地底の仏師   作:へか帝

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 ひねくれさとりんがかわいいというだけの話


嫌われ者代表

 勇儀との雑談をそこそこに、仏師は地霊殿へと足を運んでいた。特段急ぐ必要はないとのことだが、こういう代表者への挨拶というものは早ければ早いほど良いと相場が決まっている。

 何かあってから代表者に話が行った時に「その話私聞いてないけど?」となりその後の関係に支障が生じることがままある。仏師もかつては雇われの立場。こうした上とのトラブルには細心の注意を払う癖があった。

 

 勇儀からは地底以外にも、この幻想郷という土地についても話を聞いていた。

 外の世界から忘れ去られたもの、居場所を失くしたものが流れ着く、外と隔絶された秘境。今まで目にした妖怪たちは、外の世界からこの幻想郷へと移り住んできたり、自然と導かれてやってきたという。

 

 仏師がここにやってきたのも、そうした巡り合わせの一部なのだろう。

 紫檀色の調度品に腰かける、眼前の妖怪はどうだろう。

 名を古明地さとり。紫檀色の調度品で囲まれたこの地霊殿の主だ。くすんだ桃色の髪に、淡いパステルカラーの衣服を身に纏っている。

 

「儂は──」

「ああ、初めましてですね。さて、なんてお呼びしましょうか。仏師、隻猩、猩々、飛び猿……ずいぶんと呼び名をお持ちのようですけど。あ、驚いてますね。そうです、私心が読めるんですよ。でも本当の名前で呼ばれた試しは無いみたいですね。私が呼んであげましょうか?

 なんて、嘘です。それは私にも見えませんでした。よほど昔か、あるいはそもそも記憶に無いのか。どちらにせよ寂しい話ですね」

 

 仏師は閉口する。今羅列した名のほとんどが、まだこの地底で誰も知らないはずの古い通り名だった。まことの名前にしてもそうだ。さとり妖怪は心を読む妖怪。であれば、己の心を読み、記憶を辿ってその名を拾い上げたのだろう。

 誰も知らぬ過ぎ去りし記憶を懐かしめるのは、その時を生きた本人だけに許される特権。よもや、それを侵す者があろうとは。さとり妖怪は、あらゆる者からすべからく嫌われるという。

 

 さとりという人物について尋ねたとき、勇儀とパルスィはそれぞれ『度し難いひねくれ者』『満場一致の嫌われ者』と評した。その意味が、ほんの少し言葉を交わしただけで仏師にも理解できた。このやり取りを言葉と交わしたと形容して良いものかは悩ましいが。

 

「まあ、とんでもない。これも立派な会話ですよ。少なくともさとり妖怪にとってはね。あなたにとって会話と呼べるかどうか? それはどうでもいいです。

 で、何でしたっけ。ああ、縦穴に。どうぞご自由に。神でも仏でも好きなだけ彫って頂いて構いませんよ。殺風景ですからね、あそこ。そういえば土蜘蛛は健気に蜘蛛の巣でデコレーションしていたみたいですけど、あれ無駄ですよね。風が強烈に吹き抜けるから作ったそばから壊れるんですよ。めげずにいちいち作り直してるようですが」

「……」

「ああ、なるほど。どうやらあなたは見た目にそぐわず律儀な性格のようで。珍しいんですよ、あなたのような方は。あ。自己紹介が遅れましたね、私は古明地さとりと申します。もう知ってました? じゃあ聞かないでください。まあ私が勝手に心を読んで喋ってるんですが」

 

 どうやら、さとりはずっとこの調子で話を続けるつもりらしい。仏師がなにか告げる前に考えていることに対する返事が飛んでくる。喋らないというより、喋らせてもらえないといった方が正しい。

 

 読心は仏師をじっと見つめる大きなアクセサリーのような第三の目に秘密があるのだろう。言葉を放つ前に次々と話が進んでいくのは手間が省けるとはいえ、奇妙な感覚だった。

 

「心を読まれるのは不快? それはそうでしょう。でもどうか大目に見てください。わかっててやめられないのがさとり妖怪ですので。めんどくさい妖怪だと思って頂いて構いませんよ。おや、私がめんどくさい妖怪? ダメですよ、そんな心にもないようなことを考えては。誰にそんなことを吹き込まれたんですか。私がぶちのめしてやりますよ。連れてきてください」

「……」

「あ、鏡はなしの方向でお願いします。さとり妖怪が第三の目で自分を見ると面白いことになっちゃうんですよ。面白そうですよね? 試そうとしないでください。

 ええ? まさか。別におちょくってるつもりはありませんよ。こういう性分なだけです。ちなみに鏡で自分を見ても何も起きませんよ。当たり前じゃないですか。常識ないんですか? あ、他意はありませんよ。おちょくってるだけです」

 

 ──仏師とて、それなりに数奇な人生を歩んできたつもりはあったが、流石にこういう手合いは初めてだった。正直、心を読まれているというのを度外視しても頭が痛くなるような相手だった。

 

「それにしても心を読まれるのにはあまり嫌悪感がないんですね。むしろ楽……ですか? まあ寡黙なあなたにとってはそうかもしれませんね。それにして随分数奇な生き方をしてきたようで。今度じっくり覗き見せてもらいます。嫌なら言ってくださいね。無視しますけど」

 

 心を読むとまではいかないまでも、言葉少ななままに通じることのできる縁には恵まれていたので、こういう会話には多少の慣れもあった。流石にこれほど過剰ではなかったが。

 己の記憶を覗かれるというのも嫌らしいものだが、仏師にとってそれは逃げ出すほどのことではない。これは自分の過去の記憶に一つ折り合いを付けられたのもあるだろう。

 

 未練らしい未練は、狼が断ち切ってくれた。覗き見られるのはいけ好かないが、過去はもう仏師にとって恥ずべき記憶ではない。

 

「こう見えて私、あなたのこと結構気に入ってるんですよ。ちなみに嫌われ者の私に気に入られて喜ぶ人はまだ見たことありません。あなたはどうですか? 別に興味ありませんが」

 

 一方的にまくしたてられるだけの時間が続く。何がどうかみ合ったかのかは分からないが、どうにもこのじっとりとした視線のさとり妖怪に仏師は気に入られてしまったらしい。慣れがあるとはいっても、この居心地の悪さはあまり経験したいものではなかった。そもそも彼女は地底の嫌われ者だというが、心を読む能力以上にそれを行使する彼女の性格に原因がある気がしてならない。

 

「今度遊びに行きますね。だってあなたの彫ったという仏にも興味がありますから。私、出不精だからきっと地底のみんなは驚きますよ。私が外に出ると皆は引きこもっちゃうんですよ。嫌われ者って大変ですよね。皆さとり妖怪なんて地霊殿から出てこなければいいって思ってるみたいです。出掛け甲斐がありますよね」

 

 そちらから訪ねてくるというのであれば、仏師の方から来るなとは言えるはずもない。荒れ寺で仏を彫っていたときと同じ、来るものも去るものも拒まない態度を貫くつもりだ。嫌われたものの集う地底の妖怪からさえも嫌われるさとり妖怪であっても、それは例外ではない。例外ではないが、ちょっと気が重くなるのは仕方のない事だった。

 

「え? 歓迎してくださいよ。ただでさえ地底の主なんて厄介な役職背負ってるんですから、こんなとき位いいじゃないですか。でも別に何かしてるわけじゃないんですけどね。怨霊の管理はペットに一任してるので」

 

 ペットというのは、地霊殿のあちこちで見かけた動物のことで間違いなさそうだ。それに加えて、獣の翼や耳、尻尾を備えた人影も目にした。獣の妖怪といったところか。そういう存在もいるのだから、怨霊の管理とやらも不可能ではないのだろう。

 

「なら何が厄介かって? 気色悪い幻想郷の管理人と顔を付き合わせなくちゃならないんです。これを厄介と言わずしてなんと言うんですか」

 

 これは根拠のない予測であるが、恐らくその幻想郷の管理人とやらもさとりに対してほぼ同じ感情を抱いているに違いない。

 

「聞いてくださいよ、あの大妖怪顔を突き合せて大事な話をしようってときにこともあろうか心を覆い隠してテーブルに着くんですよ。さとり妖怪を相手にひどいですよね。きっと人の心がわからないんです」

 

 できるなら誰だってそうすると思う。仏師とてさとりを前に心を隠す心得があったなら、きっと使わずにはいられなかっただろう。まして幻想郷の管理人とやらであれば、秘匿するべき思惑が無数にあったに違いない。

 仏師としてはむしろこの性格のねじ曲がったさとり妖怪に訳の分からないいちゃもんをつけられていることに同情せざるを得なかった。

 

「ちょっと、なんで私じゃなくて会ったこともない妖怪に同情してるんですか」

 

 少なくとも幻想郷の管理人というのがこのさとり妖怪よりかはマシに違いないと考えているからである。ハッキリ言って、これより上がいるとは想像もしたくなかった。

 

「まさか。私の方がよっぽどマシですよ。なにせ向こうは呼んでもいないのにあちらから飛び出してきますからね。引きこもっている私のなんと有情なことか。やっぱり嫌われてる自覚がないやつはダメですね。私を見習うべきです。それにほら、私ってばこんなに円滑にコミュニケーションができるんですよ。なにせ私、人の心がわかるので。

 ところで上と言えば地上ですよね。地上に興味がありますか? そうですか。やめておいた方がいいですよ。鬼には居場所のない所です。たとえ静かに仏を彫っているだけでもつつかれますから。それに、あなたは面白すぎる。すぐに厄介な人たちの興味を買ってしまうでしょうね」 

 

 心の中でしっかりと地上に興味はないと答えたはずだったが、お構いなしに話が進んでいく。それに厄介な人の興味なら現在進行形で強引に買い付けられている真っ最中だ。

 

 地上がどんな場所であるか多少の興味はある。だがそれは、地底を離れて移り住もうと考えるほどではない。約定の事もある。

 むしろ、仏を彫るのに没頭できる今の環境が最良であるとさえ考えている。しかしこの幻想郷という土地に対して仏師は知らなさすぎる現状、話してくれるというのであればそれはそれでありがたい。可能な限り知識は集めておきたいというのも、情報を尊ぶ元忍びとしての名残だった。

 

「地上と言えばもう一つ。少し前に人と妖怪が争うときに、新しいルールが作られました。あえて能力に制限を課したうえで行う決闘の形式ですね。要は幻想郷の平和を妖怪の過分な力で脅かさないようする枠といったところでしょうか。まあ、所詮は私の様な女子供のごっこ遊びですよ。血生臭い争いはもううんざりってことですね。

 そうそう、地底って妖怪の行き来は禁じられてるんですけど、人間はその限りではないんですよ。きな臭すぎますよね。だからあの胡散臭い大妖怪は嫌なんですよ」

 

 忘れられた妖怪たちの楽園たる幻想郷では、同時に妖怪が存在するために人間の存在が必要不可欠であるという。決闘失くして、妖怪はその力を保てない。しかし、尋常な決闘では人間は一方的に虐げられるのが道理。そのジレンマを解消するための先のルールということらしい。

 なるほど、よく考えられている。とどのつまり、『殺し合い』を『遊び』に変える会心の一手であるわけだ。

 

 小さな箱庭にあって人間と妖怪の共存を実現せんと考え抜かれた代物。彼女の言う胡散臭い大妖怪とやらは、相当の切れ者であるらしい。

 もっとも、一介の鬼である己には特に縁のない相手だろう。仏師はそう考えた。

  

「ところで私妹がいるんですよ。見かけたら仲良くしてあげてくださいね」

 

 このさとり妖怪の妹。人となりは全く分からないが、問題児の香りしかしない上にこちらの思惑など関係なく強引に仲良くなりに来ることが容易に想像できる。叶うことならば、妹とやらには縁のないまま仏を彫ることに没頭したいものだ。

 

 さて、為すべきことは為した。知りたいことも知れた。

 予想外の事があるとすれば、さとり妖怪が輪にかけて厄介なことくらいだろうか。事前に覚悟しておけとは言い含められていたものの、やはり聞くのと見るのでは大きな差がある。それを今回痛いほど実感させられた。まだ一言も口を利いていないというのに、酒を飲み交わしながら一晩語り明かしたような疲れを感じている。

 

「あら、もう行ってしまうんですか? 残念ですね、私としてはもう少しお話したいと思っていたんですけど。あ、別れの挨拶とかそういうの要りませんよ。心読めるので」

「……ああ、これから世話になる」

「──だからそういうの、いらないんですって」

 

 背後から聞こえる人の話を聞けだの、これだから心が読めないやつはどうだのというぶつくさとした傍若無人な文句を垂れる声を背に、地霊殿を後にする。

 さとりは過去に類を見ないほどのひねくれ者ではあったが、そう悪い人物ではない。仏師はそう判断した。

 

 故にこそ、不躾に己の過去に踏み入るような真似をされても仏師は気を立てることをしなかったし、さとりもまた仏師のそうした深く座して受け入れる態度に信を置いた。

 少なくとも、地底の代表という立場の愚痴を冗談交じりに零せる程度には。

 

 地底にあってほぼ全ての妖怪から疎まれるさとりは、もはやどこにも居場所のない妖怪である。地底の代表という役職が彼女を護る最後の一線で、最後のよすがだ。

 常に針の筵に座り続ける彼女だが──ともすれば、殺しを極めた鬼にこそ安息を見出すだろうか。

 

 

 




 若き読者は死闘の日々を重ね
 ただひたすらに読み耽った
 如何に伝えようか、如何に書くべきか
 そう考えるうち、気づけば感想は飛んでいた 

 感想には、真空波が伴う

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