五、
それから、ミハイルは縮地法でアストラル界から脱出した。
クレタ島で、依頼人の魔術結社はまつろわぬ神の出現で大騒ぎになった。
町ひとつが吹き飛ばされたので、無理もない。
周辺の環境にも重大な影響が出た。
なぜか、戦場周辺にぶどうの樹がたくさん現れた。
そのぶどうで作った酒がクレタ島の名産となるかもしれないが、今のミハイルにはどうでもよかった。
まつろわぬアステリオスは他の神と戦い、どこかに消えた。
依頼人にそう報告した。
アイスマンとアレクに本当のいきさつを話し、情報の隠蔽を頼んだ。
そして、ミハイルは日本の家に帰り、ベットの上で泥のように眠った。
が、数時間後、携帯の着信音に目覚めさせられた。
静花からの電話だ。
電話の内容は食事の誘いだ。
贈った
せっかくだから、東京にいる親戚を誘って、数日後晩餐会を開こうとする。
ミハイルとミカエルはすぐに了承した。
晩餐会の後で、護堂と少し話をしたいのだ。
「そういえば、最近護堂の様子はどうだった?」
静花にそれを聞くと、なぜか護堂の女性関係について色々聞かされた。
――さすか親父の孫だ。
――やめてくれ、父さんの女性関係について思い出したくない!
心の中でミカエルと話し合いながら、護堂の周りの女性について少しの情報を得た。
――やべえな、護堂。
――ああ、凄すぎたよ。
静花と話し終わった後、今まで得た情報を整理した。
護堂の人脈は恐ろしいことになった。
ブランデッリ家とグラニチャール家の令嬢を同時に愛人にしたということについて、ミハイルはすごいとしか思えない。
駆け落ちのとき、あの二つの名門の騎士と戦った事がある。
フェリシアは、ブランデッリ家とグラニチャール家がライバル関係と教えてくれた。
もっともやばいのは、羅濠教主と義兄弟の契りを結んだことだ。
――これはたぶん神殺しになるより難しい偉業だぜ。
――同感だよ。
これらの情報により、二人は護堂の周りが安泰だと確信した。
家族の安全も保障された。
心の重石を完全に取り除いたミハイルとミカエルは休暇を楽しもうと決めた。
だが、その前に大事なことを思い出した。
――会社のほうが少し気になる。アリシアは日本にいねえだろ。
――ああ、電話の中で、海外業務を開拓するため、義父のところに行ったと言っていた。確かに気になるな。
ミハイル、ミカエルとフェリシアはもともと小さな警備会社を経営していた。
フェリシアが亡くなった後、ミハイルとミカエルはギリシアに行く前に、自分の全財産を娘のアリシアにあげた。
会社のこともアリシアに任せた。
養父・一朗の話によると、アリシアはミハイルたちよりうまく経営しているそうだ。
そして今、二人はその会社の門前に佇んでいる。
――これは俺たちの会社なのか。
――僕たちの会社だった。今はアリシアの会社だよ。業務拡大のため、引き越しをしたのは知っていたが、まさか商業ビルを一棟丸ごと貸し切るとは。
「あ!ミハイル社長だ!」
職員の一人がミハイルに気づいて、大きな声を出した。
元社長であることに知られたミハイルたちはすぐにVIPルームに連れられた。
今の副社長も自ら二人を招待しにきた。
彼らの話からすれば、アリシアはミハイルたちの来訪を予想し、事前に部下たちに伝えた。
過去の部下たちと色々と話をしていたり、相談を乗ったりすると、妙なことを聞いた。
「ねえ、あのことをミハイルさんに相談しましょう?」
「ああ、確かに社長は昔からそういう怪談の調査に得意なのですね」
「怪談とはなんですか?」
話を聞くと、二人はついさっき、運搬警備の仕事をしていたが、なぜか都心で迷った。
迷う場所ではないのに、迷った。と、昔の部下が言っていた。
好奇心を感じたミハイルは現場に行くとした。
――アステリオスの権能が確かに奪った。なぜ、彼の気配をここに感じた。
現場に着いたミハイルは、弟の最も新しい友人であるアステリオスの気配を感じた。
――……おかしい。俺はアステリオスの権能を手に入れてねえ。
――なんだと!どういうことだ。
――俺も知らねえ!とにかく、行こう。仕事の後始末は護堂に任せるわけにはいかねえ。
――同感だ。幸い、正史編纂委員会はまだこの異変に気づいていないようで、すぐに解決すれば問題ない
「幻術を長じる羅刹よ。インドラを倒し、その稲妻を奪う者。我が姿を隠したまえ」
ミハイルはインドラジットの権能を使い、幻術で自分の姿を隠し、異変の中心点に進む。
しばらくしたら、異変の中心部に魔方陣に縛られるアステリオスを見つけた。
「アステリオス、なぜあなたがここにいるのですか」
『おはよう、アステリオス』
この魔方陣が地脈から魔力を吸い上げ、アステリオスに供給するものでしょう、とミハイルが判断した。
「すまないが、ぼくをここから出してくれないか?」
「それはいいが、その意味が分かるでしょう」
今のアステリオスは消滅寸前の状態だ。
その魔方陣でかろうじて現世に留まっている。
それを破壊すれば、半時間足らずに消滅してしまう。
「構わない。生贄に捧げられるより、君たちに見送られるほうがずっといい」
「わかりました」
ミハイルはアステリオスを触れ、神行法を発動し、共に家に転移した。
「感謝する」
「大したことではありません。だが、日本にいる原因を説明してください」
「わかった。まず、ぼくをアストラル界からここに召喚したのはアリアという神祖だ」
『あいつか』
「まさか、ここでその名前を出すとは思いませんでしたよ」
「知り合いか?」
「昔、ジョン・プルートー・スミスという神殺しとともに、彼女が引き起こした事件を解決しました」
『スミスは今でもあいつの行方を追っているぞ。後で報告しよう』
「話を続くよ、アリアはランスロットという軍神の敵を討つため、ぼくを呼んだ。ぼくを生贄に捧げれば、彼女は女神としての姿を取り戻せる」
「ああ、なるほど。あなたは万全の状態なら、生贄に捧げられるぐらい死なないでしょう。彼女が女神になったら、その敵は二柱の神を相手する必要がある。僕の考えては、彼女はクレタ島に何かの呪術を施し、あなたを顕現させたでしょう」
「君の言うとおりだ。で、ぼくを呼んだアリアはこの姿を見て激怒した。そして計画を修正した。ぼくとこの都市の霊脈を使って、女神になるそうだ。敵の名前は知らないが、日本の神殺しだ」
『名前は草薙護堂、俺たちの甥だ。けど、手伝う気はねえぜ』
「同じ考えです。助けを求められたら話は別ですが。自分から手伝う気はありません」
「随分信頼しているようだな」
「信頼ではありませんよ。僕たちがかつて雇われ、アリアの計画の邪魔をしたが、その契約が完遂した今、彼女は敵ではない。それに、護堂の戦いに手を出したら、事件がもっと複雑になるでしょう」
『神殺しとなった時点で俺たちと同格だ。心配するだけ無駄だ』
「よし、これでぼくが知っているすべてだ。これで心置きなくミカエルに権能を渡し、不死の領域に帰れる」
アステリオスの姿は段々と薄きなって行く。
――弟、あの権能を使え。
『ああ、少し待てくれ。兄弟、本当にいいのか?』
「いい。早くしろ」
「何をするつもりだ?」
『えーと、俺たちと一緒に旅をする気はあるか?』
「……それは従属神になれ、という意味なのか?」
『いいや、同盟神だ。いつでも俺たちから離れられる』
少し躊躇った後、アステリオスは答えを出した。
「君たちには恩がある。敗者として、勝者の望みを叶えよう」
アステリオスの同意を得たミカエルは聖句を詠み始める。
『契約の名にし負うミトラよ。新たな盟約を祝福し、我らを見守りたまえ』
次の瞬間、アステリオスの体はクレタ島で見た雄々しい姿に戻った。
ミカエルは彼との強靭な繋がりを感じている。
そして、ミハイルはアステリオスの権能が自分の内側から消えたと理解している。
「まさか、東方の神王から契約の権能を簒奪したとは」
『ミトラの権能は権能を引き換えに、契約を交わした神を同盟神にすることができる。まあ、本当に契約を交わした神はあなたが初めてだ。話し合える神はほとんど戦いで死んだ」
「戦いはそんなものだ。で、君たちはこれからどうする」
「妻の墓に行き、旅の出来事を報告するつもりです」
『アリシアと護堂のことも話そう』
「分かった、弔いを邪魔しないように、ぼくは上空で待機しよう」
アステリオスは一筋の雷電と化し、雲の中に消えた。
それを見届けたミハイルは、墓参りの準備に取り掛かる。
数時間後、妻の墓を見たミハイルとミカエルは激怒し、神祖アリアを塵一つ残さずこの世から消え去ることを誓った。