オリヴィエ視点とどちらが書きやすいかと言われればどちらも書きにくい。
「なあ、オセロット。オリヴィエって裏の人間なのか?」
「あら、どうしてそう思いますの?」
「なんか……そういう匂いがするんだ。俺やヒソカと同じくらいどっぷり浸かってて、でも俺やヒソカとはまた違う。そんな匂い」
オリヴィエとアタクシのぶんの豚の丸焼きを試験官に提出したあと、キルアが突然そんなことを聞いてまいりましたわ。
本人がいる前で聞くのは失礼だとわざわざオリヴィエが去ってからアタクシに尋ねてくるその気遣い。普段は生意気なキャラで売っているキルアとこの行動のギャップにややときめいてしまいましたの。
ふむ……しかし、オリヴィエか裏の人間かどうかなんてねー。
たしかに清く正しく美しくの三大原則は最後の“美しく”しか満たしていないような小悪魔くんですけれど、でも殺し屋とか盗賊って感じでもないんですのよ。
血なまぐさくない。荒々しさがない。隠しきれない殺気も持たない。
けれども闇の匂いはいたしますわね。くわえて地獄なんて子供の頃に見飽きたとでも言いたげなあの目。
罪深いものほど蕩けそうに甘いもの。一度ならず二度までもこの世の底辺を味わってそこから這い上がってきたタイプは、絶望も希望も己の瞳に宿してその類まれなる糖度の蜜で蝶も害虫も寄せ付けますわ。
あの子は無自覚なんでしょうけれど……逆にいえば自覚するまでもなくそれができてしまうほど、誰かを誘惑することに慣れ親しんだ人生をおくってきたのでしょう。
原因か前世にあるのか今世にあるのか。
どちらにしろあの子、キルケゴール族なんかに生まれた時点でだいぶ人生ハードモードですわよね。世界七大美色の中でも指折りの“金のなる木”。そのうえ本人はガラス細工の堕天使と見紛う美少年。病的なまでに白い肌から察するに、少なくとも数ヶ月はまったく光の当たらない場所に監禁された経験がありそうですの。
だからといって悲劇の主人公ぶった悲壮感はなく……苦いものを抱えてなお甘い彼だからこそ、どちらの良さも悪さもない混ぜになったサイケデリックな魅力を放っているのでしょう。
要するにオリヴィエは、多少うすら暗い事情を背負っていたとしても、すでにそれをある程度は割り切ったうえで前を向いているしたたかな子ですの。
自分の弱さを認めたうえで手に入れた強さ。醜さを孕んで昇華させる美しさ。暗さが栄えさせる明るさ。
自分と同じくらい深い泥沼に沈んでいながら、同時に一歩も二歩も先に進んでいる。きっとキルアはオリヴィエからそんな雰囲気を感じ取って、気になりつつもあまり積極的に話しかけはしないんですのね。
気後れしているというか、自分の目指す所にすでに到達している相手への可愛らしい嫉妬みたいなものですわ。完璧に光として見られているゴンと違ってあの子はどこからどう見ても闇寄りですから、なおさら。
「そうですわねぇ。あの子の手は血に汚れちゃいないけど、代わりに血よりももっとドス黒い何かで穢れてるって風に見えますの。でもその穢れを後ろめたく思ってはいなさそう。なあたり、そういう業界からは足を洗って長いんじゃないかしらーと思いますのよ」
「ふーん。元同業者か、少なくともアンダーグラウンドにいた人間ってことか」
「暗殺者ではないと思いますけれど。んー……知り合いの情報屋とも雰囲気は違いますし、あってもスパイとかですわよ」
「ああ、それっぽい。ドンパチやるよりその中を上手く泳いで生還するほうが得意そうだもんな」
駄弁りながらちらちらとヒソカに視線を向けますの。
あいつ、さっきからアタクシだけに殺気飛ばしてくるのは何なんですの? 一緒にいるキルアに飛ばしてないからまだ良いとして。
あの頭の怪我、原作じゃ一つだったけど二つあるってことは……ひょとしてオリヴィエが奇襲に成功して目でもつけられたのかしら。
で、その師匠(予定)たるアタクシにハッパをかけていると。はやく美味しく実らせろよーみたいな感じで。
それとも試験中にアタクシと手合わせでもするつもりかしら?
このオセロット=サンローラン。こう見えても、一流と呼ばれる念能力者の一人。みすみす殺されるつもりもありませんけれど、あんな地獄からの使者みたいな物騒なの、好き好んで相手したいと思うほど戦闘狂でもありませんわ。
オリヴィエに手を出すつもりなら殺し合うこともやぶさかではありませんけれど。唯一アタクシと秘密を共有してくれる可能性を持った子。そんな貴重な人材を簡単に手放せるほど、アタクシは孤独に強い女じゃありませんの。
「……喧嘩売ってるなら、今だけ借金してでも買いますわよ」
「? なにか言ったか?」
「いいえ、何も言っておりませんの」
遠い場所にいるヒソカに向かってこっそり中指を突きたてますの。ファックサインでしたっけ。“くたばれ、くそくらえ”。
……嬉しそうに身震いされましたの。うう、同じ変態としてあの気持ち悪さはいっそ尊敬いたしますの。
やはりただ綺麗なものを愛するだけのアタクシでは、あの性癖も性欲も性格も異常な男にはインパクト負けしますわね。勝てても人としての大切なものを失いそうですけれど妙なくやしさが残りますの。
「……◆ そんなに見つめるなよ、興奮しちゃうじゃないか★」
「げっ、ヒソカ!」
煽られてとつぜん話しかけてくるヒソカ。凄まじい反応速度でアタクシとヒソカから離れるキルア。あの危機回避能力の高さはさすがですわね。ゾルディックの教育の賜物ですの。
「くっくっく……☆ 彼も美味しそうだよねぇ◆ イルミの弟だからまだ手は出せないけど、今回は本当に豊作だ★」
「三秒以内に五回死ね、ですの」
「オリヴィエは一発殴っただけじゃないか◇ そう怒るなよ☆」
「血の臭いがすると思ったら、やっぱり手ぇ出してやがりましたのね。豆腐に頭突っ込んで窒息しろと罵りたいくらいですわ」
「もう罵ってるじゃないか◆」
オリヴィエの口からわずかに漂っていた血の臭い、犯人はやっぱりこいつでしたのね。
感動ものの綺麗さのあの子の肉体にワンパン食らわせるなんて。愛しいものを保護したい衝動はこの男にはありませんのね。むしろ破壊衝動を持ち合わせてそうですわ。
ここで一撃くらわせておけば興味がアタクシのほうに移って少しはオリヴィエが安全になるかもしれませんわね。
そう思ってリボンスティックに手を伸ばすと、あちらも高揚した様子でトランプに指をかける。
一触即発。アタクシたちの周囲にいた受験生たちはこぞって距離をとり、身を抉るような視線をお互いおくりあうアタクシたちに、試験官も戸惑っていますの。止めるかどうか思案しているのでしょう。念能力者同士の私闘なんて、発を使わなくても一般人には目の毒ですもの。
でも、今はそんな気遣いに回す神経なんて余っちゃいませんの。
「何故かしら。あなたを見るたび、その顔を殴りたくてしょうがなくなってしまいそうですのッ!」
「ふふふ、キミってば情熱的なんだね◆」
――ヒソカが飛んだ。いや、そう錯覚する様な強烈な踏み込みでしたの。一瞬で戦闘態勢に入り終えたばかりのアタクシに肉薄――大上段に斬りかかる。
それをワルツにも似たステップでかわしてこちらもリボンスティックを振り上げますの。周で強化されたアタクシのリボンスティックは、ただの絹の布切れでありながら刃物の切れ味と鈍器の破壊力を誇りますわ。ヒソカは顔を反らし、紙一重のところで切っ先をかわす。
さらに間髪入れず、次の攻撃。今度は心臓を狙って、一直線に突きを飛ばす。ヒソカは素早く後退しつつ体勢を整える。時間稼ぎとばかりに投げられたトランプはヒールで蹴り落としましたの。
「やるねえ◆ いい動きだ☆」
なにか言ったヒソカの声は、アタクシの耳には届きませんでしたわ。
ヒソカが口を開いた時、もう地面を蹴って走り出していましたもの。疾風の如き速さで、武器を構えたアタクシの姿がヒソカの眼前に迫る。
その瞬発力が、ヒソカの予想を大きく上回る物だったのでしょう。動きにくい格好をしているとは思えないほどの俊敏さだとよく言われますもの。
湯が煮え立つように、ふつふつと興奮が込み上げてまいりますわ。やはり始まってしまえば強敵との戦いというものはアドレナリンが分泌されまくってしょうがないですの。
閃かせた一撃はヒソカの皮膚をうすく切るだけで終わってしまいましたの。
けれども痛み分けですわね。避け切れたと思った最初の一撃、アタクシも喰らっていたようですわ。
はらりと地面に落ちるスカートの切れ端がそれを物語っていますの。それとも楽観的に見れば、皮膚に傷を負っていないぶんミリ単位でアタクシの判定勝ちなのかしら。
「どうせ着替えるつもりでしたけれど、気に入って買った服が無駄になるのはしゃくに触りますわね」
「ボクなんて着替えも用意していないのに、ひどいことをするもんだ◆」
「オリヴィエが美少年すぎるのが悪いんですわ。アタクシは綺麗なものが大好きで、そして大好きなものを傷つけられるのが大嫌いですもの」
だからアタクシは悪くない。
なーんて言ってたら、森の奥から髪を濡らしたオリヴィエが戻ってきましたわ。
洗いたてのシーツみたいに白い肌に張り付く闇に住まう蝙蝠のような漆黒の髪。そのコントラストは実に見事で、極彩と呼ぶに相応しいですの。雪に漆を散らせたくらいの色の違いで、目にはとても痛いですけれど、だからこそ印象的で鮮やかに記憶に残りますわ。
……なんでか頭の上に真っ赤で珍妙な魚を乗せていますけれど。そんなものは未成年だとは思えないほど艶やかな美少年の姿の前では突っ込むほどのことでもありませんの。
アタクシはそう考えたのですけれど、オリヴィエの頭上の魚を見たメンチは違う考えだったようで、思わずといった感じで息を呑みましたわ。
「そ、それって吸血魚じゃない! どこで手に入れたのよそんなレア物!」
「……? そこの川で水浴びしていたら、勝手に食いついてきた」
食い殺さんばかりに翼の生えたファンシーフィッシュを凝視するメンチ。あのメンチがここまでの反応を示すなんて、あの奇っ怪な魚類はよっぽどの珍味なんですのね。
次の試験は寿司。これを上手く利用すれば、崖に飛び込むなんていう危ない真似をさせることなくオリヴィエを合格に持ち込めるかもしれませんわ。
かつてはファンとして読破に読破を重ね、蓄え続けたこの原作知識。
無駄に使いまくるつもりもありませんけれど、でもまったく使わないつもりもありませんのよね。
我ながらいやらしくにやりと笑いますの。
さあ、どうやってサポートしましょうか。
途中から忘れ去られるヒソカの存在。
きっと二人とも本気じゃない。