ファイアーエムブレム 聖戦の系譜 〜 氷雪の融解者(上巻)   作:Edward

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ジレジアの秘術

長い地下鉱路を抜けた時、外は朝日がまだ出ぬ早朝であった。マイオスを含む三人はそのまま休憩を取ることもなくリューベックへ到着する。

リューベックはすぐ南にイード砂漠が口を開け、東は空白の草原地帯がありイザークへ抜ける事が出来る国境地点。この街は検問も兼ねたシレジアの玄関口でもあるが今や他国の難民と傭兵が闊歩する無法者の集まりと化していた。

マイオスは溜息をついてその惨状に嫌悪感を覚える。他国に蹂躙された事など建国以来一度も無かったシレジアが、こうも簡単に崩れ去る事はマイオスにとって我慢が出来ないものであった・・・。

 

堪え難い苦痛を覚えながらマイオスはリューベックの砦に通される、つい先日まではシレジア軍が所属していたのだが彼らに制圧されて廃れてしまい、無残な変貌を遂げていた。

質素であるが最低限の迎賓を招くように設置されたこの砦は価値のあるものは既に持ち出されており、無機質な物へと変化していた。

歩く連中は兵士としての教養などとは程遠いならず者が歩く姿に一際怒りを覚える・・・。

 

「あんた、妙な事を考えないでおくれよ。とっさに斬り殺してしまったら依頼主から報酬くれなくなるからね。」レイミアは腰の黒い剣を数センチ程抜いて警戒する。

 

「なら、お前達が報酬をもらってから考えよう。」

 

「そりゃいい!その時は雇ってくれたら代わりに私が殺してあげるよ。」レイミアの常識破りの発言に隣のレーガンはたまらず戒める。

 

「レイミア、少し黙ってろ。もうすぐドノバン将軍の部屋だ。

・・・俺たちの依頼はあんたをここまで連れて行く事、そしてザクソンからくるシレジア軍の防衛だ。あんたと将軍とのやり取りは仕事に含まれないが将軍をやられたら俺たちは報酬の貰い損ねになる、それだけは注意しておく事だ。」

 

「つまりは依頼主を殺すな、ということか。・・・いいだろう、従ってやる。」マイオスの同意をとったレーガンは大広間を抜けて依頼主のいる居住区に入る。そこから先は以前の砦の様相はそのままに調度品が立ち並び、依頼主の正規兵が行き来していた。正規兵とレイミア達と確執があるのか、一瞥して彼等の動向を見つめている。2人は一向に気にする素振りはなくそのまま悠々と依頼主のいる部屋の前に向かった。歩哨兵の立つ一室でマイオス達を見るや、1人の兵士が中に入る。おそらく依頼主への報告だろう、三人は部屋前に立つなり中へ通された。

 

中には一人の男がいた。執政官や軍人とは程遠く、一目見ると山賊か外のならず者と変わらない悪人顔がそこにあった。違いといえば着ている軍服ぐらいだろう・・・。初見であればいささか動揺したと思われるが、何度か顔を合わせた事があるのでそれは避けられた。

 

「やはり貴殿であったか、ドノバン将軍。」マイオスは予想出来ていた人物に語りかける。

 

「マイオス王弟!助けが遅れまして申し訳有りません。覚えてくださいまして光栄の極みでございます。」ドノバンはマイオスの前で膝まづくと世辞を並べ立てる。

 

「助け、だと?儂はそのような事を貴殿にお願いした事はない、一体何を考えているのだ?」マイオスの言葉は拒否からくるものではない。こちらの言い分を聞いてくれる態度にドノバンは一つ障害がクリアされたとして安堵する、マイオスはその逃げ場を作りドノバンを饒舌にする為に仕向けたのである。マイオス策略にとなりのレーガンは逃す事は無い、気づいていないのは無能のドノバンただ一人であった。

 

「私の主人であるダッカー様の意思を継いでの事です。生前ダッカー様はマイオス王弟を高く評価されており、自分が王位に就いてもマイオス王弟を片腕に欲しいとまで仰っておられてました。

残念ながらダッカー様はレヴィン王の謀略により討たれてしまい、私もこの国を去ろうとしたのですが、ここで私が去ればダッカー様は無駄死にになってしまいます。

私はダッカー様の言われておりましたマイオス様を助け出してこの国の為に、まだ執政の事を知らぬレヴィン王の愚策で滅びる前にマイオス王弟に全てを賭ける決心をしたのです!」ドノバンの作られた言葉を聞いてマイオスは辟易する。この男は教養の一つもない愚物、口調もこのような礼儀作法の言葉では無い。作られた手順書に沿う演説程心に響く事はない、マイオスは冷たい目でドノバンを見て心の中で侮蔑した。

 

「ドノバン将軍、貴殿の言いたい事はわかった。しかし私はその提案を受けるつもりはない。

むしろ将軍のやり方には些か不満があるくらいだ。

儂は他国から干渉されて擁立する王国に興味はない、これでシレジアの王となった所で傀儡の執政者に成り下がってしまうではないか?」

 

「彼等はイザークで行き場を無くして国を追われた者達です、彼等には住む場所を提供する見返りに傭兵として擁立する事は他国の干渉では有りません。」

 

「それでも儂は自分たちの国の事は自分達の手で掴みたいのだ、将軍や兄上の目指す王政の在り方とは違うと思っているよ。」マイオスはドノバンに拒否する事で彼の出方を待つ事にした。

 

「・・・軍の全てをレヴィン王に掌握されました、私達はもうダッカー様の持つかつてのパイプを使って援軍を貰わなければ太刀打ち出来ません。マイオス王弟ならどの様な手を考えられるのですか、この状況を覆す自国だけの手段はあると言うのですか?」

 

「そんな物は儂にもないさ、だから二年以上もトーヴェで何もせずに暮らしていた。

将軍、兄上を討たれて手段がない事はわかる。だが他の天馬騎士団の様にレヴィン王の元へなぜ戻らなかったのだ、レヴィン王は袂をわかった全ての者を受け入れると表明したではないか?」

 

「・・・私の様に魔法も使えず、空も飛べない者達はこの国での扱いは知ってますよね?将軍という要職を得ても待遇は無いにも等しい、天馬騎士団の四人にも魔道士のクブリとは天地ほど違いがあるのです。

・・・私がシレジアに帰属しても何一つ得られるものはない、だからこそダッカー様が私には必要だったのだ。あの方も聖痕が現れずに淘汰されたお方、私とは通じる物があったのだ!」徐々に口調が崩れてきたドノバンを見て本質を掴むマイオス、彼のいう事も分からなくはないが手段はやはりお粗末さを感じ、さらに落胆の色を含ませた。

 

「儂も聖痕はない、儂の息子にも出現したのにな・・・。

それが元で内乱を起こそうとしていた儂は、今となっては全てが虚しい。それでもまだ気づけただけでも良しとしているつもりだ。

将軍、ここらで終わりにしないか?あんたの身柄は儂の命に代えても保証する。・・・今なら引き返せるやもしれん。」マイオスの言葉に将軍はわなわなと肩を震わせる、それは怒りからくるものなのか落胆からくるものかは判別できない。彼は俯いたままでその表情を表に出さなかった。そしてひと時を置いて彼はマイオスに摑みかかる。

 

「なぜだ!なぜそこまで貴方は落ちてしまったのだ!!正当な後継者の一言で自分の息子に近い男にいい様にされて黙ってられるんだ、誇りはないのか!今一度シレジアの王につきたいと思わないのか!!」

 

「儂はその野心の為に大事な物を失っていた事に気付き、全てが虚しく感じた。今は息子の恨みを受け止めて殺される時を待つ事が唯一の生き甲斐だ。だから、儂に無駄な期待はよすのだな。」マイオスはそういうと、ドノバンはその場で崩れ落ちた。彼にとってマイオスをこの軍のトップに立ってくれる事を疑ってもいなかったのだろう、その計画の頓挫に酷く打ちのめされのだ。

 

「将軍、貴方一人でここまでこの反乱を成功させたわけではないのだろう。誰の言葉に従ってここまでの計画を作ったのだ。」ドノバンはその言葉にびくりとする、マイオスの顔を見上げて看破されている事に一際驚いていた。

 

「やはり、そうだったか・・・。さあ、一体何を考えている。次は私の質問に答えて・・・!」マイオスがドノバンに詰め寄る時、背後よりマイオスの両の手を掴み拘束した。

 

「レーガン、といったな・・・。どういうつもりだ?」

 

「・・・依頼主の指示だ。」

 

「!依頼主は将軍ではないのか。」

 

「それは思い込みだ、私の言葉の中にドノバン将軍を依頼主といったか?」マイオスは思考の中でレーガンとのやりとりを思い出すが、確かにドノバンを依頼主といった事は無かった。

 

「貴様達は、一体誰の指示で動いている!」

 

「・・・仕事上依頼主を明かす事はしない主義だが今回は別だ・・・、その方はとっくにきているぞ。」レーガンはマイオスの身体ごとを回して背後にいる彼等の本当の依頼主に引きあわせる、マイオスの背後にその依頼主は佇んでいたのであった。

 

 

 

 

 

リューベック城下町から東へ5キロ辺りで、ベオウルフとマーニャに加えてシレジア魔道士も加わった部隊はイザークの残党で結成された剣士からオーガヒルのならず者で構成された部隊とぶつかり合う。

そんな烏合の集に混じって強力な部隊のレイミア隊は少数ながら手強い存在であった、ベオウルフの部隊ですら制圧できなかった部隊に警戒しながら戦う。

 

クブリは先手必勝とばかりにドラゴンナイトの竜すらも屠ったトルネードで前線を崩壊させ、直後にマーニャの天馬部隊が空襲する。

弓兵がすぐ様後方から飛び出してくるが、地上をかけるベオウルフの騎馬部隊がすぐ様突貫して弓兵を斬りふせる。

 

「隊長!!さらに後方から弓兵が!」

 

「わかってる!任せろ!!」ベオウルフは普段使っている大剣を背中に戻すと腰にある剣を高々く掲げる。すると剣先から眩い光が放たれると後方の弓兵に雷が鳴り炸裂した、後方の魔道部隊より届かない場所と思っていた連中は慌てふためいてさらに後退していく。

 

「凄い!隊長は魔法が使えたのですか?」

 

「んな訳あるか、あったらお前達とつるんでないさ。これは戦利品だ。」鞘に戻して再び大剣に持ち替えた。

いかづちの剣は元々、アグストリアのマディノでエルトシャンに雇われた剣士でジャコバンの持ち物であった。カルトに要らぬ挑発をした為に、最後は至近距離で魔法を食らって絶命した男である。

その男の備品にベオウルフは失敬した形となる・・・、隊員から冷たい目を向けられた。

 

「そんな目で見るな・・・、それよりも俺たちも続くぞ!!」ベオウルフはバツが悪いとばかりに前進した戦線に馬を駆ける、間接攻撃を手に入れたベオウルフはさらに躍進していくのである。

 

 

「ベオウルフ隊が弓兵を抑えてくれているわ、今よ!!」マーニャ隊は弓兵の回避に上空は飛ばずに高度をギリギリまで落として旋回するように動いていた。高く上空にいるよりは狙いが定めにくいし遮蔽物をうまく使えばやり過ごしやすい、マーニャの考案した作戦でまだ射落とされた者はいなかった。

マーニャ隊は手槍を引き抜くとベオウルフ隊が苦戦している剣士に投げつけて牽制していく・・・。

 

「さあ、準備は整いました。皆さん、行きますよ!」

クブリの号令で一気に魔道士隊は魔力を解き放つ、わずか20名だが魔力を共鳴させて一つの大魔法を撃ち放つ。

 

「ブリザード!」一斉に同じ所作から放たれた大魔法は敵陣広範囲に吹雪を起こそうと言うのだ。

あらかじめマーニャとベオウルフにその事は説明し、防寒着を準備させてある。彼らは魔法範囲から逃れるように一度後退するがそれでも範囲に入ってしまう事を考慮に入れての判断だった。

魔力により大気の圧力を一気に下げ、辺りから雨雲をかき集める。気圧を下げる事でトルネードに近い事象が発生するが魔力でコントロールしてその風の冷却作用を使用、雨雲から氷雪を作り出すと一気に風のコントロールをやめて暴風を作り出すシレジアの秘術。

 

かつてこの国を外敵から守る為に風使いセティが『凍てつく秘術』を使ってシレジアは他の国とは違う気候を作り出し、一年の半分を雪に覆われた極寒の地へと変貌させた。

しかしそれでもその短い時を狙ってこの国を狙うものは少なからず存在する、それを排斥する為の魔法がこの遠距離魔法のブリザードである。

他の国よりも魔法で大気圧を低下させやすい、この国だけの特殊魔法である。セティの大いなる遺産は確かにこの一世紀ジレジアを外敵から守り続けており、この度の戦いにおいても決め手となった。

暴風が氷雪を伴い、防寒具に身体を包んでいない彼らの体温を容赦なく奪っていく。その凄まじさに戦闘は止み、風が身体の自由を奪われてその場でうずくまる事しかできない。

 

「ジレジアの大いなる魔法か、今までどの国も侵略できない筈だ。」ベオウルフは防寒着を着込んでもなお身体の芯まで冷えていく感覚に戦慄する、戦いを求めて各地を転々としている傭兵騎団でもジレジアには訪問した事はない。それはこの国が傭兵騎団を必要と考える事も、攻め込まれて要請する必要もないからだろう。

彼の言葉を聞いていたマーニャはふっと笑う。

 

「ここは天駆ける馬と風を守護する魔道士が守る国、簡単にはこの国を攻略する事は出来ないわ。」

 

「確かに・・・、一歩間違えていたら俺たちもあちら側にいたかも知れねえ。ぞっとしている。」ベオウルフは身を震わせながらマーニャの言葉に相槌を打つ。

 

「よかったですね、こちら側で・・・。それに、うちの女の子とまで仲良くなれる事が出来たのですから。」

 

「!ディーとの事知ってたのか・・・。」

 

「あら、ディーっていう娘なの?可愛らしい名前ね・・・。それとも愛称なのかしら?」マーニャの言葉に翻弄されたベオウルフは動揺する、その会話を聞いていた傭兵騎団の方々より非難の声が広がった。マーニャの目は優しくしているが、その涼しい目はベオウルフを捉えて離さない。

 

「〜〜〜〜!」声なき非難をマーニャにぶつけたかったがベオウルフは心の声が警戒を発する、マーニャは再び発するまで黙っていた方が得策と本能が感じる。

 

「私とクロード様の事を言ったのは、貴方ですよね?ベオウルフ様・・・。」

 

「おっ!おい・・・、こんな時にそんな事を・・・。」

 

「あなたですよね?ベオウルフ様?」マーニャの表情は穏やかなままで、口調も普段と全く同じである。その恐ろしさにベオウルフはさらに寒気を覚える、まるで防寒具など役に立たない。

 

「申し訳ない!まさかあんなに広がるとは思ってもなかった。あんなに尾ひれがついてジレジアの女中全員に広がるなどとは・・・。」

 

「ジレジアには冬になると必ず流行る病があります。女中の噂はその病よりも伝染が早いのですよ、口にお気をつけあそばせ・・・。」徐々にブリザードの魔法が解け出し、視界が徐々に晴れてくるタイミングを見て去り際の一言がベオウルフの精神をさらに蝕んだ。先程まで非難されていた騎団の者達は、別の意味でベオウルフを非難する事をやめたのである。

ブリザードを受けた、傭兵達は吹雪で動けない大半を残して本隊はリューベック内へと敗走し、城内戦へと突入していく・・・。


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