ファイアーエムブレム 聖戦の系譜 〜 氷雪の融解者(上巻)   作:Edward

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今回でアグストリア編(撤退戦)は終了となります。
いつもより随分と長く、途中で変更に変更を重ねてしまいました。
以前から読み返すと随分と矛盾点が出てきておりますので修正を入れなくてはならなくなり、読んで下さってる方には苦慮の一言があるかも知れません・・・。
それでも応援してくださってる皆様には感謝しかありません、いつもありがとうございます。


敬服

オーガヒルの海賊を掃討したシレジア軍船は一隻被害を受けるがなんとか接岸に成功しシアルフィ軍を乗せていく、彼らは暗い海からやってきた救いの船に安堵し生ある事に喜びを感じた。

対岸に残されたキュアン達の存在を聞き、シレジア船一隻を向かわせて合流を図る。そこはフュリーが先行してキュアン達と合流し、接岸場所を聞いた上で再びシレジア船に指示する事で事なきをえるのであった。キュアン達は目的としていた岩礁のない入り江で船に乗り込む事ができたが出発を拒否した。

 

「シグルドは必ずこちら側にいる筈だ、安否を確認するまで出発してはならない。」フュリーからシアルフィ軍から行方不明になった事を聞き、そう言い切ったのである。どこにいるかもわからないと伝えてもキュアンは、穏やかに拒否し停泊するように求める。

根拠のない言い分であるが、キュアンの揺らぐ事のない意思にシレジア船は肯定するしかなかった。対岸の船もまだ出廷していない以上彼の言い分を聞き入れて待つ事と判断したのである。

 

「キュアン殿、本当にシグルドはやってくるのか?もしエルトシャンの所へ単身向かったのなら命すら失った可能性の方が高いぞ。」キュアンと同じく、アグストリア北東部で海賊の掃討を受け持ったレックスは臆面もなく本音を語る。

情報はフュリーからの物であるが、全戦力ではないがグラオリッターとケルプリッターの二大勢力が掃討に来て生き残る事は難しいとレックスは思っている。自意識過剰ではなく、冷静にクロスナイツの戦力と測っての判断でありキュアンも意見としては同意見であった。

キュアンは一瞬鋭い眼光を見せるがすぐに穏やかなものになる、レックスは決して悪意を持っての物言いではないと判断したのだ。

 

「シグルドは帰ってくる、エルトシャンを抱えてくる可能性があるくらいさ。・・・友の為なら軍の規律も関係なく駆け付けるが、何より自分の責任は必ず果たす男だ。俺たちの前に絶対に戻ってくる。」キュアンはそう言うと、再び南へ視線を向ける。

 

「・・・俺もそう信じよう、帰ってきたらとりあえず一発お見舞いしてやる。」レックスは拳に力を入れてキュアンと同じ方向を見つめるのであった。

 

 

シグルドは約1日後にキュアン達と再会を果たす。イーヴと共にやって来た彼は憔悴しきっていた、泥と汗と血液に塗れ友を失った彼は思ったより心と身体に深手を負っていた。

キュアンは船に運びながら絶え絶えに語るシグルドの話を一言も語らずに聞き入っていた。

彼の行動に賞賛も非難もするべきではない、いや何も出来なかったキュアンは物言いする権利すらないと感じていた。ただ彼はシグルドの行動を尊重し、自身の分までエルトシャンを救おうとしてくれたことに感謝していた。

 

話し終えたシグルドにキュアンは

「エルトシャンはお前に救われた筈だ、これでよかったんだ。」

と伝える事しか出来なかった・・・。シグルドはもう一人の友の言葉を噛み締めると僅かに笑みを浮かべて、隣のイーヴに語りかける。

 

「イーヴ、君は如何するのだ。よければ私達と共にシレジアへ亡命も・・・。」

 

「いえ、ここにはまだエルトシャン王の意志があります。シャガール王がいらっしゃる限りまだアグストリアは死んではおりません、クロスナイツはほぼ壊滅しましたが王に殉じてアグストリアを守っていきたいと思います。」

 

「そうか、このままアグストリアを去る事は忍びないがここに我らが残れば禍根は残るだろう。

必ず私のできる方法でアグストリアを守ってみせる。だからイーヴ、その糸口が見つかるまでアグストリアの人々をお願いします。」

 

「是非もない事です、それこそが我が王の意志ですから。・・・シグルド様も、王の意志を忘れないでください。では・・・。」

イーヴと僅かなクロスナイツは西へと出発する。彼らはシャガール王の元へ赴き、僅かとなった戦力を集結させて弱体したアグストリアを立て直すよう尽力する。

これから先、グランベルはヴェルダン同様にアグストリアを支配せんと乗り出してくるであろう。だが彼らにはエルトシャンの意志が胸の内に秘められている、辛酸を舐めようとも彼らはいつの日かアグストリアを再び復興し自立出来るようになっていくと確信していた、その為にもシグルドはカルトの力が必要だと感じていたのであった。

 

 

アグスティの北に駐在するレプトールは城前決戦の結果に驚きを隠せなかった。ランゴバルドとエルトシャンの共倒れによる結末に思いもせず、自分のあり得る結果を試算していたがこれは完全に御破算であった。

(このままでは我らケルプリッターだけでアグストリアに駐在するのはまずい、シャガールが打って出てくる可能性もあるしシアルフィ軍が戻ってくる可能性もある。そうなれば我が軍は全滅する可能性も出てくる。)

レプトールは状況を整理するがやはりこのまま駐在する事は危険であった。

 

しかし不利な材料ばかりではない。ドズル家の勢力は確実に削がれている、現状アグストリアを再度踏み込む力は無く現状のイザークの領地を与えておき、レプトールが再度アグストリアを制圧すればフリージの物となる。

イザークの片田舎より資源も人材も豊富なアグストリアを我が物とした方がよっぽど美味しい思いが出来るとレプトールは踏んだのだ。

彼は一つ不敵な笑みを浮かべると全軍に帰国の準備を始め出した、エバンス城の包囲網も恐らく解かれていはずレプトールの頭脳が利益を演算していくのである。

 

「レプトール様、あの方の事は如何なさるのですか?彼が・・・。」

 

「その件は何も言うな!我らが口を慎めば陛下とアルヴィスの耳に入る事はない。後継者がいる事などなっては我らの計画に事情が出る・・・、わかったな。」

 

「しかし、我らはともかくとしてランゴバルド卿の残党が少なからず存在します。彼らの口に戒厳令をしくのはいささか・・・。」

 

「消せ!」

 

「今なんとおっしゃいましたか・・・?」

 

「2度は言わん、即実行しろ!!」

 

「は!ははっ!」

ランゴバルドは良くも悪くも軍人であった、潔さも豪快さも彼の持ち味であったがレプトールは悪の執政者でしかなかった。聖戦士でありながら根本を歪めてしまった彼の暴走は、自身の首をも危うくしている事は気付く由も無いのであろう・・・。彼もまた運命に翻弄されし人物である。

 

 

カルト一行がオーガヒルに辿り着いたのはシグルド救出からさらに半日経過してからだった。

カルトは魔力が完全に切れており伝心魔法一つも送れる状態になく、エスリンの重傷と感染症の症状よりディラドラは回復魔法を、ブリキッドは処置に追われていた。彼らは暴走した馬車を再び走らせながら回復を施し、何とかオーガヒルに辿り着いたのだ。

 

「すぐに、薬師を呼びます!」エーディンが早速その手配に移る。

 

「頼む!破傷風にかかっていれば厄介だ、急いでくれ。」ブリキッドからエーディンに手渡され辺りは騒然とする、運ばれていくエスリンを目で追い彼女の安否を気遣うのであった。

 

「あの人、見覚えはない?」デューの一言にブリキッドは怪訝な顔をする。

 

「あんな高貴な人、私の知り合いなわけないだろ。」

 

「そっかなー、今は髪も顔も汚れてるし夜だからわからないだろうけどエーディンとそっくりな気がしたんだけどなあ。」

 

「エー・・・ディン、だと?」

 

「ん、そうだよ。あの人はユングヴィのお姫様でエーディンって言うんだ。彼女には双子の姉妹がいてずっと探してるみたいだから、おいらも影ながら調べていたんだけどね。

ブリキッドならもしかしたらって・・・?」気軽に話していたデューはブリキッドの表情の変化に驚く、まるで人が変わったかのようにブリキッド涙を溢れさせエーディンの後ろ姿を見つめていたのだ。

 

「私、なんで今の今まで全てを忘れちまっていたんだい。

エーディン、ずっと探してくれていたのに姉の私は・・・。ごめんね、ごめんね・・・。」海賊の頭から突然の覚醒にデューは戸惑うも、彼女の背をそっと置いた。

 

「大丈夫だよ、今からでも充分時間を取り戻せるよ。だから今はエスリンの治療に専念させてあげよう。」

 

「うん・・・、うん・・・。」デューの優しさにブリキッドは素直に甘えた、疲れはピークに達している二人はその邂逅に祝福し眠っていく・・・。翌朝甲板の隅に互いに肩を寄せ合って眠っている二人を見つけ驚くのはエーディンである、彼女の長年の念願はこの日に果たせるのであった。

 

 

 

「フレイヤめ、まさか覚醒する前に自我を取り戻すとはな・・・。」ダーナ地下神殿で数人の教団員から治療を施されるマンフロイ、彼はフレイヤことセーラに全魔力の光魔法を受けここへ転移して戻ってきた。

 

「彼女がいなくなると今後の計画に支障がでます。早急に次のフレイヤを見出せねばなりませんね。」

 

「あれ程の素体はなかなかありはせぬだろう、フレイヤの魂自体が強力な魔力の源だからな。」マンフロイは手に持った銀のサークレットを見ながら思考を張り巡らせる、そして・・・。

 

「・・・儂が動く。」

 

「大司教様自らですか・・・。」

 

「うむ・・・お前達は動き過ぎた、このままでは眠りについてしまうが儂はまだ大丈夫じゃ。何としてもこの機に復活して貰わねばならぬな。」

 

「私達は儀式でまた蓄えます、申し訳ありませんが大司教様その間お願い致します。」三人の魔道士はマンフロイを回復させた後魔力を送る、悲願の成就の為彼らの生き残る道もまた険しい物である・・・。

 

「うむ、あまりことを荒立てるでないぞ。儂はグランベルへ向かう、カルトの奴が転移してきたら厄介じゃからの・・・。」

マンフロイは転移魔法の準備に入る、三人の魔道士は後に控え大司教を送り出すのであった。

 

 

 

朝日が昇る・・・。

海路を行くシアルフィ軍の一行が海を出て3日目の朝となった。

シグルドは昨夜に意識が戻り、記憶が徐々に鮮明になっていくにつれ様々な感情が奔流のように溢れ出てくる。

無二の親友であるエルトシャンを目の前で失い、ディラドラを狙うロプト教団に襲撃されてエスリンが瀕死の重傷を負っている事。

目が覚めてから目まぐるしく入ってくる情報にシグルドは胸を締め付けられるが同時に感謝の気持ちも溢れ出る・・・。

エルトシャンはアグストリアに逗留させる為に欺いてまで救い、さらに命をかけてシレジアへと脱出させてくれた。

エスリンもまたディラドラを守る為、カルトが駆けつけるまで命をかけて救ってくれた・・・。まだ床で伏せっている妹に感謝をしてもしたりない程である。

カルトもまたシグルド含めて皆を導いてくれた。エルトシャンの立場を慮って水責めを決行し、無血開城させた上にシャガール王の厚生に成功する。そして彼の作戦が後々にクロスナイトの奇襲に貢献し、そして排水を利用したグラオリッターの半壊に追い込んだのだ。

 

彼のあの計画が全ての運命を変えたのだとシグルド思う。カルトの本当の身分はグランベル王国の正当なる後継者という事を意識せざるを得ないほど彼の行動は神がかっており、今後の行動も彼に依存したくなるくらいである。恐らくそのような態度で接すれば彼は怒るだろうが・・・。

 

「シグルド公子・・・。」その彼の声が背後からする、シグルドはゆっくり向き直って笑顔で応じた。

カルトはそのままシグルドの横で同じように波間の向こうに見える祖国を目を細めて見つめた。

 

「カルト公・・・、いやカルト皇子といった方がいいのかな。」

 

「なっ!・・・俺はセイレーン公のカルトだ、今はこの肩書きだけでいい。」

 

「はははっ・・・。成り行きの経緯とはいえ、カルト公とっては痛手な秘密を暴露したものだ。」

 

「今となってはもっと別の手段があるように思えたよ、誤算だった。

・・・それより傷はいいのか?」

 

「お互い様、と言うところだろう・・・。よく生き残れたものだ。」

 

「ああ・・・。」

 

「カルト公は、これからどうするつもりなのだ。参考に聞かせて欲しい。」先程の思考の中で思った事をぶつけるとやはりカルトは憮然とした表情を見せるが、彼はなんだかんだと言っても聞かれた事にまっすぐ答えるのが信条のようで語りだす。

 

「とりあえず、これだけグランベルをつついて回ったんだ・・・。相手の出方を見ない事にはどうしようもない、ラーナ様にお願いして何とかこちらの事情の文を届けてもらうしかないな。アズムール王に届けばいいが、やらないよりはマシだろう。

後はシグルド公子、あなたの身の振り方だ・・・。傷が癒えたらイザークへ行くのか?」

 

「そうだな、ランゴバルド卿が最後に言った言葉を信じて父上を救出したい。父上を救出すれば、かかっている嫌疑を晴らすことが出来ると思っている。」手摺を握る力が自然と強くなっていく、カルトはその意思を感じ取る。

 

「バイロン卿はイザークでもかなり奥地の方で身を潜めていると言っていたな・・・。ガネーシャか、それともさらにその奥地へ向かったのだろうな。」

 

「カルト公は、イザークに詳しいのだな。」

 

「・・・ああ、ホリンがイザーク出身だったからな。もう3年前になるのか、奴と出会ってイザークを回った事が懐かしい。」

 

「カルト公・・・。」

 

「お互い辛い戦いになってしまったな・・・。俺たちは掛け替えのない者を失ったが、彼らは俺たちに何を託してくれたのかを考えていると胸が熱くなってくる。悲しんでいる暇は無い、と彼らが語りかけてくれているんだ。

ホリンは命を懸けてエルトシャンの立場とアイラとその子供達を未来に託した。エルトシャンもアグストリアの運命を懸けてシャガール王に後を託す事ができ、最愛の妹と奥方様とご子息を安寧の地へ送る事ができた。

俺たちはその託された人達を守らなければならない、そう思っている。」

 

「ああ・・・!そのとうりだ!!私達が立ち止まる事は彼らに合わせる顔を失ってしまう。カルト公、今ここに誓いを立てる。」

シグルドは白銀の剣を眼前に立てて決意を表明する、一度剣を振り抜くと次は勢いよく鞘に剣を納め金属の鍔鳴りが辺りに響きそれが決意の表明としての証を立てた。カルトはその音に自身の決意も込めていた、奇しくも二人の持つ剣は経緯は違うが大切な人から贈られた白銀の剣・・・、カルトも鞘から振り抜いて同じく決意を露わにする。二振りの剣は朝日を浴びて鈍い光を放つのである。




次回からまた外伝に入ります。
数話予定しておりますので、お付き合いの程お願い致します。

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