ファイアーエムブレム 聖戦の系譜 〜 氷雪の融解者(上巻)   作:Edward

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黒剣の女

「クブリ・・・あなたの功績を讃え、この指輪とローブを贈ります。」

 

「ありがとうございます、慎んでお受けいたします。」厳粛な雰囲気の中、レヴィンの母ラーナから指輪を賜り賢者のローブを纏う。

それを授与される事はシレジアにおいてこの一世紀、王族以外の者ではいない程の快挙であった。

 

現在シレジアには2人の賢者が存在する・・・。先日レヴィン王子は同じくラーナ様より賢者の称号を賜り、とうとう王家の聖遺物フォルセティを与えらた。彼の実績の無さより反対する王族貴族がいたが、彼が王位についてからのシレジアが豊かになっていく実績をラーナ様は採択しレヴィンは晴れて父と同じ賢者として名を連ねる事を許された。

そしてクブリである。風の上位魔法を使いこなし、さらに高位の聖杖魔法も使用でき、カルトの行軍において輝かしい実績を持つ彼にラーナは賢者の称号を送ったのであった。

今まで素顔を隠すように使っていた魔道士のローブを脱ぎ捨て、白銀の賢者のローブを纏った時その凛々しい素顔を授与式で見た者は溜め息が出る程のものであったそうだ。彼はシレジアの魔道士を束める魔道士長になるか、僧兵を組織して僧正長なるのか、それとも両方を手中に納めて新たな軍を設立する事も可能な存在となったのだ。

 

 

「賢者様、賢者クブリ様!!」

クブリの背後から嫌味に聞こえる声がする。首をすぼめる様にしてその声を無視しようとするが、その声の主は進行方向を塞いで無邪気に笑いかける。

 

「シルヴィアさん、ご勘弁下さいませ。私はそのような肩書きは苦手なもので、名前の前にわざとらしく言わないで下さい。」クブリは顔を真っ赤にしてシルヴィアを嗜める。

 

「まーた年に合わない言葉なんか使っちゃって、私は一般人なんだからもっと普通にお話ししましょうよ。」シルヴィアはクブリの手を取って顔を近づける。女性に免疫のないクブリはさらに顔が真っ赤に染まり、その向けられた顔を背ける。

 

「あの、シルヴィアさん。ちょっと近いです・・・、どうして私に付きまとうのですか?」

 

「どうしてって?クブリの顔見たことなかったから知らなかったのよ、私と近い年の子が男の子がいるならもっと早くに声をかけたわ。

クブリったらおじいちゃんみたいな口調だし、フードで顔を隠しているから全然わからないだもん。」

 

「それは仕方がないでしょう、私はカルト様のお付きの魔道士なんですから。主人に失礼な物言いは出来ないものですよ。」

 

「ええー、今私に喋ってる口調も丁寧よ。私は一般人だってば。」

 

「・・・それは、長年の癖です。」

 

「そんなに長年生きている訳ではないでしょ?やっぱりおじいちゃんみたいね。」シルヴィアのペースにすっかりはまってしまいクブリはすっかり調子を崩してしまう。

 

「すみませんシルヴィアさん、私はこれからリューベックへ飛ばなくてはなりません。あちらで反乱勢力の活動が大きくなっているようなので私も助力に向かいますので・・・。」

 

「まーた戦争?どうして偉い人達は殺し合う事ばかりするのかしら?私の踊りを見て鼻の下のばして過ごしている時はあんなに可笑しい人ばかりなのにね。」シルヴィアはクルリと一つ回してクブリをからかうが、クブリは一つ物悲しい顔をする。

 

「・・・そうですね、私もそう思います。反乱する人もそれを阻止する私達も本質は何も変わらないのでしょうね、でも市民が被害になるような手法はとってはいけないと思います。

私はそれを止めたい、それだけです。」クブリは転移魔法の為に聖杖を取り出す。

 

「シルヴィアさん、下がってください。」クブリの言葉にシルヴィアは逆らい、クブリに抱きつく。

 

「私も行く、クブリがやり遂げたい事・・・。私も見て見たい!」

 

「そんな・・・。あなたが嫌いな人殺しの惨状もあるのですよ!セイレーンのこの城で待っていてください。」

 

「嫌!もう決めたの!!それに私のマジカルステップはあなたにも役に立つはずよ。」シルヴィアがエバンス城で攻防戦で見せたあの踊りでエーディンの枯渇した魔力を回復し、疲労を和らげた。

クブリはその事を思い出す、しかし今回も命のやり取りがある戦場の現場。彼女をそんな危険な場所に誘う訳にはいかないのである。

 

「私も多少剣は使えるわ。自分の身は自分で守れるし、クブリの周辺を守ってあげる。だからお願い!」

 

「・・・わかりました。戦場なのであなたの命の保証は出来ませんよ、いいですね?」

 

「わかったわ!」

 

「・・・やれやれ、ではまず私の言う事は聞いてもらいますよ。

まず、その服を着替えて下さい。」

 

「やだ!」

 

「戦場の真ん中で守備の欠片のないその服装はダメです、軽装でも最低革のブレストメールと服は身につけて下さい。」

 

「嫌!!」シルヴィアは早速クブリの言葉を拒否する。

クブリにとって素肌を見せる魅惑の衣装を着て歩いている彼女の神経が理解できない、何よりシレジアの冬をこの衣装で歩いている彼女は寒さを感じないのであろうか・・・。

 

「やれやれ、ではこの剣を持っていてください。」クブリはロープから一振りの剣をシルヴィアに渡す、鞘だけでも細工が施されており凝った握りはシルヴィアの細い腕でもしっくりと馴染んだ。鞘から少し剣を抜き出すと細身の刀身が現れ白銀に近い輝きを放つ、そして刀剣には魔法が込められており鞘と合わせても軽い。

 

「すごい立派な剣、私にくれるの?」

 

「・・・お貸しします。それは守りの剣と言いまして昔マイオス様が村人から徴収した物を私に賜った魔法の剣です。反乱後お返ししたのですが、色々ありまして再び私に戻って来たものです。

その剣は使い勝手もいいのですが使用者を守る力もあります、今のあなたにぴったりの剣です。」

 

「クブリありがとう。私これ大切にするね!」彼女は無邪気に踊り、新しい剣に喜びを示す。

 

「あの、お貸しするだけですから・・・ね?」もはやクブリの声は届かない。シルヴィアは生涯この剣を愛し、誰にも渡す事は無いのである。

 

 

 

「突入ー!!」

「突貫!!」

ベオウルフとアイラの声が同時に響く。一度は洋館への突入を断念したが、翌日再び戦線をここまで押し上げて突入に至った。

 

1日前、ならず者の暴徒はリューベックの各地から組織的に暴れ始めて戦局を読み取れなかったベオウルフは一度は撤退した。

だがアイラが冷静に判断し、天馬騎士団がその日のうちに救援が間に合い被害が出ない内に点在する傭兵騎団を救いかつ拠点を叩いた。

制圧は問題なく進めていけたのであるが、廃洋館を攻めた傭兵騎団だけは敗走する。

その為、本体であるベオウルフが直々にこの場所へと舞い戻って攻撃を仕掛けたのであった。

内部は廃れてはいるが、積雪に耐える構造であり崩落する事はない立派な建物であった。配置している家具も当時は立派な物であったのだろう、先の内戦で没落した貴族のなりの果ての姿にベオウルフは強者必衰の理を理解する。

 

傭兵騎団は内部戦闘に弱い、馬を駆けての戦闘に特化しているので館内で馬を扱えない戦いはそれほど熟知していない事が昨日の敗走につながっている事もある。そして内部にいた2人の猛者の存在、敗走の原因はほぼこの2人による物と報告を受けていた。

その報告にアイラは鋭い目をしていた、凄腕の剣士という言葉にアイラの闘争心が宿っていた。

もう1人の男は謎であった。何処からか現れて気付いた時には死体の山を築いていたそうだ・・・。その不気味な存在に傭兵騎団は戸惑いを感じているのか、突撃の号令であるが何処か精彩を欠いているようにも慎重になっている様にも感じた。

 

先頭を行くアイラはかつてホリンから贈られた剣を愛用している。ジェノアで彼との決戦で折られた愛刀に謝罪したホリンは後日アイラに相応しい剣を、として渡された一振りである。

彼女の秘剣としての連続攻撃をさらに助け、手数をさらに伸ばす事ができるような剣を彼は見つけ出して贈ったのだ。アイラはその剣を今まで欠かす事なく手入れし、修繕して今日まで振るってきた。今日もまたその剣の凄みは増していくのである。

 

「ベオ!退がれ!!」アイラの声にベオウルフは咄嗟にバックステップする。ベオウルフもまた数々の戦場を生き残った猛者、アイラの言葉と同時に鋭い殺気に反応しての回避であった。

彼の床には短刀が突き刺さり、その刃先には毒が塗ってあった。その手段を問わない手法にベオウルフは悪態に舌打ちする。

 

「出てこい!もう不意打ちは無駄だ!!」ベオウルフの叫ぶ声に反応はない、再び気配を殺してどこかでこちらの出方を待っている様子で埒があかない・・・。

後続から追いついた傭兵騎団もまたその場で状況を判断して辺りを警戒する、ベオウルフとアイラは3階の階段を駆け上がった瞬間での遭遇であり階下ではまだならず者と傭兵騎団が剣撃を繰り広げている。

 

「よく来たねえ。こんな何もない廃館に物騒な物持って乗り込むなんて、暇人かい?」艶のない黒髪の女が廊下より颯爽と1人でやってくる。右手には彼女の髪同様の黒い刀身が握られており、その不気味さに異様な寒気を覚えた。そんな中でアイラは一歩進みでると構えを取る。

 

「あんたも剣士のようだね、それもかなりの使い手・・・。

うふふ、いいわ・・・。楽しみましょう。」

 

「あんたのように私は殺人狂ではない、だがあんたを野放しにしてはイザークの剣士の品位に関わる。」

 

「あら?同郷のよしみ、ってやつかい?あんたもイザークの剣士なら久々に絶頂を味わえそうね。」

 

「なっ!」アイラはその言葉に躊躇う、同性から受ける破廉恥な言動にアイラは免疫がない。一瞬剣に迷いが生じた、黒い剣の女はその一瞬に飛び込む、その必殺の一撃をアイラは受け止める。

 

「あんた、なかなかウブねえ。いいわあ。そそるよ、あんた・・・。」

 

「し、痴れ者め!!」一度剣を引き、遠心力の回し蹴りから横薙ぎを一閃する。黒い剣の女はふわり、と重力をまるで感じないような身のこなしで退がりこちらを見据える。

 

「あたしの名はレイミア、地獄のレイミアよ・・・。聞いた事あるかしら。」

 

「レ、レイミア・・・。あれが地獄のレイミアか・・・。」ベオウルフが答えた。

 

「あんたの名も知ってるわよー、ヴォルツでしょう?」

 

「ベオウルフだっ!!」

 

「あら、やっぱり彼死んじゃったの?一回手合わせしたかったわあ。私がもしこの女に勝ったら次はあなたのお相手をしてあげる・・・。

私に勝った男は好き放題していいのよ、なんでもしてあげる。」その異様な規格外にベオウルフの傭兵達は戦々恐々となって場を支配していくのである。

 

「黙れ!貴様の吐く言葉は聞くに耐えん、・・・今すぐ屍にしてやる!!」アイラは怒りを胸に構える、その殺気は今まで以上に膨れ上がった。

 

「心地いい殺気ね、これだから殺し合いは止められない。」レイミアも構える、言葉とは裏腹に顔は真剣そのもので2人の闘気はいきなり最高潮となる。真剣での勝負は一瞬で決まる、お互い必殺の一撃が決まれば次に再戦する事がない剣士の戦いに出し惜しみは皆無であるのだ。

 

2人は同時に剣を振るい交叉する、その速さにどちらの剣が決まったのか見えなかった。

刹那の時間が過ぎ去った時、アイラの右肩から鮮血が伝わり床に落ちた。

「アイラ・・・!」ベオウルフは唸るように彼女の名を呼ぶ、一方のレイミアは無傷である。しかし彼女の目は優越感ではなく、怒りの表情であった。

 

「レーガン!!どういう事!あたしでもこの愉悦の時を邪魔するのは許さないよ!!」レイミアの怒声にその名を呼んだ男は突然現れた。天井にいたのかどうかもわからない、とにかくその男は何処からか出てきて床に降り立ったのだ。

 

「・・・すまないが決闘は中止だ、予定が変わった。いくぞ。」

 

「ふざけるんしゃないよ!あたしが聞いてる事に答えな!!」

 

「今は従え、事情はおいおい話す。」

 

「剣士の決闘を邪魔したんだ、それなりの事情なんだろうね。」

 

「・・・いくぞ!!」その瞬間、2人はレーガンが突然現れたように消える。

一同は騒然とする中、アイラは上を指した。

螺旋階段の吹き抜け、5階の天井に彼らは逆むけに立っていたのだ。

 

「アイラ!すまなかったねえ、これは私の償いのつもりだ。」レイミアは自身の左腕を黒い剣で斬ったのだ、アイラが傷ついた場所を的確に同じ場所を・・・。

天井からレイミアの鮮血が滴り落ち、アイラを汚す。

 

「また必ずあんたと死合う、それまで生きててくれよ。」レイミアのその言葉を最後に彼らは完全に姿を消す、アイラは握る愛刀から血を滲ませるのである。

 

 

「アイラ・・・。」ベオウルフは駆け寄って止血を急ぐ。

 

「今のはお前の勝ちだ、あの男の邪魔がなければレイミアの首が飛んでいた。」ベオウルフが一言ねぎらった直後、アイラの愛刀が手から滑り落ちる。

 

右腕には切り傷の他に吹き矢の様な細い矢がアイラの腕に刺さっていた、痺れ薬を塗布しているのであろう。アイラの腕がみるみるうちに痺れ、感覚を無くしていく・・・。

 

「さっきのレーガンとかいう男の仕業だろう、レイミアも凄腕だが奴の方が得体が知れんな。ある意味奴の方が厄介だ。」

 

「ああ・・・。」

アイラは左手で愛刀を鞘に戻すと外を見る・・・。夕闇が徐々に広がる中、雪が降り注ぎ出す。

 

「荒れるな・・・。」ベオウルフが呟く。それはシレジアの暗雲を示しており、新たな騒乱を感じるものであった。

 

 

 

洋館の制圧が終わり、本日の暴徒の活動が止むとベオウルフは身を寄せている宿舎へ戻る。

 

「おかえりなさい、ベオ・・・。」

 

「来ていたのか、ディートバ・・・。」

 

「はい・・・、無事で何よりです。」ディートバはその厚い胸板に飛び込む、ベオウルフはその華奢な上半身を抱いて歓迎する。

 

「俺は大丈夫さディーも無理はするな、奴らの中にはなかなかの弓兵がいたぞ。」密かな愛称を呼びあい2人は見つめ合う。

 

「パメラが射られました。レックス様に救ってもらい、事なきを得たそうですが・・・。」

 

「そうか、大変だったな・・・。今日はどうする?」ベオウルフの言葉にディートバは頬を赤らめる。彼女はベオウルフを見上げて他者には見せる事の無い甘えを見せる。

 

「一緒に食事しましょう、風呂で今日の汚れを落として・・・。」

 

「そうだな、じゃあ風呂から行くか・・・。」

 

「・・・一緒に・・・、ですか・・・。」

 

「・・・・・・。」返答に困るベオウルフ、歴戦の猛者もディートバとの決戦には完全に飲まれていくのである。




レイミア

イザーク出身の剣士。彼女の所属する部隊と相対する部隊はことごとく全滅し、彼女のみ生き残る事から地獄のレイミアの異名を付けられるようになる。
それでも初めは傭兵として召し抱えられていたが、その逸話が現実になる度に仕事は減っていき現在は皆無となる。
破滅的な性格で、端から見れば残忍で戦闘狂な女にしか見えないが違う側面から見れば自分なりのポリシーがあり律儀な性格である。

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