「おーっほっほっほっほっほっほ!! このオセロット=サンローラン様に敵うとお思いですのぉーっ!?」
「くそッ、うちの母親みたいな高い声だしてんじゃねーよ!!」
「わー。おねーさんすごーい!」
「……何をしているんだ、アンタは」
ちょっと本気を出して前のほうに来れば、そこには足の代わりに腕を使い逆立ち状態にもかかわらず、それでもなお全力疾走の集団から一歩抜きん出た褐色の女と、そんな女に食らいつくような様子で普通に走っている二人組の子供がいた。
……はぐらかすまでもない。奇行にしか見えない走法をとっているのは間違いなくオセロットだった。
思わず声をかけたが、改めて考えると話しかけないほうがよかったかもしれない。この変人と私が同類だと思われてしまう。
私より幼いだろう子供たちのうち、どことなく裏の匂いを感じさせる銀髪の少年のほうが私に気付く。小さく会釈すれば、快活そうな黒髪の少年の袖をくいくいと引っ張って何かを耳打ちした。
内緒話の内容が気になって少し耳を澄ませる。
「ゴン、知り合いか?」
「ううん。オセロットの知り合いかな? 珍しい格好してるし」
「オセロットが変な奴だからって知り合いまで変な奴だとは限らねーぜ」
「変なんて言ってないよー」
もう手遅れだった。オセロットが彼らを相手に何をやらかしたのかは知らないが、すでに変人認定を受けている。ここで知り合いだとバレたが最後。私までそのありがたくない称号を頂いてしまうことになるだろう。
葛藤する。このまま彼らと距離をとって私を忘れてくれるまで影を潜めるか、どうせ隠れても無駄だと開き直ってその称号に甘んじるか。
しかしオセロットは私の繊細な思考など気にする人間ではなかった。
どうやら二人の会話で私の存在に気付いたらしいオセロットは、両腕のみで跳躍して三メートルほど飛び上がったあと、私の真後ろに着地してそのまま抱き上げてきた。
お姫様抱っこなんてロマンチックなものではない。荷物抱きと呼ばれる、いわゆる肩の上に担がれて体がくの字に折れ曲がるあれだ。私の腹にオセロットの肩骨が食い込んで呼吸がしづらい。
「オリヴィエ、しっかりついて来てたんですのね。ひょっとしてあのまま眠りこけてるのかと心配してましたのよ」
「ヒソカって男にやられた奴の悲鳴で目が覚めてな。あとオセロット、逃げないから下ろせ」
「ヒソカ? 天空闘技場でアタクシ稀にちょっかいかけられましたけれど、あいつ本当に変態ですわよ。お気を付けになったほうがよろしいですわ」
「……そうだな」
スルーされた。どうやら私をおろしてくれる気はないらしい。
二次試験会場にたどりつくまでずっとこのままかと溜息。顔だけ上げて前にいる子供たちに視線をやると、銀髪くんのほうはオセロットを見て顔を引きつらせ、黒髪くんのほうは輝かんばかりの笑顔を浮かべていた。
どうやら腕だけで三メートル越えの跳躍はよほどのインパクトがあったらしい。凄さがどうのこうの以前にビジュアル的な意味合いで。
「はじめまして。オリヴィエ=ガルヴィーノだ。年は十四。趣味は球体関節人形の制作とハンドクラフト。特技はルービックキューブを十秒以内に全面そろえられること。アンタたちは?」
「え? ああ、俺はゴン=フリークス! 十二歳だよ。趣味と特技は釣りかな」
「……キルア。ゴンと同い年」
うーん……キルアくんって銀髪少年にはまだ警戒されてるっぽいな。まあ、ゴンくんが純粋すぎるだけだと思うけど。
担ぎ上げられたままの自己紹介で二人の性格を分析してみる。
キルアくんは秘密主義というか腹の内で色々と考えるのが得意そうだけど、たぶん詰め込みが甘くて最後の最後に油断して足元を救われるタイプ。加えて雰囲気から察するにたぶんカタギの人間ではない。
ゴンくんは純粋の極み。ただしその純粋は無知という意味ではなく、様々な物事を知ったとしてもそれを偏見なしに見て本質を感じ取ろうというタイプ。多少わがままな言動はあれどそれは打算や計算で裏付けされたものではなく強い感受性によるもの。そんでもって友情や人情には厚い。
よほどの曲者でもない限り、一度言葉を交わした人間であればどんな性格をしているか大体理解できる。前世で鍛えた女の勘と客を見る目、今世で様々な人間に追いかけられたことにより養われた第六感がなせる技だ。
「オリヴィエは知り合って数時間ですけど運命の相手なんですのよー」
電波チックなことをほざきながら軽快に走るオセロットを見て、キルアくんは「アンタも大変だな」とでも言いたげな視線を私によこす。推測に追加、彼はわりと苦労人属性も持っている。とりあえず苦笑いを返しておいた。
「オリヴィエとオセロットは恋人同士なの?」
首をかしげるゴンくん。純朴なその様子がなんだか眩しい。
「いや、運命の相手って表現はイコール恋人をさすものって訳じゃ……あ」
「? どうしましたの?」
「忘れてた。黙ってハンター試験に連れてこられた腹いせに、私がアンタの若いツバメだって噂広めたんだったよ」
「ぶふぉっ!!」
「え、ちょ、あなた何てことしてくれてますの!?」
「若いツバメってなにー?」
吹き出すキルアくん。テンパるオセロット。意味を理解していないゴンくん。
ちなみに“若いツバメ”とは、年上の女の若い愛人となっている男を指す俗語だ。これの意味がわかるということはキルアくんは耳年増に違いない。
自分の肩の上にいる私の胸ぐらを掴んでゆさぶるオセロットに、私は蜂蜜と砂糖を煮詰めたような、とろけそうに甘ったるい笑顔で言った。
「ごめんなさい、おねーさん。優しいおねーさんなら怒らないと思ったの」
「くっ……! ずるい、ずるいですのッ! アタクシ年下の可愛らしい少年少女に弱いというのに! そんな言い分が許されるとお思いですのッ!?」
「許されるとは思ってなくても通るとは思ってるぜ。だって私、綺麗だし」
「もう演技終了ッ!?」
「私は自分の価値を知っている。私は自分の背負うものも経歴も性格も性分も性質も最低だけど、容姿だけは最高に美しいと思ってるよ」
「ここまで開き直られるともうどうでもよくなってきましたの……」
内心ほくそ笑みながら漫才めいた会話を繰り広げていると、なんとなく楽しい気分になってくる。
ああ。そういえば私、前世でも今世でも友達いなかったもんな。ライバルとか下僕はいたけど。そう考えれば、こういう対等な立場でのあまり中身のない掛け合いってやつはかなり貴重だ。
こちらを羨ましげにちらちらと見遣っているキルアくんも私と同じぼっち仲間だったりするのだろうか。隣にいるゴンくんはきみと同い年だ。きっと友達になれるさ、頑張れ。
心中でエールを送りながら生暖かい視線を向ける。目が合った。逸らされた。軽くショックだ。
それから数分間はゴンくんから“クラピカ”と“レオリオ”という友人の話を聞かされたりして時間が過ぎていった。クラピカさんは性別不詳ビジュアルな美青年で、レオリオさんは二十代にしか見えない老け顔の十代らしい。それらしき二人組を見かけたら声をかけてみようと思う。
私からはヒソカという人間がいかに変質者チックだったかをなるべく丁寧かつおどろどろしく伝え、絶対に近づかないようにと二人に釘を刺しておいた。オセロット? あいつも変な奴だからきっと大丈夫。
そんなこんなで駄弁りながら走り続けること数時間。長ったらしい階段を(私を担いだオセロットが)登り終えた先には、なんだか湿っぽい壮大な平野が広がっていた。
やっとオセロットに肩から下ろして貰えた。高いスカートに泥跳ねしてしまいますわーと愚痴るオセロットとまだまだ余裕そうなゴンくんキルアくんに手を振り、私は三人から距離をとった。
過保護なのかなんなのか、オセロットの近くにいるとまた走り出した時におぶられそうな雰囲気だった。せっかくハンター試験という世に名だたる難関試験を受験しているのだから、少しは自分の実力を試してみたい。せめてこの湿原くらいは自力で走り抜けよう。
そう決めて、なんとなく害のなさそうな試験官の近くでぼーっと突っ立つことにする。できれば湿地の中で武器になりそうなものを手に入れておきたいが、はたしてそんな都合のいいものが存在するのだろうか。
私の前途は限りなく多難になりそうだ。