第一話:オリヴィエ=ガルヴィーノ
突然だが、私には前世の記憶というものがある。
それはこの“私”という一人称が珍しがられなかった頃、つまり女だった頃の記憶だ。
現世ではオリヴィエ=ガルヴィーノと呼ばれる私の前世の名は祝園踊子(ほうそのようこ)。
物心ついた時にはすでに両親の手によってロリコン向けのAVに違法出演させられていたという驚異のスタートを皮切りに、母親の愛人には強姦ギリギリのセクハラを受け、父親の愛人には金のために援助交際をさせられ、中学卒業と同時に風俗店に売り飛ばされ、やっと慣れてきたと思ったら今度は養子という名目でどこぞの社長の愛人となることを強制され、飽きて捨てられたあと出会ったヤクザのお妾さんとして生活をすることになり、開き直って魔性の女を演じ始めた直後に痴情のもつれに巻き込まれ刺し殺された。
という、エロゲもびっくりの人生を二十歳になる前に送り終えた凄まじい女だった。
さすがに男に生まれ変わって十四年もたった今だから冷静に思い返せる。が、最初の数ヶ月は色々と振り切るので大変だったものだ。新しい体の性別が男だったことも精神的に幸いした。立って歩ける年齢になった時点で恋愛対象は男から女に変わっていたし、我ながらかなりの強靭な心を持っている。
両親は共に滅多に見ないような美形であり、生まれた私もとうぜん美少年。おかげで女の子たちからの熱っぽい眼差しには事欠かなかったが、もろもろの事情により誰とも交際はしなかった。
その“もろもろの理由”の中の一つが原因で、実は今、私はちょっとしたピンチに陥っていたりする。
「――以上、回想と説明終了。……なーんて思い出に浸ってみたところで、この場が好転するわけでもないんだよなぁ」
はあ、と小さく溜息をこぼす。
両手両足にはめられた無骨な鉄製の枷。薄暗い檻のようなコンクリート部屋。周囲には揃いも揃って見目麗しい少年少女が私と同じ状態ですすり泣いたり気絶したりしている。それらを眺めてニヤニヤと愉悦の表情を浮かべる銃を持ったおっさん二人。
そっちょくに言おう。
私、オリヴィエ=ガルヴィーノは、ただいま誘拐犯に拉致監禁されている。
……それもどうやら人身売買オークションあたりにかけられそうな雰囲気である。ちくしょう。なんて運がねえんだ私。
さっき回想していた“もろもろの理由”の一つ。それを私のちょっとしたミスからおっさん達に知られてしまったことにより、私は今ここで厳重な拘束を受けている。
世界七大美色における青のカテゴリー。
ひとところに留まることによる集団売買の危険性を恐れ、幼少期から戦闘の訓練を施したうえで、子が十二歳を超えた時点で夫婦も子供もバラバラに暮らし、民族全員が集うのはたった六年に一度という風習を持つ。
そんな『キルケゴール族』の人間が流す涙は地面に触れた瞬間球形の石へと姿を変える。通称『碧玉石(へきぎょくせき)』と呼ばれ、その数多の宝石がくすんで見える輝きから闇値数億で売り買いされている。
とまあ、ここまで説明すればあとは分かるだろう。
私もまた、キルケゴール族の一人だった。
成り行きでザバン市というところまで訪れていたところ日当たりの良い公園を発見。
そのままゆったりくつろいでいると眠気に襲われ、少しならばいいかと眠ったところを誘拐犯の集団が通りかかる。眠りながらあくびで涙を流していた私が、彼らにはベンチ周辺に数億円をまき散らしながら寝ているお宝製造機に見えたことだろう。
目が覚めたらすでにこの湿っぽい部屋で監禁されていた。この一連の流れは自分でも呆れるほどだ。いくら三日間に及ぶ不眠不休の逃走劇で疲れ果てていたとはいえ、あきらかに強くもなんともなさそうなこのおっさん達にこんな醜態を晒すことになろうとは。
そういえば、ここに来る前に私を狙ってマンションに襲撃をかけてきたあのとてつもなく強そうな奴らは何だったのだろうか。
金髪童顔で細マッチョの美青年やら頭にエジプトチックな被り物をしたいかつい男やら。必死こいて逃げ回ったおかげでなんとか振り切れたけど、私がキルケゴール族の人間だということをどこで知ったのか。あいつらの前で涙を流した記憶はないんだが……。
「ひっく、ぐす……お姉ちゃん……怖いよぅ……」
「大丈夫よ、きっと誰かが助けてくれるわ……」
部屋の最奥に繋がれた私の隣で、アンティークドールのようなひらひらの服を着た姉妹が互いを抱きしめあっている。こんな底辺の監禁室にいるのが勿体無いくらい端整な顔立ち。良いとこのお嬢さんが、親に内緒で遊びに出たら運悪く誘拐された、といったところだろうか。
あの年頃なら、前世の私がネットで知り合ったロリコン相手に売春して父親の愛人に金を貢がされていた年と同じくらいかな。祝園踊子のような壮絶な始まり方をしているならともかく、彼女たちのような純粋培養のお嬢様タイプにとって今の状況はこの世の地獄だろう。オークション会場に連れ出されて観客に値踏みなんてされた日には、そのストレスだけで死んでしまいそうだ。
「ぎゃははっ! 助けなんざ来るかよ!」
「そうそう! お嬢ちゃんたちはねえ、これからここにいる他の子たちと一緒に知らない場所に売られていくんだよぅ?」
チンピラ丸出しのおっさん二人組が喚く。
私の前世の勘が告げている、二人目のおっさんは間違いなくロリコンだ。
「せ、せめて妹だけでも助けてくれませんか? お願いします、私ならどうなっても構いませんから!」
おい、やめておけ!
そう叫びたくなるような台詞を少女たちの姉のほうが吐いてしまった。そんなことを言ったが最後、「んー。そうだねぇ、お嬢ちゃんの頑張り次第かなぁ?」などと嘘の見え透いた言葉を発しながら体を蹂躙され、挙句の果てには「妹を開放すると約束した覚えはない」と突き放されて、どちらも助からない上に姉は売られる前に処女を失って終了だ。
ロリコン犯罪者のやることなすことなんて大体がそんなものだ。前世で私が股を開いたロリコンどもも似たりよったりな奴しかいなかった。だいたい大人の女は汚いとか思う童貞メルヘン変態野郎だからこそ、弱くて自分のほうが優位に立てる幼女を性的な目で見るんだ。
稀に愛でるだけで手は出してこないタイプもいるが、息を荒らげて押し倒してくるロリコンにろくな奴はいない。そしてあいつはろくでもないロリコンの可能性が高い。
「んー。そうだねぇ、お嬢ちゃんの頑張り次第かなぁ?」
ほら、私の考えた通りだ。
黄ばんだ歯をむき出しにしてニタニタと笑うロリコンおっさんに顔を近づけられ、おそらく性行為のせの字も知らないだろう少女がびくびくと震える。そういう行為に慣れきっても客受けのため演技で震えていた踊子とは違って、あの震えようは本気で怯えている。
……さっき私は今の状況をちょっとしたピンチだと言ったが厳密には違う。
本気で逃げ出そうと思えば、私はきっとこの枷を引きちぎりおっさん二人を一瞬で気絶させ、颯爽とこの監禁室から逃げ出すことができるだろう。
けどそれは私一人ならの話だ。この部屋にいる子供の数は私を除いて二十人。これだけの数を、この部屋の外にいるおっさん達の仲間から庇いつつ逃げ切るなんて器用な真似は私にはできない。
かといって一人だけで逃げ出そうと思えるほど、私はこの子たちがこれから体験することになるだろう出来事のショックやダメージについて知らないわけではない。それくらいしか生きる手段が無いならともかく、それ以外の道がいくらでもありそうなここの子供たちを見捨てて一人で逃げおおせるなんてのはオリヴィエ=ガルヴィーノとしておくってきた健全な人生が許さない。
私が祝園踊子でしかなかった時にこういう場面に遭遇していたなら、きっと周囲の子供たちの心配なんてせずに、少しでも自分にたくさんの価値を感じてくれる客をつかもうと蠱惑的な笑顔の練習でもしていた。
ピンチを通り越して要するに手詰まりだった。残された選択肢は下手に暴れずどこぞの富豪に買い取られたあとなんとか逃げ出して一人ずつ助けて回るか、部屋の外にいるおっさん達の仲間に数人は撃ち殺されることを覚悟して残りの数人を守りながら脱出するか。
前者ならまず大多数の少年少女が、私によって助け出された頃には傷モノにされているだろう。後者は言わずもがな、傷モノにならない代わり何人かは死体になる。
どちらを選ぶのが最善なのか。
考えているうちにロリコンおっさんは少女の高級そうな服をナイフで引き裂き、空気に晒された太ももをベタベタといやらしい手つきで触りまくっている。次いで下着に手をかけようとするおっさん。思わず涙を流す少女。まだ選べない私。
そんな切迫した状況に終止符を打ったのは、いきなり扉の向こう側から聞こえてきた女の声だった。
「――もしもし、誘拐されたお子さんたち。こちらにいらっしゃいますの? いるなら下がっていてくださいまし。この扉、これよりアタクシが蹴破らせていただきますわ」
碧玉石に関しては、完璧に氷泪石そのまんまのイメージです。
本当は地面に散るとそこから緑色の宝石でできた花々が生えてくることから世界七大美色のグリーンを担当することになった『翡翠の血』の持ち主という、ちょっと無理のある設定でいく予定でしたが、怪我をするたび花を咲かせるのはさすがに面倒なのでやっぱり止めました。