ファイアーエムブレム 聖戦の系譜 〜 氷雪の融解者(上巻)   作:Edward

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融和

「シアルフィの将軍の覚悟、見せてもらったぞ。」

危険な状態を抜けたとは言え、確かにあの時はまだ瀕死であった。

にも関わらずアーダンはレーガンから黒曜石の剣に手槍を投擲してレイミアに愛剣を取り戻すきっかけを作り、そしてレーガンも手傷を追って戦線から離れた。彼がロプト教団の手の者という正体まで看破するきっかけまで・・・。カルトはその想いに賞賛を讃えて治療を続ける。

まだ意識が戻らないアーダンだが危険領域を脱した彼よりレイミアの腹部の傷が深刻で、毒も受けており立て続けにレストとリザーブまで使う羽目になりカルトの魔力殆どを注ぎ込む事となった。

 

「これでいいだろう、二人を連れて城へ戻るぞ。」カルトは撤収の準備に入る。アゼルの港方面も気になるがまだ暗黒教団の連中が城を目指しているのなら狙いはディアドラの可能性が高い、連中も手段を選ばず表舞台へ現れる事から焦りを生じているように感じた。アーダンの部下達は二人を調達した荷台に乗せて城へと急ぐのである。

 

「あたしの為に迷惑をかけちまったねえ・・・。何かあたしにできる事はないかい?あたしはこの一年あんた達の妨害工作を続けていたから信じてくれないかもしれないけど、なんだってやるつもりだよ。」カルトはレイミアの眼に真意を感じる、決してこの場をやり過ごす為や誤魔化しでいっているのでは無い・・・。と確信するが、彼女の言うようにこの一年で彼女の妨害工作に前線の者からは非難が飛び交うだろう。それでも彼女の能力を失う事もカルトには惜しいと感じてしまう・・・。

 

「それなら・・・。」カルトはレイミアに依頼した事は意外な提案であった。

 

 

 

 

アーダンは眼を覚ます、ここ一年自室として与えられたセイレーン城近くの自宅であった。その目覚めにまだ自分が置かれている状況が見えてこない・・・。

 

「俺は、死んだはずでは?」頭に手を当てて思い出そうとするが意識を失っていて読めずにいた。腹部に受けた傷もすっかりなく、まるで夢の中の様に思えたが部屋の隅にある鎧は機能しないくらいに痛んでいた・・・。あれはまさしく現実であった事を証明していた。

アーダンは立ち上がろうとするが、身体に力が入らずベットに戻ってしまう。目眩が酷く手足に痺れが走った。

 

「目が覚めたかい?」

 

「あんたは?」

 

「あたしを覚えてないかい?先日命を懸けて戦ったあたしを・・・。」

 

「え・・・レイミアか?なぜここに・・・?」アーダンが驚くのは無理がない、彼女は戦場であった姿形をすっかり変えておりアーダンでなくとも判別するのは難しいだろう。

艶のない長い黒髪は戦いの最中に斬り落としたがその髪を手入れをしてアイラの様な艶のある髪へと変貌させていた、それを後ろで結い流している。ブレストプレートも身につけておらず、今はシレジアの住民と同じ様に麻のワンピースにエプロンを着け、冷える肩にショールを巻いた姿で現れたのだ。レイミアは気恥ずかしそうに身をよじって俯いてしまう。

 

「これが、あたしの仕事だよ・・・。」

 

「なに・・・?」アーダンはさらに頭が混乱する。

 

「あんたとあたしを助けてくれたカルトという奴に、あたしの身の振り方を聞いたらこの様さ。アーダン将軍は死んでもおかしくないくらいに失血している、しばらく動かないだろうから介抱するように。だとさ!地獄のレイミアがあんたの看護なんて・・・笑うかい?」

だから彼女は看護する為に一般人の格好をしていたのだ。横にあった機能しない鎧は血糊が付いていた筈なにのに綺麗に清掃されており、自身の体も清拭されていた。

 

「そんな事はないさ、似合っているよ。」アーダンはにこやかな笑みを讃えてレイミアに返した。

 

「あんた、まだ寝ていた方がいいね・・・。失血で意識がはっきりしていないだろう。」

 

「身体は動かんが意識ははっきりしている。レイミア、似合っているよ。事情が違えば君はそうやって町にいる普通の女性と変わらないような生活をしていたんだろうな。」

 

「アーダン・・・。」

 

「俺が動ける様になったら剣を捨ててどこかでゆっくり過ごすんだ、君に必要なのは戦争から縁を切って一般人の様に過ごす事だ。」

 

「いっ、今更そんな生活できる訳ないさ!あたしの手は血に塗れているんだよ!!・・・こんなあたしを受け入れる場所なんて、どこにもないさ。」

 

「・・・そんな事はない。」

 

「・・・・・・。」

 

「カルト殿はレイミアの心の変化を見極めたからこそ俺の介抱をお願いしたんだろう。今のレイミアはまるで町娘だ、地獄のレイミアなど微塵もない。だから、新しい自分を見つけるんだ。

そうなってくれなければ、俺が命を懸けた意味がない。」

アーダンの言葉にレイミアは陥落する。込み上げる涙をぐっとこらえ、破顔する顔をアーダンから背けて頷いた。この時、本当の意味で地獄のレイミアの歴史は幕を閉じたと言っていいのだろう。ベットから懸命に身を起こしてレイミアの肩に手を添えたアーダンは祝福の意を無言で伝えたのであった。

 

 

アーダンはその後暫く戦線から抜けてしまい、ようやく復帰した時にはシアルフィとシレジアは最後の戦いに臨む事となる。奇しくもその戦いに身を投じたアーダンは二度とこの地に戻る事はなかった・・・。

レイミアはアーダンの帰りを待ち続けたが戻る気配がなく、失意の彼女もまたシレジアを後にする。その後、剣を捨てたレイミアを見たものはいなかった。

ヴェルダンの片田舎に、壊れたフルプレートアーマーと真っ黒な刀身の剣を飾った「黒の剣士」の元へキンボイスが訪れるのはいまより17年後の話である・・・。

 

 

 

二隻の船が燃えていた、アゼルの超魔法メティオにより破壊し炎上した物である。

海賊はアゼルとセイレーンの海兵達で撃退できたが、1人の暗黒魔道士により苦戦を強いられていた、次々に倒される海兵達を守りつつアゼルとアゼルの魔道士隊は立ち向かっていた。

 

「放て!」

アゼルの号令で一斉に炎魔法を浴びせるが、魔道士は燃え盛る火の中でも笑みを絶やさない。

 

「ダメです!効果がありません!!」

「なんて魔道士だ・・・。」

「敵魔道士、攻撃きます!!」

 

「退避!」アゼルはすぐさま隊を引くように指示するが前衛の数人が、瘴気を操るヨツムンガンドを喰らい倒れていく。

 

「もっと引くんだ!僕が行く!」アゼルは馬の腹を蹴ると一気に駆け抜ける、細身の剣に持ち替えて発動直後の魔道士に一刀を入れるとすぐ様、左手で魔法を発動させる。

 

「エルファイアー!!」豪炎に包まれる魔道士、アゼルの一人連携攻撃を受けて昏倒する。あたりの瘴気が消え去りアゼルも手応えを感じた。

 

「アゼル様、ご無事ですか!」

 

「ああ、これがカルトの言っていた暗黒教団の魔道士か?不気味な連中だ。」火柱を見つめながら呟く。

 

「全くです。魔法防御による耐性だけではないですな、ダメージを受けていたのにすぐさま回復していくなんて・・・。」

 

「くくくく・・・。今のは多少効いたぞ、だがこの程度では儂を殺す事は出来ぬな。」

アゼルは再び火柱を見た時、瘴気が焔を食いちぎるかのように立ち上りかき消していく・・・。その中心にはあの不気味な魔道士が細身の剣で切り裂かれた傷も回復して立ち上がっていた。

 

「あれでも駄目か・・・。ボルガノンを使いたい所だが、ここ使えば港が無事じゃないし何より魔力の集中を許してくれる時間はないだろうな・・・。」

アゼルは呟き、部下も同意する。

魔道士の前面から瘴気が吹き出すと形を矢に変えていく、遠距離魔法に切り替えて後方を狙う算段だった。次々と出来上がる矢を見て慄くアゼル、させまいと魔法を発動準備に入る。

 

「ファイアー!」初級魔法を繰り出す。

 

「エルファイアーでも駄目でしたのに、なぜ?」アゼルの配下は呟く、先程の連続攻撃で上位魔法を使用してもダメージを与えられないかった。魔法の足止め目的にもならない魔法を選択したアゼルの真意は捉えられない、魔道士は当然魔法の解除もしないし回避も考えていない。

 

「無駄だと言うのに・・・、っつ!」冷ややかな魔道士だが炎の中に仕込まれたナイフに腕を裂かれる、それでも魔力を解除させまいと集中させるがその時間を作り出したアゼルは馬を駆けて細身の剣を突き立てる。

 

「ぐああ・・・!小癪な小僧め!!」フェンリルで作り出した暗黒の矢を至近距離のアゼルへ繰り出す、ダメージを与えて魔力が幾分か消す事が出来たが直撃してしまい吹き飛ばされた。馬から飛ばされて倉庫の壁面に強かに打ち付けられると、そのまま崩れ落ちる。

 

「止めだ!」追撃のヨツムンガンドがアゼルに放たれる、その慈悲なき負の力はアゼルを蝕んと放たれる。アゼルは瓦礫を這い上がるが既に打つ手はなく被弾を覚悟するしか無かった、内なる魔力を高めてその効果を少しでも和らげんとする。

外に放出する魔力と内部で高めて抵抗する魔力の使い方はまるで違う。カルトがかつて魔法防御が苦手であったように、魔法の得手不得手は各々違ってきてしまう。アゼルは攻守のバランスが良く、魔法の安定性が良い。それ故にカルトやフリージの姉妹の様な爆発力に欠ける点があった。

いよいよ迫る邪気にアゼルは覚悟を決めるが前面に配下の魔道士が盾となり受け止めた、唯一アゼルの突撃に追いついたアゼルの右腕である魔道士が身を呈してアゼルの危難を救ったのだ。一瞬にしてローブが張り裂け苦痛の声と共に倒れ込む、アゼルは済んでの所で彼を抱き起こした。

 

「アゼル様・・・。いけません、逃げて下さい。」

 

「何を言うんだ、傷は深いが致命傷では無い。」アゼルは最近ようやく物に出来た治癒魔法で配下の魔道士に治療を施す、彼は使用できるのはライブのみ・・・本心で言えば心許なかった。

 

「寿命が少し伸びただけの事だ、諦めよ。」暗黒魔道士は再び魔力を集中させ始める。まだ後衛の魔道士はこちらにくる様子はない、瘴気が立ち込めており煙幕が辺りを覆っているので迂闊に動き回る事が出来ないからだろう。それでもアゼルを救った魔道士の行動は賞賛に値する物である。

 

暗黒魔道士の魔力が再びヨツムンガンドに充填され始める。アゼルは瀕死の重傷を受けた配下を背中に背負いライブをかけながらその場から離れようと足掻くがその滑稽さに暗黒魔道士は笑い嘲る、その証拠に歩けばライブの効力は下がりどちらも覚束なくなるのだ。

 

「無駄だ!諦めろ!!」

「アゼル様、無茶です!貴方だけでも逃げて下さい。」

敵味方よりアゼルの行動を否定されるが彼はその足を止めない、治療も続けてその意思が強く彼を奮い立たせる。

 

「無駄では無いさ、ましてや仲間を見捨てて逃げだりもしない。生きる意志を捨てない限り活路はある。だから君もこの状況に負けないでくれ・・・、僕らの仲間はきっと助けに来る。」アゼルは一歩、また一歩と歩き出す。足取りは遅いが、彼の踏みしめる足は確かな歩みであった。敵前の目の前で迷いの無く背後を見せての足取りに暗黒魔道士ですら一瞬の躊躇いを誘ったくらいである。

 

「ええい、二人仲良く死ぬがいい!」放たれるヨツムンガンド、それでも二人は振り返る事は無い。覚悟から来るものなのか、それとも仲間の救出が来るとわかっていたのだろうか?アゼルが配下の者に向ける笑みは決して諦めからくる物ではなく、本心から自分を信じそして仲間を信じる行動そのものであった。

 

迫り来るヨツムンガンド、その邪悪な波動を横切る一人の騎士が馬の嗎と共に現れた。アゼルの心に呼応するかのようにあられた騎士の右手には緑に輝く宝石が埋め込まれた煌びやかな聖剣が握られており、その一閃により霧散するヨツムンガンドに暗黒魔道士は初めて狼狽の表情をあらわにした。

 

「わ、わしのヨツムンガンドが・・・。貴様何奴!?」邪気を放ちながら迫る魔道士にその騎士は一歩も怯むことはない、辺りに漂う邪気は彼を忌み嫌うかのように近寄る事はなく周囲を旋回するだけである。再びその聖剣を一閃すると当たりの邪気も霧散していく・・・。

 

「私はシアルフィのシグルドだ!」高らかに宣言すると馬を走らせる、魔道士に分が悪いと判断すると転移魔法で逃げの一手を打とうとするがその途端に魔法が打ち消され始めた。遠方からサイレスを使われているらしく、うまく発動できなかった。

 

「お、おのれ!!」無理やりサイレスの効果を魔力を高めて振り払うが、シグルドの馬が既にそこまで来ていた。青白い軌跡を残して魔道士の首に入り、彼の首は彼方へと飛ばされていた。

シグルドの剣技と聖剣が一体となった瞬間であった。彼自身この手応えに聖遺物の偉大さを肌で感じ、バルドへの感謝を讃えてから納刀するのであった。

 

「シグルド公子、やはり彼は凄いな・・・。」アゼルは危険から脱した事を感じてようやくその場にへたり込んだ、もう体力を使い果たして動ける気配もない。

察知したかのように彼と配下の者にリブローの癒しが送り込まれ始めた、白い癒しの光にアゼルは伝心を送る。

 

『ティルテュだね?ありがとう、助かるよ。』

 

『ううん、私こそごめんなさい。まだ動き回る人にはうまくリブローができなくて・・・。』

 

『大丈夫さ、僕達の子供を見るまでは死ぬ訳にはいかないからね。それに僕が駄目でも絶対に誰かが助けに来てくれると信じていたよ。』

 

『アゼルったら・・・。』白い光に癒されたアゼルは妻となったティルテュへの感謝の気持ちを伝心魔法で伝え続けるのであった。

 

 

 

 

暗い地下坑道に乾いた足音が響いていた。

腹部にダメージを受けたレーガンは足音を消す余力がなく、今は地下のある場所を目指して向かっていた。

 

「ちっ!黒曜石の剣のせいで回復が始まらねえな、早く戻らねえと・・・。」

 

「何処にだい?」誰ともなく呟くた言葉の返答にレーガンは戦慄する、再び無音の動作に立ち戻りダガーを投げつけるが空を切る音のみで虚しく壁面に当たり乾いた金属音がするだけであった。

レーガンは冷静さを取り戻して辺りに注意を払う、気配一つ拾う事が出来ない状況に先程の声の人物は自身と同様の隠密行動に長けた者と判断し警戒する。

そのレーガンを嘲笑うように相手から発せられた照明物により二人は互いに視認しあう事ができた。その眩い煌めきに少しの間目が眩んだが互いに目は鍛えられている、すぐさま脳が明暗を調節させて明るさに順応していた。

 

「・・・デューさん、あんただったのか。」

 

「レーガン・・・。」

 

二人は動揺を見せるが互いに隙は作らない。デューは片手剣を、レーガンはダガーを両手に構えて動向を伺うのであった。


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