ファイアーエムブレム 聖戦の系譜 〜 氷雪の融解者(上巻)   作:Edward

51 / 107
アグストリアの撤退戦と銘打ち、この話から新章を始めさせていただきます。
原作では獅子王エルトシャンになります、よろしくお願い致します。




五章 アグストリア編(撤退戦)
シルベール


さらに季節が進み晩夏となった頃、嵐の前の静けさのようなアグストリアに激震が走る事となる。

 

クルト王子とマリクル王子の殺害、そして殺害の関与にバイロンとリングによる王家簒奪を狙ったとの報がシグルドの元に入るのであった。

詳しい報告によると、バイロンはイザークの傀儡の王としてその座を密かに狙いリングと共に凶行に走ったというのだ。

リングがバイゲリッターを使い会見場所を襲う直前にアンドレイによりその計画を看破し、父親であるリングを止むを得ず倒したとの事であった。

 

ランゴバルドとレプトールは会見場所に急いだがクルト王子とマリクル王子は殺害されていたと報じられた。

すぐに両名はバイロンの行方を追い、グリューンリッターをガネーシャ付近で接触して壊滅したそうである。バイロンは打ち取れず、彼は更に奥地へと逃げんだそうであった。

 

 

「馬鹿な!父上があるそのような事をする訳がない!そんな事をして得をする事など一つもない。」

 

「はい、明らかにこれは仕組まれた事による物は明白です。アズムール王ならば判ってくれる筈です。」シグルドの嘆きにオイフェは落胆しないようにするが、カルトの分析してでは楽観できるものではなかった。

 

「シグルド公子、すぐにシレジアに亡命するんだ。」

 

「えっ!どういう事ですか?シグルド様の身に何か良からぬ事があるというのですか?」カルトの提案にオイフェの方が受け答える、シグルドはまだその事実を受け止めきれていないのであろうオイフェよりも反応がにぶくなっていた。

 

「大有りだ、このままではシグルド公子まで疑いをかけるだろう。何せこちらにはレンスターのキュアン王子がいるしアグストリアとは敵対状態とは言え、エルトシャン王に変わってから対話路線を続けていた。結託している可能性を示唆されているだろう。

それにクルト王子が亡くなられてしまったのなら、宮廷内の権力も以前の物になる。

クルト王子が実権を握っていた時はバイロン公がその恩恵を受けていたが、今は軍部をランゴバルド公で執政はレプトール公が握っている。恐らくこれに異を唱えられる者はいないだろう。」

 

「そ、そんな・・・。」オイフェの愕然とした表情にカルトも唇を噛んでしまう。

彼はまだ若い、宮廷内の事情に疎いのは当然であるがそれを読み切るカルトは自身に嫌気がさしてしまう。

 

「亡命とは・・・、奴らのいいようにされるくらいなら正面から戦って無実を証明してみせる。」シグルドの目の輝きは鈍っていない、この状況でも戦意を衰えない彼の精神力にカルトは安心するのであった。

 

「勝てない相手に突撃する事は無駄死ににしかならない、奴らはイザークでこの2年間戦い続けてきた猛者ばかりだ。

こちらは指揮系統も怪しい混成部隊で切り抜けられる程甘い相手ではないし敵将は聖遺物を持つ聖戦士だ、こちらに勝てる火力はない。」

 

「そうだシグルド、ここでまともに戦っても負けるだけだ。死んでしまえば弁明する機会も失うぞ。」キュアンもシグルドを窘めてくれている、寄り添うようにいるエスリンはバイロンの身の心配で顔面が蒼白となっていた。

 

「・・・ここから北のマディノまで行き、シレジアの船をそこまで出してくれるようにレヴィンに伝心する。

そこから海路でシレジアに亡命するんだ、シレジアからイザークはリューベックを東に進めば辿り着ける。そこまでいけばバイロン公と出会う事ができる可能性も出てくるんだ、まだまだこちらに打てる手は出てくるさ。

みんなもう一人ではない。愛する子供達の為にも、今はその溜飲を飲み込み行動する時だ。」最後の一言が皆の気持ちを吹っ切らせる。愛する相方を、そして子達の為に・・・今は己を殺して行動する事の意味を見出したのである。

 

「シグルド様、確かに方法はそれしかありません。まだランゴバルド卿やレプトール卿が動く前に行動するべきかもしれません。・・・それに、この事実を知ったエルトシャン王の行動も気掛かりです。」

 

「よしてくれ、エルトシャンがそのような姑息な手を使う男ではない。きっと彼ならわかってくれる筈だ。」

 

「シグルド様・・・。」オイフェがシグルドを案じている時に、謁見の間に騒然が走る。

 

血だらけの老年の騎士が、謁見を求めて入室したのである。エーディンの回復する時間も惜しかったのか、手当を受けながらの来訪である。

 

「フィ、フィラート卿ではありませんか!如何されたのですか?酷い怪我を!」シグルドはその身を起こして問いかける、フィラートはこちらに来るまでに矢を射かけられたのか数本の矢がまだ刺さり息も絶え絶えである。

 

「シグルド公子、彼の言う通り早く逃げなされ。

もうランゴバルド卿の軍がユン川を越えてくる、明後日もすればここまで来てしまうだろう。」

 

「なんだって!もうイザークからここまで来たというのか、早過ぎる・・・。」

 

「レプトール卿も遅れてこちらに向かってくる筈だ。

・・・シグルド公子、もうグランベル国内に穏健派はいなくなってしまった。アルヴィス卿ですら、この二人の勢力にアズムール陛下を御守りする事で精一杯の様子。

このままではイザーク、アグストリアですら彼らに制圧されてしまう。

儂はバイロン卿がいずれ軍部を担い、クルト王子が執政を自ら取ることを夢見ていたのだがこんな形で破れてしまうとは思いもよらぬ事であった。

残念でならない・・・。シグルド公子、貴方は私の次世代の希望だ・・・。逃げ延びて、グランベルをお願いします。。」

 

「わかりました。私に出来る限りの力を使って、あの二人のいいようにはさせません。ご安心して治療を受けて下さい。」

 

「ありがとう、シグルド公子。

最後に一つ・・・、ランゴバルド卿とレプトール卿はアグストリアにイザークのシャナン王子がいる事を突き止めている。それを理由にアグストリアにも圧力をかける企てをしている、エルトシャン王にその事をお伝えしてくだされ。」

 

「なんてことだ・・・。わかりました、後の事はお任せ下さい。」

 

「済まぬ、シグルド公子。」

フィラート卿はそのまま退室する、エーディンも付き添いしていくのであった。

 

「オイフェ、マディノまで行きたいがあの砦は如何なっている?」

 

「マディノは現在エルトシャン王が雇い入れた傭兵騎団と元アグスティ軍の騎士達・・・。それとイザークの方々が・・・。」

 

「わ、私!シルベールに行きましてお兄様にお話ししてきます。」ラケシスは顔色を変えて出立する準備に入る。

 

「フィン!レンスターの者なら問題ない筈だ、同行してくれ。」

 

「はい!」二人は謁見の間を早々に退室していく、事は迅速を要求する、各々できる事を思案し行動に移していくのである。

 

「ラケシス姫達が馬を飛ばせば2時間程で着くだろう。

エルトシャン王の許可が下りマディノの兵達をシルベールに撤退してくれれば、後は何とかなる。」カルトはその期待に祈りをこめる、もしラケシス達がその作戦に失敗すればマディノを強引に攻略しなければならなくなる。

ホリンやアイラ達と剣を交える事はどうしてもさけたい事情であった。

 

 

カルトの伝心にてレヴィンは早速船を手配する、カルトの指示するマディノへは早くて明後日となるのであった。

明後日、つまりランゴバルドとレプトールの軍が到着する日でもある、この時間差がどれほどで済むのかが問題となった。

またこの度の戦いは防衛戦となる、攻め込まれる戦いでは弱者となる女性と子供達の退路を確保しながらの戦いを展開しなければならない。カルトは今一度アグストリア周辺の地図を見続けて策を張り巡らせる。

 

「カルト様!お姉様より伝心が入りました。今姉上とクロード様がこの城に到着したそうです。」エスニャが嬉々とした声でカルトに話しかける。

 

「クロード様って、確かエッダの?」

 

「そうです、グランベル公国エッダの最高司祭様です。」

 

「すぐに行こう。」

カルトは自室より再び広間へ戻る、二人は既にシグルド達と対談しておりその輪に飛び込んだ。

 

「エスニャ、久し振りね!」

 

「お姉様こそ!元気でなりよりですわ。」

 

「子供も産まれたそうね、おめでとう!後で見せてね。」

 

「ティルテュ、今大切な話をしています。少し待ってもらえませんか?」クロードはティルテュとエスニャを窘めて再度シグルドに向き直る。

 

「では、私は真実を確かめに行ってきます。

ティルテュはどうしますか?ここで待っていてもいいんですよ。」

 

「私も行きます、クロード様だけでは賊に襲われた時どうにもならないでしょう?」ティルテュの提案にクロードは柔らかい笑みを送る。

 

「ではよろしくお願いしますね。ここからなら私も転移で行けますから、私に捕まってください。」クロードは早速転移魔法を使用して、マディノより更に北にあるブラギの塔へと旅立つのであった。

 

 

「エッダのクロード様が真実をブラギの塔で見定めてくださいましたらランゴバルド卿もレプトール卿もクロード様の話を聞き入れるしかないですね、事態が好転すればいいのですが・・・。」オイフェの提案にカルトはまたしても否定する。

 

「もし、その主犯格がランゴバルド公やレプトール公なら好転するだろうか?」カルトの言葉は酷く冷たく感じる、まだ夏の気候が残っているにも関わらずその言葉は冷たい風の様に胸の熱を奪う様であった。

 

「ま、まさか!グランベルの公爵家である人達が陛下を抹殺するなんて、それをシアルフィ家に押し付けるなど・・・・・・!」オイフェの頭の中にその言葉を当てはめると全てのピースが埋まるのである。

 

「そうだ、押し付けたからこそシグルド公子を公の世界から退出願っているのだろう。今なら傀儡の王を企んだ息子として処理できるからな。

フィラート卿の話であったアグストリアにも攻め込む口実ができ、イザークの王子を抹殺すればアグストリアも手に入れる事ができる。やる事が酷すぎる話だ!」カルトは机に拳を打ち込む、そのあまりの手際の良さにやつらだけの手腕とは思えなかった。

イザークの動乱からこのアグストリアの戦乱まで、ここまで壮大な計画を立てて来たと思われる暗黒教団の狙いが何なのか未だに全容がわからないカルトは苛立ちを隠す事はできず露わにしてしまう。

 

「とにかく、俺たちはこの場を離れなければならない。特に非戦闘員と子供達の避難ポイントを見つけなればまともに戦う事も出来ない。

オイフェ、済まないが俺が見つけた幾つかのポイントを考察してくれ。護衛をつけてそこに送りマディノに入場出来次第彼らを入場させる、くれぐれも敵が察知しにくい場所でマディノに近い場所を考えてくれ。」

 

「わかりました!」

 

「シグルド公子は全軍出発準備をしていてくれ、ラケシス姫の交渉が終わり次第マディノへ向かう。」

 

「レックス公子は先頭をお願いします。キュアン王子も先頭を、シアルフィ軍は殿を、中段に魔道士部隊と弓騎士部隊を集中させて下さい。

天馬部隊はその頭上で辺りの索敵をお願いします。」

カルトは次々と発案していき、誰一人彼の言葉に異論を挟む者は居なかった。彼の思考の早さにオイフェすらついていけない所まで到達していた。

シグルドはカルトの物事を読み切り、仮定がすべて断定に変わっていく彼の考察力はクルト王子の能力を継承している様に思えた。

彼の口調はクルト王子とはまったく違うが、まるでクルト王子が隣にいる様な錯覚を覚えてしまうのだった。

 

 

 

 

ジルベールに辿り着いたラケシスとフィンはばててへばっている騎馬に労いをそこそこに次は自身の足で城塞へ急ぐ、すぐにジルベールに駐留するクロスナイトに制止され二人はその場で尋問される。

ラケシスとわかり、彼女の必死さに衛兵はすぐにエルトシャンの元に通された。

 

エルトシャンは広間にはおらず私室で二人を招き入れたのであった。それは他者に聞かれる事を嫌ったエルトシャンの配慮だろう、彼は何かを予測している様にフィンは感じるのであった。

 

「ラケシス様、私は外で待機しましょうか?」フィンの言葉にラケシスは無言でフィンの手を探して握るのである。

彼女の顔には緊張がありありと浮かんでいる、兄に会う事に戸惑いがある?

いや、彼女は拒絶される事を恐れているんだ。フィンはそう判断し、彼女の手を握りなおす。

 

「ラケシス様大丈夫です、きっとあなたのお話を聞いてくださいます。」フィンは前に進む衛兵に聞こえない様にそっと話しかける、ラケシスは彼の顔を見るがフィンは既に無表情となり前を見据えていた。彼女はひとつ微笑むとフィンと同じ様に前を見据えて歩き出す、彼の温かい手が今はラケシスにとって希望になっていたのであった。

 

そしてひとつの部屋に衛兵は立ち、先に入室する。

程なく出てきた衛兵は二人を通してくれる。中は質素であるが、彼に必要最低限の物資と机が一つのみあるだけであった。

獅子王と呼ばれるエルトシャンは机より立ち上がり、二人を中央へと誘う。

 

「初めまして、私はレンスター軍フィンと申します。

今はラケシス様の護衛の任務にて同行させて頂きました。」

 

「護衛感謝する。ラケシスは私にとって唯一の妹、フィン殿をつけてくれたキュアンにも礼を頼む。」

 

「はっ!主人にお伝えします。

本日は大事な話がありましてラケシス様をお連れしました、積もる話がある様でありましたら別室にて待機させて頂きますが如何でしょうか?」

 

「問題ない、君も聞いてくれると助かる。さ、ラケシス何があった?私に聞かせてくれ。」その瞬間ラケシスから涙が溢れかえる、彼女は大事な一言を発したいのだが憂いの表情から溢れ出る物は言葉ではなく純粋な悲しみからくる涙しか出てこなかった。

エルトシャンはその唯一の妹を優しく抱きしめる。

 

「エルト兄様、私は!私は!!」ラケシスはまるで感情が決壊した堤防の様に泣き、兄を求めるのであった。

 

フィンもなぜが熱いものが頬を伝う、自分の何に感化されたのかわからないがその気持ちが胸が熱くなるのである。それはきっと若くして両親を亡くし、エルトシャンは若くして王となりその重責を一人に背負わせてしまっているラケシスをフィンは知っていた。

それでも兄に迷惑をかけている自分自身に後悔しつつも、兄はそれすらも包み込むその器に彼女は屈服してしまったのだろう。その二人の姿にフィンは涙を流したのであった。




冒頭ですが、かなりの心理的要因から始まる話になりました、神経を使う作成に少し次は時間がかかるかもしれません。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。