ファイアーエムブレム 聖戦の系譜 〜 氷雪の融解者(上巻) 作:Edward
トラバントとキュアンの一騎打ちは互いの神器を象徴するかの如く、天と地を分けた激戦が繰り広げられていた。
天を蹂躙するかのように飛空するトラバントに、大地に根を張るかのようにその場を死守して迎撃するキュアン。全く違う戦術を取る二人は、互いの命を削らんと高度な戦術が展開されていく。
トラバントはキュアンの周りを旋回しながら距離を詰めていき、高度も変えながら迫った。速度も不安定で翻弄するが、キュアンはその穂先のみに集中してその突き出しを寸分違わず止めてみせる。
激しく火花が散りその輝きが辺りへ広がる、キュアンはすぐ様ドラゴンからの滑空で距離を取るトラバントに返しの連続攻撃を仕掛けて背中に傷を負わせる。
「ぐっ!おのれ!!」トラバントはすぐ様手綱で命を送るとドラゴンとは思えない反転を見せてキュアンの側面に回り込んだ、キュアンの死角に潜り込んだが彼の槍捌きに死角はないというがばかりに槍先が反転しておりトラバントの穂先を再び穿つ・・・。
二人の視線が槍との激突の火花と同じように散らした、二人とも負傷を負っているがその戦意は全く落ちない。仇敵との戦いでますます身体能力が上がっているようにも感じた。
トラバントは一度空中へ流れるとキュアンから迸る闘気に自身が追い込まれるように戦慄する。
「キュアンめ、恐ろしいほどの槍捌きだ・・・。」ぎりっと奥歯を噛み締めて睨んだ。
・・・悔しいが認めざるを得なかった、キュアンが哀れんで言った一言がトラバントに棘となって刺さっている。
「あなたからは責務しか感じ取れない。」
負けられない・・・、それはキュアンも同じだろう、同じ国家を背負う者が持つ責務なのだから。それなのにキュアンは責務だけではないとトラバントに言ったのだ。
一体それ以外に何がある・・・、トラバントの心は揺らいでいた。今になってそれが気になり、会話をやめた自分に後悔が生まれていた。
「・・・ふっ!戯言を・・・。」天槍を一振りして思考を吹き飛ばす。
「・・・・・・?」キュアンはトラバントの何気ない動作に違和感を覚えながらも集中を解く事なく動きを見据えた。
トラバントの目の色が変わる、先程からも手を抜いているわけではないがチェスで言えば序盤戦のように・・・、相手の手の内を探りつつ攻略を見出す時から中盤戦に入ったような心境。キュアンも今から本格的な相手を刺す攻撃へと変化すると見込み、さらに集中を高める。
トラバントのドラゴンが先程のような回り込む事をやめて真正面から滑空してくる。トラバント自身もドラゴンの鎧の部分より首元まで移動しており完全な突撃体勢をとり、対するキュアンは地槍を長く持ち替えて迎撃姿勢をとった。
砂地で足場が悪く、間合いを瞬時に侵略できるトラバントに対してあまりに不利な状況であるがキュアンは負けるとは思っていない。
どんな状況下でも勝機を見出し、苦しみながらシグルドと共に乗り越えたこの二年間の経験はキュアンをさらに一段高く押し上げ、彼の血液に流れるように息づいている。
その彼の経験が頭に語りかけるように勝機を導いていた。
速度があるということは、それだけ反撃が決まった時のダメージは計り知れない。キュアンは自身の槍捌きを信じ、この交差法に全てを賭けていた。
二人の距離は見る見るうちになくなり、キュアンとトラバントの槍の間合いが同時となる。キュアンは馬から跳躍してそこより腕を目一杯伸ばしてトラバントへ反撃の一撃を見舞う、その必殺の間合いをトラバントは寸前でかわして見せたのだ。
反撃の一撃を槍ではなく、紙一重で回避・・・。その恐るべき回避は頰をかすめて一筋の傷を付けるのみ、反撃の反撃による天槍の一撃はキュアンの腹部を貫いた。
キュアンはトラバントのドラゴンの上に乗る形となり、空へと舞い上がった。
「ぐはっ!まさか、あの反撃を躱すとは・・・。」
「キュアン、残念だったな。我がトラキア王家には天槍グングニルと共に伝えらる王の資質があるのだ。」
「なに・・・。」
「目だよ・・・、人間の動体視力の限界を超えるこの目にかかればカウンターなど恐れることは無い。」
「まさか、そのような秘密があるとは・・・。」
「死にゆくお前に最後の手向けだ。もし受け継がれた物が天槍グングニルだけだったなら、この度の勝負はお前の勝ちだったかもしれぬ。」
「・・・無念だ。とどめをさせ・・・。」
「貴様も私に手向けろ、我らに国として責務以外に何がある。お前は責務以外に突き動かす物があるというのか?」
「・・・・・・。」キュアンは少し驚き、そして笑う・・・。
「答えろ!キュアン!!」
「友だよ・・・。」
「・・・・・・。」トラバントは呆けたかと思ったがキュアンは表情を崩さない。
「お前には、・・・損得なしに窮地になれば助けたい友は、いないのか?掛け替えのない人がいれば、人は強くなれる、優しくなれる、共に歩んでいける、悲しい戦争をなくすように変えていける・・・。」
「・・・・・・。」
「俺には、シグルドとエルトシャンがいた・・・。あの二人がいれば、戦いをなくしていけるはずだったろうに・・・。時代が我らの夢を砕いてしまった。残念だ・・・、もし・・・。」
「だ、黙れ!貴様のような一人では何もできぬ男がいるからこのような事になったのだ!!貴様の甘さが、レンスターを崩壊させたのだ!!・・・悔やめ!呪え!俺を憎め!!」トラバントはキュアンの腹部から槍を抜くと、掴んでキュアンの顔元まで自身の顔を近づけて怒声を放つ・・・。
「・・・悔いはない。きっと俺の子供達が、・・・次の世代が過ちを正してくれるだろう。辛い世の中になるだろうが、俺たちの子供はきっと・・・。」
「だ、だまれえー!!」キュアンをそのままドラゴンの外へと放り出す。キュアンは落下しながらもトラバントに不敵な笑顔を向けていた、怒りでまだ肩で呼吸するトラバントは生涯キュアンの最期の笑顔を忘れる事はなかったそうだ。
トラバントもまた、戦乱の世に産まれて自身と国家のあり方に矛盾を感じつつ苦しみながら生きた人物・・・。その内に秘める心に心棒を打ち込んだのはキュアンだった。
エスリンは、ひたすらにキュアンとマリアンの帰りを待った・・・。
トラバントの本陣を突破し、殿をあのマリアンが受け持ったと知った時キュアンは踵を返した。エスリンも勿論それについていこうとしたが、オイフェにより引き止められて今に至る・・・。
嫌な予感が彼女の胸を締め付ける、どうか二人とも生還するようにと・・・。
1日待ち、もう1日が終わる頃にシュワルテが重傷のマリアンを乗せて戻ってきたのである・・・。
時を遡る・・・。
「シュワルテ!しっかり!!」墜落はなんとか免れたマリアンは貴重な飲み水を頭から浴びせて冷やしてやる。多少痛みが和らぐのか、喉を鳴らすような音を立ててマリアンを見つめていた。
「なんて無茶を・・・。でもあなたは私が死ぬ事を予見してあそこまで頑張ってくれたんだよね・・・。ありがとう、シュワルテ。」ねぎらうマリアンにシュワルテは一鳴きするとマリアンに甘えるように擦り寄ってくる。その火傷で爛れているがそっと撫でながら相棒をねぎらった。
痛む足を引きずりながらキュアンと別れた方向を見守る、キュアンとトラバントの激戦の行方を知らない彼女は祈る他なかった。
墜落にて彼の地とは随分と離れてしまい、シュワルテは重傷を負っているのですぐには駆け付けない。歯痒さを滲ませながら今はシュワルテの回復を待つしかない・・・。
岩場の影にシュワルテを隠して、今は機を伺うがマリアンはその日動くことは出来ず、眠りについた・・・。
翌日・・・、まだシュワルテの身体は火傷が酷くて無理は出来ない。
何よりマリアン自身にも身体に変調が起こっていた、高熱である。
水分の補給が出来ず、さらに足の負傷箇所から細菌感染を引き起こしていたのだ・・・。マリアンには充分な装備はなく、手当も碌に出来ていない。徐々にその苦しみに体を蝕まれていく・・・。
「はあ、はあ、はあ・・・。」マリアンはとうとう意識を保つこともできなくなり昏睡状態になる。
シュワルテはそこで覚悟を決める、マゴーネにやられた負傷箇所は無理に動かすたびに体液が吹き出し、火傷の跡からも滲ませる。
もう数日待てば傷は塞がり安全に飛び立つ事は出来ただろう、しかし主人であるマリアンは時間と共に死を迎えつつある。
これ以上は保たない、動物の直感で感じたシュワルテは体液が吹き出すことも厭わずマリアンを背に乗せて飛び立った。
何度も翼は浮力を失いながらも必死に飛び立ち、目的の南へと進める。そうして、ようやくレンスター軍の駐留地までたどり着いたのであった。
「重度の感染症よ!脱水も酷い・・・、よくここまで・・・。」エスリンは回復魔法を掛けつつ程度を調べる、従軍した薬師も呼び魔法と医学の観点から即座に調べられた・・・。
「エスリン様、残念ですが足は壊死しております・・・。このままでは毒素が全身に回り、死に至ります。」
「では!この子の足はどうなるのです!この場で切れとでもいうのですか!!」エスリンの言葉に薬師は項垂れる。
「命を助けるためには・・・。」ただそれだけしか申す事が出来なかった・・・。
「エスリン様・・・。」オイフェは純度の高いアルコール持ち、燃え盛る篝火に剣をくべた。
「まさかオイフェ・・・、あなたが・・・。」オイフェは熱した剣をアルコールを掛けて消毒処理を行うと、横たわるマリアンの足に狙いをつける。薬師は足にラインを引くと彼女の四肢を押さえつけを指示し、舌を噛まぬように厚い布を噛ませる。
「私がマリアンの今後を守ります。」オイフェは決意を持ってその剣を振り上げた。
「待って!オイフェ!」エスリンの言葉を受けるが、時間は待ってくれない。彼女の足の毒素は既に回り始めている・・・、これ以上の猶予がない事は明白である。
躊躇いは彼女に痛みをより与えてしまうだけ・・・、オイフェは意を決して彼女の足を切断する。
マリアンは突然の激痛にぐったりしていた目が見開いて声を上げる。
だが四肢は抑えられ、口には厚い布で抑えられているので何一つとして動かせない。
すぐ様、薬師は隙をついて口に薬を入れると再び塞いで効力を待つ・・・。痛みよりも薬の効き目が効き始め、彼女は深い眠りに誘われる。それからの消毒や止血作業へと行った・・・。
ようやくマリアンの処置を終えた時には夜明けを迎えつつあった。キュアンが消息を絶って3日目、期限としてはこれ以上滞在はできない。
シュワルテには再度厳しい飛行になるが、致し方のない所までになっていた。
食料の枯渇、怪我人の搬送がこれ以上遅れれば死者が出てしまう事もありエスリンは苦渋の決断をしたのであった。
3日目の朝、出立するレンスター軍に追撃のトラキア軍が迫る・・・。
数は大した事がないがレンスター軍は満身創痍である、トラキア軍も消耗はしているがドラゴンは健在である以上その脅威は取り払われていない。
「あと少しです!残りのランスリッターもこちらにむかっています。あと少し耐えればこちらに数の利がでます!」オイフェが唱えるが指揮官であるキュアンがいないレンスター軍は精彩にかけていた。機動力はさらに衰えており、軍としてのまとまりを欠けていた。
そんな中でエスリンは光の剣をかざして、ドラゴンナイトに対抗する。ドラゴンにはシレジアのペガサスのように魔法防御に優れていない、二体のドラゴンが屠られた。
「みんな!生きて帰るのよ!!レンスターに帰ればきっとトラキアを打開できます。」エスリンはさらに光の剣に魔力を込めて追撃する。
オイフェもまた前線に攻め上がり、力の限りドラゴンナイトを相手にしていた。
そして、この戦いはレンスターに軍配があがる・・・。
耐え難きを耐え、忍びに忍んだこの一戦にレンスターの残り部隊が到着する。フィンこそこの場には来る事は出来なかったが、残りの精鋭を投入されたレンスターは一気にトラキアの残り部隊を全滅させたのだ。
「トラキア軍を退けたぞ!!」勝鬨を挙げた時、彼らの完全勝利を宣言したのであった。
キュアン不在のレンスター軍に勝利をもたらしたのはエスリン、それを最後まで支えて進言したオイフェ、そして殿を勤め上げて命をかけてレンスター軍を死守したのはマリアンであった。
キュアンが最後まで守りたいと思った三人がトラキア軍を破ったのだ、彼の意志は決して間違っていなかった事がまず一つ証明されたのである。
「さあ、障害はとりのぞかれました。エスリン様、レンスターへの帰還はあと僅かです。」
「そうですね、オイフェとマリアンには辛い戦いになってしまいました、帰ったら先ずは体と心を休めなさい。」
「でも、私はシグルド様にお会いするまで諦めませんよ。」オイフェの言葉にエスリンはクスリと笑う。
「オイフェ、あなたはマリアンを救わねばならないのでしょう。生きる事も目標に入れなさい。」
「エスリン様・・・。そうですね、私は生きて戻らねばなりませんね。彼女に失わせてしまった足にかけて、死を簡単に受け入れません。」エスリンは幼少のオイフェとは違った、逞しい彼を嬉しく思うのである。
「!?」戦勝でわくレンスター軍を余所に、倒れたトラキア兵に紛れた一人の騎士がエスリンを狙う・・・。
突然立ち上がると最後の力を振り絞って突撃したのだ。
「トラキアに栄光あれ!!」
「エスリン様!」飛び出した槍の一撃を代わりに受けたオイフェは胸部を貫通する。オイフェもまたとっさに突き立てた剣によりトラキア兵はそのまま絶命した。
「オイフェ!しっかり!!」エスリンは回復魔法を行う、心臓は避けているが肺への一撃は致命傷に近かった。じきに肺が血液に満たされると呼吸は止まってしまう。
「がふっ!」オイフェは肺に溜まった血液を吐き出すと、息絶え絶えに何かを話そうとする。
「オイフェ、喋らないで!きっと助けますから・・・。」エスリンの残りの魔力も少ない、リライブ程度では助けられるものではなかった・・・。
「エスリン様・・・、決意した、ばかり、な、なのに、すみ、ま、せん・・・。」コトリと頭の力もなくなり四肢の強張りも失せてしまう。
「だ、だめよ!オイフェ!ダメェーー!!」エスリンはその瞬間に激しい魔力を放出させる。・・・それはまるでクロード神父と遜色ないほどのものであるが、その正体は命そのものの力・・・。
自身の命の源を他人に与えて重傷者を癒す物であった・・・、かつてカルトが瀕死の重傷を負った際にラーナ様が行った魔法と同じであり、あの時はラーナは命こそは失わなかったがペガサスナイトとしての力を失った・・・。
エスリンは魔力が枯渇状態であり、この禁断の魔法ではオイフェを救えずに自身の命を無駄遣いになるかもしれない。それでもエスリンはためらう事なく命を捧げていた。
次の世代をここで死なせるわけにはいかない・・・、彼女の想いはキュアンと共にあった。アルテナとリーフの母親であるが彼女に保身の気持ちはなく、今ここでできる事をしなければ自身の子供はおろか全ての次世代が困窮する、そう確信していた。
マリアンとオイフェ・・・、この二人は今の世代から次の世代へ導く大切な存在。失うわけにはいかない!彼女強い気持ちが、祈りが、オイフェをこの世につなぎとめる事に成功したのであった。