七、
1、
晩餐会の後、ミハイルと護堂は国士無双のVIPルームで会った。
「本当にすみませんでした」
『ごめんなさい』
平謝りに謝る伯父を、護堂は複雑そうな表情で見た。
「いや、だからいいって。俺はもう気にしないから」
「しかし」
『俺たちは……』
「俺も一発殴ったから、そのことはもういいのだ。それより、伯父さんはなぜ神殺しになった?」
「六年前に、ギリシアに行った時、まつろわぬヘクトールを殺した」
『あの時の俺たちはかなり荒れていた。持っているお金は全部、酒を買うのに使った』
「……無理もない。フェリシア伯母さんが死んだ時、もっとも衝撃を受けたのは伯父さんだった」
「ヘクトールはいい友人だ。酒場で暴れている僕らを抑えてくれて、さらに僕とミカエルの話を聞いてくれた」
『俺たちがすべての事を吐き出した後、あいつはそう言った』
――貴方達はただ、旅の終わりを見ただけだ。
――だが、旅はまだ終わっていない。
「フェリシアと一緒に過ごした時間は、僕たちにとって何物にも代え難い宝物だった」
『長い旅の終わりで手に入れるべきものを、俺たちは先に手に入れてしまった。それだけだ』
護堂は静かに聞いている。
「これからの人生がその埋め合わせだと、僕たちは決めた」
『その宝物に釣り合わせるほどの
「ヘクトールは僕たちの考えを聞いて、笑った」
『そして、一緒に旅をしようと誘ってくれた。短い間が、良い思い出だったぜ』
「つまり、ヘクトールは伯父さんたちの恩人で友人だった?」
「ええ。そして、友人の依頼を完遂するため、まつろわぬヘクトールを殺した」
『彼がまつろわぬ神として覚醒する前に、自分を止めてくれと、俺たちに頼んだ』
まつろわぬヘクトールはギリシャを滅ぼすと宣言し、ミハイルとミカエルを部下にしたがった。
二人の兄弟は軍神の誘いを断った。
「ヘクトールはたしかにギリシャに憎しみを抱えているが、今そこに生きている人々を愛している。彼はかけがえのない日常を守る英雄だ。憎悪で罪のない人間を虐殺するような者ではない」
『あいつに俺たちの友人を返せと叫んだ。それは叶わないと分かった時、友人の願いを叶えると決めたのだ』
そして、死闘を始まった。
まつろわぬヘクトールの武器は名剣デュランダル。
それに対し、ミハイルとミカエルが持っているのは、ヘクトールが託した何の変哲もない槍だ。
武器、戦技、呪力、あらゆる要素において、ヘクトールは二人に勝っている。
「最後は完全に共倒れを狙った。ヘクトールはたぶんわざとたっだ一つの勝利の方法を残してくれたでしょう」
『自爆覚悟で、
神の呪力は、人の体では耐えられないものだ。
それを吸収したミハイルとミカエルは、心臓と全身の血管が即刻に爆砕した。
それでも、約束を守るため、彼らは槍を投げ出した。
そして、
「これは神殺しになるまでの経緯だった」
『その後は、インドラジット、スルト、ミトラ・ヴァルナ、スコルとハティ、盤古、アーサーを殺し、十六の権能を奪った。アステリオスについては俺と同盟したからまつろわぬ神でなくなった』
「そういえば、鷹化が言っていた。伯父さんは二人のカンピオーネとしてカウントされている。だから、神を殺すと、二つの権能を簒奪できるという」
「ええ、そうだ。でも、いいことだけではないよ、これは。体は一人分の神殺しの力しか持っていないし」
『それと、盟約の大法を持っている神とは相性が最悪だぜ。たとえば、アーサー王とミトラ・ヴァルナがそうだった』
「ああ、盟約の大法は確かにやりづらい」
それを聞いたミハイルとミカエルが驚いた。
「使える神と戦ったのか?」
『そういう神は盟約の大法を使わなくても強いぞ』
「孫悟空と戦った時は、姉さんとジョン・スミスと共闘した」
「孫悟空か、考えてみれば、使えても不思議ではない有名な神だね。あの二人は確かに戦力としては頼りになるよ。戦力だけなら」
『師姉もスミスも俺たちのことを知っているぜ。護堂の事について、一度連絡しようかな…………いや、やめとこう。ロクなことにならねえだろ』
「スミスはともかく、姉さんに話さないほうがいいと思う……それで、伯父さんはこれからどうするのか?」
「旅を続くよ。でも、新年会に出席する予定だよ」
『ここ数年は、神殺しの面倒事を日本に持ち込まねえように動いたけど、護堂が神殺しになったから、日本の平和はもう終わったと同然。だから、俺たちも好き勝手に動くぜ』
「いや、日本の平和が終わったって……」
「アテナ、ヴォバン、羅濠教主、孫悟空」
『ランスロット、アレク……これからも増えるだろ』
「………………」
ミハイルとミカエルは甘粕と馨から護堂の戦歴を聞いた。
『まあ、戦力が必要なら、いつでも連絡していいぜ。これは俺たちの連絡手段だ。それじゃ!』
ミカエルは名刺を机に置いてから、一陣の風とともに消え去った
草薙護堂は伯父が座った場所をしばらく見つめて、ふと思い出したのだ。
かつて、叔母・フェリシアが病院で語った事。
――あたしが死んだ後、彼は日本に離れるでしょう。その時は止めないでほしい。あの人は風です。自分以外の誰にも縛れる事ができない暴風ですから。そのような人は十数年もあたしの側にいることを選びました。これ以上の幸せはないです。
「やはり、伯母さんが言った通り、伯父さんは風のような人だ」
次話で完結です。