我が呼ばれたき名は   作:油揚げ

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第十話 新たな无

 普通に人間を逸脱している白と八雲が仲良く叫んでいる頃。その下の階でパイは得体のしれない人物との邂逅を果たしていた。

 

「……驚いたな。三只眼の生き残りか」

 

 身長は優に百九十センチは有ろうかという巨漢の男は煙と火炎がひしめいているにも関わらず、落ち着いた声でそう呟いた。

 

「なぜ、お前はこんなところにいるのだ?」

 

 じろりとパイに視線を送り、男は問うた。

 

「……」

 

 ポケットに手を収め、自然体の男は一見すると無防備に見える。だが、その体から放たれている威圧感はリョウコの比ではなく、妖怪の頂点主たる三只眼吽迦羅を怯ませる程だった。

 

「貴様には関係無いと言いたいところじゃが、像を手に入れるためじゃ」

 

 パイから三只眼へと人格がシフトし、三只眼は内心の怯えを隠すように強気に言い放つ。

 

「ふむ、何が望みだ人化か?ならば像を渡せ、人にしてやる」

 

 三只眼吽迦羅を目の前にしてなお男には一切の感情の揺らぎは無かった。それどころか自分の方が上とでも言わんばかりの態度であった。

 

「そ、そんなことはどうでもいい!鬼眼は封印されたはずじゃ!今更、像に何の用が有る!?」

 

 男の態度に焦れた三只眼が余裕を崩し、半ば問い詰めるように男へ詰問する。そこには目の前の男以上に鬼眼王を恐れている様子がありありと浮かんでいる。

 

「いつまでも封印に甘んじる我が主なものか。幾ばくも掛からずに再び現世へと復活なされるだろう」

「っ!それで像を!!」

 

 

「ニンゲンの像は人化の法となるが、世界を滅ぼす術にもなるというが……貴様っ!」

 

 それは八雲にも教えていない情報だった。八雲を信じ切れていないというのもあるが、只でさえ無理を強いている為、これ以上の情報は重荷になるという彼女なりの優しさからだ。

 

「儂は今の世で結構満足しておる!それを暴力と殺戮に飢えた馬鹿どもに絶やされてなるものか!像は絶対に渡さん!」

 

 額の目に光が集まり、辺りの光量が加速度的に増していき、それと同時に凄まじい力が室内に満ちていく。

 

「どうあってもか?」

「当り前じゃ!例え儂の命と引き換えにしても奴の復活は阻止して見せるわ!」

「なるほど、でどうする?お前に俺が殺せるか?」

 

 呆れた様に呟く男の声に三只眼は力を更に高める事で答える。三只眼は気付いていた。目の前の男の額に刻み込まれた文字に、そう()、三只眼吽迦羅の下僕、最高の不死者の証を。

 そして男はこうも言っていた。我が主(・・・)と。ならばこの男は鬼眼王の无ということだ。

 无は主が死なない限りは決して死なない。頭を吹き飛ばしても胴体を真っ二つにしても、猛毒に体を侵されようが、体を粉微塵にしてさえ死ぬことは無い。

 

「黙れ!」

 

 ならば、如何に三只眼が強力な力を持っていても滅ぼすことは出来ないだろう。

 叫ぶ三只眼もそれが分かっているのだろう。焦燥に駆られながらも練った凄まじい力を男に放とうとする。

 

「!?」

 

 その力のせいか、天井からミシミシと音が響き、さらに小さな欠片が落ちてくる。

 三只眼の真上の天井も例外はなく、天井は軋み、欠片が降り注ぐが目の前の男に注視している三只眼は男よりも、天井の異変に気付くのが遅れてしまった。

 

「何だと!?」

 

 天井を仰ぐも、それで瓦礫が止まるはずもなかった。

 

 

 

 

 

 床に無数の亀裂が走ったかと思うと瞬く間に亀裂は壁から天井まで覆い一気に階下へと崩れていく。その崩落はビルの屋上をも巻き込む程だった。

 

「うおおおお!?」

「八雲!?」

 

 咄嗟に髪で周囲の瓦礫を組んで安全を確保した白と大声を上げて瓦礫に飲まれる八雲。なんとか八雲も助けようとする白だったが、流石に距離が届かず八雲の名を呼ぶことしかできない。

 

「く……」

 

 崩落の轟音にかき消され、八雲の声は白には届かない。その間にも轟音は鳴りやまず白は下手に動くのは不味いと判断し、組み上げた瓦礫の中で静かに辺りが落ち着くのを待った。

 

 

 

 音が静かになる。パラパラと小さな瓦礫の音だけになった頃、白は組み上げた瓦礫を解き外へと飛び出した。

 

「八雲、無事か!」

「べ、ベナレス様!!」

 

 屋上まで吹き抜けになり、すっかり辺りは風通しが良くなっている。そんな中、白とリョウコの声が見事に重なる。二人の視線が重なり、気まずい雰囲気が二人の間に漂った。

 

「……」

「ベナレス様。お喜びください!とんでもない掘り出し物です!无しかも敵も殺せぬお人好しですぞ!」

 

 そんな空気を自らぶち破りリョウコはベナレスと呼んだ相手にまるで手柄でも見せるように八雲を指さした。

 

(なに、无だと!?それが敵なのか?)

 

 白は二人のやりとりは目に入らずベナレスの額の文字、无の一文字に釘付けであった。无の不死さ加減は八雲を見れば十分に分かる。だが八雲だからこそ大して凄そうに見えないが、もし獣の槍の使い手が不死だったらと考えると、かつての白面の者からすれば、恐怖以外の何物でもない。

 一般人位の実力で死なない程度は大した問題ではない。そこそこの腕が立つなら煩わしいだろう。そして手練れが、それも超一流のものが不死となったなら、それは危険などというレベルではない。

 

「そんなお人好しにそこまでやられたのか貴様は?」

 

 ぽつりと呟くが、ただそれだけの事で男が如何に只者ではないと白は理解した。

 

(最悪だ!最低でも字伏(あぜふせ)と同等、それ以上かもしれん!)

 

 かつての己と同等というほど不条理ではないが、それでも特殊な能力を持つ妖怪を除けば最上位のスペックを誇る字伏とベナレスは同等もしくはそれ以上と白は判断した。ふざけるなと白は内心で罵るが、白面の者は白面の者で実は不死の手段を講じていたのだから、彼女の前世を知る者が居たらお前が言うなと怒るところだろう。

 つまりそんな化け物が不死身の无となれば、勝ち目などありはしない。

 封印という手もあるが、今の白では使うことは出来ない。

 

(……どうする?)

 

 臨戦態勢をとるが、リョウコが怯えるほどの相手に白が出来ることは八雲とパイが逃げる時間を稼ぐぐらいだろう。だが、そのパイはベナレスに横抱きにされている。 

 

「ガキに情けを掛けられる者など不要」

「ひ、お、お許し下さい!」

 

 ベナレスはパイを炎とは遠い場所に下ろすと無造作にリョウコに近づいていく。リョウコは負傷から動けないのだろう。体を震わせ、涙を流しながら許しをこいていた。

 

「消えろ。―――――ベナレスの名において命ずる出でよ、土爪(トウチャオ)!」

「ひぃいい!命、命ばかりは!」

 

 言葉と同時に床だった瓦礫にベナレスが手を付くと三つの刃がリョウコに向かって奔った。瓦礫を砕き、轍の様な跡を刻みながら、土爪はリョウコに食らいついた。

 数メートルは優に超えるリョウコの体に深い三つの裂創が刻まれ、凄まじい量の血が肉と共に降り注ぐ。

 

「小僧、像は何処だ?」

 

 内臓をぶちまけピクピクと痙攣するリョウコには見向きもせずベナレスはそう問うた。 

 どうするかと白と八雲は目で伝え合うが、痛い程に彼我の戦力差を理解しているため、行動には移せない。

 周囲の熱と同様に焦燥感だけが焦れていく。

 

「う……うぅ、ヤクモ!」

 

 睨みあうベナレス達だったが、パイが目覚めたことで事態は動き出した。

 

「……」

 

 ベナレスの視線がパイへと向かい、焦った八雲がまるで悲鳴をあげる様にベナレスに突進していく。

 

「わあああああ!!」

 

 しかし、そんな隙はあるはずもなく、ベナレスは事もなげに八雲の斬撃を躱す。大柄な体躯にも関わらず重さを感じさせず、ふわりと八雲の頭上を飛び越え着地した。

 

「无同士が争っても時間の無駄だ。長話をするにも場所が悪い」

 

 何故か上機嫌に笑いながらベナレスはそう口にすると白を見やった。

 

「……人間とも闇の者とも違うか、面白い」

 

 白の纏う気配に何か興味を引いたのだろうか、どうやらベナレスは今日、これ以上争うつもりは失せた様だった。

 

「像は近いうちに返してもらう。それまで息災でな」  

 

 こつこつと靴を鳴らすベナレスに呼応してか、はたまたホテルの限界が来たのか、ゴゴゴとホテルは再び悲鳴の様な軋みを上げ始めた。

 

 

 

 

「息災も何も逃げ道がないぞ」

 

 ホテルが鳴動を徐々に大きくしている中、白がそう吐き捨てた。ベナレスが居なくなった後に屋上に行くためにエレベーター、階段を隈なく探しているが一向に見つからず白が悪態を吐いたのだ。

 妖怪と不死身と人間かもわからない三人だからか、煙や熱は人間以上に耐久があるようだが、それでも限界というものは有る。そろそろ限界を越えそうな白には焦りが見えた。

 こんな時に伸びる髪は使えないかと試したが、やはり細い髪では容易く火が着いてしまい役に立たないという始末だった。

 

「うぅ、死にたくない、……死にたくない」

 

 必死に退路を探す三人の耳に先ほどからリョウコの弱弱しい声が何度も届く。

 半身を切り飛ばされ、深い裂創から止めどなく血が溢れている。どうやらリョウコでも、この傷は致命傷のようであった。もはや体を起こす事も叶わない程に弱りながら、それでも死にたくないとうわ言の様に繰り返している。

 

(……仕方ない)

 

 余裕が無いこの状況で散々人の命を奪っておいて、自身は命が惜しいと浅ましく生に縋りつく様に、白は苛立っていた。今なら造作も無く殺せるし、むしろ楽にしてやった方が良いだろうと自己弁護し、リョウコを殺すつもりで近づいていく。

 

「心配しないで必ず助けてあげるから」

 

 だが、そんな殺意もパイの言葉で跡形も無く溶けてしまった。

 美星(メイシン)(ロン)を誘拐し、幾多の女性を生贄に捧げ、八雲を傷つけた相手にも関わらずパイはリョウコを優しく抱きしめて励ましているではないか。

 自分たちに襲いかかり、ましてや死に瀕している相手に打算などは不要だ。

 パイは恩も讐も無く、ただ目の前で苦しんでいる相手を助けたいと慈しんでいるのだ。

 その無償の優しさに、愛に、白も八雲も、そして死に瀕しているリョウコすらも唖然とする。

 

「ったく」

(はぁ、どっちが(パイ)だって話だ)

 

 中国語で白はパイと呼ぶ、しかし白とパイではどちらか純粋か、無垢と問われればパイと白は逡巡無く答えるだろう。その純粋さは自身の最初の記憶、濁った自分と澄んだ人の気を白に思い出させた。

 白と八雲、二人の中にあった焦燥感が場違いにも消えていく。

 

「リョウコ、何処かに抜け道は無いのか?」

「……中央の柱だ。そこに屋上に向かう梯子が有る。だが、どうする……屋上に行ったとて逃げれるというわけではない」

 

 やけくそで八雲がそう聞けば、リョウコは意外にも素直に答えてくれた。とはいえ、ただ屋上へと続いている道でしかない。脱出手段がなければただ屋上に行っても意味が無いだろう。

 

「大丈夫だ。屋上でヘリで待っていてくれるはずだ」

「うん!」

 

 八雲とパイの楽観的な言葉にリョウコは鼻で笑う。

 

「こんな状況で待つ馬鹿がいるか、……見ろ不死身の奴だって自分の事しか考えてないんだ」

 

「だいじょうーぶ!だってダチンコだもん!」

 

 パイはリョウコの言葉を当たり前の様に否定する。そこに疑いの感情は一切無かった。誰かのために何かが出来る。人間をそんな素敵な存在だと信じきっているのだ。

 

「ヤクモも白もパイの為に体を張ってくれた。だからパイも二人に命をかけられるもん」

 

 鳴動が響く中、パイの言葉は何故か明瞭に白に、八雲にそしてリョウコに届いた。

 

「……早くこいつを連れて行け!」 

「……リョウコ?」

「どうせ死ぬんだ。俺はここで、貴様らは屋上で死ぬがいい」

「リョウコさん一緒に逃げよ」

 

 なんとかパイはリョウコを連れて行こうとするが流石に体格の差が有りすぎる。せめてわずかでも体が動かせれば別だが、半身がほぼ欠損している状態では支えることすらままならない。

 リョウコもそれが分かっているのだろう。

 

「早く、行け!」 

 

 目の前でうろちょろする三人が邪魔なのか、はたまたパイの無償の優しさに絆されたのかリョウコは叫ぶようにして三人を屋上に行くように促した。

 

「分かった。礼を言う」

「ありがとう」

 

 二人がリョウコの意図に気付き、白は柱にヤクモはパイを問答無用で抱きかかえた。パイはリョウコを救おうとするが、それは無理な話だ。

 

「最後にあいつが教えてくれたんだ。無駄には出来ない」

 

 このままでは三人とも死んでしまう。そう八雲が言外に告げればパイはそれ以上の抵抗を見せなかった。

 

 

 

 

 

 

 満点の星空が煙の切れ間に見えている。清々しい程に綺麗な風景だが、階下は轟々と火が立ち上り、煙が充満する地獄となれば、夜空を楽しむ余裕などは無い。

 

「は……そりゃあいるわけねーよな」

 

 ヘリが見つからず八雲はがっくりと肩を落とす。あれほど人間を信じてくれていたパイに八雲は申し訳ない気持ちが込み上げてきたが、こんな火事の中でいつ戻るとも知れない八雲達を待つ方がどうかしている。

 

「いや、諦めるのは早いぞ八雲」

「うん。パイの言ったとおりでしょ!」

 

 白の鋭敏な感覚がホテルが崩壊する音とは別の音を聞き取った。そして、笑顔を浮かべて夜空を見やり、パイもそれに続く。

 

「だから――(やはり――)」

 

「人間って大好き!(人間とは素晴らしい)」

 

 白は心中で、パイは嬉しそうな声をあげる。散々な目には遭ったが、それを再認識したことは二人にとって非常に大きいことだった。

 

 ローターの音が夜空に溶けていく中、パイは疲れ果て八雲に体を預けてすやすやと寝入る。

 そんなパイを見ながら、八雲は信じて、憧れる、大好きと言ってくれる人間にパイを絶対にしてみせると、心に誓うのであった。

 

 

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