ファイアーエムブレム 聖戦の系譜 〜 氷雪の融解者(上巻)   作:Edward

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本話より、外伝 最終節とさせていただきます。
このまま次章と考えていたのですが、やはりこれだけ魅力的なキャラクターが多いと語らずにはいられなく感じまして出立までの5日間の出来事を入れたいと思いました。

まず、この小説を原作を知らずに読んでいる人は少ないと思いますので書かせてもらいますが次章が終わった時、現在出ていますキャラクターはほとんど出てこなくなります。
それまでに描きたいエピソード、幕間があったのですが削ってますので何とか外伝でフォローを入れてます。
ここでも数話寄り道しますがよろしくお願いします。


外伝 4小節
悲壮


五日後のリューベック・・・、シグルドの宣誓によりシレジアのご意見番は激しく非難する。ラーナを失い、求心力の失ったシレジアはレヴィン国王の発令よりも先に長年前国王の重鎮達が色めき立ち、保守派が台頭に上がりだした。

ようやくここまで複数の国と同盟を結び、食料事情が改善した事により元の生活に戻る事を極端に恐れている様子である。グランベルとの交易など既に破棄されているような物でもしがみつくような始末であった。

また一部の過激思想の中にはグランベルにシグルド達を引き渡して利を得ようと考える者までいてるそうだ、あの激戦を戦い抜いた彼等を制圧する事などシレジア一国の兵力では到底止めるなど出来はしないだろう。

 

カルトは呆れた愚策ばかり思いつくシレジアの重鎮どもはレヴィンに任せ、セイレーンで残りの日々を送る事とした。シアルフィ軍は続々とセイレーンを出立しリューベックへと向かっている、暫く振りの城内の静けさにカルトは妙に寂しさを感じていた。残務処理に机に向かっていたがインクを付ける手を休めて窓の外を見ると、シレジアの山脈にはうっすらと白い化粧を施されており秋の深さを感じた・・・。

 

「俺たちは本当に負けるのですか?クロード神父・・・。」誰にともなくポツリと呟いた。

クロード神父の永遠の苦しみである、先を見据えた運命・・・。

彼を疑う事ではなく、信じたくない真実である。

カルトは父親からマンフロイの思考を貰い、動向が読めるようになる。それでも尚、昨日会った時には静かに首を振るだけで事態は変わらないとしていた。

書類にインクが一滴落ちる・・・、白い紙はその漆黒を吸い尽くしその一帯を黒く染めていく。本当にロプト教団の闇はその大陸を覆わんとしているのだろうか・・・カルトは思い詰めていた・・・。

 

やはり、奴らの手にロプトウス復活の鍵が揃った以上時間がない・・・。ヴェルダンでバトゥ王がかけられた精神操作の魔法を使えばアルヴィスとディアドラが無意識のうちに互いを惹きつけあわせる事はたやすい事だろう。そして産まれる子供はロプトウスが宿り、悪魔の子としてこの大陸を支配してしまう。・・・ナーガの聖書を手に入れなければ。

かつて、祖父であるグランベル陛下であるアズムール王の依頼されたナーガの書の捜索・・・忘れていた訳ではない。戦争の合間でも部下や自身の足で捜索したし、デューを使って情報を探してみるが一切の手掛かりがなかった。

 

・・・例え、見つけたとしても使う事など出来るだろうか?

このような禁忌の果てに、人為的に作られたヘイムの血程度でナーガ神が力を与えてくれるのだろうか?カルトの不安が頭をよぎる。

正統な血であるディアドラが拉致された今、この世代でナーガを使えるのはカルトのみ・・・。もしナーガの力を使わねばならない局面の時を迎えた時の不安がよぎる。書類に手がつかず、遂にはカルトは私室を後にしセイレーン城最上段の公族の間に入る。

 

「お帰りなさい、今日は早いのですね。」エスニャが微笑ましく迎え入れられる。カルトはつい、彼女の胸に飛び込み腰に手を回した。

エスニャは驚きはしたが、ふっと優しい笑みに戻りカルトの頭に手を優しく添えた。

 

「カルト様、何かありましたか?」暫くの一時の後、エスニャは問いかける。カルトはすっと立ち上がるとゆっくりと首を降った。

 

「なんでもないんだ、ちょっとエスニャに甘えただけさ。」カルトの笑みにエスニャは胸が痛む、彼は何かあったに違いないが決して話さないだろう・・・。エスニャはわかってるが故に胸が締め付けられる。

 

「・・・そうですか、私に出来ることがありましたら言ってくださいね。三日後には私達はグランベルに出立しないといけないのですから・・・。」

 

「エスニャ・・・、そのことだが・・・。」

 

「カルト様、アミッドが小さいですがサンダーを使ったのですよ。もう魔法が使えるなんて、あの子はやっぱりカルト様の子ですね。」エスニャは嬉々としてカルトに伝え、背中を押してアミッドの元まで連れていく・・・。

 

「おいおい、エスニャ?」

 

「さあさあ!」エスニャに圧倒され、その日は日が落ちるまで家族と過ごす事となる・・・。アミッドの魔法を見て驚き、リンダを抱いてその寝姿に終始愛でていた。

食事も終わり、アミッドを寝かしつけ二人は就寝前にお茶を楽しみつつお互いの最近の身の上話をする。

 

「ディアドラ様が、まさか陛下のお孫様であったなんて・・・。」

 

「ああ・・・。私もだ、彼女にはマイラの血が流れていると事は察していたが父親がクルト殿下である事は読めなかった・・・。」カルトは一口紅茶を飲ん含むと項垂れる。

 

「尚更ディアドラ様をお救いしないといけませんね、私はまだディアドラ様に受けた恩を返していません。・・・お父上と相対する事になっても、私はグランベルに行きます。」エスニャの決意が瞳に宿っていた、彼女もまた聖戦士の血を持つ宿命に燃えているのであった。

 

「・・・エスニャ、君はセイレーンに残って欲しい。アミッドとリンダの為にも君はここにいるべきだと思う。」

 

「何故です、カルト様は昨日必ず帰ってくると言っていたではありませんか?なら少しの間、お姉様に預かって貰うだけなら問題ない筈です。」

 

「アゼル夫妻ももしもの時の為にティルテュは残る道を選んだ。もしもはあり得る、だから残って欲しい。」カルトはエスニャを見据えながらテーブルから立ち上がり頭を下げる。暫しこの硬直が続き、エスニャも立ち上がる・・・。そしてエスニャはカルトの背後から両の手をカルトの両肩にかけ、体重を乗せて抱きしめた。

声をあげていないが嗚咽のしゃっくりがカルトに振動となり響く・・・。

 

「エスニャ・・・。」

 

「これは我儘です、私はわかってても言いますね。

行かないで、カルト様・・・。行ったらみんな無事ではすみません。

ディアドラ様を救出する機会はあります、だから時期を待ちましょう。」エスニャの嘆願にカルトが胸を締め付けられた。

行けば唯では済まない事は彼女もわかっているのだろう。だから彼女は一緒に行くと意気込み、同行を拒否されればカルトを止めに入っていた。

彼女は常にカルトと共に歩み、共に成し遂げ、共に滅びる事を選んでいた。それはあのヴェルダンで挙げた式を再現するかのように・・・。

でも今は違っている・・・。子供が出来、子供を育てる為にも母親は必要である、父親など偉大な母親の育児の前には役に立つ物など皆無だろう。その中で父親はその生き様を示す事が唯一の子供に教える教育ではないかと思っていた。自分の父マイオスのように・・・。

 

「エスニャ・・・。俺は死地に赴くとは思っていない。皆を必ずこの地に帰ってくるように尽力するし、俺も帰ってくる。

だが・・・、今回の戦いは戦士や魔道士であろうとも女子供は連れて行かないように命令を敷いている。君にも事情があろうとも、自重して欲しい。」

 

「で、でも!グランベルの先にここを発った人達は連れて行っています。私達だけが・・・。」

 

「バイロン卿がティルナノグの民を連れてリューベックに向かっているらしい、シグルド公はそこでグランベル軍にいる非戦闘員を引き渡す予定をしているそうだ。シレジアに彼らを逗留させるとその後の国家間が怪しくなる事を避けたのだろう。」

 

「そうですか・・・!では姉さんは?」ティルテュはグランベルの人間、隠れ里のティルナノグに向かう可能性はあり気掛かりとなる。

 

「いや、ティルテュは魔法の国であるこの国の逗留を望んだ。魔道の故に自身の子供の育成にはここが適正と選んだんだろう、出来るだけ秘匿となるように計らうつもりだ・・・。エスニャ、君も同様だが・・・。」

 

「そうですね、私達の子もシレジアの方が環境的にも適正かもしれませんね。姉さんも、その子供もいれば私も心強いです。」項垂れながら彼女は諦めたようにカルトの言葉に従う。カルトもまた彼女の意思を挫く事に心を痛めるが、恐らく進軍すれば最大の障害となるレプトール卿が待ち受けるだろう。彼女に骨肉の争いを味あわせる事は最も避けたい事であった・・・。

つい先日、父を手にかけたカルトにとってはその辛さは日を追う度に感じる罪悪感・・・。ラーナ様が最後までカルトに父殺しを止めた理由がひしひしと感じた・・・、悔恨と後悔の念がカルトを縛り付けられそうになる。だが今は立ち止まるわけには行かない、ラーナ様を救出する為、ヴェルトマーが秘密裏に匿っているロプト教団を制圧する為にも、彼の地へ向かわなければならない。

 

「すまない・・・エスニャ、君の父上だがギリギリまで説得してみる・・・だから・・・。」

「いいのです、カルト様・・・。」エスニャが珍しく言葉を挟んだ。カルトの目を捉えると決意の目を宿して言葉を紡ぐ。

 

「お父様の選んだ道、カルト様の選んだ道に互いの戦があった。娘として、妻としてその結末を背けずに受け止めたいと思います。カルト様・・・、お父様が皆さんの言うように悪事を行なっているようなら止めてあげてください。お願いします・・・。」

 

「エスニャ・・・。君のその気持ち、確かにお父上に伝えよう。」肩に手を置いたカルトはエスニャに優しく語りかける。気丈に張った緊張も途端に切れ、彼女の瞳から大粒の涙が頰を伝った。

 

「カルト様、死んでは駄目です。きっと帰って来て!!」

「ああ、皆を連れて帰ってくる。その時はうまい飯を頼んだぞ。」

 

カルトは家族と過ごす最後の日が終わりを告げようとしていた。

明日の朝、セイレーンを発つ・・・。家族四人はその時間を愛おしく過ごしていくのであった。

 

 

 

「ねえ、あんた!!まだ身体が癒えてないんだよ!そんな身体で行く気かい?」

 

「ああ・・・、俺はシアルフィの守りの要だ。ここで行かねばどこで漢を完遂できる。」セイレーンで半死半生となったアーダンは情報すら遮断されていたにも関わらず寝所から起き、戦準備に急いでいた。

傷口は確かに癒えているが不足した血液が戻るまでに至らずまだ身体に力が入らない筈・・・、それでも尚アーダンの直感は戦に向いていた。心配するレイミアを他所にアーダンを揺る事が出来なかった。

フルプレートアーマーは完全に破壊されているので愛用する手槍と鋼の大剣を携え、そしてレイミアに最敬礼をする。

 

「レイミア、短い間だったが君と知り合えた時間は楽しかった。もし君と所帯を持ったなら、こんな幸せがやってくるんだな。」アーダンの率直な気持ちにレイミアがキレる、発破をかける言葉を考えたが彼女に綺麗な言葉なんて思いつかない。ありのままの自分を・・・、それがとんでもない発言となる。

 

「・・・だったら!絶対に生きて戻ってきな!!私はあんたにまだ床の素晴らしさを全部教えてないんだよ!!」

 

「・・・お、おい!!」隣近所に聞かれたらどうする、アーダンは無言の叫びを入れたくなる。

・・・確かにこの一ヶ月、新婚と変わらないような生活が続いたがあの先があるだと・・・、アーダンの劣情が擽られた。

 

「絶対に帰ってきな!私達を不幸にするなよ!!」レイミアはアーダンに一振りの剣を突きつける、そのルーンが刻まれた刀剣は見た事もなく手に持つと不思議な感覚を覚える。

 

「それはバリアソードで、持ち主の魔法抵抗値をあげる魔法剣だ。持っていきな!!」

 

「な、なに!じゃあ、この間の金は・・・。」アーダンはレイミアに謝礼として今までの給金の全てを彼女に渡していた、その金を使って購入した事になる。彼女の次の人生の為に渡した金を自分の為に使った事になり困惑してしまう・・・。困惑するアーダンに抱きつき、レイミアは微笑む。アーダンに見えないように、素直な表情を見せないように・・・。

 

「あんたは魔法に弱いんだから、これでちょっとはマシになるよ。・・・さあ、いっといで!死んだら許さないよ!!」

背後に回るとアーダンの背中を目一杯押して檄を入れる、二歩三歩と勢いで歩くとアーダンは助走のつけられたように次の歩みを踏み出す。

 

「振り返るな!前へ進め!!あんたの歩みは遅いけど、確かに進んでいるよ!!」レイミアは涙を流しながらアーダンの歩みを、彼の影がなくなるまで見つめ続けるのであった。

そしてアーダンは気付かない、彼女が言った私達の意味を・・・。

 

 

 

 

「パメラ、もう泣くな。」レックスの出陣にパメラは言葉通り、泣いていた。両の手で覆うように顔を隠して嗚咽している、レックスはつまらなさそうに苛立つ姿勢を崩さない。

 

「レックスは辛くないの!私と一緒に逃げて、どこか誰もいない所で静かに暮らしましょう。」

 

「ふん!俺は女々しい奴は嫌いなんだ。たとえ女でもな、俺の事は忘れてシレジアの男を見つけて添い遂げろ。」レックスは背中から斧を取り出すとパメラの前に置く、パメラは解らずにレックスを見るしかない。

 

「手切れ金だ、手持ちはないからこれを売るなりして金を作れ。」

 

「で、でも!これはあなたが大事にしていた湖の女神から譲られた斧・・・、今から戦に行くあなたが・・・。」

 

「話は終わりだ。じゃあなパメラ・・・、楽しかったよ。」レックスの微笑みは柔らかく、暖かかった。今まで以上に優しく・・・、切ない微笑みだった。パメラは発する暇もなく、レックスはひらりと馬に乗ると振り返る事なく馬を御して走り去る。

パメラの叫びがレックスの耳に届くが、馬を止める事なく駆け足を続けた。パメラは置かれた斧を自身に引き寄せながら涙を流し続け、その場に崩れ落ちる。彼女はその後部下が助け起すまでその場で持ち上げられない斧を抱きながらレックスの身を案じ続けていたそうであった。

 

(馬鹿な男だな、俺も・・・。)レックスはふっと笑みを浮かべる、その顔は男泣きのように見えたと垣間見た彼の部下は言った。

女神の祝福を自ら放棄したレックス。彼は自身の運命に覚悟し、その身の全てをこの戦いに捧げるつもりで望んで行く。だからこそ祝福は要らない、湖の女神は自身ではなく次の世代に祝福を与えて欲しいと願った・・・。

 

 

 

リューベックへ向かう進軍の中、レックスはアーダンと出会う。

ふと目があった二人はお互いに笑みを浮かべた。

 

「よう、復帰してすぐに死地とは・・・。奇縁もいい所だな。」レックスの軽口にアーダンも答える。

 

「それは貴殿も同じ事、守りの要としての武勲は譲らんぞ。」新たなフルプレートアーマーを着込んだアーダンはにっと笑ってレックスを挑発する。

 

「気合が入っているなら結構だ、今回も殿は任せる。」

 

「レックス殿こそ!前衛の護りはお任せしましたぞ。」拳を打ち合わせてお互い軍の最強の盾を讃え合うのであった。


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