ファイアーエムブレム 聖戦の系譜 〜 氷雪の融解者(上巻)   作:Edward

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端末が変わりまして更新が遅れ気味でした。
何とか取り戻したいと思ってます。


風の剣

暗い・・・寒い・・・苦しい・・・。

ブリギットの僅かな意識が身体に起こっている状態を脳内で読み上げた。

既に肺にあった酸素も吐き出して海水で満たされてしまっている、あと僅かでこの残り少ない意識も酸欠から刈り取られてしまうだろう。

 

この感覚、以前にも記憶があるな・・・どこでだろう?

・・・・・・まあ、いいか・・・。今となってはもうどうでもいい、ドバールにしてやられたのは悔しいけどこれ以上は未練になるな。

親父、会ったら私が実の娘でなかった事を問いただそう。

 

彼女は、最後に目を開ける。海面を見ているはずなのに、真っ暗であった。

最後に明るい空を見たかったが、そういえば夜だったな・・・。

そして再び瞼を閉じていく、生への拘りをやめたブリギットは暗い海の深淵へ向かうのだがそれをとめる一つの影が彼女の手を取る。

 

〈誰・・・?〉

彼女が意識を保ってられたのはここまでであった。

 

 

 

ブリギットが目を覚ました時は、海岸の浜辺にいた。

どうやら助け出された後、救命処置を施され蘇生されたのだろう。左腕の裂傷も見事な処置で止血と消毒が行われていた。

このあたりは不毛の大地の筈なのに何処からか大葉の葉を3枚敷かれており彼女の身体は保温されていた。

 

上体を上げて辺りを見渡す。夜は潮の流れが早い・・・、根城とは随分離れた場所に打ち上げられたようで見覚えが無い場所であった。

一体誰に助けられたのだろうか?身体を一通り確かめる限り、女としての尊厳を奪われた形跡はない。オーガヒルの連中ではないと踏んでいるが、国軍の類であればいのちは生かされるがこの後待っているのは尋問と拷問であることは間違いがないだろう。

だが、ブリギットの側には弓も矢筒もある。そこが不可解であり彼女は逃げ出そうとも現れた所を攻撃する気もなかった。

 

朝日が昇りは始め、ブリギットも疲労からうつらうつらとし始めてしまった時に突然に彼女を助けた人物が現れたのである。

 

「ああーびっくりした、でもまあいいか!いいもの拾っちゃった〜♪」1人の少年がこちらへ歩いてくる、あどけない少年はオーガヒルの荒くれ共とは違うが同じ匂いを感じる、彼女は立ち上がって一礼する。

「あ!もう気がついた?身体は大丈夫?」

 

「お陰様で、身体は何ともない。私はブリギット、名前を聞きていいか?」

 

「おいらはデュー、今は雇われの盗賊さ。」

 

「雇われている?まさか、国軍の類にか?」ブリギットは少し身構える、デューはその警戒もなんのその笑顔を持って説明する。

 

「おいらはグランベルに情報提供や内偵をしてる盗賊さ、オーガヒルを攻略しようとしていたので先に潜り込んでいたんだけどあんたはトバールに追い出されたんだろ?」

 

「率直に言ってくれる・・・、事実であるのが口惜しい所だ。」

 

「近隣からあんたの話しは聞いていたよ、弱い者から強奪はしない義賊だってね。だから船から落ちた時に助けたんだ、それだけが理由では無いんだけどね。」

 

「?」

 

「それはその時にまた話すよ。とりあえず出来ればおいらと一緒に来て欲しい、決して悪い事にはならないから。」

デューはその話の時は真剣であった、ブリギットは逡巡する。

どの道この地は既にグランベルの国軍がひしめきあっている、何処に身を潜めていてもオーガヒルが瓦解した今何処ぞの国がこの機を狙って制圧するだろう、この地の周辺領海がオーガヒルの海賊から解放されれば周辺国の海上貿易がさらに活性化するからである。

 

「私も元頭目だ腹を括ってお前についていこう、煮るなり焼くなり好きにするがいい。」

 

「だから、そんな事にならないってば!」デューは苦笑いをしながら早速出発の準備を始める。

 

「しかし、先程血相を変えて戻ってきた風であったが何かあったのか?」ブリギットは先程の出会いを思い出す。

 

「うん?ちょっと、ね・・・。神様に怒られちゃった。」

デューは近くにある塔で経緯を話すとブリギットは始めて笑みを見せた。

 

「それは災難だったな。あの地は確かブラギ神が降臨する古の塔だそうだ、こそ泥紛いをするデューを嗜めたんだろうな。」

 

「罰が当たらなきゃいいんだけど・・・。」

 

「罰を与えるならそんな立派な剣を与えてくれないさ、ブラギ神はお前に何か使命を与えてその剣を渡したんだろう。」怯えるデューにブリギットは微笑を浮かべる。

 

デューは腰に吊った新たな剣を抜く。柄は鞘は古ぼけているが刀身は当時のままの様で、白銀に似た光が朝日を浴びて輝いた。それは魔法を帯びた一振りの短剣で重さをまるで感じない、以前まで使っていたショートソードよりも軽くいが切れ味は段違いであった。

柄には長年風雨にされされて判別しにくいが何処かの国のエンブレムが彫られていた、おそらくかつてここの海域を巡って国軍とオーガヒルの戦いで紛失したのだろう。国にあれば宝剣の類にあるのは間違いない。

海に流されたのか、この地で留まり続けてデューに渡ったのか知る由は無いがブラギの塔付近にあったのは間違いない。なんらかの謂れがある様に思えるのであった。

 

「とりあえずその剣を仕舞ってくれ、ありがたい剣なのだろうが私はその剣を見たく無い。」ブリギットの意外な返答に慌ててデューは鞘にしまう、デューは怪訝な顔をしてブリギットを覗き込む。

 

「気のせいの筈なんだが、その剣見た事がある様に思えてな。見ていると嫌な感覚になってしまう・・・。」

 

「・・・?」

 

「気にしないでくれ、それよりも早く行こう。ドバールの船よりも先に出た船が気にかかる。」

 

「え?あの船だけではないの?」

 

「ああ、もちろんだ。あれだけのオーガヒルの海賊があの程度の船一隻で乗り切る訳がないだろう。

ドバールの奴、昨日にどこかの国軍が出張ってきたと言って先に出した船が数隻出撃させていた。」

 

「それって・・・、不味いよ。おいら達その船に乗って追撃から逃れる予定なんだ、遅れている理由はそれだったんだ。」

 

「何?お前達は一体何を成そうとしているのだ、詳しく話せ!」

デューとブリギットは互いの情報を擦り合わせていくのである。

 

 

オーガヒルでの攻防の中、アグストリアの各地は凄惨な激戦へと変化していた。優勢であったクロスナイツは体勢の立て直したグランベルの精鋭軍に徐々に徐々に窮地へと追い込まれていく、王都目前まで迫ったクロスナイツは峡谷での戦いで敗走してから事態は悪くなる一方であった。

ついにシルベールに迫りつつある両家の進撃についにエルトシャンは苦渋の決断を行った。

 

「シルベールを捨てて、マディノへ撤退する。

ここには、アグストリアを信じて移住してきたアグスティの民もシャガール王もいる。戦火が及ぶわけには行かぬ、最後の抗戦はマディノ城外で行う。」

エルトシャンは口には出さないがシグルド達の追っ手としてもここで時間を稼ぐ意図があった。

部下の情報によるとシグルドの混成軍はもうオーガヒルへ向かっており、マディノには一兵たりとも残っていない。直近まではシグルドのシアルフィ軍が残っていたが、オーガヒルの海賊が思ったより大量に残っておりとうとうマディノを発っていた。

直様残されたクロスナイツにシャガール王を護衛したいたアグスティ軍を加え、まさに最後の戦いへ臨もうとしているのであった。

 

「エルトシャン、すまぬ・・・。

儂がもっとしっかりしておればこの様な事態を招く事は無かった、お前の様な男が残っておればいつかはアグストリアの再建は可能な筈なのに・・・、なぜ死に急ぐ。」

シルベールの城門前ではエルトシャンを待ち構えたシャガールはエルトシャンを嗜める。

 

「勿体無いお言葉、私は今程騎士として充実した日々を送れている事に本分を感じております。

王を護り、友を救い、妻子兄弟の命を尊く思えたこの日々を生涯の勲章として最後の戦いに赴けるのです。

シャガール王、どうか生きて民の為に戦後処理をお願いします。」

 

「・・・うむ、分かった。生き恥を晒してでも民の為に、お前の為にも生き延びよう。

エルトシャン、武勲を祈る、勝って、生きてここに帰ってきてくれ!アグストリアの為にも、お前を想う人の為にも・・・。」

 

王は人間の心を取り戻した、エルトシャンはそれだけで悔いは無かった。もう遅いのかもしれない、だがアグストリア存亡の危機に立ってなお王が心を取り戻した事にエルトシャンはまだ希望はあると確信していた。

シグルドとカルトは約束を守った。王を殺さないどころか彼に心を取り戻してくれた事に最大限応える事が騎士として、友としての責務である。エルトシャンとカルトの親友とも言える男がマディノで義を貫き、その人生を全うした。エルトシャンもその地で義を貫ける事を課しているのである。

 

マディノに辿り着き、城の前に陣営を張るアグストリア軍に迫るグランベルの精鋭ランゴバルドとレプトールの軍勢・・・。その数はもう3倍以上の戦力差になろうとしていた。

両家の精鋭であるグラオリッターとケルプリッターに有効な手段はない。平地での戦いであるので奇襲の類は見当たらず、森林等に身を潜ませてしまえばシルベールを制圧されてしまう、エルトシャンは敢えて遠方より見えるマディノの高台に陣営を設置して待ち伏せる事としたのだ。

 

「これが最後の戦いだ!アグストリアの存続派この一戦にあると思え!大きな戦力差だが高台を利用し、わが国が誇る最新の投擲機があればその数も埋める戦いになる。

仮に我らが心半ばで討ち果たされようとも、グランベル軍が消耗すれば我らの後を継いでシャガール王が必ず討ってくれる。

皆の者よ!最後の戦いであるが次に繋げる戦いにしてくれようぞ!」

歓声が上がる、死を覚悟してなおこの士気の高さにエルトシャンは最敬礼する。その長い敬礼の前に彼らもまた敬礼でもって返すのであった。

 

エルトシャンの最後の戦いは、グランベル軍を大いに苦しめる戦いとなった。

エルトシャン自ら高台から馬を駆け下り敵陣へ切り込んだ、その闘志にクロスナイツも形振り構わず高台から駆け下りていく。味方に当たることも承知の上で投擲機は次々と射出される、数は奴らの方が圧倒的に多いのだ。味方より敵に当たる方が確率は高い。勝利の為に、敵陣に切り込んだ彼らは承知の上でありその言葉の為に個を犠牲としていた。

グラオリッターの圧倒的な破壊力を持つ戦斧部隊にエルトシャンのクロスナイツは引けを取らない戦いぶりである、相手の獲物に合わせて使い分けるクロスナイツの方が優勢であるが後方に控えるレプトールのケルプリッターの雷魔法に苦しめられた。エルサンダーが容赦なく打ち出され、倒れていくのである。

 

「動いて的を絞らせるな!目の前の敵に集中しつつその場にとどまるな!」エルトシャンの声が戦場を響かせる。

後方のケルプリッターに投擲を集中させ、前衛はグラオリッターに相対する事に切り替わる。

これでしばらくは戦場は一進一退を繰り広げる善戦となったのだが、この均衡はすぐに破られる事となった。

約三時間程経過した頃であろうか、雨が降り出しそうになった時に後方の投擲機部隊に凄まじい雷が落ちたのだ。数度その雷は落ち、投擲機部隊は全損に近い被害を受けた。

 

後方支援を失ったクロスナイツ、アグストリア軍は次第に後退を続けてしまい陣営を張ったすぐ側まで追いやられてしまった。

日も落ち、本日の戦闘は終わりを告げて本陣に戻った時には彼らの部隊500は200までに減ってしまったのである、この人数では夜襲に対応する人数すらままならない。

休む事も許されず全員が交代で番を取るしかなかったがそれでも彼らには絶望はなかった、約300の兵はうしなかったがグラオリッターは1500いた軍勢が半分近くまでに減らしていたのである。

番をしながらもこの結果に彼らは多いに讃えて亡くなった仲間と、生き残った仲間で多いに士気を昂らせていった。

 

エルトシャンはその喧騒に一つの笑みを浮かべる、彼もまたかなりの疲労を蓄積されていたが精神の昂りで今だ疲れを感じなくなっていた。

今はまだできる事を模索しようと、天幕に篭り地形図を広げて明日の戦いを考えていたのである。

どう考えても、この戦は負け戦にしかならない・・・。あとはどうこの部隊の役割を全うする事が大切であるかしか考えつかないのである。

「後は、先陣を切り続けて真っ先に首を取らせようと考えてないか?」

エルトシャンの後方からの声に酷く驚く、なぜ今この声がするのであろうか?彼は立ち上がって後方に振り返った、余りの勢いで燭台を倒し地図を焼く程である。

そこには、彼の親友であり最も言葉なく信頼を置くシグルド本人である。

 

「エルトシャン、ようやく会えた。」

 

「シグルド!何故ここに?」

 

「決まっている、俺たちはいついかなる時も互いを助けると誓った筈だろう?私も余力が無いので私一人だけだが、助太刀に来た。」

 

「馬鹿な!貴様は指揮官だろう、指揮官が皆を率いずにここにいたというのか?お前という奴は!」

 

「私には優秀な仲間がいる、指揮官ならもっとふさわしい人材がいるくらいだ。だから気にすることはない、私は父上を陥し入れたあの二人を許す事は出来ない。ここで君と討つ事にしたんだ。」

 

「シグルド・・・。」

 

「エルトシャン、まだ諦めるのは早いぞ!私達二人でなら突破できる可能性はある、これを見てくれ。」シグルドは燃えてしまったエルトシャンの地形図とほぼ同じ物を広げる、しかしその地図はエルトシャンよりも精緻で様々な情報が記されている。

 

「よく短期間にここまで調べていたな・・・。」

 

「マディノへ撤退する時に使った地形図だ、これを見れば奴らの進行方向に対して奇襲をかけられる場所が一点ある。ここだ!」

 

「ここは、川ではないか?まさか川を泳いで奴らの後方に回れとでも言うつもりか。」

 

「この川は枯渇している。高台だが川からは急な斜面はないからかなりの数の部隊を後方にいるケルプリッターに奇襲‘をかけ、上手くいけばランゴバルドもレプトールを打ち取れる可能性がある。」

 

「この所天候も干ばつは無かった筈だ、そのような都合のいい事がある筈がない。」エルトシャン地形図を見続けて一つのヒントが見えたのである、先ほどのエルトシャンの地形図とは徹底的に違う部分・・・。それは以前に行ったあの作戦の状態を示していたのである、それに気づいたエルトシャンはシグルドに驚きの表情を見せるのである。

 

「準備は今日一日エルトシャンが耐えてくれたお陰で終わっている。さあ、明日が勝負だ。」シグルドは地形図を叩いて、鼓舞するのであった。




シグルドまさかの、ノディオン軍に参加!
私も作っていたシナリオから逸脱する行為でかなりこの先の展開作りに苦労しそうです。
予め作っていたシナリオではエルトシャンとシグルドの良き親友関係を表現出来なかった為、直前に思いついて書き直しました。

次回は更に更新遅れるかも知れませんが何とか書き上げたいと思います。

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