ファイアーエムブレム 聖戦の系譜 〜 氷雪の融解者(上巻)   作:Edward

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月光剣

「まさかカルトと剣を合わせる事があるとはな、嫌な世の中なものだ。」

ホリンは背中の大剣を抜き放つとカルトと対峙する。彼から放たれる闘気に間違いなく剣士の決意が五感に伝わり、本来剣士でもないカルトにも肌で感じとれる凄まじさであった。カルトも剣を握り直して構えを取る。

 

「ホリン、本気でこの方法が最善だと思っているのか?これこそロプト教団の思惑に嵌っていると感じないのか?」

 

「そうかもしれないな、俺は知らず知らずの内に奴らの蜘蛛の巣に迷い込み絡みとられた獲物と化しているのかも知れぬ。」それでも彼の所作は変わらない。一度二度を大剣を振りいつもの重さを確認する。

 

「ホリン、考え直せ!今ならまだ思い止まれる、俺と一緒に来るんだ。」

 

「カルト・・・、君の申し出には本当に感謝している。結果的にはこんな事になったが君が我らイザークの為に尽力してくれた事を生涯忘れない。

これからする事はイザーク、アグストリアとグランベルの問題だ、カルトの責任ではない。」

 

「ホリン・・・。不本意ではあるがお前が決めた事だ、剣で語りたいならその思いを受けよう。」ホリンは闘気をカルトは魔力を覆わせる。

 

魔力と闘気、それは相反する力であり二つを共有する事はできない。闘気は心の意思であり動の力である、それに対して魔力は精神力であり静の力・・・。

カルトが魔力を使用する限り精神は穏やかに研ぎ澄まさなければならない、心乱せば立ち所に集中させた魔力は霧散し発動しなくなる。

一方ホリンの使う闘気は心昂ぶらせる事で身体能力を上げ、鍛錬と経験により秘剣の様な一撃必殺の奥義にまで昇華する者が存在する。

 

以前知り合うきっかけとなったダーナの闘技場ではカルトに軍配が上がった、それは闘技場のフィールドが広い事が有利に働いた。今回のフィールドはあの時の4分の1にも満たない広さである、魔道士には向かない空間の狭さがこの度の決戦では不利となっていた。

しかしあれから2年足らずで剣の腕も磨き、魔法力は母親の力を受け継ぎ、能力を伸ばしてきた。対するホリンも剣の腕を伸ばし、発動不安定であった秘剣月光剣を随分と物にしている。

月光剣が発動すれば防御は不可能である。剣で受けても鎧で守っても全てを切り裂く最強の矛、ドラゴンの鱗ですらも切り裂いたその秘剣をまともに受ければ必死は確実である。

 

 

カルトは高めた魔力を打ち出す、右手を掲げて放つ風の魔力はホリンに突風となり襲いかかる。

ホリンは一足でその突風を交わすとすぐに切り返しカルトに向かう、カルトもすぐにバックステップしつつホリンの迫る剣に対応する。

ガキィ!

大剣をまともに受ければ白銀の剣といえども一気に砕かれてしまう、後ろに動きつつ受け流してから踏みとどまる。

カルトの動きにホリンはその上達具合につい笑みを零す、約2年前に指導した剣の腕がここまでの動きになるなどとは思っておらず嬉しく思ってしまったのだ。

 

「・・・?」

カルトはホリンのその表情に怪訝な顔をする、ホリンはすぐに真剣な表情に戻ると、受けた剣ごと筋力に言わせて振り抜いた。

吹き飛ばされたカルトは転がりつつ体勢を立て直して立ち上がる、ホリンは迫ってきており再び受ける姿勢をとった。

次は刺突であった、カルトは身を捩りつつ突き進む剣先を自身の剣で側面から当てて軌道を変えつつの回避を試みるが、ホリンの刺突は力強く軌道変更は出来ない。

身を捩る分でなんとか回避できたがそこからホリンの横薙ぎが襲い、胸元を斬られて鮮血が滲む。

カルトはそのまま後退する、傷は深くないのですぐさま回復を急いだ。ホリンはその回復を許しており、深追いする事は無かった。

 

「回復させる時間を与えてよかったのか?」

 

「ふっ・・・、誘っていただろう。あのまま深追いすればエルウインドを使っていた筈だ。」

 

「・・・。」回復を終えたカルトは再び剣を構えると、次はカルトからダッシュして距離を埋めていく。

 

ホリンはその場で体勢を固め反撃の準備に入る、ホリンの体から闘気が吹き出る事を感じたカルトは身体中に恐怖を感じ咄嗟に魔法に切り替える。

 

「ライトニング!」光の魔法を使用する。光魔法は雷系魔法と同様に回避が難しい魔法の一つ、ホリンは放出される大出力の光量を受け苦痛に表情が歪む。咄嗟にカルトへ走り出していたので大光量から逃れる事が出来たが闘気を貯めた月光剣は成立しなかった、カルトの剣により阻まれる。

 

「やはり月光剣を使おうとしていたか、あのまま飛び込んでいたらやばかったな。」

 

「見切られていたか・・・。」お互い手の内を知っている為に決定打を封殺され、攻めあぐねている状況に二人は硬直する。カルトは魔力を集中させればホリンが飛び込み、ホリンが闘気を放出させればカルトの魔法が繰り出される。

 

「ホリン、もう止めにしないか?これ以上やれば本当にどちらかが死ぬぞ。」

 

「カルトが本気を出せばそうなるさ。」

 

「・・・・・・。」

 

「さあカルト、君の全力を見せてくれ。俺はそれが見られれば悔いはない。」

 

「・・・・・・ホリン。」構えていた白銀の剣をだらりと落とし、ついには剣を捨てたのである。そしてゆっくりと歩き出す。

 

「どういうつもりだ。」

 

「ホリン・・・、お前の覚悟に俺も覚悟を決める事にしただけだ、月光剣を使ってみせろ。」

 

「なんだと!その意味がわかっているのか!」ホリンは激昂する、必殺剣である月光剣を剣を持たないカルトに使用してみせろと宣言したのだ。

 

「わかっているさ、その代わり瞬殺しろよ。もし殺せなかった時はお前が死ぬ事になる。」カルトは魔力を解放し始める、その膨大な魔力は嘘を言っているわけでは無いとホリンは判断し構えをとった。

カルトは命を賭けにホリンを信じる事にしたのだ、この様な死闘を強要するホリンにどこかで思いとどまって欲しいという願いを込めながらも、ホリンが向かって来る時は覚悟も決めて最大魔法を使える準備をしていたのだ。

 

 

 

ジリジリと間合いを詰めるホリン、いつの間にか試す側から試される立場に変わっていたホリンは大量の汗を流して葛藤へと変わっていった。死ぬ覚悟はとうにできている、しかし彼にはカルトを殺す覚悟はしていなかった。

もし、カルトがあのままの戦術で戦い続ければ彼が勝利していたであろう。カルトには回復手段があり、多彩な魔法と剣による防御能力で最後は自分が倒れると判断していた。

その戦術を捨て、カルトはホリンに必殺剣による先手を譲る事により精神的にホリンを追い詰める形となった。

いくらカルトが多彩な攻撃手段があるとはいえ、月光剣がまともに決まればどんな人でも全てを切り裂く、瞬殺などいとも簡単に出来るのである。だからこそホリンは悩み苦しむ事となった。

 

どれくらい時間が経ったのだろうか。本当に時間の感覚がなくなり、永遠の苦しみの様にホリンとカルトは硬直させる。二人は闘気と魔力を解放し続けている為、何処かで放たねば気力が尽きてしまう。

ホリンは再度剣を握り直し、吹き出る汗が床を濡らしながら葛藤を振り払う。

 

「いくぞ!カルト!!」ホリンは闘気を最大限に放出させると、間合いも一足先にいるカルトに斬りかかった。

闘気が剣に伝う。淡く、青白い剣閃がカルトを迫り切り裂いた。

ホリンの剣はカルトの右肩に入り床に撃ち込まれる、その威力に大剣は床に吸い込まれる様に深く突き刺さった。

 

カルトはその威力に後ろに吹き飛ばされるが足を踏ん張り、倒れ込む事を拒否する。

倒れれば意識を失い、失血死で絶命すると一瞬で判断したからである。

斬りつけられた瞬間、時間が止まっていた様な感覚から一気に時が動き出す。

カルトの右肩から一気に血液が吹き出した、彼の右腕は宙を舞っておりどさりと音を立てて落ちるのである。

 

「リザイア!!」カルトは涙と共に魔力を解放させた全開状態のリザイアを放つ。

 

ホリンの周囲から光が収束していきホリンの体力とカルトにある傷が共有されていく。そして共有された体力はカルトに流れ、ホリンに傷が移っていくのである。

 

「ぐああああ!!」ホリンは先ほどのカルトと同様に鮮血が迸る。右腕が綺麗に床に落ち、体力を奪われて膝をつくのであった。

カルトは床に落ちた右腕はふっとその場から消えるとカルトの右腕として元に戻りホリンの体力を根こそぎ奪い、無情にも無傷にまで回復するが失った血液までは戻ってこない、力がうまくはいらないが倒れたホリンに向かい歩き出す。

 

「ホリン!」床についた膝でさえ震えているホリンは、床に崩れ落ちそうになりカルトは支えようとするがホリンは制した。

再び気力で立ち上がると、ホリンは息を絶え絶えになりながらもカルトに語りかける。

 

「やはり、うまく決まらなかったか・・・。君に殺せと言っておきながら・・・、俺がこれでは・・・な。」

 

「もういい、喋るな!今すぐ回復を・・・。」

 

「いいんだ、俺は・・・覚悟を決めていた。」

 

「ホリン・・・。」

 

「カルト、君は俺にとって・・・。最高の親友だった。それは紛れもない、俺の真実の言葉だ。・・・こんな事をして、すまなかった。」

 

「・・・ああ!お前はどうしようもない馬鹿野郎だ!!もっと、もっとお前と親友で横にいて欲しかった!」カルトの叫びにホリンは再び笑顔を見せる。

 

「・・・すまないカルト、・・・さらばだ。」

ホリンはふっと目を閉じていき、そのまま前のめりで倒れる。カルトは走り寄り、ホリンの名を叫び続けるのであった。

その慟哭に近い叫びはマディノ城前にいる者達にも届くほどであったと、そして広間中央に深く突き刺さった白銀の大剣はそれ以降誰も引き抜く事が出来ない剣として後世に伝えられていくのであった。

 

 

 

 

落ち着きを取り戻したカルトはホリンの亡骸を丁重に広場の端にシーツをかけていた。感情を吐き出し続けたカルトの表情には精彩を欠き、疲労がありありと伺えるものであった。

 

「カルトと言ったか?やはりお前は奴を殺れる程の男であったんだな。」振り返ると傭兵風の男が立っていた、ホリンとよく似たその金髪に装備で少し狼狽えてしまう。

 

「俺はベオウルフ、ホリンからお前の事は聞いている。」

 

「何の用だ?」

 

「俺がシャナンとアイラを預かっている、ついてこい。」ベオウルフと名乗る男はそのまま広場を後にする、カルトも黙って付いて行くことにする。

 

「ホリンとはこの一年で知り合ったんだが、奴はいい男だった。アイラとよろしくやって、子が産まれて、順風だったのにな。」

 

「ああ・・・。」

 

「国という固定観念の無い傭兵の俺には理解がし難いが、守る物があるというのはここまで人に覚悟を植え付ける物でもあるのだな。」

 

「・・・ホリンは何より国の事を、シャナン王子の事を、アイラ王女の事を案じていた。

今回もエルトシャン王を慮り、シャナン王子を逃す為の事だ。グランベルにアグストリアを責め口を無くす為に命を賭け、シャナン王子達の追走を惑わせたんだろう。」

 

「なるほどなあ、俺もあんた達と一緒にシレジアに逃げればなんとかなると言ったんだがホリンは拒絶していた。

奴が言うにはお前に迷惑を掛けるのは今よりも辛いと言っていた。」

 

「ばかやろう・・・。最後の最後に隠し事しやがって、俺に迷惑をかけたくないなんて言ってなかったぞ。」

 

「それも、奴のいいところなんだろうな。」

 

「ああ・・・。」

 

二人は上階のある一室にアイラとシャナン、そしてホリンの遺児となった双子の兄妹が軟禁されていた。ベオウルフはホリンにそう頼まれていたらしく、鍵を開けると憔悴したアイラが出てくるのであった。

 

「カルト殿、ホリンはやはり・・・。」

 

「すまない、避ける事が出来なかった。ホリンを殺したのは俺だ、アイラの手で裁いて欲しい。」両膝をつき、白銀の剣をアイラの前に置くとカルトは首を落として目を閉じる。

 

「お、おい!」ベオウルフは突然の処刑宣言に驚きを隠せない、アイラはその剣を拾い上げてカルトを見据える。

 

「カルト殿」アイラも膝をつき、カルトの上体をすくい上げ目を合わせる高さにする。

イザーク女性特有の黒目がカルトの心を射抜き、そして乾いた音が回廊にこだまする。

 

「カルト殿、ホリンの意思を継いで生きてくれ。ホリンはシャナンを、この子達を救ってくれると信じて逝ったんだ。命の投げ捨ては許さないぞ!これが私の、私の裁きだ。」そう言ってカルトの胸に飛び込む、彼女もまた涙を流してぶつけようのないやるせなさをカルトの胸で吐き出し続けるのであった。

 

 

 

 

「なにい、アグスティは蛻の殻だと!」ランゴバルド率いるグラオリッターはとうとう予定通り翌日の夜に入場する事となった、しかしシアルフィの混成部隊はすでにマディノに拠点を移しており彼らをさらに追撃する必要があった。配下の一人が報告しランゴバルドは激昂する。

 

「はっ!情報によるとさらにこの先にあるマディノへ向かったそうです。

それに・・・、カルトと名乗るシレジアの男が説明をしたいとこの城に駐留しており、面会を求めております。」

 

「ふん!儂がそんな小国の小童に会わねばならぬのだ、そいつを締め上げて吐かせろ。」

 

「そ、それが・・・。」ランゴバルドの命令に配下の者は歯切れの悪く、言葉を濁している。

 

「どうしたというのだ、はっきり申せ!」

 

「はい、それがそのカルトという者が陛下の血筋の者と名乗るのです。」

 

「なんだと、そんな訳がない!でまかせに決まっている!」

 

「し、しかしその者の持つ魔道書は確かにバーハラ王家の刻印があります。私達では手に負える内容ではございませんのでランゴバルド様に判断していただきたいのです。」

 

「わかった!案内せい!!」明らかにランゴバルドは不機嫌である。彼はイザークでクルト王子を、この手で確かに殺めたのであった。

主君に背く、あのような思いは二度としたくないと思っての凶行を、また再び行わなければならないとなると怒りよりもやるせなさが滲み出てくるのである。

 

彼は早足で大勢の来賓を収容できる大広間へなだれ込む、そこには話に聞くシレジアのカルトがこちらを睨みつけんばかりの視線を送ると立ち上がり一礼をするのである。

そして額のサークレットを外し、彼に向き直る。

 

「・・・確かに、その額の聖痕は・・・。」

 

「俺はシレジア育ちだが祖母がアズムール王の妹君だそうだ、事情は知らぬが出奔したそうだ。」

 

「それで、貴様は儂にあって何をしようとしているのだ。」

 

「今回のアグストリアへの遠征は何が目的だ。」

 

「決まっておる!バイロンがリングと共謀してクルト王子とマリクル王子を殺害した事だ!シグルドはシャナン王子を匿い、アグストリアのエルトシャンやレンスターのキュアンと共にグランベル王家の転覆を計っているのだろう。」ランゴバルドの威勢の言葉にカルトは辛辣な表情となるのである。

ランゴバルドの言い分には最もらしく肉付けされた内容であるが、バイロンが懇意にされているクルト王子を手にかけるメリットがどこにも無い。彼がイザークを手中に収めたければクルト王子を抱き込み、それこそ最もらしい言い分をつけて懐柔する方が利口でありスマートな方法と判断する。

カルトはランゴバルドに自身の身分を明かす事により、新たな突破口を摸索する準備を急ぐのであった。




グランベル編辺りからホリンとカルトは剣を交える運命にあると匂わせておりましたが、実際に書き終えると辛い事でした。
なぜここで彼を戦死させたかという理由は、シレジア編で伏線を予定しております。

ホリンとカルトの決戦データを活動報告で検証してみました、面白いデータになりましたので興味ありましたらそちらも確認して頂けたらと思います。

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