生まれ変わったら世界七大美色のブルー担当でした   作:日本茶

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第九話:水浴び中に出会った珍味

 

 ――繊細な刺繍の施されたオフホワイトシャツ。きゅっと黒いリボンでしまったウエストから、ふんわりと広がる同色の八段ティアードスカート。ボリュームのあるそれはどんな体勢でもふわりと花を逆さまにしたように膨らんでいる。

 眩暈がするほどのフリルに彩られた姫袖から伸びるのは触れれば折れてしまいそうに細い腕。纏うドレスのレースやフリルよりも白いその繊手からは、どくどくと、色鮮やかな血が流れ出ていた。いや、腕ではない。それよりもっと前。首の動脈あたり。そこが流血源。

 

 

 白と赤の鮮烈すぎるコントラスト。

 その美しさに脳を揺さぶられたような衝撃を受けながら、私は口を開いた。

 

 

「その格好はあまりにも似合わないぜ、“私”」

 

 

 絢爛な衣装に包まれた体がぐらりと傾く。

 羽毛のように軽い彼女が地面に倒れる前に、壊れ物を扱う丁寧さで受け止める。

 

 私に受け止められた“私”は、堕天使が描き出した凄絶で退廃的な絵画のような、この世のものとは思えないほど麗しく荒んだ笑みを浮かべる。

 

 

――ごめんなさいね、“私”。いつも売れたてのハリウッド女優みたいな服ばかり着ているものだから、たまに童心に返りたくなってしまうの。

 

「自分をお人形に見立てて着せ替え遊びってか」

 

――ええ。でも、あなただってお人形遊びは好きでしょう? 幼い頃に遊べなかった人間は年をとってからそれを取り戻そうとするもの。

 

「……まあな。それにしたって、首から血を流したお姫様は趣味が悪いぜ」

 

――だってもう殺されてるんですもの。血は仕方がないわ。いつまでも流れ続けるから、服を変えてもすぐに滲んでしまうの。

 

 

 今の私のものとは似ても似つかない亜麻色の巻き毛を、見せるけるように耳の上へかける。漂ってくるジャスミンをベースにした官能的な香り。シャネルの5番。クロエのオードパルファムと並ぶ、彼女のお気に入りだ。

 彼女の体臭やシャンプーの匂いと香水の芳しさが混ざり合って、一息吸うだけで恋に落ちてしまいそうな魅惑の惚れ薬に早変わり。漏らす息は、さながら媚薬。

 麻薬のように脳を侵す妖艶な女は、数多の男を溺れさせた毒々しさをそのままに私へしなだれかかる。

 

 まるで世界で彼女を幸せにできるのは自分しかいないと、そう強く勘違いさせるような、か弱げぶった魔性の仕草。

 事実、彼女のたくさんいる下僕は、みな自分のことを下僕だとは思っていなかった。お前は下僕で奴隷で畜生でしかないと言われようとも、“私”が言葉とは反対の挙動を見せるたびに「俺がこの子の王子様になってあげなくちゃ」と勝手に頑張って、そして死ぬ。

 

 彼女は白馬の王子様なんて求めちゃいない。信じてもない。

 夢見る少女だって現実を知っているこのご時勢だ。ましてや悪夢を見せる娼婦なのだから、地獄までも知り尽くしている。

 

 

――さすが“私”は、私のことをよくわかってるわね。

 

「そりゃあ、私だからな」

 

――うふふ、それもそうだわ。

 

「ところで“私”。今こうしてアンタと話してるこの場所は、夢の中か? それとも精神世界か何かなのか?」

 

――さあ? どっちでもいいじゃない。どうせ起きればあなたはここを忘れるし、貴女は“私”のことを覚えていない。

 

「……どういうことだ? アンタは、祝園踊子じゃないのか?」

 

 

 目覚めが近いのだろう、うっすらと消えかけていく私の両足。

 そんな状態であらためて確認しても、やはり目に見える彼女の姿は前世の私、祝園踊子そのものだった。

 氷の美しさと炎の妖艶さ。自分の中でせめぎ合うそれらにマトモな感性を溶かされて、世界の果てにでも流れ着いてしまったような荒廃した麗人。

 

 

――私もある意味、少しだけ祝園踊子よ。あなたにとってのオリヴィエ=ガルヴィーノが、少しだけ祝園踊子を含んでいるようにね。前世って一つとは限らないと思わない?

 

 

 華奢な顎の下で、その両手の指を組んだ彼女。

 至近距離で初めて見せられたその瞳は、生まれて初めて知ったような、生まれる前から知っていたような――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めたら、もはや何色と表現したら良いのかわからないほどカラフルな布で視界を覆われていた。

 

「……何だコレ」

 

 手にとって見てみる。どうやらグラデーションがかった虹色のストールみたいだ。手触りサラサラで、たぶん家庭用洗濯機とかじゃ取り扱えないやつ。

 カシミアかな? 久しぶりの感触を無心で楽しんでいると、私が起きたことに気付いたらしいゴンくんが「あっ」と声を上げた。

 

「おはようオリヴィエ。そのストール、オセロットが寝冷えするといけないからって被せたやつだよ。えっと、今は二次試験の最中なんだけど……」

「オリヴィエ、目覚めましたのね? まだ眠っていてもよろしかったですのに」

 

 ゴンくんの説明を遮る形で登場したオリヴィエ。相変わらず見る者を圧倒する派手さを振り撒き現れたが、何故か両腕に巨大な豚の丸焼きを二匹も抱えていた。

 指先から肉汁が滴りおちて高そうな服にシミがついている。気にする素振りがないということは、また試験中に着替えるつもりなのだろう。

 

 いつまでも寝そべっているわけにはいかない。丁寧に折りたたんだストールを会釈とともにオセロットへ返却し、体についた木の葉を叩き落としながら立ち上がる。

 肩を回しながら周囲の様子をうかがうと、ほとんどの受験生がオセロットと同じように豚の丸焼きを調理している最中だった。どうやらこれが二次試験の内容らしい。

 ヒソカもついた時点で起こしてくれればいいのに、運ぶだけ運んでオセロットに押し付けたのか。

 

「……ゴンくん、オセロット。私はどれくらい寝ていた?」

「三十分くらいだよ。本当は二次試験が始まってすぐ起こそうと思ったんだけど、眠たいなら寝てればいいってオセロットがストールかけちゃったから」

「でも、あなたの分の豚の丸焼きはアタクシがちゃんと用意しましたわよ? これをあそこにいる巨大な試験官に届けることが二次試験の課題の一つ目ですの」

「ありがとう。一つ目ってことは、二つ目も当然あるんだろうな」

 

 オセロットの指さす先を見やる。

 そこにいたのは、オセロットの言うとおり縦にも横にも巨大な男と、世界の貧乳が憧れるナイスバディの妙齢の女性だった。

 女性のほうは網タイツみたいなスケスケの洋服で少しあれだが、先にヒソカやオセロットを見ていたおかげでそこまで変なファッションとは感じない。それにこの場で最も珍妙な格好をしているのは間違いなく顔面鋲だらけのなんかカクカクしたあの男だ。

 ……変な格好をしている奴の例としてあげたメンバーが、揃いも揃って自分より強いのは何なのだろう。強い奴はそのぶん癖も強くなる法則がこの世界にはあるのかもしれない。将来ゴンくんがピチピチの子供服を着たムキムキのおっさんになったりしたら嫌だなぁ。さすがに無いだろうけど。

 

「ふっ……あの試験官、いい線いってますがまだまだですわね」

「なんだオセロット。あの人よりアンタのほうが強いのか?」

「いえ、スリーサイズの話ですの」

「そんな気はしてたよ」

 

 私も人のことは言えたもんじゃないが、こいつは近年稀に見るレベルのナルシストだ。自分が美形であることを自覚しているだけでなく世界一美しいくらいに思っている。私は自分が美形だと思っちゃいるが世界一だとは思わないから、たぶんセーフだと思いたい。

 五十歩百歩なんてツッコミは聞こえない。聞こえないったら聞こえない。

 

「それじゃま、アタクシさっさとあそこに丸焼き提出してきますの。オリヴィエ、水浴びするつもりなら先に川使ってたほうがよろしいですわよ。女の勘ですけれど、きっとそのうち混み合いますわ」

「……ご忠告どうも。アンタの勘は当たりそうだ、お言葉に甘えて行ってくるぜ」

 

 ひらひらと手を振れば、右手の豚を左手に乗せ変えて手を振り返してくれるオセロット。片腕に数百キロの重みがのしかかっているだろうに、その足取りは軽快そのもの。

 ゴンくんと、いつの間にか豚を提出して戻ってきていたキルアくんがそれを見て口笛を吹いていた。

 

「ヒソカも化物だけど、あのねーちゃんも充分に化物だよな。見たかさっきの? 腕組みして睨みつけただけで豚が泡吹いて倒れ込んだんだぜ?」

「すごかったよねー。俺もあとでコツ教えてもらおっと」

「いや、あれたぶんコツとかじゃねーよ」

 

 む、なんだか二人の距離が前より近くなった気がする。これは親友同士に一歩近づいたかな?

 

 二人の邪魔をしないためと、水浴びをしたい自分のためにこっそり場を離れる。木々の隙間から見えた川と反対側の森ではクラピカとレオリオが一緒に豚を焼いていた。あの二人も親睦を深めつつあるようだ。

 私もあの二人とは仲良くなれたし、ゴンくんは良い子だから初めから至近距離に来てくれたけど……キルアくんがなぁ。どうやったらもっと仲良くなれるだろうか。

 至近距離どころか零距離で迫ってきたオセロットは意図的にはぶいて考える。あいつは私が近づこうとするまでもなく、磁石のS極とN極が引き寄せ合うような当然さでこっちに来るタイプだから。

 

 しばらく歩くと、そこには澄み切った水の流れる小川があった。変な匂いもしないし、魚たちもいきいきと泳いでいる。

 試しに腕をひたしてみたら、底まで指先が届かなかった。これなら全身つかっても問題ない。

 

「ふぅ……ちょっと寒そうだけど、背に腹は代えられないよな」

 

 しゅるり。衣擦れの音をたてて帯をほどく。

 こういう時に無駄にゆっくり服を脱ぐのは昔からの癖だ。知人には洋画の女スパイがハニートラップを仕掛ける時くらいの脱ぎスピードと評されたが、たしかにその通りだと思う。これが体育の時間なら確実に遅刻する程度にはのろのろしている。

 

 木綿の角帯と長着を河原に脱ぎ捨て、半襦袢と裾よけもその上に置く。足袋と草履もそろえて置く。これで完璧に全裸になったわけだが、さすがに誰か来た時これでは心もとない。

 そろそろ捨てるか迷っていたくたくたの長襦袢はこの水浴びが終わったらもう着ないことにして、バスローブみたいに使ってしまおう。真っ白な長襦袢に袖を通して川に足を踏み入れる。

 うん。多少ひんやりするけど大丈夫。

 

 水にぷかぷかと浮かんで漂いながら、私はこれまでのことを考える。

 死んで生まれ変わって十四年目に出会った相手が自分と同じ世界からやって来たらしい女で、しかもそいつ曰くこの世界は元いた世界で連載されていた漫画だった。

 ことのあらましを書いただけでこれだ。本当に訳がわからない。

 

 オセロットが主人公と言っていたのはたぶんレオリオとクラピカとゴンくんとキルアくんの中の誰かだと思う。

 知らぬ間に粉かけてたみたいだし、何より周囲の面々とはオーラが違う。妙に記憶に残るというか惹きつけられるというか、とにかく花形の風格だ。

 ……そうなるとヒソカのやつは主人公にやたら絡んでいく敵キャラあたりか。いや、ゴンくんたちとあいつが敵対する理由も見当たらない。敵でも味方でもないただの変態キャラで終わる可能性も……あの顔面鋲男がやたら強そうなのは後々の伏線か?

 

「んー……いま考えても無駄だな。そろそろ戻らなきゃやばそうだし、上がるか」

 

 水面を蹴り上げてさっさと地上に戻る。この世界に来てからの、習っていた、といえるほど生易しいテンションではやってこられなかった諸々の修行の日々は、そのうち水の上とか走れるんじゃないかと思うほどの身体能力を私に授けてくれた。

 私は壁を駆け上がるまでしかできないが、オセロットなら右足が沈む前に左足を出す理論で空くらいは飛べそうだ。

 

 そんなことを考えながら長襦袢を脱ごうと手をかける。すると背中のあたりに奇妙な違和感が這い回っているのに気付いた。

 違和感というか……異物感? あきらかに生き物の動きをするそれに小さな悲鳴を上げながらも、おそるおそる背中に手を突っ込む。

 

 ……魚類特有のぬめりけ。ただの魚だった。

 取り出して川に戻そうとしたが、今度は指先に噛み付いて離れない。メジャーリーガーをはるかに凌駕する私のスイング力をもってしても振り切れないとは、この魚はいったい何者なのか。

 

「痛っ。なんだこいつ、魚のくせに血ぃ吸ってやがる」

 

 さっきまではどこにでもいる川魚そのもののビジュアルだったのに、指先に噛み付いて私の血を吸い始めてから、じょじょに姿が変わってきた。

 宝石も色褪せてみえる色鮮やかな真紅。しかもコウモリみたいな羽が生えてきた。

 

 そのままチューチューと私の血を数分吸い続けた元魚は、ある程度満腹になると私の指先から口を離して、何故か私の頭の上まではばたいた。頭上にしっかり爪をたててとまるそいつ。

 ……なんだかよくわからんが懐かれたらしい。吸血鬼ならぬ吸血魚とでもいうべきか。気に入った相手の血を勝手に吸うとそのお礼に自分の体を提供してくれる……そんな習性をもつゲテもの的な高級食材がこの世界にあったような気がするが、私はこいつを食べたいとは思わない。ほとんど自分の血液の味しかしなさそうだし。

 

「……なんだかな。とりあえず、このまま連れて行くか」

 

 手馴れた素早さで着物の装着完了。タオル代わりの長襦袢は絞って肩にひっかける。自分で一から縫い上げた安物だが、まだ手ぬぐいとしての役割なら果たせるはずだ。

 はやく戻らないと向こうで大変なことが起こっているような気がする。

 頭上の謎生命体の存在はひとまずさて置いて、私は元いた場所を目指し森を疾走した。

 

 

 

 

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