※有志による企画による『リンドウ杯』作品にて、投稿させていただきました。
歩き慣れた道を進み、見慣れた風景を視界に収めながら進む。
時間は朝の7時。季節は春だが、それでもまだ冷え込む時間帯。
ハァ……と指先に息を吐き掛けながら、それでも歩みを止めない。
何故なら……。
「おはようございます」
胸の奥にじんわりと響く心地良い声が聞こえた。
少し下げていた視線を上げると、そこには一人の少女がこちらを見据えていた。
肩まで掛かる彼女の綺麗な髪が、朝日によってさらに美しさを増し、
知的な色を滲ませる瞳は眼鏡越しに彼へと向けられる。
シュテル・スタークス。彼のクラスメイトだ。
彼女もまた朝は寒いのか首元にマフラーを巻いており、眼鏡が少し曇っていた。それが彼女の瞳の色と相まってまるで雲が浮かぶ空のようで、その中に彼の姿が浮かび上がっている。
おはよう、と彼はシュテルに挨拶を返し、二人は歩みを揃えて通学路を進む。
「ディアーチェやレヴィたちとは一緒じゃないのか?」
「ええ。ディアーチェは家事が残っており、レヴィは……まだ夢の中です」
ちなみにユーリはディアーチェのお手伝いです、と付け加えるシュテル。
こうして家族の事を話す彼女は、普段のクールな姿をなりを潜め、流暢に話す。それは、彼女が家族の事を大事にしている事の現れだ。
「……って。いつも話してますね、この話」
「ああ。そうだな」
毎朝同じ問い掛けをし、同じやり取りをする。
それが彼らの日課でもあった。
いつから始まったのかは分からない。ただ、彼らの通学路が同じで、登校時間が同じで、自然とこうなったのを二人は覚えている。
「……」
「……」
シュテルの家族の話題が終われば一転して静かになる。
時折ニュースの話題や、周りで起きた出来事を話す程度。
二人の間で沈黙が続くなか、ふと彼は息を深く吐いた。
ため息……にしては浅く、呼吸にしては深い。
「どうしました?」
「……ん。いや……」
そして、それに気が付きついたシュテルは当然尋ね、彼は彼で少しだけ言い淀む姿勢を示す。
だが、彼にとっても『明日の天気は雨なのか』程度のどうでも良くて、特に言い辛くない話題なのかあっさりと口にした。
「恋って、何だと思う?」
「恋、ですか」
彼の言葉をシュテルがオウムのように繰り返し、彼は無言で肯く。
「この前ユーノが言っていてな。抽象的過ぎて答えられなかった」
「ユーノがですか……」
彼と仲が良く、彼女もまた親交のある少年。
彼を思い浮かべて、言葉の意味について考えるシュテル。
「この場合、辞書に載っているような意味を尋ねてきた訳ではないのでしょう。つまり、ユーノはあなたの恋に対する考え、見方を知りたかった」
「ふむ……つまり、俺が君に問いかけること自体ナンセンスか」
「いえ、他者の意見を取り入れることは素晴らしいことかと。ただ、ここで私の私見を述べても、果たしてユーノの求める答えが得られるかどうか……」
「なるほど。ありがとう、もう少し考えてみよう」
「ええ。それが良いでしょう」
話はこれで終わり、二人は無言で歩き続ける。
二人にとって、恋という年頃の男女が食いつき、意識し、胸躍らされる話題も、日常の談笑の一つでしかないのだろうか。
前を向いて歩く彼らの横顔は平常そのものである。
……しかし。
「(ああああああああああああ!!)」
事実は小説よりも奇なり。
彼の胸の中は、現実と真反対だった。シュテルの隣をあるくこの無表情男。心の中が荒れに荒れて……というより、隣の少女の興味なさそうな態度に激しく落ち込んでいた。
「(シュテルやっぱりユーノの事好きなのかー! あいつの話題が出ると、途端に饒舌になるからなー!)」
お分かりの通り、この男シュテルに絶賛片思いをしている。
昔から朝早く起きるのが苦手にもかかわらず、シュテルと会う数時間前に起き、まるで初めてのデート前の男のように身だしなみを整える程に彼女のことを意識をしていた。
クールで知的な彼女にふさわしい男になろうと冷静沈着な男を演じ、頭よさそうな言葉を片っ端から覚える程度には彼女のことが好きだ。
しかし、彼には恋敵がいる。
ユーノという優男である。昔からの友人だが、ライバルになるというのなら話は別。障害になるのなら眼鏡に指紋をべたべたつけてやると考えているくらいには危機感を抱いている。
「(恋の話題から、シュテルの好みを聞き出そうとしたのに……! くそ、やっぱりあいつは俺の天敵だ)」
勝手に話題の種にし、勝手に敗北したこの男、勝手にリベンジを誓っている。
しかしそれを表に出さない。見事に擬態している。
現に、隣を歩くシュテルも気づいておらず──。
「(はぁ……私の最愛の方が、五体満足で隣を歩いている)」
──それどころか、妙なフィルターが掛かり、盲目となっている。
彼は気づいていないが──彼女もまた、彼の事を異性として好んでいた。
どれくらいかというと、隣を歩く彼と同じくらいに。
しかし、彼女の擬態は完璧である。長年積み重ねられたクールキャラは、彼女の恋心を綺麗に隙間なくラッピングしている。
つまり、彼と同じだ。
彼女の恋心を彼は気づかず、彼の好意を彼女は知らない。
「(……はぁ、それにしても)」
そして、彼女もまた、彼の本命は別に居ると思っている。
「(やはり、彼はユーノの事が……)」
その相手が、まさかの恋い慕う相手と同じ性別だが。
「(初めは、なのはやディアーチェかと思いましたが……話題に出す頻度からユーノが最も可能性が高い)」
何度も統計して出た答えである。
「(ユーノの事を話すとき、体温が少し上がっています)」
負けたくないからである。
「(二人で話すとき、私たちと比べて肩の力が抜けています)」
同性であり、ライバルだからである。
「(個人の好みに私は口出ししません──ただ、私があの人を好きになったから)」
そうと決めたら一直線。
胸の中に浮かぶ熱い想いを薪に、彼女は燃え上がる。
それが、性別を超えた尊くも儚い関係であろうとも。
──故に彼/彼女は想う。
『(ユーノには負けない。この限られた時間(登校時間)で、片を付ける!)」
脳内同一人物をライバル認定しながら、彼/彼女の片思いは続く。
10分後。
静かに穏やかに登校する時間に浸っていた結果、彼らの仲は進展しなかった。
いつもと同じ風景である。
なお。
「いや、さっさとくっついてくれないかな? そしてその勘違いをさっさと正して僕に謝ってほしい」
ライバル認定された男の願いは、今日も届かない。