我が呼ばれたき名は   作:油揚げ

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短いです。
そしてようやく第一部完。


第十二話 尾

 痛みが白の体を支配していた。

 全身の至る所が大なり小なり痛みを訴え、腹の奥は痛みとも気持ち悪さとも言えない不快感を叫んでいた。

 

「ぐ……う」

 

 意識も鮮明ではなく、現状の把握すらも覚束ない状態だった。しかし、それも十秒足らずで徐々に思考が纏まっていく。

 

(く、そ……(ウー)の再生力がここまでとは……)

 

 

 三只眼と白の誤算。それはベナレスの再生力だった。無論二人とも无が頭を吹き飛ばされても死なないことは十分に理解していた。八雲も胴と首がおさらばしてもきちんと再生していた。そしてその再生には三日掛かっていたことも知っていた。

 そう頭と胴が残っていて切断面が接合するのに八雲は三日の時間を要した。腕は数時間で再生したり、交通事故で即死レベルのダメージも大した時間はかからなかった。そこから白は神経などの複雑な組織、もしくは細かく粉砕されれば再生する時間が掛かると考えていた。

 そうでなくとも頭を根こそぎ吹き飛ばせばすぐさま再生とは至らないだろうと普通は思うだろう。

 

 普通であれば。

 鬼眼王(カイヤンワン)のベナレス、王の代行者であるベナレスは三只眼が八雲を无にした様に成り行きでベナレスを无にしたわけではない。自ら選んでベナレスを无にしたのだ。

 無論、八雲と違い元人間ではない。三只眼吽迦羅(さんじやんうんから)すら捕食する龍の王。龍皇と称えられ无を抜きにしたとしてもとびっきりの妖怪なのだ。

 无でしかない八雲ともはそもそものベースが違い過ぎるのだ。これが並みの妖怪だったなら白の作戦も通じたろうが、あまりにも八雲とベナレスでは生物としての格が段違いだった。

 

「三只眼……パイ」

 

 白の掠れる視線の先に首根っこを掴まれ暴れている三只眼がぼんやりと映る。ベナレスからは離れていても分かるほどの力が高まっている。

 とどめを刺すつもりなのは明白だった。

 

「やめ……」

 

 叫ぶような三只眼の声が白の耳に届く。

 

(……く、死ぬ、のか?)

 

 死、それは白にとっては二度目となることだった。だがかつての意味も無く他者を虐げ苦しめた白面の者とは違い、葛葉白には家族がいる知己がいる。そして何より目的が成してみたいことが幾らでもあった。

 だが、そんな白の苦悩ももろともに光に呑みこまれていった。

 

 

 

 

 

 

「白!!」

 

 掴まれた首の痛みを無視して三只眼は叫ぶ。三只眼からすれば白は得体の知れない。信じきれない相手ではあった。捻くれて考えれば香港仔(アバディーン)に一緒に来てくれた事も自分に取り入る為ではないかと心の何処かで思っていたほどだ。

 しかし、心細い中、一緒に来てくれて嬉しいとも三只眼は感じていた。パイの面倒は見てくれるし、八雲では不安な戦闘も任せられる。頼れるとすら思っていた。

 そんな相手がまさに殺される。それは鬼眼王に一族を殺された彼女にとってはトラウマ級の出来事だった。

 光の帯が狙い違わず白が居るであろう位置を直撃し、爆発が起こった。

 

 

 

 

「あ……あ……」

 

 小さな声が断続的に三只眼の口から洩れる。

 本当なら皆に迷惑を掛けたくないから一人で来るはずだった。でも白はそんな思惑を看破してベナレスの元に一緒に来てくれた。追い返すことも、なんなら不意を突いて強引に気絶させることすら出来たろう。それをしなかったのは心細かったからであり、嬉しかったからだ。

 強者が无になった時の恐ろしさを三只眼は知っているはずだった。

 ならば、白が死んでしまったのは三只眼のせいだ。そう三只眼は考えたのだ。

 

「白、白――――!?」

「……」

 

 パチパチと廃材が燃えはじける音に三只眼の悲痛な声が混ざる。

 

「……つくづく、面白いやつだ」

 

 愉悦と警戒が滲む声をベナレスは口にする。

 

「うわっ!?」

 

 徐にベナレスは左手に掴んでいた三只眼を地面へと無造作に下した。そして、碌に皮膚すらも再生していない体で構えをとる。

 数瞬、ベナレスの、三只眼の動きが止まった。

 

 

 

 燃え盛る廃材の山と煙の一部が何の前触れもなく吹き飛んだ。

 

 

「……やってくれたな」

 

 純白の人の胴体ほどもある蛇の様なモノがそこには漂うように蠢いている。

 

 そこにはボロボロの服に傷だらけの体、しかし一本の尾を生やした葛葉白の姿があった。

 

 

 

 

(……あぶないところだった……)

 

 痛む体に鞭を打って白は何とか二本足で立ちあがっていた。気を抜けば震えるほどに憔悴した足、咳き込めばそのまま倒れこみそうになるほどに白はダメージを負っていた。

 だが、それでも確かな力が白にはあった。視界の端にはかつての自分を象徴する忌まわしさすら感じる尾が一本悠々と揺蕩っている。思わずかつての姿に戻ったのではと絶望する白だが、彼女の変化は髪が白く染まり、指先が鋭利になり、そしてそれに加えて尾が一本生えているという状態だった。大分人間を逸脱しているが、それでもかつての姿に比べればましだと白は考え直す。

 尻尾から溢れる力はかつての山すら砕くそれとは比べることも馬鹿らしいほどに弱いが、それでも先までの自分よりは強い力を白は感じていた。

 ぶん、と試しに振るう。尾は白の意志通りに動く、太さは人の胴体程、長さも十メートル。あまりにも小さい。こんな尾だったなら白面の者は最強の妖怪と恐れられなかったろう。

 

(それでも、)

「これほど、頼りに思ったことは無い!」

 

 声と共にベナレスに向かって白は尾を突き進める。単純な動きだが先の白の動きとは比にならない速度でベナレスの腹にぶち当たる。

 

「ぐおぉ!」

 

 両足で踏ん張るものの、ベナレスは未だに体の再生が追い付いておらず二筋の轍を刻みながら後方へと追いやられていく。

 

(よし)

 

 ベナレスと三只眼を距離を空けた白は尾を巨大な岩石そのものに変貌させる。メキメキと音を立てながら尾は幾本もの杭を持つ岩石の尾となった。

 

「くたばれぇ!」

 

 岩の尾を一切の手加減無く白はベナレスへと叩き付ける。空気を押し広げる音が鳴り、次いで地面を打ち据える音が白と三只眼の腹に鈍く響いた。

 

 轟!

 

 土煙がもうもうと立ち上がる。それは先の白が受けた攻撃の焼き直しの様であった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 目の下にくっきりとした隈が浮き出て顔色は蒼白、白の憔悴は限界を越えつつあった。叩き付けた状態の尾を持ち上げることすら出来ずに肩で息を繰り返す。

 勝ったかどうか、そんな事……

 

 

 ――ベナレスの名において命ず、出でよ――

 

 白には分かっていた。

 

 

 ――光牙(コァンヤァ)――

 

 ベナレスが本気なんて一切出してない事に。

 

 岩の尾が弾け飛び、感覚を繋いでいる白に激痛が走る。既に弱り切った白の体は激痛で強張るままに大地へと吸い込まれるように倒れてしまう。

 なんとか千切れて短くなった尾で応戦しようとするも、白の髪は元の亜麻色へと戻り、それに追従するのように全身から力が抜けていく。

 

(こ、ここまでか……)

 

 白の意識は霞がかかったようにぼんやりと薄らいでいく。もう戦う力は白には残されていなかった。

 じゃりっと靴が砂を噛む音が白の耳に届く。

 

「白、ありがとね」

 

 三只眼、いやいつの間にかパイが体の主導権を握っていた。

 白を背に護る様にパイがベナレスと対峙する。右腕はまだだが、それ以外の再生はほぼ終わりつつあるベナレスが二人を愉快そうに眺めている。

 

「八雲の事、よろしくね」 

 

 薄れゆく意識の中で白はパイの声を聞いた。

 閃光、そして爆発。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 騒ぎに駆け付けた八雲達が見たのはボロボロで倒れ伏す白だけだった。

 

 パイの姿は何処にも無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第一部 完 




第一部完となります。

ちなみに復活した尾は一本だけです。
第二部の第一話を投稿したら暫く空くと思いますのでご了承ください。
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