地底の仏師   作:へか帝

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2020年10月29日のSEKIROver1.05アップデート記念更新です(激遅)


救いの担い手

「……」

 

 妖怪の山から繋がる地の底への道行き。その最奥には、仏を彫る鬼がいる。

 そんな断片的な風聞だけを頼りに、おっかなびっくりここまでやって来た。

 底抜けに明るい、退廃的な旧地獄街道を抜け大橋を渡ってからしばらく。

 やがて辿り着いたのは閑寂とした穴の底。

 そこには、屍の山に火を付けて焼いたような後ろ姿があった。

 

「……鼠が、もう一匹」

 

 その背中から聴こえてくるのは、低く唸るようなしゃがれ声。

 思わず、じり、と一歩引き下がる。無意識のうちの行動だった。

 

「口を開いては生きる意味を説き、右へ左へ足を運びながら善くあれと宣いながら、その癖誰より生き汚い」

 

 鬼は僅かに振り向いた。骸のように骨ばった体躯は灰塵のように白く、こちらを射抜く眼窩に光はない。夜より遥かに暗い闇だけがあった。

 小脇から小ねずみが慌ただしく駆け抜けていく。何かの間違いか、私より一足早くここに迷い込んだのだろう。

 気に掛ける余裕など、今の私にはとてもなかった。

 

「儂の知る仏僧とはそういう連中よ。お前さんは、どうだかな」

「……私は、地上の命蓮寺が僧侶。聖白蓮と申します」

 

 威容に気圧されつつも、それに負けじと毅然と名乗りを上げる。

 相対するだけで肌がひりつく。声が震えなかったのは、ほんの偶然。

 

 今まで数多のあやかしを目にしてきた。いや、目にしてきただけではない。会って話し、声を聴き、あるいは襲われた。

 音に聞く大妖怪や、人の血を啜って生きる凶悪な妖怪と相対したことも何度もあった。

 私はそうした妖怪たちへ声を届けるため、幾度となく立ち向かってきた。

 彼らは一様に己の悪行を声高々と並び立てたものだ。

 爪の鋭利を誇り、滴る毒の悪辣さを謳い、殺めた無碍の民の最期の言葉を諳んじて、死への恐怖を呼び起こさんと私を脅してきた。

 

 けれどどうだろう。眼前の鬼の言葉には責めるような調子も、力を誇示するような威圧もない。

 ただ淡々と、静かに呟くような声色だった。

 ──だというのに、私は身悶えするほどの怖気を感じている。

 

「フン。お偉い坊さんが、わざわざ棄てられた地獄まで物見遊山か」

 

 まるで死の具象。かつて私が心底から恐怖し忌諱した死が、ここにある。

 

「お前さん……どういう手品か、死を遠ざけておるな」

 

 語ってすらいない自らの肉体の秘密を言い当てられたことに、思わず息を呑んだ。

 内心の驚愕も隠せぬままに、恐る恐る問いかける。

 

「……わかるのですか」

「でなけりゃ、死に怯えながら鬼の前に身を晒す阿呆がどこにいる」

 

 眼前の鬼は全てを見通しているようだった。それでも、努めて気丈に振舞う。

 

「貴方に問わねばならないことがある。だから私はここに来ました」

「……」

「私の言葉を、聞いていただけますか」

「聞くまでもない。

 ──人も神も、儂を見れば口を揃えてこう問うのよ」

 

 赤鬼が立ちあがり、釣られて見上げる。

 崖にそびえる憤怒の形相の仏像たちが、私を見下ろしていた。

 

「なぜ鬼が仏を彫る、とな」

 

 

 

 

 また、地底に珍妙な客人がやってきた。

 笠を被った黒衣の女。らしさのある装いではないが、これで地上の和尚であるという。

 死への怯えを纏わりつかせながら地底にまでやってくるとは、よほどの酔狂、あるいは英雄気取りの狂人か。

 

「"人殺し"の気配がよおく見えとるようじゃの」

「っ!」

 

 仏師が睨むように見下ろす。

 後天的な不死者のほとんどは、その心の奥底では死を恐れている。

 いつの時代でも不死の身体は容易に手に入らない。だが不死を得るにはまず、死への恐れが必要になる。

 死を身近に感じ、極度の恐怖を感じとった者のうち、極一部だけが不死に辿り着くのだ。 

 

「勘が良い。命の危険を感じ取れるとはな。確かに死なずを殺したのも、一度や二度ではない」

 

 教えの歪んだ仙峯寺に巣食う蟲憑き、百足の這い回る死なずの求道者たち。

 古く葦名に仕えていた頃には、それらを斬って捨てた過去があった。

 

「もっとも、今の儂にその手段はないが」

 

 慄く尼の傍らを通り過ぎて、一つ出来上がった鬼仏を転がす。そしてまた手ごろな岩を手に取って仏を彫る。

 死なずを殺す太刀。銘を『開門』。仙峯寺にて胎内くぐりの向こう、五重塔に安置されていた抜き身の太刀であった。

 葦名一心が国盗り戦にて手にした刀もまた、これである。

 仏師は遥か昔にこれを手放し、その在り処は葦名一心だけが知っているだろう。

 不死斬りは過去の技。現物なくして再現することは不可能であった。

 

「何が聞きたい。人も鬼も、仏に求めるものに変わりはねえだろう」

「……私は、仏の教えの下に、私は人と妖との共存を願ったのです」

 

 僅かに震えるか細い声は、弱々しく矮小な、死に怯える脆弱な人間のそれ。

 故に仏師は、その声に彼女の覚悟を見出した。

 

「……フン、なるほどな」

 

 そうか、この尼僧が。ああ、どうりで。

 その身一つで地底に潜り、まるで自らの不死性をも崩さんとする濃密な死を前に震えながらも、願いを貫き通すその姿はまさに時代の英雄に相応しい。

 きっと理解のされぬ狂人であったのだろう。味方より敵の方が多かったのだろう。

 守るはずの味方から、その背中を幾度となく襲われたのだろう。

 ずっと剣と矛を向けられ、牙を爪を振るわれながら、それでも理想を語ってきたのだろう。

 だからここに立っている。

 

「儂のことは、一輪や村紗から聞いたか」

「……はい。旧地獄から飛び出してきた彼女たちに聞きました。地底の辺境に、仏を彫る大鬼がいると」

 

 千年を超えて忠を尽くすに値する主というものを、仏師は知っている。

 ときおり現れるのだ。人に愛され、人を率い、また人を導く英傑たる人物が。

 仏師の知るその人と同じ輝きを、目の前の人間は放っていた。

 

 ちらりと、先ほど逃げ出し隅に潜んだ小ねずみを見やる。

 あれはただの鼠ではない。なにか魔性の術の気配があった。

 大方、単身地底まで乗り込んできた白蓮を心配した何者かが送った、地上の命蓮寺とやらの密偵だろう。

 主の無鉄砲が下の者に心配をかけるのは、どこであっても変わらぬらしい。

 

「改めて、聞かせてください。貴方はなぜ、仏を彫るのですか」

 

 小ねずみの視点を通じて地上から戦々恐々と事態を見守っている命蓮寺の面々の内心など露知らず。

 白蓮は仏師に遮られるのではなく、自身の口でもう一度問いを投げ掛けた。

 

「さて、な」

 

 それに答える厳めしい顔の鬼ははぐらかすようでいて、同時に答えに窮しているようでもあった。

 

「取り返しの付かなくなった何某への悔いか、あるいは詫びているのか……」

 

 初めはただ苦しみから逃れるためだったかもしれない。自らの心の内にようやっと芽生えた罪悪感から、ただ目を逸らすためだったか。

 己の業の深きを知り、どこからともなく浴びさせられる怨嗟から、仏に匿ってもらうような気でいたのか。

 好き勝手殺しながら、自分の都合だけで目に付くすべてを殺しておきながら。

 

 ──なぜ鬼が仏を彫る?

 

「わからねえな。何のために仏を彫るのか。彫り続けるのか」

 

 仏師が手にした無垢の岩をじっと見つめ、小さく呟く。

 他ならぬ仏師もまた、その答えに悩む一人であった。

 つける薬のない、愚か者だった。殺しの悦楽に我を失ったうつけ。

 幾たび詫びようと許されることのない罪。悔いてなお濯がれることない自業。

 

 それでも救われた。救っていただいた。

 火はなおも燻り続けるが、他ならぬ狼の手によって確かに救いはもたらされた。

 かつて腕を斬って頂いたときのように、隻猩の名を頂いたときのように。

 梟が、戦場で餓えた野良犬を拾ったように。

 それは確かに──

 

「慈悲……だったのかもしれん」

 

 鬼が迷いつつも静かに語った言葉を聞き、白蓮が瞠目する。

 

「だからきっと、その恩を返さねばならん」

 

 では、と白蓮が言葉をつづけた。

 それは静かな決意を感じさせる声色であった。

 

「我が命蓮寺に、仏像を彫って頂けませんか」

 

 

 

 

 

 

 人里の大通りからやや逸れた、人気のまばらな通りに甘味がうまいと評判の茶屋がある。

 いつ顔を出しても繁盛しているのに、小腹が空いているときにちらりと覗いてみれば都合よく閑散としているような、何とも収まりのいい茶屋だった。

 店の構えも至って素朴で華やかさやとは程遠いけれど、不思議と居心地が良い。

 人に愛される茶屋だった。

 

 人里で人に紛れて暮らすろくろ首の赤蛮奇は、この茶屋で働いていた。

 赤蛮奇もここで働いていてしばらくになる。人になりすまして夜な夜な人を食うためでは無い。

 ただ退屈しない程度に面白おかしく日銭を稼いで生きていければいいと思って暮らしている。

 さりとて毎日働いていれば、職場に大小なりとも不満が出るものだ。

 それは同僚との人間関係であったり、あるいは訪れる客の質であったりするだろう。

 

「お酒出してよー!」

 

 酒をだせとのたまっているのは小柄な少女。ただし、頭部から太く硬質な双角が飛び出している。

 妖怪。種族、鬼。消えたはずの妖の頂点。

 どういう訳か、博麗神社の方で温泉が湧いたのどうだのという噂話が聴こえてからしばらく、あたかも初めからそこにいたかのように姿を見かけるようになった。

 いたずらに力を振り撒くことはないが、ただ相対するだけで覆しようの無い力の差というのを感じる。

 赤蛮奇のような人を驚かす程度の妖怪からしてみれば、おっかないことこの上ない。

 例え客と店員という関係だとしても、腰が引けてしまうというものだ。

 

 嘘か真か、鬼の格は角の大きさで決まるという。

 他の鬼など数えるほど見かけていないが、それに則って考えてみればこの少女は鬼の中でもかなり上位に食い込むのではなかろうか。 

 

 静かで穏やかな日々を好む赤蛮奇からしてみれば、はっきり言って一度たりとも関わりたくない手合い。

 だが、客として訪れられてしまっては対応せぬわけにもいかない。

 だから赤蛮奇は、こういうときはいつも同僚の脇腹を肘でつついて、代わりに行かせることにしていた。

 

「……茶だ」

 

 

 横暴な小鬼に無愛想に茶を振舞ったこの男こそ、赤蛮奇にとって唯一の同僚。

 特徴は多い。まず客商売にあるまじき愛想の無さを誇っている。喋っても一言か二言程度で、相槌も唸る程度。どう考えてもこの職に向いていない。

 そして風貌。寂れた柿色の外套を羽織っており。しかも腰に刀を差し背中にも太刀を背負っている。

 更に片腕が絡繰り仕掛けの義手になっている。表面は傷だらけだが、本物の手のように自在に動かせるとても精巧な品だ。

 赤蛮奇はいつも『お前のような茶屋の店員がいるか』と心中で思っている。というか、初対面のときに一度そう突っ込んだ。

 唸り声しか返ってこなかったが。

 店の用心棒も兼ねているそうだが、威圧感を与えすぎなのではと当初は感じたものだ。

 だが……

 

「私は酒をくれって言ったんだけど」 

「できぬ」

「あー?」

「ここは茶屋だ」

「そう固いこと言わないでよ」

 

 この鬼のような面倒極まりない客が相手のときは、この仏頂面の同僚が頼もしい。

 信じがたいことに、この人間の同僚は鬼が相手でもまったく物怖じしないのだ。

 初めは安全な人里の暮らしに慣れて平和ボケした間抜けかとも思っていた。

 刀を持って気でも大きくなったのかと。

 

 ただ、今日のように厄介な妖怪が出入りすることも加味して考えれば、彼のような態度をとる店員も必要なのかもしれないとも思ったのだ。

 同じことをやれと頼まれても、赤蛮奇はまっぴらごめんだが。

 

 けれど今日は少々風向きが悪い。

 タチの悪い客が相手でもずけずけと物を言う同僚には頼りがいを感じていたが、今回は鬼が相手。

 多弁とは対極にある彼の性格からして、相手の神経を逆撫でるような物言いになってしまうこともある。

 そうなれば事態を丸く収めるのは難しいだろう。

 まさか鬼も人里のど真ん中で暴れたりはしないだろうが、万が一ということもある。

 自分でけしかけておきながら、赤蛮奇は恐る恐る事の顛末を眺めていた。

 

「まあ聞いてくれよ。このあいだ、秘蔵の酒を旧友に強請られちまってさあ。土の底で飲んだくれてるような気の長いやつだから、どうせ本気にしないと思ってさ、冗談半分に喧嘩で勝ったら酒くらいくれてやるって言ったんだよ。

 したら、あんにゃろ手加減なしでぶん殴ってきやがった。一等いい酒を持っていかれたよ」

「……何が言いたい」

「機嫌が悪いんだ。ここでやけ酒させてくれよ」

「許さぬ」

 

 横暴な態度だ。客観的に見れば、正しいのは明らかに同僚の言い分。

 弱みを見せない毅然とした態度も必要だと思う。

 ただやっぱり今日ばっかりは相手が悪いんじゃないかと、赤蛮奇はそう思うのだ。

 

「ふうん。人間風情が、鬼を前に大した度胸じゃないか」

「……」

「顔の白い痣に、左腕の義手。随分と目立つなりだねぇ。お前、どこから来たか言ってみな」

「……断る」

 

 小さな茶屋に覇気が満ちる。店全体が悲鳴を上げるように軋み出す。湯飲みに注がれた茶に波紋が広がる。

 強烈な敵意。胆力の無い者であれば、とっさに武器を構えていただろう。

 ただし、同僚はそれを意にも介さず、ただそこに佇んでいた。

 

「お前。やっぱり《本物》だろ」

 

 鬼の眼に剣呑な光が宿る。

 

「どうかな。店を壊せば口を割る気にもなるかい」

 

 これはヤバいやつだ。赤蛮奇は直感でそう思った。当事者でもないのに、頬に汗がつたう。

 思考回路はさっぱりだが、この迷惑客の頂点はこの店で暴れることを考えている。もちろん巻き込まれたらただでは済まない。

 今から本気で裏口まで疾走すれば命くらいは助かるだろうか。赤蛮奇がそんなことを考えてちらりと脱出経路を目で追ったとき、小さな人影が目に入った。

 

「これこれ。私の茶屋で荒事はやめておくれ」

「主殿……」

 

 厨房の方から顔を出したのは、この小さな茶屋の小さな店主。

 あの会話に割って入るとは、同僚に負けず劣らず大した胆力である。

 唐突の店主の出現にはさすがの同僚も面食らったらしく、珍しく慌てたような素振りを見せている。ほんのちょっぴりだが。

 あわや喧嘩事という一触即発の雰囲気の中に店主が身を乗り出してきたこの状況に、どうも同僚は気が気でないらしい。

 

「あんたが店主? 驚いたね、とんだ童子じゃないか」

 

 お前が言うな、と思わず突っ込みたくなったのをギリギリで留まった赤蛮奇は自分を褒めた。

 一声でも上げて注目されてでもしたら、どうなるかなど想像もしたくない。

 

「うちでは喧嘩はご法度でのう。それにほれ、今日は閻魔様もおるでな」

「おや」

 

 そうだ。そういえば他に客もいた。この鬼が来店して以来完全に失念していた。

 店主が一瞥した先には客が一人。注目を集めたことに気づいた緑髪の少女が顔を上げる。

 

「む、なんです? 今日の私はオフですよ。ご期待に応えるつもりはありません」

 

 店内に漂う緊迫した空気などどこ吹く風。頬張る団子を茶で強引に飲み干してマイペースに喋り始めたのは、何を隠そうこの幻想郷の閻魔である。

 本来であれば三途の川を超えた先で死者を裁くのが彼女の役割だが、今日は公務を執行する日ではないようだ。

 

「今はただの四季映姫ですから、どうぞお構いなく……と言いたいところですが。

 このままでは、ともすれば店が倒壊するほどの荒事になりかねませんか。

 ここは私の顔に免じて場を収めていただきたい」

「うむぅ……参ったねえ。閻魔さまの前ともなりゃ、鬼も悪さできないや」

 

 酒にでも酔ってりゃ話は別なんだけど、なんてのたまいながら鬼をふっと力を抜いた。

 それでようやく、店中に圧し掛かっていた重圧のようなものがなくなった。

 見れば同僚の出した湯飲みなど、外縁に亀裂が入っている。

 賠償の請求もしてやれ、同僚よ。

 つまらなさそうに店を出る鬼の背後にそのような念を送っていると、突如鬼が振り返ったので慌てて目を逸らす。

 

「焼けた合戦場の、伝説の鬼斬り」

「……」

「昔その噂を聞いた時から、その鬼斬りとやらがどんなヤツかずっと探してる。『俺がそうだ』と吹聴するやつは何十と見たけど……」

 

 何かを確信したような目で、同僚のことをじっと見ていた。

 

「ま、今日はもう引き上げるとするさ。次は客として来る。よろしくね」

「……酒は出さぬ」

「ちぇっ。仕方がない。命蓮寺の鬼が彫ったとかいう仏でも見物にいくかな……」

 

 不服そうな素振りはあったものの、ようやくあのはた迷惑な鬼はこの店を後にした。

 最後にまた来るとか言っていただろうか。頼むから二度とこないでほしい。出禁とかにできないのだろうか。

 いや、出禁にしてもきっと無視するだろう。絶対そうだ。

 ここ、辞めようかな。でも払いはいいんだよな。

 真剣に悩む赤蛮奇の思考を遮ったのは、明快な店主の声だった。

 

「いやあ、助かった! 映姫殿がいなければどうなっていたことか」 

「お構いなく。いえ、そこの帯刀している店員の方には説教したいことが山ほどありますけれどね。

 でもオフなので。基本的に一般人だと思ってください。甘味に集中したいので」

「おうとも! 堪能していってくれ!」 

 

 いやはや見慣れぬものだ。なんとも珍しい。

 他人に説教していない四季映姫の姿を見れるのは幻想郷広しと言えどこの店内だけに違いない。

 それ以外の場所ではエンカウントしたらありがたい説教をぶちかまされてしまうからだ。 

 

 あの閻魔はこの茶屋ではかなりの常連にあたるが、店員として接していたら、死後の裁判が甘くなったりしないかなー、なんて邪念もあったりする。

 まあそれで裁きが揺らぐくらいなら閻魔なんて到底務まらないだろうけど、期待する分には勝手だ。

 なので赤蛮奇は決まって愛想よく接客している。これもまた、この店で働くことでの大きなメリットかもしれない。

 

 なんて、鬼に気取られていたが良い時間だ。もうすぐ忙しくなる。

 そら、ぞろぞろと客がやってきた。

 

「こんばんわぁ。狼さん、いるかしら~」

「む……」

「おお、いらっしゃい! よしきた赤蛮奇どの、厨房が忙しくなるぞ!」

 

 出た。冥界の姫だ。お淑やかなふりして超がつくほどの大食漢。

 店主は朗らかに迎えているが、この後の繁忙を思うと愛想笑いがついつい引き攣ってしまう。

 彼女ひとり訪れるだけでウチは大忙しだ。でもまさか客に向かってそんな食うなよなんて言えるはずもなく、給仕の私も厨房に入ってフルで店を回さないといけない。

 

 いや厨房には男の同僚が入って、接客は華のある私がやるべきだろとも思う。

 思うのだが、イロモノ枠の多い当店のお客様はいかにも面白そうな同僚の方と話したがるのだ。

 

「ね、ね、狼さん気は変わった? 主を変えるつもりはないかしら」

「……戯言を」

「じゃあお弟子さんとか取ってないの? うちの妖夢ちゃんとかどうかしら」

「……断る」

「とりあえず写真だけでもどうかしら! 本当に可愛いんだから! きっと気が変わるわ」

「……いや」

 

 見よ。

 押されている、同僚が。

 鬼にさえも一歩を退かなかったあの同僚が押されている。

 傍から見ていても凄い圧だ。頷くまで追及を止めないという強い意志が感じられる。

 実は私も口添えするように冥界の姫から頼まれているのだが、同僚を売るような真似はできまい。

 冥界の姫の勧誘を同僚は幾度となく撃退しているが、今回ばかりは危ういのではないか。

 そんな風に眺めていれば、すぐに新しい客がやってくる。

 

「やぁやぁ盟友! 繁盛しているかい? ところで一回でいいからさ、その義手バラさせてよ!」

「……できぬ」

「ね、いいでしょ!? 絶対元に戻すからお願い! 盟友のよしみでさ!」

「……断る」

「私だって技術屋の端くれ、そんなものを見せられちゃあたまらないんだ!」

「……できぬ」

  

 妖怪の山の河童だ。彼女も常連。

 同僚の義手が目に入ってからというもののすっかりうちに通っている。もはや彼にアプローチを仕掛けるついでに茶を頼んでいるような始末だ。

 やはりあの義手はものを作る人間からしてみれば垂涎ものなのだろう。

 こちらに関しては、同僚は常に毅然とした態度で否やを突き付けている。

 だが河童だって一歩も引かない。

 実は私も口添えするように河童から頼まれているのだが、同僚を売るような真似はできまい。

 持ち掛けられる話は幾度となく斬って捨てているが、河童というのは交渉事に長けているものだ。今日こそは危ういのではないか。

 そんな風に眺めていれば、すぐに新しい客がやってくる。

 

「こんにちは。どう、狼さん。薬水瓢箪を私に預ける決心はついたかしら」

「……しかし」

「どこからともなく薬水の湧きだす瓢箪。私はその種を明かしたいのよ」

「……だが」

「その瓢箪の水はすさまじい薬効なの。たくさんの人の為になる。何を迷うことがあるのかしら?」

「……む」 

 

 竹林の永遠亭の薬師だ。彼女もまた、常連。

 ドジな狂気の兎が店先でずっこけてまぁまぁな怪我をした折、同僚が瓢箪の薬水を飲ませて治療したのを聞いて以来、瓢箪の調査を懇願している。

 たちまち怪我を癒す薬水の力もさながら、際限なく水の湧き出てくる瓢箪の謎も気になる。

 学者然とした彼女の知的好奇心をくすぐるのだろう。

 同僚は迷いつつもいつも断っている。やはり大切で貴重な瓢箪なのだろう。

 だが、薬師も説得を諦めない。

 実は私も口添えするように薬師から頼まれているのだが、同僚を売るような真似はできまい。

 同僚はいつも断っているが、薬師は賢い。もっともらしい正論で絡めとられてしまうだろう。

 同僚がキッパリと断れていないのがその証拠だ。

 今日こそ首を縦に振らされるかもしれない。

 

 ああ、新しい客がやってきた。同僚がまた絡まれている。

 今度は山の大天狗にせっつかれているようだ。

 『御寄進回し』とかいう大団扇が興味を惹いてしまったらしい。

 麦飯のおにぎりを材料に交渉しているが、私が思うにあれピンチだぞ。

 なにせ同僚は米に目がないのだ。今回ばかりは危ういか。

 

 ああ、この店は、眺めていてすこし面白すぎる。

 やはり、辞めるのはもう少しあとにしよう。

 

 




や、やめて、石を投げないで!
私もこの主従を登場させる気は無かったんです!
でもフロムがSEKIRO発売からもうすぐ3年経つって言うのに、いつまでたっても茶屋ENDを用意してくれないから……! 

Q.どのルートを経た狼ですか?
A.言えぬ。

Q.竜胤の力はどうなりましたか?
A.言えぬ。

Q.いつからどうやって幻想郷に?
A.言えぬ。

Q.仏師と出会うことはありますか?
A.言えぬ。

Q.無限茶屋編読みたい
A.わかる

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