ファイアーエムブレム 聖戦の系譜 〜 氷雪の融解者(上巻)   作:Edward

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ティルテュとアゼルの話が少ないので色恋沙汰で頑張ってみました。
私も恋愛経験値でいえば作中のアゼル位なので、文章を起こす度に気恥ずかしくなってきました。
一つアンケートを取ってみたい事がありまして活動報告しました、興味がありましたらお答えいただけたらと思ってます。



泡沫(うたかた)

雪の降るセイレーンの街は鉛色の雲に覆われた銀世界であった、アゼルはその景色を楽しむかの様に一人歩く。本日は風無く雪舞う穏やかな天気、傘を差してアゼルはあてもなく街を散歩していた。

シレジアの内乱に参加出来ないグランベルの面々はほぼ非番の取る日々を送っている、魔法の鍛錬は欠かさず行っているが流石に飽きてくるので生活の改善にアゼルは歩きながらあちこちを見て回っていた。

シレジアには魔法と相性のいい金属が豊富にとれる国、滞在中にも幾つか購入するがカルトに見せると彼はアゼル用に加工してくれた。彼の使うエンチャントマジック、付加魔法はロストマジックと言われる魔法でグランベルの宮廷魔道士の定説では今世紀中に使用できる者はいないのでは無いかと言われた幻の魔法である。アゼルは初めて見た時は驚き、原理を聞くが到底使える者ではなかった。

 

錬金術と呼ばれる異大陸に存在する邪法を魔法でアプローチする離れ業を使用しているのだ、まずその錬金術の理解から始めなければならず魔法の才能だけでは成す事は出来ない。それにカルトがなぜ錬金術を習得出来ているのか、彼自身よくわかってないのである。

髪の色が変わってから出来る様になったとまで言う始末なので理解に苦しんでしまう・・・。

 

カルトのその時の説明を思い出してクスリと笑うアゼル、結構な時間外に出ていたので心地いい空腹を感じて帰路につき始める。

新雪が積もる度にザクッ、ザクッと踏みしめるこの感触が気に入っていたアゼルは子供の様に楽しんでいた、帰り路もすっかり寄り道をしてしまい彼の持つ紙袋は膨れ上がってしまう。

 

「あれ・・・、あれは?」滞在する洋館の側にいる一人の女性は、傘も差さずに佇んでいた。憂いがあるその顔はアゼルの顔見知り、ティルテュである。彼女は別の洋館で暮らしていた筈、アゼルはただ事ではないと思い彼女に駆け寄った。

 

「ティルテュ、こんな所でどうしたの・・・。傘も上着も持たずに?」

彼女はフリージ特有の魔道士のローブのみで佇んでいたのだ、身体中の雪を落とす事もなくである。アゼルは頭や肩に乗っている雪を落として彼女を心配する・・・。

 

「アゼル・・・?」彼女は寒さで思考が止まっている様であった、憂いと虚ろが混濁した瞳がアゼルを捉えて名前を呼んだ。

 

「身体もすっかり冷え切っているじゃないか、とりあえず中に入って・・・。」ティルテュの手を取るが彼女は雪像の様に動かない、アゼルは背中にティルテュを回しておぶさった。氷柱を背中に背負ったかの様な感触にアゼルは館の自室へと急いだ。

 

 

自室へと着くなりティルテュをすぐに暖炉の前のロッキングチェアへ着席させ、暖炉の熱で作っておいた湯をアグストリア産の茶葉の入ったコップへ注いで彼女へ渡す。

 

「動ける?」

 

「まだ、少し無理かも・・・。」一口カップの茶を飲みまだ体が動き辛い事を伝える。

 

「とりあえず湯を準備してあるから、動ける様になったら風呂に入った方がいい。服も濡れているから、僕の服で我慢して。」アゼルは視線を向けない様にしている仕草にティルテュはようやく理解する。

彼女の魔道士のローブは身体の線が出やすい服になっている・・・、暖炉で温まった事で雪が水分となり服が張り付いて扇情的なものとなっていたのだ。

 

「あ!や・・・。」

ティルテュの頬に赤みが差す。ゆっくりとした動作で、更に利き手にはカップがあるので片手でスリットを改めて胸元へと手をやる。

アゼルはすぐに明後日の方向へ視線を逸らす、ティルテュ以上に赤みがさした彼の顔は今にも火が出そうであった。

 

「う、動けるなら風呂に入ってきて・・・。着替えも脱衣室にあるから・・・。」

 

「うん、アゼル・・・ありがと。」彼女が浴室に入り、ドアの音を聞いてアゼルは安心する。慣れない介抱に疲れた彼はその場で机にもたれかかり、ズルズルと足を床に滑らせて座り込んだ。

 

「こうも、してられないな・・・!」アゼルは立ち上がり、次の準備を急ぎ出した。

 

 

湯船に身体を沈めるティルテュ、体が温まりようやく鮮明になった思考で彼女は涙する。

(私、何やっているだろう・・・。アゼルにまた無駄な心配をかけている。・・・いえ、甘えているだけね。)

 

父は厳格、兄は野心があり向上力も高い人で私達姉妹にもそれを求めていた。家では窮屈な魔法の訓練に、淑女としての嗜みを身に付けさせらる日々・・・。政略結婚の道具にされる事に反対したティルテュは色恋沙汰に縁のないクロードを利用して家を出た、外に出れば言葉遣いもいつもの自分に戻れる・・・。エッダにいる間私は私でいられるとティルテュは思っていた。

それは間違いであった・・・。ティルテュはすっかりクロードの器の大きさ、その包容力に惹かれてしまったのだ。ほの字になったティルテュは猛アタックを敢行するも、クロードは見向きもしなかったのである。端から見れば性格は不一致、価値観も違うのはわかっているがティルテュは盲信的に攻め続けて、・・・撃沈した。

 

セイレーンの女中から漏れ出る噂にマーニャとクロードの色恋沙汰がよく出てくる様になり、ティルテュは真偽を確かめる為に男性が寄宿しているこの洋館を訪ねたのだが、いざとなると怖くなり立ち往生してこの有様になったのだ・・・。

 

迷いを振り切る様に体を洗い、髪を整えて浴室を出るティルテュ・・・。そこにはエプロンを付けたアゼルが優しく笑いかけてくれていた。

 

「お腹空いてない?よかったら一緒に食べてくれないか?」アゼルの優しい言葉にティルテュは涙しそうになる、これ以上彼の優しさに甘えるわけには行かず涙腺を閉めた彼女は無言で頷く・・・。

 

「ありがとう、ティルテュ。

この部屋なんでもあるけど食事は大広間だし、お風呂も下に浴場があるから使わないんだよね。最近は自分の事は自分でやってみようと思って使い出してる所なんだ。」アゼルはそう言って炒り卵とベーコンの焼き物、ライ麦を使ったパンの皿をティルテュの机の前に置く。ライ麦のパンも湯気が立ち昇りほのかな甘い香りとベーコンと香ばさが彼女の食欲を掻き立てた、アゼルが温めた山羊の乳を入れたカップを机に置くと彼もティルテュの対面の椅子に着席する。

 

「ティルテュ、さあお上がりよ。最近覚えたばかりだから大した事ないけど、暖まるよ。」アゼルの優しさにティルテュは陥落寸前であった。食べる度に彼女はアゼルに感謝し、最後には嗚咽しながら食べていた・・・。まるで子どもが親に諭されて泣いている様に、彼女は清らかな涙を流していた。

アゼルにはティルテュの事情はわからない、今はそっとしてあげよう。彼女は向こう見ずで失敗しないと分からない性格・・・、アゼルはそれを熟知してからこそ自分に出来るのは雨が降っている時に傘をさしてあげる事しかできないと感じていた。また雨が上がれば彼女は元気に大空を飛び立つ、それでいいと思っていた。

 

食事も出来終わり、ティルテュの心も落ち着いた頃に彼女はポツリポツリと話し出す。

それは初恋の儚い終焉、アゼルもその噂は聞いた事がある。・・・残念だがその真偽の程は真である。この館で二人の姿を見た事があるのがその所以であるがアゼルはその事を伝える程の度量はない、話を聞くのみに徹した。

一通り話し終えた彼女はそれから身じろぎ一つせずにその場で固まった、アゼルもまた彼女に声をかける言葉が見つからず時間だけが過ぎていく・・・。

気の利いた言葉をかけてあげたい、励ましてあげたい、慰めてあげたい、様々な感情がアゼルの中で渦巻いては消えていく。彼にはどれも実行するには勇気が過剰に必要であるのだ、つまりヘタレといえばヘタレだろう・・・。

 

「・・・服乾いたかな?」ティルテュが暖炉の前の服に目をやる。

 

「そうだね、そろそろ乾いているかも・・・。」アゼルも咄嗟に応える。

 

「ありがとう、アゼル・・・。

いつも・・・、昔からアゼルを困らせてばっかりだね。私の方がお姉ちゃんなのに・・・、アゼルに甘えてばっかりで・・・。もう!やになっちゃう。」

 

「ティルテュ・・・。」

 

「ごめんね、明日からはまた元気になったティルテュでアゼルに会いに来るね。今度は私がアゼルに腕を振るってあげるから・・・、私も特訓してからになるけど、期待してね!・・・脱衣所借りるね。」彼女は服を持って脱衣所のノブを開ける、体を半身程脱衣所に入った時に後ろからアゼルが抱きしめた。

 

「アゼル・・・、離して・・・。」

 

「離さない、嫌なら振り解けばいい・・・。僕はそんなに力を入れてないから。」アゼルの言う様に、ティルテュに抱擁するアゼルは優しく抱いている。拒絶すれば解くことは易しい・・・。

 

「私、こんなに良くしてもらっているのに・・・、アゼルの気持ちを無に何て出来ないよ。」

 

「それも計算の内さ・・・。」

 

「・・・アゼルの、バカ!」

 

「バカだよ、僕は・・・。だからいつまでもティルテュを支えてあげたい、それしか考えてないよ。」

 

「ううん、バカなのは私・・・。ごめんねアゼル、気付いてあげられなくて・・・。」アゼルの手を取り振り返る、ティルテュの目には悲しさからくる涙から別の涙へと変わっていた。ティルテュからアゼルの首に腕を回して抱擁する、そして二人の唇が重なった。

腕に回していた服が床に落ちて乾いた布が擦れる音と共に二人は床へ倒れこみ、求めあって確認するのであった・・・。

 

 

 

しばらく時が経つ、季節は夏を迎えていた。

シレジアの夏は短くこの時期に貿易は一気に活気づく、海の男から健脚な行商人が行き交いそれぞれの特産品が出ては入り、入っては出て行くのである。

そんな時期にカルトは悠々と酒場にいた、彼の手には相変わらず好んで飲むあの蒸留酒にオレンジを入れたカクテルがあった。

 

「シグルド公子、とりあえず旅が無事終えた事に乾杯!」

 

「・・・ありがとうカルト公。」カルトと同じ物を持ったカクテルのグラスを打ち鳴らして乾杯する。

 

「バイロン卿の事は残念だな、そこまで身体が弱ってしまっていたらここまで連れて帰る事は出来ないだろう。」

 

「そうだな。しかし身体を癒したら、シレジアに来てくれるまでに回復すれば陛下に謁見してレプトールの奸計によるものを証明できれば父上の汚名も雪ぐ事が出来る。エルトシャンの仇も取れるだろう。」

 

「そうだ、エルトシャン王の決死してまで作ってくれた機会を無駄にはできない。何としてもグランベルへ行かねばならないが、時期はまだ早い・・・。シグルド公子、バイロン卿がシレジアへ来るまで動かないでくれ。」

 

「承知した、シレジアに亡命している以上君達に迷惑をかけるつもりはない。カルト公とレヴィン王に従おう。」

 

「すまない・・・。シレジアもまだ完全に一枚岩になった訳ではなくてな・・・、いざこざが絶えず苦労している所だ。」

 

「帰り道に寄ったがリューベックの事か?」

 

「ああ、リューベックとザクソンあたりでダッカー派の残党が抵抗を続けていてな・・・。首謀者のドノバンがどこに潜伏しているかまだわからなくて困っている所だ。」カルトはカクテルを煽って次を注文する。

 

「カルト公、困った事があれば我らにも手伝わせてくれ。」

 

「ああ、その時は頼む・・・。」二人は再びグラスを打ったのであった。

食前酒が終わると食事が配膳されてくる、羊の肉を中心とした料理に海鮮をふんだんに使ったスープなどシレジア特産品がテーブルを支配していく頃キュアンも同席に参上する。

 

「キュアンも呼ばれていたのか?」

 

「ああ・・・。シグルド、無事の帰還で嬉しい限りだ。」グラスを二人も合わせる。

 

「料理も、人も揃った所で本題に入らせて貰うぞ。」カルトは二人が着席した所で切り出し、キュアンとシグルドもカルトの言動に耳を傾ける。

 

「先日、アグストリアへ飛んだのだが、イーヴ殿からこれを贈られた。シグルド公子、これの意味がわかるだろうか?」カルトは机にそれを取り出しておいた。

 

「これは、まさか・・・。」

 

「エルトシャン王の私室に保管されていたそうだ。」

 

「!・・・忘れるものか、これはエルトシャンと一緒に飲む予定だった約束のワインだ。」シグルドは目頭が熱くなる。

 

(今年はハイライン産のボジョレーが一番美味い、これに勝ち抜けたら秘蔵の一本を開けよう。)

エルトシャンの言葉が先ほど聞いたかの様に頭に響き渡るシグルドであった。

 

「是非シグルド様の手で開けてくれと言われていた。私室に置かれていたワインだからそろそろ呑まないと味が変わってしまう、だからシグルド公子、此処で空けてはどうだろうか?」

 

「そうだな・・・。カルト公、その為にキュアンまで呼んで此処を抑えたんだな?」シグルドの笑いにカルトも笑いかける。

 

「エルトシャンの最後のワインか、会う度に洒落たワインを持ち込んでいたが今回はどんな物であるか楽しみだな。」キュアンも楽しみなのかナプキンを取り付けて準備を万端にしていった。

 

「さあ、シグルド公子開けてくれ!今日の祝いの題目は・・・、無事に帰還した事と、シグルド公子がティルフィングを継承した事にしよう!」カルトはそう宣言してシグルドの腰にある聖剣を見つめる。

バイロン卿から継承した聖遺物はその激戦から傷みが酷かった。シグルドは明日にでも修繕に出す予定だが、その激戦の痛みを父の誇りとして本日は持ち込まなかった。

 

シグルドは包み紙を外すと懐のナイフを突き刺してコルクを抜いた。小気味のいい「ポン」という音が響くと二人のグラスに注ぐ・・・、その淀みないワインレッドに三人はため息をつく。

 

行き渡った三人は席を立ちグラスを高々と掲げる。エルトシャンへの感謝と敬意を示した後煽る、その芳醇な香りの後にくる強烈な葡萄の渋みと甘みが大地の恵みと共に訪れた。

 

「美味い、本当に・・・。あのアグストリアの厳しさが苦味、そして過ごした日々が甘みの様だ。」シグルドはそうこぼす。

 

「ああ・・・、そしてこの香りがその記憶として残るかの様だ。・・・いいワインだな。」キュアンがそう付け足した。

 

「さすがエルトシャン王・・・、最後まで気持ちの良い御仁であった。もう少し、彼と話す機会が欲しかったよ。」カルトの言葉にシグルドは笑みをこぼす。

 

「時間こそは少なかったが、君とエルトシャンは親友になっていた筈だ。」キュアンがそう付け足した、カルトは頷いて納得するのである。


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