き合わせてしまったから、今日はゆっくりと休んでほしいものだが……。
そんな事を考えつつ、朝風から「まだ部屋で寝てるわよ」だとか返答があるのを待っていると――。
「司令官様。春風を、お呼びになりましたか……?」
執務室と繋がる扉から、春風が静かに姿を現した。
赤いリボンに、きちんと整えられた特徴的な巻き髪。
春風に良く似合う桜色の装束に、花びらがあしらわれた紅色の袴。
ハイカラなブーツに、和傘……は持っていなかったが。
俺が思い描く普段の春風そのものの姿で、昨夜のそれと同一人物だったのか、それとも夢だったのかさえ曖昧になってくる。
昨夜の夢のような時間は、それこそ夢か
「あら? 春風おはよ。早いわね。アンタは秘書艦、昨日だったでしょ」
「朝風さん、おはようございます。いえ、その……いい、朝だったので……」
「わかるー! 朝は本当にいいよねー! あ、私、麦飯たーんと炊いてくるから! 司令官も春風を見習ってシャキッとしなさいよね!」
朝っぱらから全開のハイテンションで、朝風は執務室から出て行ってしまった。
この元気が夜まで持てばいいのだが……おそらく今回も持たないであろう。
仮眠室に残された俺と春風の間に、妙な沈黙が流れる。
「……あの、おはよう、春風」
「はい、司令官様。おはようございます……」
「昨晩は、その……ありがとう。おかげで、よく眠れた……春風のおかげだ」
「わたくしが……? 本当ですか……? ありがとうございます……嬉しいです……!」
何故か春風の方が嬉しそうで、逆にお礼を言われてしまった。
何だか申し訳ないやら嬉しいやらで、俺は誤魔化すように妙な事を口走ってしまう。
「いや、本当に……後で神風と語り合おうかな。春風のマッサージと耳かきの素晴らしさについて……」
「あ、その事なのですが……」
俺の言葉を聞いて、春風は思い出したかのように言葉を続けた。
「その、昨夜の事は、神風お姉様たち……特に、朝風さんには、内密にお願いいたします……」
「え? なんで……」
「おそらく……司令官様も、わたくしも、叱られてしまいますので……ふふ、今回は、二人だけの秘密という事で、いかがでしょうか……?」
春風はそう言って、申し訳なさそうに微笑みながら唇に人差し指を当てた。
もしかして、それを言うためにわざわざ早く起きてきたのだろうか。
身だしなみも完璧に整えて……。
叱られるのが嫌で秘密にする、という、良くも悪くも子供っぽいというか、歳相応というか、またもや春風の意外な一面を発見した。
いや、歳相応と言っても見た目通りなのか、それとも大正の頃の感覚なのか……いや、深く考えるのはやめておこう。
神風はその辺の話になると頬を膨らましてしまうし……。
ともかく、叱られるのに俺が巻き込まれるのが嫌なだけか、または、叱られるのが嫌というより単純に知られたくないだけなのか。
確かに昨夜の事が知られてしまったら、神風と朝風はしつこく追及してきそうだし、松風は軽くからかってきそうだが、旗風は本気で心配しそうだ。
「まぁ、そうだな……後ろめたい事は何もないけれど、その方がいいかもな」
「ふふ……ありがとうございます」
どちらからとも言わず、気が付けば自然に二人並んで、白み始めた窓の外に目をやっていた。
やがて水平線から、少しずつ太陽が顔を出す。
「――司令官様。ほら、朝日があんなに綺麗……いつの季節も、夜明けはいいものですね……」
「あぁ。この景色……俺達が、守らなきゃな……そのために、まずは目の前の欧州作戦。そして近海の海上護衛も大切だ。昨日遅かったのに悪いが……頑張ってくれるか?」
「はい、海上護衛はお任せ下さいませ……」
普段見慣れたはずの朝日をまるで初めて見たかのように見惚れてしまっていた俺に、春風が静かに言葉を続けた。
「司令官様……」
「ん?」
春風の右手が遠慮がちに、俺の左手に触れた。
見れば、春風もまた、俺の顔を見上げている。
その頬にほのかに朱が差しているように見えたのは、水平線から顔を出した朝日のせいかもしれない。
それはまるで、舞い散る桜の花びらのような儚さと。
木陰に差し込んだ陽だまりのような暖かさと
芽吹いたばかりの新芽のような柔らかさを全て溶け合わせたような微笑みを浮かべながら、春風は言ったのだった。
「最後まで……お支えいたします」
俺はもう湧き上がってきた涙やら何やらで色々と我慢ならなくなって、ついには思わず春風を抱きしめてしまった。
春風の表情はわからなかったが、どうやら泣いてしまっていたようで、それでも俺の胸に顔を埋めながら、しっかりと抱きしめ返してきた。
その瞬間を、実は俺と春風の様子を怪しんでおり密かに様子を
ここまで読んでいただきありがとうございました。春風に限定グラ下さい。
ここから↓は最近の艦これに関しての私の思いを勢いのままに吐き出しただけであり、読後の余韻を台無しにする可能性がありますので、読み飛ばして頂いて結構です。
はじめまして。
私は鹿屋にて弱小鎮守府を営んでおります、しがない春風嫁提督の端くれです。
リアルでのイベントに参加しにくい生活環境にある私が、日々の艦これの中で楽しみにしていること。
それは年に四回のイベントでの新艦との出会い。
改二の実装。
そして何より、季節ごとの限定グラです。
限定グラの何が魅力か語ると長くなるのですが、一番はすでに実装されている艦娘の新たな表情が公式に確定するということにあると思います。
たとえばまるゆのクリスマスグラは、通常グラだけだと弱気なイメージしか抱けなかったまるゆの満面の笑みを目にする事ができます。
伊8のクリスマスグラは、普段スク水のイメージしかないはっちゃんの私服と、中破での表情に衝撃を受けました。
鹿島のクリスマスグラはなんであんなにエロいんでしょうね。
神風のバレンタイングラは、作ってしまった特製チョコケーキが丸太サイズであるという事実に衝撃を受けた提督は少なくなかったと思います。
大和の私服グラ実装の際には、私も思わず大型艦建造不可避でした。
浜風の浴衣グラの食いしん坊っぷりに、巨乳キャラ以外の可能性を見出せた方は多いはずです。
朝潮のハロウィングラや霞の水着グラに正気を失い奇声を発した提督は少なくないでしょう。私もです。
鹿島の三越グラはなんであんなにエロいんでしょうね。
その他多くの魅力的な季節限定グラが実装されていますが、二万文字しか書けない後書き欄ではとても語り切れないので割愛します。
しかしながら悲しい事に、ここ最近、季節限定グラの実装が少なくなっているように感じます。
頻度はそうでもないのかもしれませんが、実感として、ちょっとイラストレーター様による担当キャラクターが偏っているようには思います。
リアルでのイベントでの新規絵も同様です。
仕事を依頼するスケジュール等様々な事情があると理解はできるのですが……悲しい……!
もちろん、新たに新規絵が実装されているキャラクターに不満があるというわけではありません。
どのキャラクターの新規絵も、とても嬉しく眺めています。
ただ、贅沢なのはわかりますが嫁の新規絵も欲しい……!
鰯祭りの際には鰯団子繋がりで春風と川内に鰯グラなんていかがでしょうか。
限定グラはそのキャラクターに、より一層の深みを与えてくれるものだと思います。
そういう意味で、公式カレンダーはとても素晴らしいものです。
まだ限定グラの実装されていない春風ですが、今まで公式カレンダーにて贅沢なことに二回も出番を頂いているのです。
特筆すべきは2017年8月。
なんとあの春風が水着を着ているのです。
本人自ら、最近の水着は破廉恥ではないかと言っていた、その水着を身に着けている姿に衝撃を受けた春風嫁提督は少なくないと思います。私もです。
艦これカレンダーも毎年の楽しみです。
改二の実装を楽しみにしているのも、私的には性能の強化を心待ちにしているというよりは、既存の艦娘が新たな表情を見せてくれる事が楽しみといった感じです。
加賀さんの改二もとても楽しみですね。流石に気分が高揚します。
無理にこれ以上の強化はいりません。改二も調整も必要ありません。
ただ、限定グラが欲しい。
リアルイベントでの新規絵が欲しい。
嫁艦の新しい表情が見たい。
新しい中破絵が見たい。
春風に限らず、嫁艦に関してこう思っている提督は私だけではないと思います。
無駄に長くなってしまいましたが、最後にまとめると私がこのお話を衝動的に執筆したのは、要するにもっと春風の薄い本が増えてほしいという純粋な願いからです。
というわけで運営の皆様、春風に限定グラ下さい。
いえ、春風に限らず、季節限定グラの実装艦と頻度を増やして下さい。
ちなみにリアルでの諸事情により「ラストダンスは終わらない」の更新が遅れております。大変申し訳ありませんがもう少々お待ち下さいと知り合いの紳士が言ってましたので、気長にお待ち頂けますと幸いです。