ファイアーエムブレム 聖戦の系譜 〜 氷雪の融解者(上巻)   作:Edward

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奇襲

リューベック攻略を進めるベオウルフはようやくその制圧に成功するが、その後味の悪さに悪態をついてしまう。

結局の所地下坑道からは増援はなく、グランベルからの追撃の応援もないままに制圧はあっという間に終わったからである。まんまと敵の張子の虎に慎重に対応し過ぎてしまい、時間を浪費している事に苛立つ感情を抑えきれず、その矛先は捕らえられてすっかり大人しくなったドノバンに向けられていた・・・。

 

「おい!マイオス公はどこにいる!あれだけ虚勢を張っときながら逃げたとかほざくなよ!!」ベオウルフの尋問はすでに拷問にかけられるように扱われている、顔面を数度となく殴打しておりドノバンの顔は内出血による変色と腫れにより変形を始めていた。

当のドノバンにもわかる訳はなく、ベオウルフの殴打の度に悲鳴をあげて床を転げ回っていた。

 

「ベオ、それくらいにしておけ。見るに耐えん・・・。これくらいの尋問に悲鳴をあげるような男だ、知っていればとっくに吐いているさ。」アイラがベオウルフを窘めている所を見てドノバンは安堵の溜息をついた。それは大きな間違いである事を本人は知らない・・・、アイラは剣を抜き放ってドノバンに迫る。

 

「情報がこれ以上ないなら、主犯者として斬首してやる。」アイラの言葉に近くにいた傭兵2名がドノバンを拘束し、首を落とさせてアイラの意を汲み取るように斬首の用意する。

 

「ひいー!!」金切り声を出して暴れるが屈強な二人の拘束は見事な物で完全に抑え込まれていた。

 

「どのみちシレジアを引き渡しても拷問の末に情報がなければ斬首になるんだ、今死ぬ方が楽になれるぞ・・・。

シレジアには剣の名手はいないからな、私の剣の方が苦しまずに済む。」すらっと上段にあげてドノバンの首に狙いを定めた頃、失禁し無残な姿になった。

 

「言う!言います!!言いますから待ってください!!」ドノバンの一声にアイラは振り下ろす剣を止めて、彼を離すように促す。彼の口からこの反乱の全てが吐かれるのである・・・。

その事実を知ったベオウルフとアイラはイード砂漠から戻ってきたレヴィン達に話し、その全容が明らかになっていく・・・。

 

 

ドノバンは先の反乱で主人であるダッカーを討たれてシレジアの軍部に吸収されようとしていた。しかし彼のように魔法は使えず、天馬騎士でもない者は厳しい気候と地形が守るシレジアでは使い物にならない事は明白であった。

彼は同じ境遇の者達とすぐ様ザクソンから抜け出してリューベック地方へ逃げ込み、ダッカーから聞いていた地下坑道へ潜りシレジアからの追撃を逃れた。持っていた食料も底を尽き、山賊紛いに村を襲っては隠遁生活を送る日々にシレジアへの復讐を募らせていく・・・。

 

ある日いつものように地下坑道で仲間達と食事を交わしている時にロプト教団を名乗る二人が彼の前に現れたのだ、それがレイミアとレーガンである。

教団もシレジアを内部から混乱させて、そのどさくさに要人を攫う計画を吐露し協力戦線を申し出てきたのだ。協力してくれるのであれば資金、食料、シレジアを転覆させる計画を提供すると言うのである。

 

ドノバンはその美味い話をすぐ様は信用しなかった。しかしながら彼ら二人が要する傭兵部隊はリューベックに居座ると徐々に治安は乱れていきシレジア本城でも手を焼いている様子が伺えた。

国境警備網をくぐり抜けてリューベックに集まるならず者達、彼らをすこしづつ地下坑道へ招いて反乱の準備が整っていく変化にドノバンはとうとうロプト教団の協力を要請したのである。レーガンとレイミアはすぐ様大司教と名乗る男とドノバンを引き合わせ、シレジア転覆させる計画を徐々に話し始める。

 

マイオス公をトーヴェ監禁から救い出し、トーヴェを囮にリューベックを戦線にする。戦力が十分に二分された所でロプト教団はセイレーンを海上から襲って要人を攫う。

トーヴェとセイレーンに部隊を足止めしている内にリューベックの傭兵を撃破してシレジアへ攻め登る計画をしていたそうであった。

ドノバンはその計画に見事に乗り、あえなく御破算となったのである。

マイオス公を計画通りリューベックまで連れてこれた事に満足し、陶酔してしまったのだろう。戦力差をまるで視野に入れていない杜撰な計画でもある程度うまく言ったが為に盲信し、ロプト教団にとって使い捨ての都合のいい駒として使われたのだ。本人はまだそれに気付いていないのだから性が悪い。

 

 

ベオウルフとアイラはリューベックへ帰還したレヴィンとクブリに話し終わった時、二人は明らかに動揺し狼狽いしていた。セイレーンが危ない!二人の頭に警鐘を鳴らすが、現段階で打てる手が少ない・・・。

リューベックからセイレーンまで徒歩での移動では到底間に合わない。レヴィンとクブリはもちろん、クロード神父も転移の魔法を扱えるが先ほどの戦闘で魔力も体力も底をついている。マーニャの天馬隊は半数以上を失っている、派遣する事など出来なかった。

 

ザクソンの守りについていたレックスとシレジア周辺で森林に潜む残党狩りをしていたジャムカは既にセイレーンへ向かっている。

またトーヴェの守りについていたシレジアの騎士団もセイレーンへ、山脈の残党を探っていたパメラとディートバまでシレジアの騎士団と共に向かってくれていた。

リューベックの者達はここで急いでもどうする事も出来ず今は魔力と体力の回復を待つ事となったのである。

 

 

「ロプト教団が拐おうとしている人物とは、カルト様の事でしょうか?彼らにとってカルト様は厄介な人物ですから。」クブリはレヴィンに先ほどの話の中にあった疑問を投げかけた。レヴィンは広間の端で椅子に座って目を閉じていたが、その言葉に反応して開かれる。

 

「イザークでクルト王子が謀殺されたが、あれも奴らが絡んでいた可能性があるならカルトが対象ではないだろう。どちらかといえばカルトは攫うより、殺害する方を選ぶだろうからな。

あるとすればこのシレジア内に、いやセイレーンにいる誰かがロプトの血に連なる者がいるかも知れない方を考えるべきだろう・・・。」クブリはその回答に驚愕する、一般の常識ではロプトの血はかつての聖戦で絶えたと言われている。その話しを信じずにロプトの血は残っていると言われており、ある地方では異端者を魔女狩りと称して火炙りにするという風習が今尚残っていると聞いているがレヴィンが言う言葉を信じることがすぐには出来なかった。

 

「ロプト教団の活動が活発になってきているのはそれが原因かも知れない、と思えば合点がいくと思わないか?カルトは話してくれなかったが、答えはあいつが持っているのだろうな。」レヴィンの言葉にクブリは同調し、その間にその可能性を持つ人物に思い当たる・・・。

 

それはシレジアに脱出する前、オーガヒルでシグルドの妹でエスリンとディアドラが乗った馬車を襲った賊の話しである。ディアドラ以外が重傷を負っていて詳しい話しを聞けなかったが、デューはその戦いの後で参戦しその一部を語ってくれた。賊の容姿と使用する魔法よりロプト教団の者と推測される。カルトが重傷を負う程の相手、襲われた馬車にのっていた人物、それらから推測されるにディアドラかエスリンがその対象という事と推測された。

 

クブリはその言葉を、口にはしなかった・・・。

邪推である可能性もあるし、何よりカルトが口を閉じている以上これ以上の詮索は主人に反する事と判断した。クブリは次に会った時に聞く事とし、それ以上レヴィンと会話する事はなく時間のみが過ぎていくのであった。

クブリは祈りを捧げる、カルトの無事とロプト教団の陰謀阻止をセイレーンにいる者達に託していくのであった・・・。

 

 

 

 

「クロード、私は大丈夫だから・・・。」弱々しく抵抗するマーニャをリューベックでもらった部屋のベッドに寝かし付ける。クロードはリューベックに着くなり彼女を抱えてこの一室まで運び、彼女を安静にさせる。

 

「いけません、あなたは一時とはいえ死人だったのですよ。しばらくは安静にして体力を蓄えて下さい。私も体力が戻りましたらマーニャをシレジアに運んですぐにセイレーンに行かねばなりません。」クロードは椅子に腰をかけると彼女の額に手を当てて優しく撫でる、その心地よさにマーニャは目を閉じて感触を堪能する。

 

「クロードは、このままシグルド様の元へもどるのですか?」マーニャはクロードに問いかける。

 

「ええ、私は運命の時を見定めなければなりません。マーニャには少しの間寂しい思いをさせてしまうかもしれせんが、私は戻ってきます。あなたはこの世界有史に唯一人、バルキリーの杖により蘇生した生還者です。これは私の功績ではなく、あなたがより生きたいと願ったからに尽きます。

そして、あなたがこの世に残ったのは・・・。」クロードは俯いて、言葉を濁す・・・。マーニャは俯いたクロードをしたから覗き込んで怪訝に思う。

 

「クロード・・・?」疑問符をつけた彼女をよそにクロードは、意を決して続けた。

 

「あなたの子がこの世界を救う一人となるのです・・・。私はあなたを助けた瞬間に、その啓示を受けました。」マーニャはキョトンとその素っ頓狂な言葉を聞き、首をかしげる。そして彼の言動に足りない言葉があると確信し、悪戯に笑う。

 

「へえー、そんな啓示があったのですか・・・。その啓示に、私のお相手はお聞きできたのですか?」

 

「うっ!」クロードは餅を喉に詰めたかのように言葉が途切れる、真っ赤になっていく。

 

「クロード、言いなさい。私の子供ですからお相手の殿方の話も是非聞いておきたいですわ。」沈黙の中、クロードは頬を叩いて気合を入れる。そして・・・。

 

「私と、あなたの子です・・・。あなたの子は運命の子を救うのです。」クロードは言う、その予言には絶望を救うと同義の意味をしていた。マーニャは、一筋の涙を流してクロードの言葉を噛み締めてきいていた。

 

「私達の子供にも過酷な運命が待っているのですね、できましたらこの世代で終わって欲しい所です。」マーニャはシーツを掴んで唇を噛んだ、親になればもっと理解できるが子が苦労する姿など想像もしたくないのはどの母親も同じであろう・・・。

 

「残念ですが・・・。運命は変わりつつありましたが・・・、私達は負けます。それはもう変わりようのない事実です。

ですが諦めるわけにはいきません、私達が残した結果が次世代の若き世代に大きな影響を与えるからです。だからやるべき事をなせば私達の代で負けても次に繋がります。」

クロードは絞るように紡いだ。ようやく彼の心が救われたと言うのにブラギ神はさらなる試練を与えたのだ・・・、心休まる時を与えないかのような啓示にマーニャは今度ばかりは神に祈る事を辞めてしまいたい衝動に駆られてしまう・・・。

しかしながらクロードの心は次に向いていた、それでも尚この動乱の世に自身に為すべき事をしっかりと捉えシグルドの行軍に就くと言い切った彼に賞賛を送る。

 

「クロード、わかったわ・・・。私は止めないわ、あなたの為すべき事に尽力して・・・。でも必ず生きて帰ってくると約束して・・・。シグルド様には申し訳ないですが、あなたがいない世界に私一人では生きていけないです。」マーニャはクロードに飛びつき、クロードは鎧を脱いで軽くなった彼女を支えた。

華奢な体格にクロードは感嘆する、あのバイゲリッターに勇猛と挑んだ彼女はこんなに小さな身体一つで覚悟を決めた事に改めて敬意を表した・・・。

 

二人は僅かな時間を共にし確かめ合う・・・、戦時のこんな時に不謹慎と思うが二人の僅かな時間はここしかなかった。クロードと愛を確かめる時間はここでしかない事をマーニャは本能で感じ取っていたのだろう、そしてクロードもそれはどこかで感じとっていた。

 

 

 

「はあっ、はあっ、はあっ!」デューの荒い息が彼の激走具合が伺えた、あの深い地下坑道から休みも入れずにここまで走破したのだ。疲労はとうに限界を超えており、突っ伏して仕舞えば立ち上がる事は出来ないであろう。

あの死闘からすぐさまセイレーンに帰還したデューはさらに酷くなった変わり様に動揺を隠せない・・・。港の方向では火の手が上がり、市街地では海賊とセイレーン兵が横たわっていた。その市街戦は終局を迎えており、辺りからは怒号と撃剣の後はなく衛生兵が負傷兵の介護に回っている状況であった。

 

デューは破れかかった心臓に再び負担を強いる、乳酸が溜まりきっている大腿に力を入れて城に向かった。レーガンの言う通りなら大司教はおそらくこの混乱の中で渦中となる人物を攫う筈、デューは少ない情報から分析する。この戦火の冷めやらぬ今を狙うのは絶好の機会と言えるのではないか・・・、最悪の思考がデューを襲うのであった。

 

すぐさま暗黒魔道士と一線を交え城へ帰還したカルトと、港で暗黒魔道士を討ったシグルドとアゼルの両名が帰還して間も無くの所へデューは城へ帰城する、その慌しさに騒然となっているが気にする事はなくデューはレーガンの話を出してカルトに警戒を呼びかけたのである。

 

「ま、まさか・・・。」カルトも警戒は充分にしている筈であるが、この大規模な内乱は全て奴らが一年以上もかけて仕込んでいた事までは想像できていなかった。

しかし、いくら大司教とはいえ来た事もないここへ転移する事は出来ない・・・。やつらが船でここまで侵略を試みたと言う事は、やつらはセイレーンまで侵食されていない証拠である。

 

「大丈夫だ、船には大司教はいなかった・・・。二隻ともアゼルのメティオで沈めているし、魔道士どもも駆逐して不安な魔力は感じない・・・。市街地に潜んでいる可能性はあるが、ここへ踏み込んだなら俺の感応魔法にかかる。」カルトはデューに説明しながら気持ちを落ち着かせた、シグルドもその話を聞き安心する。

デューは安心するとその場にへたり込んだ、彼は全身泥と血糊で塗れており刀傷も多数あり常人ならとっくに倒れているだろう。現に彼は立ち上がる力はなさそうであった・・・。

 

 

周りを嘲笑うが如く、一人の男がセイレーンに転移を果たしていた・・・。

灰色のフードを羽織り、顔は見えないがその口元は歪に変形させていた。その口から笑っている事が伺えるが、邪悪さからくるものであって純粋な物とは遠く離れていた。

彼は裏門付近の中庭からゆっくりと調理場の裏口の扉を開く、この裏門は城の台所を担う場所で普段なら夕食を作成などで人がいたかも知れないが有事のこの状況でのんびり食事など作っているわけがない。

その心理の隙間を縫って侵入を果たすのである・・・。


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