ファイアーエムブレム 聖戦の系譜 〜 氷雪の融解者(上巻)   作:Edward

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外伝はこの回を含めてあと2話掲載予定です。
前回までは楽しく書けたのですが、ここに来て少し暗雲が漂ってきました。
次回からまたペースが落ちるかもしれません。


自失

リューベックよりさらに西へ行くとシレジアの国境を越えられる、そこから先はイザーク領土となるがその地は未開の領土が広がっていた。イザーク城の北部にはガネーシャ地方があるがそこから東は荒地と密林が点在する部分となり、その地域に当たる・・・。

シグルド一行はその地域で父であるバイロンは行方不明となっている為、その地域を目指す事としたがその旅路は過酷そのものであった。

 

極寒の寒さから突然、荒地と日差しの強い暑さが支配する地域に様変わりする。水は枯れて確保する事も困難になり、点在する密林で水を求めるも猛獣はもちろんの事、毒虫と毒蛇が支配しておりとても生身の人間が入り込める場所ではなかった。

ゾッとするような過酷な旅を続けるシグルド達・・・、何度も水と食料も尽き果て立ち往生してしまう事となってもなんとか生き残る事が出来たのは同行してくれているマリアンの功績が大きかった。

飛竜に乗る彼女はその高度から食料の調達から水の手配をしてくれた事が大きい、シグルド達の生命線である。

シグルドは最も信頼する家臣のアレクとノイッシュ、オイフェを連れてイザークに入った、もう二ヶ月もこの地を徘徊しているが一向に手掛かりとなるものは得られない。

カルトからこの地域の情報を聞くが、ここには先住民族が存在し独自の文化を持っていると聞いている。不安定に存在するオアシスを見つけては移動を繰り返しているその民族に出会う事が出来ず、あてもなく放浪するようにシグルド達は移動を繰り返していた。

 

この日も空振りに終わり日没に備えて夜営の準備に入る、マリアンが海岸で狩りをした水産物と1日蒸留した水を持ってシグルドと合流する。アレクが熾してくれていた火に魚を焚べていき、ノイッシュは日中に見つけた密林から僅かな果実を取り出していた。シグルドは地図を見ながらこの二ヶ月の行動履歴を確認し、次の行き先を考えていた。

 

「シグルド様、食事の準備が整いました。

ってあれ?オイフェとマリアンはどこへ行ったんでしょう。」

 

「二人はあっちで剣の訓練をしてるよ、オイフェも多分この旅で色々と思う所があるんだろう。・・・そろそろ呼んでくる。」

 

「すみません、シグルド様・・・。お願いします。」

ノイッシュとアレクは色々と食事などで忙しい。シグルド自ら二人を呼びに行く、徐々に近づくにつれて二人の木の剣撃の音が聞こえてくるのである。

 

「オイフェ、そんな単調な動きではすぐに敵に読まれてしまいますよ。」オイフェが思いついたフェイントをマリアンに試すが、実戦経験の多いマリアンには浅はかな物と一蹴してしまう。

オイフェは唇を噛んで再び別の形からマリアンに一撃を見舞わんとするが、次はマリアンが打ち込みに入る。

 

「わわっ!」すぐに追い込まれたオイフェは持ち手を打たれて木剣を落としてしまう、マリアンは微笑を浮かべながらオイフェの胸元に木剣を突きつけて終わりとした。

 

「さあ二人共、食事にしよう。」区切りを見つけたシグルドは二人に呼びかけてこの日の訓練は終わりを告げたのである。

戻ってきた時には食事の準備は全て整い、五人は日を囲んで食事を採る。

焼魚に、鍋で煮た海草、果物を分けて行く・・・。量は多いとは言えないが海草がお腹を膨らませてくれるだけ今日の食事は有難かった、思い思いに少しづつ手に持ち食していく。

 

シグルド「オイフェ、これも食べてくれ・・・。育ち盛りが遠慮するんじゃない。」

 

オイフェ「何を仰るのですか、そう言って昨日も一昨日も私に分けてくださってはシグルド様の身体に触ります。」

 

ノイッシュ「そうですよ、今日は胃腸が優れないので私の分もお二人で召し上がって下さい。」

 

マリアン「すみません、もう少し採れれば良かったのですがなかなか上手くいかず・・・。」

 

アレク「マリアンが謝る事はないさ、俺たちがここまで旅が出来ているのは君のお陰なんだから。」

 

「・・・・・・。」最後には彼らは一言も発する事が出来なくなる、手がかり一つも成果がないこの旅で全員なんらかの焦燥に駆られてしまいぶつけようのない憤りと焦りが蔓延し始めていた。

 

「大丈夫だ、私達は確実に父上に近づいている。気持ちを強く持とう!」シグルドは皆に檄を送る。非常に細い希望の糸であるが手繰り寄せていかねば始まらない、絡まった部分は解さねばならない。その手応えの無い感覚も動かない事には始まらない事をシグルドは説いて皆を励ますのである。

主人の檄に再びやる気を取り戻す一行は眠りにつき、マリアンが辺りの警戒に入る。

彼女の飛竜は警戒が非常に強く、彼女が仮眠していても飛竜の警戒網にかかれば音もなくマリアンにそれを伝えてくれるので簡単に覚醒できる。その事もあり毎日夜の警戒を担当していた。

剣を抱いて飛竜のシュワルテの尾翼にもたれかかるいつもの就寝方法で眠るマリアンは不意に目をさます。シュワルテの警戒ではなく、仲間の誰かが近づく物の気配で目だけを開いて辺りを見回す。

オイフェが木剣を持ち歩いて行く様子を見てマリアンは微笑み再び眠りに就くのである。オイフェの年齢からマリアンの年齢を重ね合わせるとちょうどグランベルへ応援で向かう頃くらいに相当する、そろそろ実戦に投入されてもおかしくない年齢であるがシグルドは一向に彼に戦場に参加を許していなかった。

先のアグストリアでは強敵ばかりであったし、オーガヒルの海賊戦では撤退戦で混戦と時間の戦いでもあり余裕など皆無であったので仕方がないと言えばそこまでであるが、シグルドは彼が戦場に立つ事をどうしても良しとしていない節もあった。オイフェはそこに多少の歯痒さもあるのであろう・・・。

シグルドの道中はまだまだ多難の道を進んでいるのであった・・・。

 

 

 

セイレーン公のカルトは激務に追われていた・・・。

帰還してから彼の成すことは山の様に難問が積み上げられて、暗礁に乗り上げている問題に日々苦戦を強いられていた。

一つはグランベルとの関係悪化である。先のアグストリアでの戦いでレプトールとランゴバルドに対してカルトはアグスティで交戦した事により同盟破棄当然となっている、事情はランゴバルドの強引な手法による抵抗だがランゴバルドが死亡した事でさらに事態がややこしくなってしまっているのである。

恐らくレプトールが本国に帰り、歪めた釈明をしたのだろう・・・。こちらから使者を送るが一向に話が噛み合わず、大使クラスの面談には至らずに終わっている。グランベルから正式な同盟破棄とは宣言されていないが、今まで行ってきた交易は途絶えており同盟破棄当然となっているのがその理由となる。

 

そして、次の難問が三国同盟の物資の輸送である。

グランベルからの物資交易が途絶えた今、アグストリアとヴェルダンの物資交易がスムーズに行えれば良いのだが、アグストリアの弱体化か深刻な問題で物資が上手くアグストリア国内で動いていないのである。

ヴェルダンからその豊富な食料がアグストリアで足止めとなり、オーガヒルの船に積荷が遅れている。その原因は輸送道の舗装が全くなされていない場所が多く、特にマディノからオーガヒルの荒地が酷くて馬車が車輪を奪われてしまうケースが多いそうだ・・・。

インフラの整備を急ピッチで進めているそうであるが何せ人材が足りない、かの北の台地の人材を使っても長期となると彼らの普段の仕事にも支障が出る。

その問題はキンボイス王が人材をアグストリアに送り、事に当たってはいるのだが輸送の安定まではまだ時間がかかりそうであった。

 

 

「はあ・・・、まだまだ難題は山積みだな・・・。」側にあるカクテル、シレジア特産の一つで白樺の木で濾過して蒸留するスピリッツにオレンジを混ぜたカクテルを口に含んだ。

シレジアにはオレンジはなく、ヴェルダン産が持ち込まれて巷のバーではこの新しいカクテルが人気となっているそうである。

 

「カルト公、少しいいか?」扉の前で中に話しかける女性の声にカルトは入室を許した。

 

「ブリギッド公女?どうした、こんな時間に・・・。」

 

「あんたに聞きたい事がある。」彼女から怒気に近い感情を感じる・・・、カルトは少し警戒しつつ頷いて話を促した。

 

「かつて、オーガヒルの海賊はこのセイレーンで何度となくシレジアと戦った事がある。あんたはここでその海賊と戦った事があるか?」

 

「・・・・・・少年兵だった頃、オーガヒルとの海賊と戦った事がある。」

 

「やはりな、髪の色が違っていたが面影は確かにあんただな・・・。では、この剣はあんたのものか。」ブリギッドは携えていた剣をカルトの机に置くとカルトの顔色が一気に悪くなった。

 

「ど、どこでそれを!」

 

「デューがブラギの塔付近で見つけたものだ。風化されていて初めは気付かなかったが、先程修繕から戻ってきた時に確信したんだ。

セイレーンで私達を無残に惨殺していった少年兵が使っていた剣、それがこの剣でお前の持ち物だろう。」

 

「・・・・・・。」

 

「私達も略奪行為をしていたんだ、お前が街を守っての事だと承知している。・・・だが!なぜあの時、親父を殺した!!」ブリギッドはカルトの服を掴みかかり、激昂する。

 

「親父はあの暴動を止めに入ったんだぞ!許しを請うために丸腰になって首謀者の首を持ってお前の下まで許しを請いに行ったんだ!!

なのに・・・、なぜ親父を殺したんだ!顔色一つ変えずにあの剣で親父を切り殺しんだ!!」ブリギッドの拳がカルトの左頬に入り、机まで吹き飛んだ。机上のグラスがカルトの頭で割れ、中身のオレンジカクテルが彼を染めていく・・・。

ブリギッドは荒い息を吐いてカルトを見下ろすが、カルトから生気が抜けたかのように身じろぎ一つしていなかった。

 

「・・・釈明のしようがない。」

 

「なんだと?」

 

「ブリギッド公女、俺はその件の答えを出す事は出来ない・・・。君の父親の憤りも最もだが、俺はそれに贖罪する権利すら無いんだ・・・。もし、できるなら君の手で俺の贖罪する術を作って欲しい。」カルトはゆっくりと立ち上がり、ブリギッドにそう言った。

放心したブリギッドに再び怒りの火が立ち上がる事は明確である。

 

「ふ、ふざけるな!!」床に落ちた先程の剣の鞘でカルトを殴りつける。カルトは再び吹き飛ばされて窓枠に激突し、盛大に窓を割ってしまう。外気から雪が吹き込まれ、室内は一気に氷点下へと移行していく・・・。

 

「謝罪の言葉はないが、私罰をうけたいだと?私が聞きたいのは親父を殺した理由だ!!」鞘から剣を抜いてカルトへ突きつける、カルトは焦点が定かではない瞳でその剣を見つめた。

ゆっくりと剣先に手を伸ばして刃先の鋭い部分を握りしめながら立ち上がる、握りしめた部分からは血が滴り落ちてブリギッドを再び見据えた。

 

「それしか俺には答えが出ないんだ。ブリギッド公女が怒る事は当然の事、気がすむまで私罰を続けてくれ・・・。」

 

「・・・いいだろう、私の答えに答えるつもりはないのなら!・・・そこまで言い切るのなら死ぬ覚悟をしてもらうぞ!!」

 

「もちろんだ、殺されても恨むつもりはない。」カルトは帯刀している剣も、魔道書も、聖杖もその場に捨てて纏っていたローブを脱いてブリギッドの怒りに応じた。

ブリギッドもまたその行動にさらに拍車をかける、彼女は海の荒くれ者と長年接してきている事もあり私刑は日常の事である。手を緩める事も、情をかける事もなくカルトに手をかけて行く。

殴り、蹴り、投げとばし、締め上げる。カルトはその間、抵抗を見せず深く沈んだ瞳をブリギッドに向けるだけであった。

室内に入り込んだ雪が暖炉の熱まで奪い、積雪となった頃に異変に気付いたエーディンが止めに入るまでブリギッドの凶行は治る事はなかった。

カルトは自失しており、意識はあるが返答はなくブリギッドは側にあった風の剣をカルトに投げつけた。

 

「その剣は返してやるよ、お前はその剣を持って永遠に彷徨え!」扉を荒々しく閉じて退出するのである。

 

「姉さん・・・、どうしてこんな事を・・・。」カルトにリカバーを施して回復させる。姉の荒れ狂う姿に怯えながらも疑問を持ち、誰とにもなく呟いた。

 

「私が悪いんだ・・・、エーディン公女。この事は内密に頼みます。」

 

「そ、そんな!例え、カルト様の方が悪いにしてもこれではあまりに姉さんが一方的過ぎます・・・。」

 

「エーディン公女、お気持ちはありがたいのですがこの件は私が何よりも悪いのです。それこそ、彼女に殺されても・・・」

 

「そんな事はありません!あってはいけないのです・・・、そんな事は・・・。

例えカルト様が死に当たる罰を犯していたとしても、あなたはエスニャを、子供を残して命を投げ売りするというのですか?」

カルトの表情がピクリと反応する、エーディンの言動に初めて反応し彼女の顔を見る・・・。

 

「生きてくださいまし、あなたはもう一人で生き死にできる体ではないのですよ。私も・・・。」エーディンは自分のお腹をさする、その中には新たな命が宿っている事にカルトも思い出す。

 

「エーディン公女、ありがとうございます。少し私も自分を見据えてみます、そして答えが見つかった時にブリギッド公女へもう一度話をします。」

 

「ええ、そうしてください。きっとその時はこの降り積もった雪が溶ける様に分かり合える事を祈っております。」エーディンの微笑みにカルトは笑顔だ応える。エーディンのリカバーですっかり治癒したのは身体だけではなく心も健全なものに戻っていた、それは彼女にしか出来ないリカバーであったのだろう。

姉が船から転落してから神に祈る様になり、戦地や疫病地をめぐって人々を救済して回った彼女には他にはない無償の慈愛を持った回復が確かにあった。

 

カルトもまたその慈愛を受けた一人として再起を心に誓う、折れかけたその心を癒してくれたエーディンに感謝の気持ちと共に彼は暗い過去の精算と前進を人生の目標の一つとして掲げるのであった。


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