妖怪と言っても、完全な妖怪ではなく、彼は半分人間の血が混じった半妖と呼ばれる存在でした。
人間でも妖怪でもない。中途半端な嫌われ者がねずみ男でした。
ある日、ねずみ男は一人の青年と出会いました。
これは、嫌われ者の半妖怪と、変り者の青年の、トンチンカンな二人の織り成す、ちょっとした友情のお話。
ほぼ衝動に駆られて書きあげてしまった……
ねずみ男のCVはお好みのものを脳内変換してお楽しみください。
あるところに、ねずみ男と呼ばれる妖怪がいました。
妖怪と言っても、完全な妖怪ではなく、半分人間の血が混じった半妖と呼ばれる存在でした。
人間でも妖怪でもない。中途半端な嫌われ者がねずみ男でした。
_______ざあざあと雨の降る夜、夜の闇のすっかり薄れた街並みの片隅の路地裏の道を、ねずみ男はととぼとぼ歩いていた。
ぐぎゅるるるるるる…………
「ああ畜生、腹ぁへっちまったなぁ……」
すっからかんの腹を摩りショボくれた顔でそう呟くねずみ男。だがそれで空腹が収まる訳もなく、むしろかえって腹が鳴る。
ぐぅうううううう~~
「けっ、昔は路地裏行きゃそこら中にポリバケツが転がってやがったのに、ほとんど見当たりゃしねぇ。妙なとこだけきっちりしやがって。
あ~チクショウ。刑部狸に取入って、もう少しで旨い汁がススれると思ったのに、いっつも邪魔しやがって鬼太郎はもう………あーあ、ぼやいたら余計に腹減ってきちまったぃ」
ふらふらとおぼつかない足取りで路地裏を歩くねずみ男。空腹で意識は朦朧とし、表の通りに出た頃にはついに倒れてしまった。
「や、やべぇ。だ、誰か………」
ねずみ男は這いずるように手を伸ばす。しかし、道行く人々はまるで汚物を見るような目で一瞥して素通りするか、もしくは最初から視界にすら入れようとしないかのいずれかだった。
クスクス「やだーなにあれー」ヒソヒソ「マジキモいし」
「うっわ、マジに社会のゴミじゃん」「マジ不快だわ」「ひとりで死んでろっての」
「…………うるせぇ、なぁ。わかってるんだよ、んなこたぁ。俺が一番……?」
その時、ねずみ男は自分に降りかかる雨が止んでいることに気が付いた。
見上げると、そこには一人の青年が傘を自分に傾け立ってていた。
「………大丈夫、ですかい?」
それが、二人の出会いだった。
「ガツガツガツガツガツガツガツガツガツガツガツガツッッ!!」
「……よく食うなぁ」
公園の穴空き遊具の中、ねずみ男はスーパーの半額シールの貼られた弁当を一心不乱に掻き込んでいた。結局、青年の分も含めた弁当3つをぺろりと平らげてしまった。
「ングッングッングッングッ………ぶはぁあ!!助かったぁ~!ゲプッ……あんがとよ坊主」
「そりゃどうも(死にかけとは思えんなこの人……)」
ペットボトルのお茶を飲み干し、ねずみ男は満足気に地面に転がり、青年はそれを呆れ気味に眺めている。
「……なあ、坊主。おめぇ、なんでオレを助けてくれたんだよ?」
先程までの喜びも鳴りを潜め、ボソッと、ねずみ男は自分を助けた青年に疑問を投げ掛ける。
「うん?そうっすね……普通なら見て見ぬふりして立ち去ってるところなんですけどね」
「じゃーなんでそうしなかったい」
「そうですね、"助けてくれ"って言ってたから……ですかね?」
あまりにもあっさりとした答えに、ねずみ男は呆気にとられる。
「……それだけか?」
「そうっすね。強いて理由を言えばっすねけど」
「……アホかお前は」
「衝動に身を任せた結果ですよ」
あっけらかんと言い放つ青年に、ねずみ男は呆れため息を吐く。気が付くと、雨もう止んでいた。
「まっ、ともかく助かったぜ。じゃーなぁ青年よ」
「あ、ちょいまち」
「なんだよ」
起き上がりそのまま歩き去ろうとするねずみ男を、何を思ったか青年は呼び止める。
「ちょっとばかし、提案があるんですがね………」
それから一月経った頃、
「おつかれしたー」
「はーい、お疲れー」
深夜12時を過ぎた頃、某回転寿司チェーン店の従業員出口から、一人のアルバイトが後にしていた。
「はぁ~あ、今日も忙しかった」
青年は暗い夜道を一人歩いて行く。すると、路地裏の影から人影が動き、青年を呼び止めた。
「おぅい、さと坊、さと坊っ」
「ああ、ねずさん。どすか成果は」
「へへっ、バッチシよ。監視カメラもねぇのに見つかるオレさまじゃねぇよ。ほれ」
その人影の主はねずみ男。彼は廃棄処分となった寿司や切り身がパンパンに詰まったポリ袋を得意げに掲げており、それを見た青年と顔を合わせて笑いあった。
場所は変わり青年の住むアパート。
ねずみ男はくすねて来た廃棄処分の切り身や寿司を青年と共に口に放り込んでいた。
「ムシャムシャ……んめぇ!けけっ、あんがとよさと坊。おめぇのおかげで週末とはいえ旨い寿司にありつけるってもんだ」
「まぁ、廃棄の切り身をそれとなく新しいポリ袋に積めるのは気ぃ使いますがね、それを言うなら俺だって実行犯のねずさんのおかげでこうして同飯に預かれるってもんでしょ」
青年の名は檜木さとる。県外の大学に通っており、先日行き倒れのねずみ男を助けた張本人である。
彼はバイト先の寿司屋の廃棄される寿司のことを教え、廃棄場所に潜んだねずみ男に楠ねさせて、夜な夜な二人で山分けにして食べているのだ。
「ムシャムシャ……かぁー!しかしもったいねぇことしやがんなぁおい!まだ食えるってのにちょっと時間が経ったくらいでまとめて捨てちまうんだからよぉ!この押し寿司なんて今日の昼作ったばっかなんだろ?」
「仕方ないっすよ。食品衛生法は守らないといけないし、その上チェーン店で生もの取り扱ってるんだから尚更でしょ」
「余ったもんは自分達で食っちまえばいいじゃねぇか」
「店の売り物を食ったら業務上横領になるんですってよ。それに、店のもん食って従業員に食中毒でもなられたら不味いんでしょう。外食産業は今どこも同じですよ」
「けっ、やだねやだね。こちとら毎日食うのに困ってるってのによぉ」
「給料はいいんですけどね……賄い出ませんけど」
そうしてお互いに愚痴り合っていると、ふとねずみ男はさとるの部屋を見渡す。使い古された勉強机の上には練り消しで固定されたインクと無造作に転がった着けペン。そして壁一面を埋める本棚に並べられた漫画の山。
「しっかしおめえも難儀な商売に目を付けたもんだね。わざわざ電車で片道2時間かけて大学通ってまで絵の勉強して、漫画家目指してんだったか?」
「ええ、まぁ虫のいい話だとは思いますがね。てめぇの好きなことで飯食ってこうなんてんだから。けど、やっぱり俺ぁこの道がいいんですわ」
「けっ、オレならもっと楽でドッカーンと稼げる商売がいいけどなぁ。あっ!だったらよ、オレのことマンガで描いてくれよ!こう見えていろんな冒険いっぱいしてきたんだぜぇ!」
「妖怪コンサルタントってか……」
「あっ疑ってんのかおめぇ!?ホントなんだってばよぉ!」
「いやぁ、そこは疑ってねえんですよ。ねずさん見る限りマトモな人間じゃなさそうだし。けどぶっちゃけ主役ってキャラじゃないんすよね、ねずさんって。敵に寝返ってあっさり死んじゃいそうなタイプですよねどちらかと言えば」
「君ね……」
それからさらにひと月あまり。この日は祝日で、さとるは町中をぶらぶらと歩いていた。
「ねずさん最近見ねぇなあ……死んだか?」
「死ぬかばかやろう」
「んあ?」
突然かけられた声に驚き振り向くと、そこには青い見るからの高級車の窓から身を乗り出したねずみ男の姿があった。そのいで立ちも、いつものローブ姿ではなく、紫のスーツにサングラスをかけ、腕からはギラついた腕時計が顔をのぞかせている。
「よおさと坊。あいかわらずとぼけた顔してんなおめえさんはよ」
「ねずさん、どうしたんすか?えらく羽振りがよさそうですね」
「ま、ちとばかしビジネスが当たってね。この通りよ」
「ビジネス?」
「へへ、“コレ”だよ」
そう言ってねずみ男は大粒のダイヤモンドの付いた指輪を見せびらかした。
「おう、それよりどうだい今からメシでも。おごってやんよ。けけっ」
「けけっ、どうよ、一枚5千円のステーキの味は?こんなの一生お目にかかれるかどうかってシロモンだぜおい!」
「_____ええ、まぁ」
高級感漂うレストランの一角のテーブルで分厚いステーキをかぶりつきながら、ねずみ男は自慢げにさとるの肩を叩く。
「………しかし、ダイヤの鉱脈ねぇ」
「そうとも!しかもただの鉱脈じゃねぇ。掘れども掘れどもなくならねぇ。
「はぁ」
ねずみ男はさとるの肩を組み、上機嫌に語る。一方のさとるは、気の抜けた返事をするばかりだった。場所に酔ったのだろうと勝手に解釈したねずみ男は、さとるにある提案をする。
「なぁ、どうださと坊。おめぇも一枚噛まねぇか?おめぇにゃ恩があるからよ。今なら特別待遇で入れてやるぜ?」
「いやぁ、んな急に言われても……」
「えんりょすんなって。この際漫画家なんてしょっぱい商売なんざ辞めちまってよお、オレと組もうぜ?なぁ」
「……ッ!!?」
さとるは目を見開くと、唐突にねずみ男の手を払い立ち上がった。
「あ?さと坊?」
「……ねずさんわりぃな、俺はその話遠慮しとくよ」
「は?なんでだよ?こんな儲け話一生ありゃしねえだろ!?」
その時、ねずみ男はさとるの自分を見る目を見た。
とても、とても悲し気な目だった。
「ねずさん、確かに今の世の中、漫画家なんてプロ・アマ含めそれこそ星の数はどいる。漫画で食っていけるような人間なんてトップオブトップの一握りだけ。俺なんざ大して売れやしねぇだろうし、ひょっとしたら無名のまま消えてくかもしれねぇ」
「だったら!!」
「けど!!……それでも俺ぁ、この道で生きていきたいんだよ。
どうしようもねぇくらいに好きなんだ。たとえ苦しくても、これが俺の俺らしくいきていける道なんだ。……あんたには、あんたにはわかってほしかった」
「……さと坊」
「それに……それにあんた、こんなことしてても、ほんとは虚しいだけなんじゃないんすか?」
「なっ!?」
さとるの指摘にねずみ男はあきらかに動揺する。さとるはさらに言葉を続ける。
「荒稼ぎした金をあぶくのように使って、俺はあんたがそうやって何かをごまかそうとしているように思える」
「やめろ」
「なにか後ろめたい思いから目を逸らすそうとしてるんじゃないのか?」
「やめろ」
「あんたほんとは分かってんだろ?所詮自分がやってるのは
「やめろっつてんだ!!!」
大声をあげてねずみ男は立ち上がる。倒れたグラスから高級ワインがポタポタと零れ落ちる。
「おめぇに何がわかるってんだよ。おめぇにオレの何が!!」
「わかんねぇよ。俺とあんたじゃ、生きた時代も、時間も、境遇も、何もかも違う」
「……ああいいさ、どうせ元々はメシの恩から始まった仲だ。これで採算はとれただろうよ!つりはくれてやらぁ」
ねずみ男はそう言い捨てると、勇み足で店を出ていこうと歩き去る。
「ねずさん」
「あ?今さら思い直しても……
「少なくとも俺ぁ、このステーキよりも、あんたと食った寿司の方が美味かったよ」
「……ほんと、バカ野郎だよ。おめぇは」
そう呟き、ねずみ男はレストランを後にした。
「え~本日はご来店ありがとうございます!日頃の御愛好を感謝しまして……」
________くそっ、なんだってんだよ
「お客様から抽選でダイヤモンド鉱山原石掘り放題ツアーへご招待いたします!」
________鬼太郎も、あいつもよお
「いやぁ~皆様のダイヤモンドへの愛には敬服いたしますなぁ」
________何が調和だ、何が夢だ、くだらねぇ。そんなもんじゃ腹は膨れねぇんだよ
「ダイヤモンドの原石とは……みなさんですよ」
「うわあああああああああ!!」「きゃあああああああああああああ!!?」
________オレぁ金が欲しいんだ。もう餓えるのはまっぴらなんだ
「こいつらも本望だろうな。あれほど欲しがっていたダイヤになれたんだ」
「だろうな、おめぇさんと知り合えてよかったぜ、輪入道」
________そのためならなんだってやってやる。大したことじゃねぇさ、どうせオレは妖怪・人間どっちからも鼻つまみもんだ。今まで一人で生きてきたんだ。これからだって……!!
「オレたちゃ最高の相棒ってワケだ」
『本気で言ってるのか?……なら、ぼくはもうお前とはいられない』
『ほんとは虚しいだけなんじゃないんすか?』
________畜生、わかってんだよ、んなことぁ。
「はぁあ……さぁて、こっからどうするかねぇ……」
先日の高級車から打って替わり、中古の軽自動車を走らせながらねずみ男は独りごちる。結局、あの後ダイヤの産出源であった輪入道は暴走し、鬼太郎に退治されてダイヤビジネスはオジャンになってしまった。横入りしてきたダイヤのシンジケートに責任をすべて擦り付けてトンズラしたはいいが、おかげで得た財産のほとんどを失う羽目になってしまった。
赤信号になったので止まると、同時に腹の虫も鳴き始めた。
ぐぅうううううう~~
「……とりあえず、飯にすっか」
その時、車の窓を誰かが叩く。見ると、そこには檜木さとるの姿があった。
「さ、さと坊っ…!」
「すんません、中、いいっすかね?それと、信号変わりますよ」
驚くねずみ男をよそに、さとるは車へ上がり込んで助手席に座る。信号が青になり、ねずみ男は車を走らせる。
「さと坊、おまっ、なんで……?」
「………うどん」
「へ?」
「この先に、うどん食べ放題の店があるんすけどね、ステーキ食わしてもらった手前、味気ないかもしれないすけど……奢りますよ?」
伸びをして座席にもたれかかるさとるに、ねずみ男はポカン と口を開けて呆気にとられるも、やがて大きなため息をついた。
「……油揚げとえび天も付くのかよ?」
「ま、それくらいなら」
「……お前ホントにアホか」
「かも知れないっすね。けど、俺はわりと楽しいっすよ」
「だろーな、ったく」
そうして二人で言い合いながら、やがて二人は互いに歯を見せ笑いあった。
「へへっ!そこまで言うなら奢られてやんよ、さと坊」
「運転よろしくおなしゃす、ねずさん」
これは、半端者の妖怪と、変わり者の人間。とんちんかんな二人組の、ちょっとしたお話。
「おっそうだ!こんどは仮想通貨ビビビットコインで一旗揚げようと思うんだけどよ!」
「ああ、俺はいいっすわ」
今は亡き初代声優の大塚周夫氏は、「半妖怪という人間にも妖怪にもなれず、どこにもいけない世界で生き続けたことで人格が荒み、やけっぱちな性格になっていった」と墓場鬼太郎のインタビューで話していました。
自分が思うに、6期のねずみ男は3期のカロリーヌちゃんや、4期の小百合ちゃんといった"人間側の理解者"がいないまま今まで生きてきたせいで、金稼ぎのバイタリティーばかりが伸びて行ったのだと思っています。
6期のねずみ男にも、そういった人間の心許せる相手が今まで一人でもいたなら、また違っていたのではないかと自分は思うのです。