生まれ変わったら世界七大美色のブルー担当でした   作:日本茶

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第八話:九死に一生

「ぐぉっ、てぇっ!!」

 

 レオリオのむき出しの上半身に一枚のトランプが突き刺さる。

 察していたクラピカは木の鞘に包まれた刀で弾き落としたが、他の連中は首や額に喰らってほとんどが絶命していた。

 

 残っているのは私を含めて十余人。

 走りながら拾っておいた石を着物の袖にしまいこみ、私は素早く葉の生い茂った木の上に飛び乗った。

 音は立てない。気配も荒らげない。雨が降るような自然さで、誰にもそれを気づかせることなく。隠れてしまえばそこからの私は空気のようなもの。私がいてもいなくても、誰も私を感じない。

 

「くっくっくっく……◇」

「テメェ、何しやがるッ……!」

「試験官ごっこさ◆ 二次試験までは大人しくしてようと思ったんだけど、あまりにも暇だったからね☆」

 

 深い霧の奥から進み出てくるヒソカに唸るレオリオ。その指先にはジョーカーのトランプ。

 葬列のように暗鬱な歩みは、彼を道化師ではなく死神と錯覚させていた。

 

「君たちがハンターに相応しいかどうか判定してあげる★」

 

 嘲るような宣告とともに、波涛の絵札が周囲に襲い掛かった。

 ある者は首を一掻き、ある者は体を真っ二つにされ、ある者は戦意喪失し逃げ出そうとしたところを背中から刺殺。

 これまで見たことも無いような凶悪に不愉快な顔。地獄の番犬さえ竦み上がりそうなヒソカの微笑は、殺意にまみれるより恐ろしい。……酷く凄絶で、愉しそうで。背筋がぞくりと粟立った。

 笑顔と狂気を振り撒いて、人外の速度で駆け回る道化師。奴が次に目をつけたのはレオリオとクラピカ。それに弓矢を背負ったそれなりに若そうな茶髪青年の三人だった。

 

 黙示録じみた絶望感の中、三人は茶髪青年の合図を皮切りに散り散りになって逃走を開始する。

 よし、と私は心の中でガッツポーズを繰り出した。これで最悪ヒソカが三人のうちの誰かを追いかけようとしても、そのタイミングで私が襲撃をかければ時間くらいは稼げるかもしれない。

 茶髪青年もなんとなく良い人そうだったしできれば死なないでほしいと思っていたところだ。ヒソカがカウントを始める。おそらく時間がたてば誰か一人を追いかけるつもりなのだろう。

 

 私も臨戦態勢に突入。押し殺した気配を波立たせないよう注意深く、殺気を込めずに小石を指先で握る。元々こんなちんけな石ころであいつにダメージを喰らわせられるなんて楽観視しちゃいない。

 だが、私は自分より強い人間に対して感情を含まない攻撃をすることが可能だ。どうせ殺せないなら、武器が小石だろうと核爆弾だろうと殺気を込める意味がない。殺すつもりでも殺せないなら殺すつもりにならず殺しにかかればいい。そんな矛盾にも似た相反する精神を同時に持ち続けることによって、私の繰り出す攻撃は一切の殺気や敵意をまとわない。

 

「1、2、3、4、5、6、7、8、9……10★ さて、誰と遊ぼうかな◆」

 

 殺意はおろか視線まで排したスローイング。されど狙い外れず奴に向かうコンマ一秒の絶技。投擲とほぼ同時に奴の死角にある別の木へと身を移し、そこからも小石を銃弾に等しい速度で打つ。

 衣擦れの音さえ立てなかった。私が投げたつぶての一つはヒソカの後頭部に当たった。ほんの刹那の世界で遅れてなげたつぶてはキャッチされたが、これで逃げた三人から気を逸らすことには成功したはず。

 

「へぇ……◇ まだ他にもいたのかい★ 隠れてないで出ておいで、ボクと遊ぼうよ☆」

 

 ……口から熱のこもった吐息をこぼして凄絶に囁く。

 

 思わず自分の体を衝動的に掻き抱いた。まだ見つかっていないのに、それどころか目を合わせてすらいないのに。春先のピクニックがとつぜん冬山の登山に変わったような、この寒気は一体どういうことか。私の唇が震えるのは恐怖心ゆえか、それとも武者震いか。

 そこらの木に止まっていた怪鳥たちが群れを成して飛び立ってゆく。轟き渡る不気味な鳴き声。青ざめた私は、目に見えない“何か”を耐え切ろうと浅い呼吸を繰り返した。

 

 そのまま忍ぶこと数秒後。

 冷や汗を額に滲ませながら痛みなき過虐をやり過ごしていたら、不意に寒気が途切れた事に気付き、首を傾げた。

 まさか気取られたかと顔を上げた私の視界に、飛び込んできたのは予想だにしていない光景だった。

 

「レ、レオリオ……?」

 

 再び戻ってきたレオリオの姿に思わず間抜けな表情を浮かべる。

 何故ここにいるんだ。さっき逃げたクラピカと茶髪青年はしっかりそっちに専念してるっていうのに!

 私の葛藤をよそにレオリオはそこらで拾ってきたような木の棒を構える。

 

「やっぱ駄目だわ。こちとらやられっぱなしで我慢できるほど、人間できちゃいねーんだよ!」

 

 愛おしいほど感情的なことを言って、レオリオは謎の威圧感を解除したヒソカに走り寄っていく。

 横なぎに振るわれる棒っきれ。しかし単調な一撃がヒソカの体を傷つけることはもちろんなく、飛び上がってかわされる。すれ違いざまに握っていた棒も細切れに分解されていた。

 レオリオが驚く間もなく、私がまばたきをしたその一瞬で彼の背後に回り込んだかと思えば、顎を掴んで持ち上げる。

 

「いい顔だ◇ 怒りと闘志の間に死の影が覗く刹那の表情☆」

「ぐっ……!」

 

 もうビビっている暇なんてない。

 レオリオの命の危機に、私も覚悟を決めて木の上から潔く飛び降りた。

 視界の端をなにか真っ赤な球状のものがかすめたような気がするが、そんなものの正体について考察している暇はない。

 

「「レオリオ!!」」

 

 ……あれ? 誰かと声かぶった?

 

 パッと隣を向けば、そこには釣竿を握りしめて息を荒らげたゴンくんの姿があった。

 何でレオリオに続いてゴンくんまでとツッコミたいが、そんな余裕はなかった。慌ててヒソカとレオリオに視線を戻す。と、ヒソカの側頭部には私が石を投げた時に出来たような傷がもう一つできていた。

 さっき目にとまった赤ボール、ひょっとしてゴンくんの釣竿のあれだったのか。

 

「やるねえ、ボウヤ★ そしてさっきの石はキミかい◇」

 

 ゴンくんと私の姿を認識して、ヒソカは散歩でもするような気軽さでゆっくりと距離を詰めてくる。

 たじろぐゴンくん。舌打ちする私。レオリオをヒソカが離したのは幸いだが、今度はゴンくんと私がまとめてピンチだ。

 

「……なあ。私の可愛さに免じて、そこの二人だけでも見逃してくれたりしねぇ?」

「んー……駄目だね★ キミたちみんな美味しそうだもの◇」

「ははっ、男におねだりして断られたのは初めてだぜ」

 

 軽口を叩いちゃいるが生きた心地はしない。

 体を狙われたことは(碧玉石的な意味で)あっても、命を狙われたことはまだなかった。

 前世でなら刺し殺される以前にも、息子をたぶらかしたからとか敵対する組員のお妾さんだからとかで殺されかけたことはあったが、あんなのしょせん素人に毛が生えた程度。目の前にいる異常者筆頭格に比べれば天国と地獄ほどの差がある。

 つまり今この状況は、生まれ変わってから初めての生死がかかった場面だった。

 

 ごくり。生唾を飲み込む。

 今にも起き上がってヒソカに再び殴りかかろうとしているレオリオを視線で牽制しながら、必死に改善策を考え出そうと頭を回転させる。

 が、間に合わなかった。ヒソカの手がまずはゴンくんに伸びる。

 

 私はひとまず作戦をひねり出すことを放棄した。とにかくゴンくんの安全を確保しようと、ヒソカの両眼と股間めがけて残っていた石をぶん投げる。当然、飛び上がって全て避けられる。

 

「ゴンくん、そこで今にも噛み付きそうな顔してるレオリオ連れて逃げろ!」

 

 叫びながら、着地しようとしていたヒソカの利き足めがけて足払いをしかける。またもや避けらるが、遊び半分にあっちが仕掛けてきた強烈な下突きを紙一重で回避に成功。上半身が地面につく前に下半身のバネだけで体を跳ね上げ、ヒソカの肩に両手をつく形でその向こう側に一回転して着地。

 振り向きざまに数枚のトランプが飛んでくる。それらすべてを素手でさばききったところで、私の視界からヒソカの姿が消えた。

 

「っ!?」

 

 同時に、腹に散弾銃でもくらったと勘違いするような衝撃を感じる。

 胃がねじれたように熱く痛む。とっさに口を抑えた指の間から、ぬるつく液体が溢れた。

 

「げほっ、がはっ、うぇ……!」

「ああ、ごめんごめん◆ 予想してたより良い動きをするものだから、つい興奮しちゃって☆」

 

 地面に膝をついて血を吐く私に、ヒソカの奴は言葉通りの上気した顔で語る。

 どうやら嗜虐趣味は嗜虐趣味でも、弱い相手よりいたぶりがいのある相手のほうがお好みらしい。発情するような高ぶりをみせる奴の姿に、私はよろめきながらもなんとか立ち上がる。

 ここで私が倒れたら、刺激を受けてハイになったあの変態がゴンくんたちにどう襲いかかるかわかったもんじゃない。

 逃げろと催促したにも関わらずまだここにいる二人に再び話しかける。

 

「ッ……二人とも、早く行ってくれ。この人は多分、自分より弱い相手でも気に入ったら成長しきるまで生かしてそれから殺すってタイプだ。現時点では二人より私のほうが少し強い」

 

 つまり私のほうが気に入られる確率はほんのちょっぴり高いはずだ。戦いではなく媚売りなら私の専売特許。せいぜいあいつ好みに挑んで散って魅せてやる。従順な犬よりなつかない猫のほうが好きだって男なら、私も得意なほうなんだ。

 

 口紅を塗るように自分の吐血を人差し指で真横に引く。私なりに覚悟を決めたというのに、ゴンくんは「オリヴィエを放っていけるわけないよ!」と逃げる気配がない。レオリオさんもだ。

 

 私たちの様子を見てなにかを感じ取ったのだろうか。熱気を漲らせていたヒソカはとつぜんそれを霧散させて、にっこりと微笑んで私の顎を掴んだ。

 

「うん、キミは合格★」

「……へ?」

 

 虚をつかれて膝の力が抜ける。倒れ込みそうになった私をヒソカは肩に担ぎ上げて、ゴンくんとレオリオに向き直った。

 

「キミたちも合格☆ いいハンターになりなよ◆」

 

 二人の後ろに戻ってきたらしいクラピカもいるのが見えて、なんとなく安心する。レオリオを心配して来たのだろう。やはりあの二人は仲が良い。

 それにしても、ヒソカはなぜ私を担ぎ上げているのだろうか。しかもこの抱き方じゃさっきのオセロットにやられたのと同じ体勢だ。

 

「……オリヴィエをどうするつもりだ」

「怪我させちゃったからね◇ このまま走って二次試験会場まで行かせたらオセロットに呪い殺されるかもしれないし、責任を持って連れて行くよ★」

「……道はわかるのか」

「奇術師に不可能はないのさ◆」

 

 そう言って、ヒソカは私を肩に乗せたまま颯爽と走り去った。

 

 襲いかかってくる動物たちを過剰に殺害しながら、鼻歌でも歌いだしそうな上機嫌さで迷うことなく駆け抜ける。

 しばらく肩の上で心臓をバクバクいわせていた私だったが、気が済んだらしいとわかればそれも和らいだ。はぁ、と息を吐いてヒソカに身を預ける。

 さっき殴られた腹の痛みが今さらぶり返してくる。それからの逃避と体力回復もかねて眠ってしまうとしよう。

 

 まぶたを閉じれば、トランプが肉と骨を切る音さえも心地よい子守唄となる。

 手招きしてくる夢の世界の門番に抗うことなく、全身からじょじょに力が抜けていく。

 

 私の意識は、そこで落ちた。

 

 

 

 




オリヴィエの現時点での戦闘力はギリギリでハンゾーに勝てるくらい。
ただし武器ありの場合に限る。
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