ファイアーエムブレム 聖戦の系譜 〜 氷雪の融解者(上巻)   作:Edward

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更新が遅くなり申し訳ありません。
アグストリア編は予定よりも変更箇所が多くありましてなかなか思うように進めなくなってしまいました。
ドバールの奴め・・・、こんな雑魚キャラにここまで変更を余儀なくされてしまうとは思っても見ませんでした。


船上

晩夏となった海は水温が思ったよりも低い、それでも彼女は数百メートルを泳いでドバールの船にたどり着いた。

船首に上がるなり2人の元仲間を射殺して、ドバールを睨んでいた。

 

「ドバール、私に逆らったんだ、死ぬ覚悟は出来てるだろうな。」

 

「まさか、海岸から泳いできたのか・・・。」

 

「怒りで分別がついてなくてな、貴様を殺せるならなんだってするさ。」鋭い睨みがドバールの心を鷲掴みにする。

頭目の娘というだけで彼女はその地位まで辿り着いた訳ではない、彼女の持つ弓技の高さに男は彼女に近づ事も許されず射殺されてしまうのだ。

仮にもし近づけても根城の窓から脱出する様な軽業師さながらの身体能力があり、彼女を捉えることは難しいのである。

そうでなければドバールような男共に捕らえられ、女の末路として悲惨な事になるのは想像に易いだろう。

 

「お頭待ってくれ!俺が悪かった。許してくれ!」

ドバールは船床に頭を擦り付け許しを乞うが、ブリギットの前では既に無駄であった。軽はずみな嘘はブリギットの怒りは更に増していく・・・。

彼女は近くなりドバールの擦り付けた頭を勢いよく踏付けたのだ、隣にいたピサールは素っ頓狂な声を上げる。

踏みつけられた船床はドバールの頭で割れて彼の頭から血液を撒き散らす。

 

「・・・何をしやがる!詫びを入れている男の頭を踏み付けるなんてどういう事だ!」

 

「詫び、だと?懐に短刀忍ばせる奴がいう台詞か、お前の嘘に何度もかかってちゃあ私もおしまいだよ。」

ドバールは動揺し、後退りをする。ブリギットの言う通り、彼の懐には短刀を忍ばせており、謝罪に近寄った彼女を襲うつもりであった。

 

「さあ、ドバール!私と戦え!お前が勝てばオーガヒルをくれてやるよ。」

彼女は弓を番えてドバールに相対していく、その瞳には強い意志と殺気が混じり強烈な迫力を生んでいたのである。

ドバールはまだ混濁する意識のままブリギットの前に立つ。背中に括り付けられている斧を一振りすると構えた。

 

 

ドバールは他の海賊とは違う。

世間から疎まれた者や生粋の悪人が身を寄せ合って人々の蓄えを奪う者達の集団の中で、ドバールは自らその身を海賊に寄せた異端者であった。

生家もあり裕福ではないが慎ましげに暮らせば喰うに困る事もない、村では中流家庭に当たる家柄であった。

退屈に思ったわけでもない、毎年小麦を作る事も不満に思った事もなかった。なぜ彼は海賊に身を落としたのか、端からみればそう見えるだろう・・・。

ドバールにはただ一つ常人では測れない野心があり、出世欲があった。中流家庭の家なら出世欲を満たす目的として体力なら騎士を目指し知能なら文官を目指すが彼は正悪に興味がなく、真っ先に野心を完遂出来る目標がたまたま海賊であっただけなのだ。

 

彼は突然村を襲った海賊共を見て、閃光が弾けたかのように彼らについていったのだ。

家族を瞬間的に放り投げ、村を襲っていた彼らを憎む事もなく彼らの一味に入りその集団の頂点に立ちたいと思い立ったドバールは故郷に突然の別れを告げたのであった。

数十年の月日、その野心のみで駆け上がったドバールはオーガヒルでとうとう頭目に継ぐ存在になったのだがどうしても一番になれなかった。

元頭目のブリギットの義父、そしてブリギット・・・。彼らから頭目を奪い取る事だけを望んできた日々、ドバールから恐れが消え再び野心に火をつけていくのである。

 

 

「お頭、死ね!」斧の持ち手を軸に半身を捩り、その反動をつけて投げつける。ブリギットは投擲を得意の軽業で持って交わすとすぐさま射かけようとするが、ドバールは投擲の瞬間に距離を詰めていた。背中にもう一本ある同じ斧を手に、こちらは投げる事なく振りかざしていた。

 

「!!」ブリギットはドバールへの射的動作を中断して、上空に矢を放ちつつ後方へ跳躍する。見事な放物線を描きながら跳ねる彼女は船床に着地するより早く、鏃が捉えた船柱から鋼鉄の糸を手繰りながら空中を旋回した。

ブリギットはドバールに視線を戻すと、予想した通り投げつけた斧はドバールの手に戻っており忌々しくこちらを見据えていた。

 

ドバールの斧は双斧と言われる二組一体の斧で、戦斧に比べれば持ち手が短い両刃の斧である。

両刃ではあるが大小に違いがあり、その微妙な重量バランスの違いが投げた時に与える回転数で旋回して自身の手元に戻ってくる特殊な斧である。

その扱いの難しさ、重量がある斧を片手で扱う事を強要する双斧により使い手はほぼいなかったがドバールはこれを使いこなし頭目の次に次ぐ存在としと君臨したのであった。

ブリギットもそれをよく知っているからこそ、回避に空中を選択し戻り来る斧とドバールに挟まれない選択をしたのであった。

 

手繰り寄せたブリギットは船柱の帆に降り立つとドバールが第二撃を投擲を放とうとしている、ブリギットはすぐさま矢筒より引き抜き初めての射的に入った。

ドバールの投擲とブリギットの矢、重量と威力では問題なくドバールの斧が威力を凌駕するが命中率はブリギットが上である。投げられた斧を狙い、軌道を変えた斧はドバールの手元に帰る事は無く暗い海へと落ちていくのであった。

すぐさま帆に短剣で突き立てて降下するブリギットに軍配が上がったことは明白である。辺りのドバールを頭目と持ち上げた海賊達も声を上げることも無く、この結果を見届ける他なかった。

 

「どうした、ドバール!もう終わりか?その程度の投擲で私に勝てるとでも思ったのかい?」

 

「・・・。」

 

ドバールはもう片方の斧を投擲するが、双斧の片斧が暗い海に沈んだ事もあり先程のような空中への回避はしない。半身をそらして回避し、その手に斧が戻る前にドバールを片付ける事はブリギットにとって造作もない事である。一気に距離を詰めて短刀でドバールに迫るがここで自身の思い込みに失策する。ドバールは持っていたのである、海に落ちたと思われた片斧を・・・。

 

「なっ!」ブリギットは急ブレーキをかけるが、ドバールは突進して迫り来る。その横薙ぎを辛うじて跳躍することで回避に成功するが、斧の切っ先に左腕を切り裂き鮮血が滴る。空中で痛みでバランスを崩すが、転倒を免れるために右手で着地し身を反転させる事に成功した。

 

「お頭、残念だったな。」ドバールの声にブリギットは向き直ると先程投擲した斧も彼の手に戻っており、完全に武装し直していた。

 

「さっき海に落ちたのは・・・。」

 

「あれはただの手斧だ、お頭が空中に逃げている間にちっとばかり拝借したまでよ。」顎で横に控えるピサールを指すと両手を広げて獲物が無いことをアピールしていた。

 

「ちくしょうめ!」

 

「お頭、その腕じゃあ弓はひけんだろう?あんたの負けだよ。」悔しいが指摘通りである、左手の裂傷は思ったより痛みが酷く三人張りの強弓であるこの弓を引くことは出来ない。ブリギットは短剣を取り出しすと警戒する。

 

「こうなっちまったらあんたもかわいい小娘だな?

泣いて命乞いすりゃあ、暫くは俺の女として可愛がってやるぜ。」ドバールの嘲笑気味の言葉にブリギットはゾッとする。先程まで何ともなかったが、途端に濡れた服が冷たく感じ辺りの漢共の卑下た目線が突き刺さり出した。

 

「ふ、ふざけるな!貴様に蹂躙されるくらいなら死ぬ方がましだよ!」

 

「なら、死ね!」ドバールは双斧を投げつける、先程までは片斧づつの投擲であったが今回は一度に二本の斧を投げつけるドバールの必殺投擲である。

左腕をかばっているブリギットには軽業の回避は出来なくなっている、迫る斧に彼女は海へ逃げる選択しか残されていなかった。

 

《奴らにいいようにされるよりはマシ、か・・・。海賊らしく、海で散ろう。》

彼女は諦めの表情で海へ身を投げたのであった。

暗い海に一つの波紋が広がるが押し寄せる波がすぐさまそれを搔き消してしまう。

 

「ちっ!海の藻屑か・・・、もったいねえな。」腹心のピサールが浅ましい妄想を掻き立てながら落ちた海を眺めるのであった。

 

「放っておけ!これから村を襲えばいくらでも手に入る。

アジトに暫く戻れねえがこれからはやりたい放題だ!」ドバールの勝利宣言に船上は大きく歓声に揺れる、彼らオーガヒルの海賊集団は解き放たれ大きな野望に燃えていく。

 

「帆を張り直したら先に行った連中と合流するぞ!奴らから根こそぎ奪え、そしたら俺たちは誰にも負けねえ!」ドバールの号令に船は進路を東へ向かい始めていくのであった。

 

 

 

海岸線を疾駆する一頭の馬がドバールの船を追いかけ続けていた。

散々近隣を荒らして回り、軍が来るなり撤退するあの海賊船に怒りをあらわにしていたアゼルは暗い海に漂う僅かな篝火を頼りに追走していたのであった。

海賊船に乗り損ねた残党の海賊は傭兵騎団とシレジアの天馬部隊と共にアゼルの魔法部隊も編成されていた。

当初は海賊船に乗り込む連中を妨害していたが、一番大きな海賊船の出航を許してしまいアゼル自ら追いかける事となった。

 

「今なら、使えるかも知れない・・・。」アゼルは魔道書を取り出して呟く。

普段の用いている魔道書と違い、これはヴェルトマーのロードリッターとして認められた者のみに与えられる魔道書である。

アゼルはまだロードリッターとしての資格は有しておらず、シグルドの戦いに参加すると決意した時にヴェルトマーから持ち出した決して許されない行為であった。

 

カルトに見出されて魔導騎士になると決意し、もう3年になろうとしていた。彼はこの3年間一日もその決意を投げ出す事なく訓練を続け、今乗っている馬と魔道を通わせる事に成功したのである。

 

シレジアの天馬や、その上位種であるファルコンは産まれながらに魔力を持っている為騎乗での魔法の行使は可能であるが騎馬は別である。

魔法の耐性がない為、魔力の放出に本能が危険を察知し馬上者を振り落としてしまうのだ。

癒しの魔法であれば、攻撃性の無さより使用できるのだが攻撃に使う類いの魔力はどうしても騎馬には受け入れられるものではないらしい。

 

アゼルはその防御本能の抑制から始まったが到底叶うものではなかった。ヴェルダン王国滞在中まで全く進展がなく、幾度となく挫折を味わい続けた。

きっかけとなったのはアグストリアの休戦の1年間で、自身が魔法を発動させる時に無意識だがその魔力に身体が傷つかないように魔力の一部を防御に使っている事に気づいた事であった。

 

馬上で使用時にその防御している魔力を騎馬にも纏わせることが出来れば・・・。この発想が魔法騎士アゼル誕生の瞬間である。

自身の魔力を騎馬と通わせるのは簡単な事ではない、自分とは違う波長を持った生物に魔法を駆使している時の精神力を騎馬にも与えなければならないのだ。その訓練はさらに苛烈を極めた。

馬術としてのコントール、魔力のコントロール、纏わせる魔力のコントロール。一度にこれだけの制御をしなければならない事は不可能である。今迄の数々の失敗が脳裏をよぎる、アゼルは思考の殻にこもってしまっている事に気付きカルトならどう考えるのだろう?といつの間にか親友の意見を考えてしまう自分に自嘲してしまうのであったがその時に声が脳内に響く・・・。

 

《なら、馬術のコントロールを辞めちまえばいいんだよ!》

 

出来ないことはやらなければいい。きっと魔道を通わせる事に成功した馬ならアゼルを信用してくれているし、アゼルも騎馬を信用している。

騎馬に行動は全てを任せて、自身は魔力の集中する。

それに気付いた時、アゼルの長年の夢は達成したのであった・・・。

 

 

速力を落とすことのない愛馬に全てを委ね、自身は新たな魔道書を手に集中する。愛馬は砂地の悪い場所を避けてくれていて振動はそれほど気にならない。

アゼルは魔力を解放させて、さらに精神を高める。

額から汗が吹き出し、ロードリッターにのみ許されたこの魔法の難しさがよくわかる。

 

普段使う魔法とは違い、近距離から打ち出す魔法ではない。はるか頭上に魔力を撃ち放って大気より燃焼物質を集め、落下速度により摩擦熱で持って発火させて敵に落とす大魔法である。使う場所や使い手が間違えれば自軍にも被害が出てしまうかもしれない魔法である。

 

アゼルは初めて使う魔法だが、狙うは海上に浮かぶ船・・・。間違えても他に被害が出ないこの環境下なら使用可能と踏んだのであった。

それでも、奴らを野放しには出来ない。ここでオーガヒルを壊滅しなければこの先アグストリアは不安な情勢の上にオーガヒルからも怯える毎日を過ごす事になるのだ。

炎の紋章を持つ家紋にかけて、断罪の炎を与える義務があるとアゼルは誓う。

 

「メティオ!!」両手を掲げて完成した遠隔魔法メティオは臙脂色の光を放ちながらドバールの船に接近する。

かなりの速度が出ているはずなのに、遠目からみればゆっくり堕ちているように見えるのがなおこの魔法の恐ろしさを感じさせるのである。

船に直撃したメティオは激しく炎上し、短い時間の中で沈没したいくのであった。

 

ドバールの頭目の夢はまさに夢一夜として暗い海に沈む事となり、アゼルが長年の夢を完遂できた違いは一概に業による物と区別するには簡単な事柄ではないのだろう。

せめて魂の救済だけでもあって欲しいと願うのは誰の祈祷であろうか・・・、後世の名もなき詩人の一説である。




次回はなんとか今月中に・・・

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